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第05話 永遠の好敵手ホー〇ング博士

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「何よ、飛ばないじゃない!」
 
 愛輝に襟元を掴まれてガクガク揺さぶられたのでは、さすがの源外も愛想笑いに冷や汗を浮かべて、

「どうしちゃったのかなあ~、愛輝ちゃんは……」と様子を見守る以外に手はなかった。
 
    良心回路ジェミニィに不具合を生じた人造人間のように、突然、愛輝が暴れ出したのだ。
 どうやらリムジンが飛ばなかったことに大激怒ォおおおお~~~~~したようだ。

「この詐欺師、この詐欺師、この詐欺師!」
 
 愛輝の双眼から放たれるこのゴミ虫め光線は、まるで降り注ぐ大粒のひょうのごとく源外の大脳神経を直撃する。
 怒りのゲージが頂点に達し、危うく”チョーリキショーライ”しそうになったが、それでも源外は耐えた。
 ひたすら耐えた。
 サナ〇マンのごとく耐えた。
 Mマハトマ・ガンジーの無抵抗主義に従えば必ず未来が開けると信じて……。
 
 愛輝がようやく落ち着きを取り戻した。
 取り乱した自分を恥じ入るように俯くと、「どうして、どうして、飛ばないの?」と拗ねてみせた。

「どうしてって、そりゃ、リムジンは自動車であって飛行機じゃないからねぇ~」
「じゃあ、なんでターボエンジンなんて積んでるのよ」
「そりゃ、加速するときに便利だから……。それにスピードも出るし……」
「じゃあ、あの翼はなに? ただの見せかけ?」
「いや、あれは翼じゃなくって自動安定装置スタビライザー。高速走行中の車体を安定させるんじゃ」
「じゃあ、飛ばないのね?」
「まっ、そういうこと。なんか期待を裏切ったようで申し訳ないんじゃが……」
 
 愛輝の頬を伝わって一滴の涙が零れ落ちた。

 ええっ! なんで泣く?
 
 源外は思った。
 女心という混沌カオスは秋の空よりずっと複雑で、どのような複雑系理論カオスを以てしても解析不可能だと……。
 涙を見られるのが恥ずかしいのか、愛輝はプイと窓外へ顔を背けた。
 源外は何で自分が非難されたのか分からないまま、大過なく愛輝の突発性狂騒病をやり過ごしたことにホッと安堵のため息をついた。
 人心地ついたところで、ようやく重大なことに気が付いた。
 後部シートに横たわる桜井咲子のことだ。

「あっ、いっけねえ~」
 
 源外が慌てて例の四次元バックパックを逆さに振ると、出るわ出るわ、大量の保冷剤が……。それで桜井の頭部を冷やし脳死を遅らせようというのだ。

「脳死に至らなければ、彼女を救う手はあるのじゃ」
「でも源外君、あなた、医学は専門外でしょ?」
 
 メスも握ったことのない素人が救急患者に何を施そうというのか?
 愛輝でなくとも不安が募るのは当然だ。

「勿論、わしは手術なんてやらんのじゃ」
 
 源外は内ポケットから携帯電話ガラケーを取り出すと、「わし、これ苦手なんじゃ」と独り言を呟きながら、やりにくそうに右手の人差し指でキーを押し始めた。
 
 その姿は機器の扱いに不慣れなボケ老人と瓜二つ。
 彼は本当に天才科学者なのかと疑いたくなる。
 無類のメカ好きで、多くの発明や特許を取得しているくせに、なぜか機器類の扱いとなると無類の不器用ぶりを発揮するから不思議だ。
 天才発明家の中にも、発想は素晴らしいのだが運用面で失敗したために、歴史に名を残し損ねた残念発明家が存在する。

 え~い、クソッ! ボケ! ダイオウイカのキンタマ! あっ、また間違えた! 等と大騒ぎしながら数十秒経過しても打ち込みの終わらない源外にちょっぴり不安を感じつつも、愛輝は通話相手が気になってそれとなく尋ねた。

「お知り合い?」
「いや、三年前に一度会ったきりじゃ。わしのこと、よう覚えておらんかも……」
 
 源外にアドレス帳は不要だ。電話番号は大抵一度で覚えてしまうからだ。
 でも電話番号の打ち込みに数分かかるようでは、アドレス帳を調べるより時間がかかるので、結局記憶した意味がない。それが源外という男の悲しい宿命なのだ。

 おおよそ三分ほどかけて、ようやく通話に成功した源外。
 耳に心地よく響くテレフォンコールは原始人エイブから現代人ホモサピエンスへの進化の証であり、己の勝利の証なのだ。
 彼が後に語ったところによると、なぜか脳裏には人類初の月面着陸に成功したアポロ11号のアームストロング船長の、ーー人類にとっては小さな一歩、でもわしにとっては大きな一歩(?)という、あの歴史的名言が思い浮かんだそうな。
 
 それほどの難事業を成功させたのなら、ケーキの一つも買ってお祝いすべきなのだが、生憎ノリの悪い愛輝が同席しているとあっては、そんなささやかな祝宴すら楽しめない。
 石見などは、「お坊ちゃま、そこの自販機でカップ酒でも買って、祝杯でも挙げようではあ~りませんか!」等と源外が未成年であることを忘れて、とんでもない秋波を送ってきたりした。
 因みに源外は洋酒党なので、その提案には難色を示した(おいおい)。
 それもこれも携帯が通じるまでの束の間の出来事だったが……。
 相手がコール音五回で出てくれたのは幸いだった。
 なぜならせっかちな性格の源外はそれ以上待てないからだ。

「もしもし、わし、平賀源外。覚えてる? えっ、知らない? 冷てえなぁ~、もう忘れたの? えっ、いつ会ったかって? ほら、三年前、わしが怪我して入院したとき面倒看てもらった……。えっ、思い出した? そうそう、その邪王神眼。うん、わし、あのとき眼ぇ怪我して黒眼帯してたから……。えっ、なんで黒眼帯なんかしてたかって? いや、そりゃ、どうせ眼帯するなら黒の方がお洒落じゃろうが。伊達政宗も黒、柳生十兵衛も黒、ハーロ〇クも黒、イケてる男はみんな黒と決まっておろうが。えっ、十兵衛より九兵衛ちゃんの方がいいだと? 天竜と木曾を忘れるな? めぐみん、最高ううううう~! って、それ、みんな女性キャラじゃろうが! おまえには男の魂というものが……、えっ、そんなもんいらんだと? おお、上等じゃあ! 決着つけたるけん、週末、居酒屋あわさんで。首を洗って待っとれよ!」
 
 悲憤慷慨の源外、携帯を切るとブスッとした表情で押し黙った。
 通話内容を小耳に挟んだ愛輝は、余りの場違いな会話に違和感を感じて、

「今のは誰?」と訊かずにはいられなかった。
あいだ先生。日本一、いや、世界一の天災外科医といわれてる人なんじゃが……」
「医師とは思えない人ね」
「まさかマンガオタクだったとは……。人には意外な趣味があるもんじゃねえ」
「本当に相手は間先生だったの?」
「……」
 
 源外も腑に落ちないのか、気難しい顔で腕を組んで考え込んだ。

「相手の氏名はちゃんと確認した?」
「う~ん、そういえばしなかったかも……」
「もしかしてかけ間違いってことは……」
 
 愛輝の指摘を受けて、念のため、源外が携帯のアドレス帳を確認すると、

「あっ、しまった。番号押し間違えた!」
 
 天災科学者にとって、文明を利器をうまく扱えないというのは致命的な欠陥といえる。
 落ち込む源外に愛輝の情け容赦のない一言が止めを刺した。

「きっとからかわれたのよ。偶然繋がったどこぞのニートのマンガオタクに」
「クソッ!」
 
 源外、怒りの余り携帯電話をバキッと真っ二つにへし折った。
 愛輝が止める間もなかった。

「しょうがない人。それでどうやって間先生と連絡を取るの?」
「……」
 
 己のバカさ加減に嫌気が差したのか、源外は頭を抱えて黙り込んだ。
 自信過剰な性格故にその反動も大きく、一度失敗を認識すると、その精神は奈落の底まで垂直降下して、虚数空間の海にドボ~ンと飛沫を立てて落下することになる。
 だが今は、財閥の子息の縁故関係という強大な力が必要なのだ。
 立ち直ってもらわなければならない。
 彼との付き合いの長い愛輝は、そういうときの対処法を心得ている。
 おおよそ天災科学者に相応しくない、そのスケベ心を満たしてやればいいのだ。
 愛輝も科学者の端くれ、一度決断すると躊躇がない。
 スカートの端を摘まんで捲り上げると、その中身を大胆に御開帳したから大事件勃発。
 わたし、今日、どんなパンツ履いてたっけ。等という初体験の恥じらいは、彼女には無用の長物なのだ。
 
 まるで希望の光に誘われたかのように、源外は顔を上げた。
 夕陽の差し込む車窓を背景に、ガタゴト電車に揺られながら自身の存在理由に悩んでいたシンジ、いや、源外はまるで太陽が超新星爆発を起こしたかのような眩い光に眼を奪われた。
 その光が収束したとき、そこには彼方まで広がる空と海、そして砂浜に佇む女性の姿があった。
 胸元の開いた青いサマードレスに赤いリボンの付いた鍔広帽子を被り、腰まで伸びた長い髪を風に揺らめかせ、空と海の交わる水平線を見つめるその端正な横顔には、源外が探し求めて止まない懐かしい面影があった。
 
 ママ上!
 
 幼少時に病死して、息子の前から消え失せた母が今、目の前にいる。
 源外の双眼から涙がぽろぽろ零れ落ちた。

「ママ上~!」
 
 感極まって駆け寄ろうとすると、彼女はそれを押し止めるように、白魚のような細長い指で水平線の彼方を指し示した。

「さあ、お行きなさい、源外。あなたの信じる道を真っすぐに……。あなたが、あなた自身でいられる世界へ……」
 
 源外、涙を拭って頷くと猛ダッシュで砂浜を駆け出した。

 そうだ、わしはわしだ!
 
 源外は翔んだ。
 思い切り翔んだ。
 鳥のように翔んだ。
 両腕をパタパタと羽ばたかせて……。
 
【備考3】時を駆ける少女とかけて、松〇人志の映画ととく、その心は? どちらもよく転ぶでしょうおおおおお~~~~~!(以下、源は源外、作は作者)

源「どうせなら”時駆け”のように、青空を背景に格好よく跳躍したかったんだが」
作「でもタイムリープする訳じゃないから」
源「したっていいじゃろ。どうせ、設定はあってなきがごとしの作品なんだから」
作「何を言いなさる、源外殿! 本作品は筒〇康隆先生も吃驚の厳密なSF設定と科学設定に基づく本格派科学文学なのですぞ! なのにタイムリープなんて未来永劫、実現不可能なことしたら、ラノベのような子供だましの、いい加減な作品と勘違いされるではありませんか!」
源「タイムリープが子供だまし? よくもそんなことが言えたなぁ。おまえ、全国に三百人はいる熱心なSFファンを敵に回したぞ」
作「全国に一万人はいる科学雑誌ネイチャーファンを敵に回すよりはマシです。それにタイムリープが不可能といったのは、わたしではありませんし……」
源「それじゃ、誰がそんなことを……。あっ、分かった! ホー〇ングだな! ホー〇ングの野郎がそんな夢のないことを……」
作「理論上不可能だそうです。相手は斯界の大物物理学者。おまけにギャグネタにしにくい車椅子の障害者です。ここは潔く敗北を認めましょう」
源「嫌じゃあ! 五十過ぎて若い嫁さんもらうスケベな物理学者の言うことなんて、誰が信じるもんかあ~! タイムマシンは必ず実現するんじゃあ! ア~ン、ア~ン、スルメイカのキンタマ~!」
作「お願いですから、いい歳して泣かないでください」

 ドラ〇もんの便利グッズの実用化を目指す源外にとって、ホー〇ング博士のタイムマシンは無理ぃ~発言は、科学への創造と愛情と信頼と希望とが一瞬で崩壊しかねないほどの大問題だった。
 未来人が現代に現われないのが何よりの証拠というホー〇ング発言に対して、源外は世界各地で目撃されているUFOこそが未来人のタイムマシンと反論して、当然のことながら学会から無視された。
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