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春のごちそう
芽衣とのひと時
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「おやおや」
恵子も手を振り返す。それに気付いた子どもは、両手で自分の存在をアピールし、母親に止められた。
ぺこりと頭を下げる姿を見て、二年前に会ったときよりもやつれているように思え、少し心配になる。
少し考えてから、邪魔しては悪いだろうとそのまま日課の散歩に行った。
三月の中旬。風はまだ冷たいが、歩いているうちに身体が温まる。散歩をするにはちょうど良い時期だ。
一時間ほど、いつものコースを歩き自宅に戻ると、すでに引っ越しのトラックは姿を消していた。きっと今頃、中でいろいろとしているのだろうと想像し恵子は鍵を取りだす。
カチャリと鍵を開け、自宅に入るとちょうど電話が鳴った。
「あらあら、誰かしら?」
音が鳴りやまないうちに受話器を取り、耳にあてる。町内のIP電話は、ビデオ電話の機能もあり、ぱっと顔が映る。
「――美咲ちゃん?」
『お久しぶりです、けーこばあば。さっき、芽衣に手を振ってくれたでしょ?』
「芽衣ちゃん、おがったねぇ。ああ、そうだ、美咲ちゃん。おかえり」
『……ただいま。えへへ、帰ってきちゃった』
眉を下げて笑う姿が見えた。恵子はそれから、美咲の話を十分ほど聞いていた。
話をまとめると、『これからよろしくお願いします』という挨拶だった。心なしか、彼女の表情は暗い。恵子は少し考えるように黙り込み、それから口を開く。
「美咲ちゃん。あとでこっそり、うちに来れる?」
『え? でも……』
「いいから、いいから。今日じゃなくてもいい。でも、ちっと、私の話し相手になってくれんかね?」
『……じゃあ、落ち着いたら、で良いかな? 今はまだ、やることが多くて』
美咲は戸惑ったように目を瞬かせたが、すぐにふっと微笑みを浮かべた。その笑みを見て、恵子もうなずく。それから「じゃあね」と受話器を置いた。
「……美咲ちゃんも、おがったなぁ」
すっかりと『母親』の顔をしている美咲に、恵子はぽつりとつぶやく。
三月の中旬に越してきた美咲たちが落ち着いたのは、約一ヶ月後だった。
四月の中旬。芽衣は無事に小学校に入学し、新しい生活にも少しずつ慣れてきたようで、学校帰りに恵子の家まで遊びに来るようになった。新品のランドセルを自慢げに見せる姿はとても微笑ましい。
「けーこばあば、今日ねぇ、お母さんがお邪魔してもいいですか? って」
「あら、美咲ちゃん、今日は早いのね?」
「うん。でもね、芽衣はおばあちゃんたちと外食予定なの!」
目をきらきらと輝かせて、「なにを食べようかなぁ」とワクワクしている芽衣に、恵子はそっと彼女の頭に手を伸ばして、その柔らかい髪をくしゃりと撫でた。
「お母さんと一緒じゃなくて良いの?」
「うん、お母さんとはまた別の日に行くから、外食二回あるんだよ!」
人差し指と中指を立ててピースする芽衣に、「そうかい」と恵子は微笑む。
「それで、どうかなぁ?」
「うちは大丈夫、って伝えてくれる?」
「はーい。それじゃあね、けーこばあば!」
芽衣は恵子の家から、自宅へと歩き出した。数歩で足を止め、くるっと身体を反転させて大きく手を振るのが見えて、恵子も手を振り返した。
「んだば、美咲ちゃんのためにごちそう用意せんとな」
恵子も手を振り返す。それに気付いた子どもは、両手で自分の存在をアピールし、母親に止められた。
ぺこりと頭を下げる姿を見て、二年前に会ったときよりもやつれているように思え、少し心配になる。
少し考えてから、邪魔しては悪いだろうとそのまま日課の散歩に行った。
三月の中旬。風はまだ冷たいが、歩いているうちに身体が温まる。散歩をするにはちょうど良い時期だ。
一時間ほど、いつものコースを歩き自宅に戻ると、すでに引っ越しのトラックは姿を消していた。きっと今頃、中でいろいろとしているのだろうと想像し恵子は鍵を取りだす。
カチャリと鍵を開け、自宅に入るとちょうど電話が鳴った。
「あらあら、誰かしら?」
音が鳴りやまないうちに受話器を取り、耳にあてる。町内のIP電話は、ビデオ電話の機能もあり、ぱっと顔が映る。
「――美咲ちゃん?」
『お久しぶりです、けーこばあば。さっき、芽衣に手を振ってくれたでしょ?』
「芽衣ちゃん、おがったねぇ。ああ、そうだ、美咲ちゃん。おかえり」
『……ただいま。えへへ、帰ってきちゃった』
眉を下げて笑う姿が見えた。恵子はそれから、美咲の話を十分ほど聞いていた。
話をまとめると、『これからよろしくお願いします』という挨拶だった。心なしか、彼女の表情は暗い。恵子は少し考えるように黙り込み、それから口を開く。
「美咲ちゃん。あとでこっそり、うちに来れる?」
『え? でも……』
「いいから、いいから。今日じゃなくてもいい。でも、ちっと、私の話し相手になってくれんかね?」
『……じゃあ、落ち着いたら、で良いかな? 今はまだ、やることが多くて』
美咲は戸惑ったように目を瞬かせたが、すぐにふっと微笑みを浮かべた。その笑みを見て、恵子もうなずく。それから「じゃあね」と受話器を置いた。
「……美咲ちゃんも、おがったなぁ」
すっかりと『母親』の顔をしている美咲に、恵子はぽつりとつぶやく。
三月の中旬に越してきた美咲たちが落ち着いたのは、約一ヶ月後だった。
四月の中旬。芽衣は無事に小学校に入学し、新しい生活にも少しずつ慣れてきたようで、学校帰りに恵子の家まで遊びに来るようになった。新品のランドセルを自慢げに見せる姿はとても微笑ましい。
「けーこばあば、今日ねぇ、お母さんがお邪魔してもいいですか? って」
「あら、美咲ちゃん、今日は早いのね?」
「うん。でもね、芽衣はおばあちゃんたちと外食予定なの!」
目をきらきらと輝かせて、「なにを食べようかなぁ」とワクワクしている芽衣に、恵子はそっと彼女の頭に手を伸ばして、その柔らかい髪をくしゃりと撫でた。
「お母さんと一緒じゃなくて良いの?」
「うん、お母さんとはまた別の日に行くから、外食二回あるんだよ!」
人差し指と中指を立ててピースする芽衣に、「そうかい」と恵子は微笑む。
「それで、どうかなぁ?」
「うちは大丈夫、って伝えてくれる?」
「はーい。それじゃあね、けーこばあば!」
芽衣は恵子の家から、自宅へと歩き出した。数歩で足を止め、くるっと身体を反転させて大きく手を振るのが見えて、恵子も手を振り返した。
「んだば、美咲ちゃんのためにごちそう用意せんとな」
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