上 下
7 / 29
春のごちそう

美咲のために 4話

しおりを挟む
「――無理、かぁ……。しているように、見える?」

 美咲みさきの問いに、恵子けいこはうなずいた。三月の半ばに引っ越してきてから今まで、弱音を一言も吐かずにがんばっている姿を、見ていたから。

「……そっかぁ」

 苦笑を浮かべる美咲に、恵子はすっとうどの酢漬けを差し出す。ほんの少しだけ醤油をかけているが、これは去年漬けたものだから、かなり酸っぱくなっている。美咲はそれを食べて――ぽろりと涙を流した。

「酸っぱいよ、これ」
「泣けていいでしょ?」

 涙をぬぐう美咲に、恵子は優しく微笑む。芽衣めいの『母親』として、美咲ががんばっているのは見ていればわかった。いつも気を張っているようで、時折見せる虚無の表情が気になり、ようやく問いかけることができたのだ。

「――直樹なおきさんが亡くなってから、いろいろあったけど……芽衣がいたから、なんとかがんばれたんだ」

 ぽつりぽつりと言葉をこぼしていく。

「そう……」
「うん。でもやっぱりさ、直樹さんのほうのご家族とは、ギクシャクしちゃって」

 軽く頬をかいて、眉を下げる姿を見て、恵子は小さくうなずく。

「だからこっちに帰ってきたの。芽衣とちゃんと話し合ってね。……でもやっぱり、まだ心の中に穴が空いている感じなの」
「……そうね、愛した人を亡くしたんだもの」

 恵子はそっと自分の胸元に手を置く。勇が亡くなったあと、その感覚を味わっている。ゆっくりと時間をかけて、その穴が小さくなっていくのを実感していた。

「お別れって、突然なんだねぇ……」

 美咲は眉を下げる。乱暴に目元を擦るのを見て、恵子は立ち上がった。そして、美咲のところに移動してそっと彼女を抱きしめる。

 ぽんぽんと彼女の頭を労わるように、慰めるように撫でると、美咲の涙腺が決壊したかのように大粒の涙が流れ始めた。

(泣くことを、我慢していたんだねぇ)

 芽衣の前では気丈に振る舞っていたのだろう。亡き夫を想って泣くことを我慢して、ここに帰ってきたのだろうと考えて、恵子はきゅっと唇を結ぶ。

「がんばったねぇ」
「……うん、私……がんばったよ。……直樹さんを、交通事故で亡くしてから、ずっと、ずっとがんばっていたんだよ……っ」

 抱きしめている恵子の腕に、縋りつくように美咲がしがみつく。その手が震えていることに気付いて、目を伏せてぽんぽんと優しく彼女の頭を撫でた。

 死別した、とは聞いていたが交通事故だったとは初めて聞いた。勇とは病死だったため、心の準備をする時間があったため、突然の別れに彼女がどれだけ驚き、嘆き悲しんだのだろうと考えてたまらずぎゅっと抱きしめる。

「うん、うん……がんばったねぇ。今日は『お母さん』をちょっと休んで、明日からまた元気な姿を芽衣ちゃんに見せようねぇ」

 恵子の言葉に、美咲はぽろぽろと涙を流しながらうなずいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

処理中です...