32 / 44
第32話 神崎玲花の思惑
しおりを挟む
翌朝、新聞部が徹夜で刷り上げた号外を手にした清流院靖は、六色刷りでデカデカと描かれたその見出しに驚きを隠せなかった。
「なんだ、これは?!」
そう言うなり、新聞部の部室へ直行。徹夜明けでウトウトと机で微睡んでいた部長の本居真一を叩き起こすと、握り締めた号外を突き付けた。
「なんだ、これは?」
「え、なんだって? ああ、なんだ、これか」
靖の抗議を予期していたのか、本居は別段慌てる様子もなく、ずれた眼鏡の焦点をその見出しに合わせた。
世紀の一戦、清流院靖、神崎玲花組VS一番合戦嵐子、X組。
「これがどうかしたか?」
「どうかした、だと? 貴様はよほど茶番が好きらしいな? これじゃあ、まるでプロレスのタッグマッチだ。記事の出所はどこだ? 誰がこんなガセネタを」
「俺だよ」
「……」
「俺が記事の情報源さ」
涼しい顔して、とんでもないことを言ってのけた本居。
靖が呆れ顔で呟いた。
「狙いは何だ? 貴様のことだ。特ダネ欲しさに記事をでっち上げたなんて、そんな単純な理由ではあるまい?」
「お察しの通りだ、生徒会長。俺は冥王開闢以来のタッグマッチという試合形式に興味を持ってな。その実現を後押しすべく、些か健筆を振るったのさ」
「誰がその茶番劇の提案をした?」
「それは俺さ。だがな、あの二人もあっさりと乗ってきてな。それなら記事にしてもよかろうと」
「あの二人? ……まさか!」
「そうさ、神崎君と一番合戦君さ」
靖が激しく首を振った。
「信じられない。一番合戦君はともかく、あの品行方正な副会長が、そんな下品な……」
「事実は事実さ。それだけ一番合戦嵐子は魅力的な相手なんだろうよ。何と言っても、その正体は冥王最強と謳われた……」
本居が不意に口を噤んで押し黙った。
靖が訝し気に睨み付けた。
「どうした? 貴様、何を隠してる?」
「いや、何でもない。何でもないんだ」
ハハハッ、と笑顔で胡麻化した本居だが、その眼は笑ってはいなかった。
■■■
早朝、新聞部部員が校門脇で号外を配布していると、その眼前に高級自家用車が停車した。
号外に目を通していた生徒たちが一斉に顔を上げた。
校庭全体に緊張感が走る。
時の人、神崎玲花の登場だ。
大勢の生徒が注目する中、その視線すらも己の愉悦とするような自信に満ち溢れたほほ笑みで、「おはよう」と顔見知りの生徒に声をかける。
後輩の生徒会役員二年三組大橋恵梨香が、「おはようございます」と丁重に頭を下げると満足そうに微笑みを返す。
恵梨香の顔に喜色が浮かんだのは、大仕事を果たし終えた安堵感からだ。
そんな玲花のほほ笑みが不意に玄関先で途切れた。
そこに不快な集団、神崎玲花親衛隊の面々を見出したからだ。
「お、おはようございます。お姉様」
音羽冬華が怖々と声をかける。
が、玲花はそれを無視して彼女の前を通り過ぎた。
「お姉様、鞄をお持ちします」
行く手に回って尚も食い下がる冬華を、玲花は冷たい目で睨み付けた。
「結構よ! 言ったはずです。わたくしの前に二度と姿を見せないでって」
「で、でも」
「さあ、そこをお退きなさい! わたくしは忙しいのよ」
「お願いです、どうかお赦しを! あのような不埒な真似は二度といたしませんので。以前のように、わたくし共を是非お側に」
冬華はそれが虚しい願いであることを知った。
玲花の双眼に怒気が浮かび上がった。
「もし、わたくしがあのような恥ずべき行為をしたなら、懐剣で咽喉を突いて自刃したはずです。音羽さん、あなたにそれが出来て?」
「……」
真っ青な顔でその場にしゃがみ込んだ冬華。
いきなり床に伏せると、ワーッと周囲に大量の涙を散水させた。
親衛隊の面々はただ黙って見守るのみ。気の毒過ぎて誰も声をかけられない。
玲花は背中で彼女の号泣を聴いた。
少し薬が効き過ぎたかしら?
能面のような冷たい表情とは裏腹に、心中でフフフッと含み笑いを漏らした玲花。
振り返ると、いつもの澄んだ明るい声で「音羽さん。このバッグ、教室までお願いできないかしら?」
えっ、と涙でぐしょぐしょの顔を上げた冬華。
玲花が赦しの微笑みを振り向けた。
「わたくし、これから校長室に参りますので、このバッグを教室まで届けてくださらない?」
「は、はい、喜んで!」
冬華は自身が赦されたことを知ると、喜び勇んで玲花の許へ駆け寄った。
その時、玲花は気付いた。
スクールバッグを受け取った冬華の右手に握られた一片の紙片。そこに大書された"世紀の一戦゙の文字を。
「それ、頂けないかしら?」
「あっ、はい。どうぞ」
新聞部の号外に目を走らせる玲花。
冬華が遠慮がちに尋ねた。
「あの、その記事の内容、事実なんでしょうか?」
「ええ、事実よ。いえ、正確には事実にすべく、これから校長先生に掛け合いに行くところなの」
「……」
玲花の瞳に決意の炎が舞い上がるのを、冬華は畏れを抱きながら見つめていた。
お姉様、殺る気だわ。一番合戦嵐子を……。
「音羽さん」
「……は、はい」
「放課後、剣闘部の部室へお邪魔するわ。稽古の相手をしていただけるかしら?」
「はい、お待ちしております!」
「ではよろしくね」
去り行く玲花の背中を見つめつつ、冬華は心中でほくそ笑んだ。
いくらでも協力しますとも。一番合戦嵐子を殺るためなら……。
「なんだ、これは?!」
そう言うなり、新聞部の部室へ直行。徹夜明けでウトウトと机で微睡んでいた部長の本居真一を叩き起こすと、握り締めた号外を突き付けた。
「なんだ、これは?」
「え、なんだって? ああ、なんだ、これか」
靖の抗議を予期していたのか、本居は別段慌てる様子もなく、ずれた眼鏡の焦点をその見出しに合わせた。
世紀の一戦、清流院靖、神崎玲花組VS一番合戦嵐子、X組。
「これがどうかしたか?」
「どうかした、だと? 貴様はよほど茶番が好きらしいな? これじゃあ、まるでプロレスのタッグマッチだ。記事の出所はどこだ? 誰がこんなガセネタを」
「俺だよ」
「……」
「俺が記事の情報源さ」
涼しい顔して、とんでもないことを言ってのけた本居。
靖が呆れ顔で呟いた。
「狙いは何だ? 貴様のことだ。特ダネ欲しさに記事をでっち上げたなんて、そんな単純な理由ではあるまい?」
「お察しの通りだ、生徒会長。俺は冥王開闢以来のタッグマッチという試合形式に興味を持ってな。その実現を後押しすべく、些か健筆を振るったのさ」
「誰がその茶番劇の提案をした?」
「それは俺さ。だがな、あの二人もあっさりと乗ってきてな。それなら記事にしてもよかろうと」
「あの二人? ……まさか!」
「そうさ、神崎君と一番合戦君さ」
靖が激しく首を振った。
「信じられない。一番合戦君はともかく、あの品行方正な副会長が、そんな下品な……」
「事実は事実さ。それだけ一番合戦嵐子は魅力的な相手なんだろうよ。何と言っても、その正体は冥王最強と謳われた……」
本居が不意に口を噤んで押し黙った。
靖が訝し気に睨み付けた。
「どうした? 貴様、何を隠してる?」
「いや、何でもない。何でもないんだ」
ハハハッ、と笑顔で胡麻化した本居だが、その眼は笑ってはいなかった。
■■■
早朝、新聞部部員が校門脇で号外を配布していると、その眼前に高級自家用車が停車した。
号外に目を通していた生徒たちが一斉に顔を上げた。
校庭全体に緊張感が走る。
時の人、神崎玲花の登場だ。
大勢の生徒が注目する中、その視線すらも己の愉悦とするような自信に満ち溢れたほほ笑みで、「おはよう」と顔見知りの生徒に声をかける。
後輩の生徒会役員二年三組大橋恵梨香が、「おはようございます」と丁重に頭を下げると満足そうに微笑みを返す。
恵梨香の顔に喜色が浮かんだのは、大仕事を果たし終えた安堵感からだ。
そんな玲花のほほ笑みが不意に玄関先で途切れた。
そこに不快な集団、神崎玲花親衛隊の面々を見出したからだ。
「お、おはようございます。お姉様」
音羽冬華が怖々と声をかける。
が、玲花はそれを無視して彼女の前を通り過ぎた。
「お姉様、鞄をお持ちします」
行く手に回って尚も食い下がる冬華を、玲花は冷たい目で睨み付けた。
「結構よ! 言ったはずです。わたくしの前に二度と姿を見せないでって」
「で、でも」
「さあ、そこをお退きなさい! わたくしは忙しいのよ」
「お願いです、どうかお赦しを! あのような不埒な真似は二度といたしませんので。以前のように、わたくし共を是非お側に」
冬華はそれが虚しい願いであることを知った。
玲花の双眼に怒気が浮かび上がった。
「もし、わたくしがあのような恥ずべき行為をしたなら、懐剣で咽喉を突いて自刃したはずです。音羽さん、あなたにそれが出来て?」
「……」
真っ青な顔でその場にしゃがみ込んだ冬華。
いきなり床に伏せると、ワーッと周囲に大量の涙を散水させた。
親衛隊の面々はただ黙って見守るのみ。気の毒過ぎて誰も声をかけられない。
玲花は背中で彼女の号泣を聴いた。
少し薬が効き過ぎたかしら?
能面のような冷たい表情とは裏腹に、心中でフフフッと含み笑いを漏らした玲花。
振り返ると、いつもの澄んだ明るい声で「音羽さん。このバッグ、教室までお願いできないかしら?」
えっ、と涙でぐしょぐしょの顔を上げた冬華。
玲花が赦しの微笑みを振り向けた。
「わたくし、これから校長室に参りますので、このバッグを教室まで届けてくださらない?」
「は、はい、喜んで!」
冬華は自身が赦されたことを知ると、喜び勇んで玲花の許へ駆け寄った。
その時、玲花は気付いた。
スクールバッグを受け取った冬華の右手に握られた一片の紙片。そこに大書された"世紀の一戦゙の文字を。
「それ、頂けないかしら?」
「あっ、はい。どうぞ」
新聞部の号外に目を走らせる玲花。
冬華が遠慮がちに尋ねた。
「あの、その記事の内容、事実なんでしょうか?」
「ええ、事実よ。いえ、正確には事実にすべく、これから校長先生に掛け合いに行くところなの」
「……」
玲花の瞳に決意の炎が舞い上がるのを、冬華は畏れを抱きながら見つめていた。
お姉様、殺る気だわ。一番合戦嵐子を……。
「音羽さん」
「……は、はい」
「放課後、剣闘部の部室へお邪魔するわ。稽古の相手をしていただけるかしら?」
「はい、お待ちしております!」
「ではよろしくね」
去り行く玲花の背中を見つめつつ、冬華は心中でほくそ笑んだ。
いくらでも協力しますとも。一番合戦嵐子を殺るためなら……。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
【完結】貴方の子供を産ませてください♡〜妖の王の継承者は正妻志望で学園1の銀髪美少女と共に最強スキル「異能狩り」で成り上がり復讐する〜
ひらたけなめこ
キャラ文芸
【完結しました】【キャラ文芸大賞応援ありがとうございましたm(_ _)m】
妖の王の血を引く坂田琥太郎は、高校入学時に一人の美少女と出会う。彼女もまた、人ならざる者だった。一家惨殺された過去を持つ琥太郎は、妖刀童子切安綱を手に、怨敵の土御門翠流とその式神、七鬼衆に復讐を誓う。数奇な運命を辿る琥太郎のもとに集ったのは、学園で出会う陰陽師や妖達だった。
現代あやかし陰陽譚、開幕!
キャラ文芸大賞参加します!皆様、何卒応援宜しくお願いいたしますm(_ _)m投票、お気に入りが励みになります。
著者Twitter
https://twitter.com/@hiratakenameko7
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
群青の空
ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ
キャラ文芸
十年前――
東京から引っ越し、友達も彼女もなく。退屈な日々を送り、隣の家から聴こえてくるピアノの音は、綺麗で穏やかな感じをさせるが、どこか腑に落ちないところがあった。そんな高校生・拓海がその土地で不思議な高校生美少女・空と出会う。
そんな彼女のと出会い、俺の一年は自分の人生の中で、何よりも大切なものになった。
ただ、俺は彼女に……。
これは十年前のたった一年の青春物語――
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
平凡な僕の家に可愛いメイドさんが来ました
けろよん
キャラ文芸
平凡な僕の家に可愛い知らない女の子がやってきた。彼女はメアリと名乗りメイドとして働きに来たと言う。
僕は戸惑いながらも彼女に家の事を教える事にした。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
グリモワールと文芸部
夢草 蝶
キャラ文芸
八瀬ひまわりは文芸部に所属する少女。
ある日、部室を掃除していると見たことのない本を見つける。
本のタイトルは『グリモワール』。
何気なくその本を開いてみると、大きな陣が浮かび上がって……。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる