上 下
5 / 44

第05話 嵐子と蘭子 二つの影

しおりを挟む
 放課後の図書室に、人影は疎らだった。
 五月は部屋の片隅で、一人黙々と卒業アルバムを捲っていた。
 図書委員であり、読書を趣味とする彼女がそこに居ても何の違和感もないのだが、閲覧しているのが一六年前の卒業アルバムであれば話は別だ。
 掲載された記念写真に写っているはずの一番合戦という人物。
 五月はその人物の手がかりを捜していたのだ。

 事の発端は家庭における母親の一言にあった。

「これ、読める?」
 
 夕食後のひと時、何気に訊いた一番合戦という名字。
 誰もが、ーーいちばんがっせん。と読むところを、母親の五月雨浮子うきはいともあっさりと、ーーいちまかせ。と読んだのだ。

「ええっ~! 何で読める?」
 
 青天の霹靂! どうして正確に読めたのか、五月でなくとも気になるところ。

「それはね、高校時代の後輩に、そういう名字の娘がいたからよ」
 
 一度、聞いたら忘れられない名字。
 浮子うきは皿洗いの手を休めると懐かしそうに遠くを見た。
 彼女も冥王学院の卒業生なのだ。
 五月がテーブルから身を乗り出した。

「ねっ、ねっ、その人、どんな人だった?」
「そうねぇ、とても美しい人ね。でも蓮っ葉ていうのかしら? それこそ絵に描いたようなお転婆で、剣術道場の娘さんでね。開けっ広げでよく笑う人だった」
「その人、強かった?」
「ええ、見かけとは大違い。薙刀を持たせれば学院一の使い手って言われてたわ。確か格闘順位でもSクラス一位を外したことはないはずよ」
「へぇ~、そんなお嬢様が。正直、信じられない」
「薙刀部の後輩で、二、三度手合せしたけれど、お母さん、一度も勝てなかったなぁ」
「それでお母さんは対戦順位、最高何位までいったの?」
「……ええと、私?」
 
 娘の不意の質問に、浮子は戸惑った笑みを浮かべた。

「そうね、三十位は超えられなかったかしら?」

 勝った! と思ったのも束の間、話がずれたことに気付いた五月は、

「で、さっきの続きだけど、その後輩、一番合戦」
「……蘭子」
「えっ、嵐子?」
「花の蘭に子、よ」
「その蘭子さんの写真が観たいんだけど」
「あら、随分と御執心ね。でも卒業アルバムに載ってたかしら?」
「薙刀部の記念写真は?」
「それが彼女、撮影の当日、学校を欠席したらしくって記念写真に写ってないのよ」
「それは残念。出来れば顔を確認したかったんだけど」
 
 浮子が小首を傾げた。

「何か気になることでも?」
「ええ、実は」
 
 五月は躊躇いつつも、先の決闘で親友のイクを破った生徒が、一番合戦という名字であることを告げた。

「そうなの、確かに珍しい名字だけど」
 
 浮子は少し考え込むと、

「それで、その一番合戦さんの得物は?」
「それが……、ピコピコハンマー」
「えっ、ピコピコハンマー?」
「ねっ、笑えるでしょう?」
 
 二人がクスリと笑うには程よい冗談話だった。彼女たちに限らず、大勢の人がピコピコハンマーで遊んだ記憶を共有している。が、その得物のせいで重傷者が出ているのだ。母娘はすぐに笑顔を収めた。

「で、イクちゃんの容態は?」
 
 浮子も娘の友人として何度か言葉を交わした相手だ。
 五月のお母さん、美人で羨ましいわ。とイクが話しているのを何気に耳にしたこともある。
 やはり容態は気にかかる。

「それが意識は取り戻したんだけど」
 
 頭蓋骨骨折で二週間の入院。あれから三日が経つが未だに面会謝絶状態。精神的ショックが癒えず、付き添いの母親の話によると、当人はベットの中で毛布に包まって泣き暮らしているという。

「イクには早く良くなってもらわなきゃ。そのためにも、あの女は必ず私が倒す!」
「あら、決闘するの?」
「当然でしょう? 親友がやられたのよ。仇を討たなきゃ!」
「仇討ちは冥王学院の伝統だけど。相手は強いんでしょう? もし返り討ちにでもあったら」
「大丈夫だって! そのために色々調べてるんだから。ーー彼を知り、己を知らば、百戦あやうからず。そう孫子にも書いてあるし」
 
 五月の笑顔は少し強張っていた。
 あの女、一番合戦嵐子の戦闘力は、反射神経、跳躍力、パワー、その他、どの項目でもイクを上回った。
 翌日、気の早い者は、--もしかして左馬之丞より強いんじゃないか? などと囁く始末。
 自分はイクより格下のBクラス28位。剣術の稽古では三回に二回は不覚を取った。
 そんな自分が一番合戦嵐子を倒せるだろうか?
 不安に駆られた娘を気遣うように、浮子が声をかけた。

「そうそう、例の写真の件だけど、学校の図書室を当たってみたら? 卒業アルバムが保管されてるはずよ」
「そうだった! それで、その一番合戦蘭子さんって何期生なの?」
「私の二期下だから、確か十期生のはず」
「分かった。早速、明日、探してみる」

 ■■■

 五月のページを捲る手が、ふと止まった。
 第十期卒業生の顔触れの中に、嵐子とそっくりの顔を見つけたのだ。

 見つけた!
 
 名前は一番合戦蘭子。きっと彼女の母親に違いない。

 我が子を冥王学院に入学させようとするOBは後を絶たない。
 質実剛健な校風が人格形成に大いに資することを、彼らは身を以て理解しているのだ。
 現に五月やイクの母親も同校の卒業生で、入学は自身の意思というよりは親の意思による。
 だが武術で男子と渡り合い、あまつさえ打ち倒すことが許される本校の教育制度を、彼女たちも甚く気に入っている。
 本来は大和撫子の育成を目標としたものではあるが、そこは21世紀の学院。第四代校長が、ーー男女一五歳にして席を同じうせず。を実行しようとしたところ、生徒総会の総意で否決され、第五代校長が、ーーそれならいっそ男子校にしてしまえ。と理事会に諮ったところ、ーーそれは罷りならぬ。と頭越しに文科省からお達しがきた。
 古来よりの武士道を極めつつ、決して男尊女卑の悪風には染まらない。
 そんな訳で文武両道を極める女子にも人気があり、親子二代で冥王学院の卒業生なんて生徒が、全体の約三割にも上る。
 一番合戦嵐子も、きっとそんな生徒の一人なのだ。
 だが、それなればこそ疑問は尽きない。


 なぜ、彼女は悪意を以て人と闘うのか?

 学院内において、最上ランクの実技試験である決闘が行われるのは、精々年に一度ほど。それは最上級者が互いの誇りを賭けて執行されるものであって、決して憎悪の捌け口として行われるべきではないのだ。
 それなのに彼女ときたら週に二度も決闘を行い、三人を病院送りにしたのだ。イク以外の犠牲者は、一年三組の佐山修一と一年四組の矢代義一。そして一年五組の本宮龍虎の三人。
 うち二人は格闘順位一二八位と一四八位というCランクの生徒で、イクに代わってAランク二十九位に昇格した嵐子に果し状を受ける義務はないのだが、彼女はいともあっさりと、「ようございますとも、お受けいたしましょう。でも日を置いて、お二方を相手にするのは面倒なので、今ここで纏めて相手をするというのであれば」と澄まし面で言ってのけたのだ。
 その瞬間、決闘は私闘に早変わり。冥王学院生の誇りを甚く傷つけられた二人は、怒りに我を忘れて嵐子に襲い掛かった。
 が、二人の得物、ーー刀の切っ先と槍の穂先が届く寸前、嵐子は軽やかに跳躍すると軽やかに空中で一回転、二人の後頭部へピコピコッと軽やかにピコピコハンマーの連打を加えたのだ。
 二人が倒木のごとく前のめりに倒れるまで僅か三秒。

「どなたか~、校医を、いえ、救急車をお願いしま~す」
 
 そう言って両腕を前に組むと、ピコピコハンマーを高らかに掲げ、勝利の美少女ポーズC型を決めてみせたのだ。
 スマホのシャツターが一斉に切られ、その映像は多くの男子生徒の待ち受け画面と化した。
 格下相手とはいえ、余りの鮮やかな勝ちっぷりと美少女振りに、心酔した一人の男子生徒が、「嵐子ちゃ~ん、今度は水着姿でお願いね!」と叫ぶと、「それは夏までお預けよ!」とウインクしてみせたから堪らない。
 その場にいた男子生徒の八割が彼女のファンに、そして女子生徒の八割が彼女の敵となった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

処理中です...