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第06話 ハートフル物語 奇跡のスマートフォン

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 デカルトの実存主義に従えば”わしは儂”なのだが、そんなもんに従うよりは”儂は鷲”と哲学を駄洒落化することによって、自由に科学の大空を飛翔するのが源外なのだ。
 虚数空間の暗闇を引き裂いて、とうとう源外は蘇えった。そにまま永遠に沈んでいろという意見もおありでしょうが、ともかく彼は蘇えった。

 今よ!
 
 その虚ろな瞳に意思の光が宿ったとき、愛輝はすかさず自分のスマホを差し出して叫んだ。

「わたくしのをお使いなさい。事は一刻を争うのです。さあ、早く!」
 
 スマホをひったくるように奪った源外は、慣れない機種に悪戦苦闘しながらも、今度はおおよそ二分で回線を繋げることに成功した。

「あっ、珍珍軒? ラーメン三人前、大至急! 三丁目の交差点で信号待ちしているリムジンがあるから、そこまで……。うん、わし、平賀。じゃあ、そういうことで、よろしく……」
 
 どうやら繋がった先はラーメン屋のようだ。
 それにしてもリムジンに出前させる源外も源外なら、”平賀”の一言で、金持ちの圧力に屈して出前するラーメン屋もラーメン屋だ。
 五十年前にマンガやアニメで流行ったラーメン屋ギャグも、全編にそこはかとなく漂う雅で古式ゆかしい雰囲気の本作品だからこそ許される(ああ、神様。編集者が、下読みの人が、そして読者の皆様が、寛大な心の持ち主であらんことを!)。
 
 だが時代の最先端を追求する立場にある愛輝が、そんな古めかしい化石ギャグの発掘を許してくれる訳がない。
 底光りする眼で源外を睨み付けると、----化石を発掘するのは考古学者の仕事でしょ。というツッコミは敢えて封印して、代わりに誰もが感じる疑問、元お笑い芸人の石見なら、----お嬢様、そのようなツッコミはツッコミとは申せません。等というツッコミを入れたであろう、「なぜ、ラーメンの注文を?」というツッコミだった。

「そりゃ、ラーメンが食べたいから……」
 
 ボケというには余りにも在り来たりのボケで、元お笑い芸人の石見なら、----お坊ちゃま、そのようなボケはボケとは申せません。等とボケてみせたであろう、ほんと、ボケにならないボケであった。

「今、ラーメンを注文する必要があるのかしら?」
 
 ツッコミまくる愛輝。
 抑え難い怒りを抑えているのは、源外の不条理な言動の裏に科学者らしい整合性を見い出そうとしたからで……。彼女はラーメンと医師、もしくはラーメンと医療の関連性を必死に模索していたのだ。

「いや~、朝から大太刀回り演じたから、なんか腹減っちゃって……」
 
 ボケまくる源外。
 ラーメンを注文したくらいで、なんで愛輝は執拗に絡むのかと少しばかり疑念を抱いたが、肝心の医師への連絡を忘れるようでは、それこそ前代未聞の天然ボケ野郎と、読者にツッコまれるのは時間の問題である。

【国土防災法第99条】
 許容を超える天然ボケがもたらす被害は、これを自然災害と認定する。

 助手席の石見などはいち早くその大ボケぶりに気が付いて、----お坊ちゃま、見事なボケッぷりでございます。と人知れずハンカチでそっと目頭を押さえて、源外の成長を密かに喜んだりしたが、愛輝は無論そんな茶番に付き合うはずもなく、咽喉元まで込み上げた怒りをグッと飲み込むと、笑顔でニッコリ、やけに明るい、でも妙に乾いたアニメ声で、----な~んだぁ、お腹が空いただけなんだぁ~。そうなんだぁ~。と他人には滅多に見せぬであろう、小首を傾げる仕草をしてみせたのだ。
 
 これこそ値千金の瞬間だった。
 源外は閃いた。
 この可愛げな表情をスマホで盗撮して、彼女のファンクラブに売り捌けば、2000円×100人と計算して20万円にはなる。世界有数の大富豪の息子のやることにしては非常にせこい話なのだが、商売の機会は決して逃すなという、本草学者にして発明家、そして江戸の市井の人々から大山師と呼ばれた平賀家の開祖、平賀源内の家訓を忠実に守った結果がこれなのだ。
 
 愛輝に気付かれないように、源外はそ~っとスマホを傾けてレンズの位置を調整した。

 よし、今じゃ。
 
 源外の指が今まさにキーを押そうとした瞬間、----バキッという音がして、スマホの液晶画面が砕け散った。
 盗撮に気付いた愛輝がその強力な爪先蹴りでスマホを破壊、すんでのところで彼の野望を打ち砕いたのだ。
(おのれ、愛輝! いずれ、いや、夏までには必ずおまえの艶姿を盗撮してみせる。せいぜい露出の高い水着でも用意して待っているがいい。さらばだ!)
 そう心の中で捨て台詞を吐いた源外だが、なんか愛輝はすべてお見通しのようで……。

「いいから、さっさと間先生に連絡しなさい。このタコのキンタマ!」

【備考4】ゲゾラVSスダール
 源外がその場の状況に応じてイカの種類を使い分けるのに対して、愛輝はタコの種類を使い分ける気など更々なく、そのギャグセンスの差がそのまま科学センスの差になって顕在化していると語ったのは、かの有名なアインシュタインだが、彼の没年(1955年)と源外や愛輝の生年(20✕✕年)を考え合わせれば、それは明らかな虚偽であり、先の言葉は源外が己を愛輝より優れた科学者とすべく勝手に創作した風評である。
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