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第43話 シバムルのレストランにて
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いや~、とうとうやってきたぜぇ。パメラ遺跡の麓の町シバムルへ!
これから夜陰に乗じて敵要塞に侵入。テロリストをぶっちめて、人質を無事救出。本国へ華々しく凱旋とくるはずだったんだけど。
俺ら、なんでレストランの片隅で、悠々と昼飯なんか食ってるんだ?
クリスはブスッとした表情で、テーブルに並んだ料理の皿を眺めていた。
手にしたフォークで、皿に盛られたヒヨコ豆を突きながら。
傍らではコニーが、お上品に食後の紅茶を嗜んでいる。そしてリンの奴はアラブ風の平たいパンと格闘中ときた。
全員、黒のコートに白のスカーフという出で立ちで、現地の女性に成りすましている。
なぜかってえと、現在パメラ遺跡は改修中で、町中に観光客の姿はねえからだ。
普段なら洋装でも問題ねえんだろうけど、今だと立ちどころに人目についちまう。隠密行動を旨とする特殊部隊が、それじゃまずいんでね。
周囲の客は現地の男ばかり。女性の姿は一人として見当たらねえ。
みんな、俺らの方をジロジロ見やがって。食いなれねえ食事が、ますます咽喉に支えちまう。
それになんだ、この羊肉をヨーグルトで煮たもんは! とてもじゃないが匂いがきつくて食えたもんじゃねえぜ。そんなもん美味いなんて言いながら平らげるリンの胃袋にゃ、正直、驚きを隠せねえけどよ。
おえっ、まずいもん思い出しちまった。
士官学校の野外演習で食わされたヘビやカエルやネズミの、あの何とも言えねえ微妙な味。
そういゃ、リンの奴、割合平気で食ってたよな。あいつ、とんでもねえ悪食だとは思ってたがよ。
少しは見習わなきゃな。
で、コニーはというと。
さすがは名門のお嬢様。やはりお口に合わねえのか、ほとんどの食いもんを残してやがる。
でも、それじゃなあ……。
「よう、残さずに食えよ。それじゃあ、体力を維持できねえぜ」
これからドンパチやろうってときに腹を空かせてたんじゃ、戦にならねえってな。
そういゃ、教官も言ってたよな。野戦じゃ体力が勝負だって。頭の回転が鈍らない程度に腹一杯詰め込んでけって。それなのにコニーときたら……。
「わたし、これ以上、太りたくないから」
まっ、そう言うとは思ってたけどよ。
俺ら、敵の支配地域にいるんだ。腹が空いたら、行きつけのレストランで優雅にお食事ってわけにはいかねえんだ。飯は食えるときに食っとけってな。
「それじゃあ、遠慮なくいただくぜ」
取り合えず一言断ってからコニーの皿を手元に引き寄せた。
「ごちそうさま。はあ、満腹、満腹」
リンの奴、満足げに出張った腹を押さえてやがる。こっちはこっちで節操なく食いやがるし。
知らねえぞ、咄嗟の場面で動けなくなっても。
慣れない匂いと味に我慢しながら、ようやく食事を平らげた。
傍らではリンがトルココーヒーのカップを繁々と眺めている。
何を気にしているのかと思ったら……。
「なによ、これ。ちょっとカップが小さくない?」
どうやら量にご不満のようだ。
するとコニーの奴、「それ、上澄みを啜って飲むのよ」としたり顔で説明しやがった。
「フ~ン、そうなの」
リンがカップに口をつけた。そしてズズッと一口。
「あら、けっこういけるよ。これ」
「そうでしょう。酸味がなくて、味は……、そう、モカに近いかしら」
コラ、いつまで喋くってんだ。それじゃ、いつまで経っても昼飯終わらねえぞ。
俺っちが不貞腐れてもどこ吹く風。
コニーの奴は無視を決め込んでるし、リンの奴は持ち前のボケで気付きもしねえ。それどころか物欲しそうな眼付きで、コニーの摘まんだカップを見つめてやがる。
「あなたの飲んでる、それ……」
「ああ、これ? チャイっていって、スパイスの入った紅茶なの」
「あたしも頼んでみようかな」
「なら唐辛子の入ったのがお勧めよ」
コラコラ、そんなもん、飲んでる暇ねえだろ。
トントントン、
苛々が高じて、人差し指が無意識にテーブルを叩いた。
コニーが俺っちをチラリと見た。そして再び無視。
リンの奴は相変わらず気付かないようだし。
「これなんか、もう一度食べてみたい感じ」
「それはカバブよ。スパイスに漬け込んだ羊肉を焼いたものなの」
「フ~ン、帰還したら、一度イスラム料理の店に行ってみようかな」
「もしよかったら、わたしが招待するわ。助けてもらったお礼にね」
「ええ、ほんと?」
「知ってるお店があるから。秀一郎さん、そこの常連なの。なんでもシェフはお国でも有名な人らしくて」
「ここより美味しいの?」
「田舎のレストランと比べちゃ失礼というものよ」
リンが思わず椅子から立ち上がった。
「行く行く、絶対、招待されちゃう!」
コラコラコラ! 「いい加減にしろ!」
バン! テーブルが音を立てて軋んだ。
いきり立って両の拳をテーブルへ叩きつけた。
「ふざけんじぁねえぞ! ここは本国じゃねえんだ。敵地なんだ。そんなこたぁ、帰還してから考えろ」
そう怒鳴りつけると、腕組みして二人を睨みつけた。
するとコニーの奴、「今の、ちょっとまずいんじゃない?」と顔を顰めやがった。
「な、なにがだよ」
「周りを見てごらんなさいよ。みんな、あなたに注目しているじゃない」
ええ、なんだつて?
言われるままに周囲を見回してみると、アッ、やべ! どちらを見ても、客の険悪な眼差しとぶつかっちまう。そして傍らにはコニーの非難がましい眼差しが。
「あなたのせいよ。あなたがお店の中で怒鳴るから」
「なんだと! おめえらだって節操なくペチャクチャ喋ってたろうが」
「ともかく、ここから出ましょうよ」
リンが口を挟んだ。
「あたしら、どう見たって怪しまれてるって」
「おいおい、作戦計画の方はどうなるんだよ?」
ここで秀一郎救出作戦を練る予定じゃなかったのかよ。まだ、ほとんど何も決まっちゃいねだろうが。
「仕方ないわ。こうなったらどこか他所へ」
そう言って椅子から立ち上がったコニーの目が、突然クルリと丸くなった。
これから夜陰に乗じて敵要塞に侵入。テロリストをぶっちめて、人質を無事救出。本国へ華々しく凱旋とくるはずだったんだけど。
俺ら、なんでレストランの片隅で、悠々と昼飯なんか食ってるんだ?
クリスはブスッとした表情で、テーブルに並んだ料理の皿を眺めていた。
手にしたフォークで、皿に盛られたヒヨコ豆を突きながら。
傍らではコニーが、お上品に食後の紅茶を嗜んでいる。そしてリンの奴はアラブ風の平たいパンと格闘中ときた。
全員、黒のコートに白のスカーフという出で立ちで、現地の女性に成りすましている。
なぜかってえと、現在パメラ遺跡は改修中で、町中に観光客の姿はねえからだ。
普段なら洋装でも問題ねえんだろうけど、今だと立ちどころに人目についちまう。隠密行動を旨とする特殊部隊が、それじゃまずいんでね。
周囲の客は現地の男ばかり。女性の姿は一人として見当たらねえ。
みんな、俺らの方をジロジロ見やがって。食いなれねえ食事が、ますます咽喉に支えちまう。
それになんだ、この羊肉をヨーグルトで煮たもんは! とてもじゃないが匂いがきつくて食えたもんじゃねえぜ。そんなもん美味いなんて言いながら平らげるリンの胃袋にゃ、正直、驚きを隠せねえけどよ。
おえっ、まずいもん思い出しちまった。
士官学校の野外演習で食わされたヘビやカエルやネズミの、あの何とも言えねえ微妙な味。
そういゃ、リンの奴、割合平気で食ってたよな。あいつ、とんでもねえ悪食だとは思ってたがよ。
少しは見習わなきゃな。
で、コニーはというと。
さすがは名門のお嬢様。やはりお口に合わねえのか、ほとんどの食いもんを残してやがる。
でも、それじゃなあ……。
「よう、残さずに食えよ。それじゃあ、体力を維持できねえぜ」
これからドンパチやろうってときに腹を空かせてたんじゃ、戦にならねえってな。
そういゃ、教官も言ってたよな。野戦じゃ体力が勝負だって。頭の回転が鈍らない程度に腹一杯詰め込んでけって。それなのにコニーときたら……。
「わたし、これ以上、太りたくないから」
まっ、そう言うとは思ってたけどよ。
俺ら、敵の支配地域にいるんだ。腹が空いたら、行きつけのレストランで優雅にお食事ってわけにはいかねえんだ。飯は食えるときに食っとけってな。
「それじゃあ、遠慮なくいただくぜ」
取り合えず一言断ってからコニーの皿を手元に引き寄せた。
「ごちそうさま。はあ、満腹、満腹」
リンの奴、満足げに出張った腹を押さえてやがる。こっちはこっちで節操なく食いやがるし。
知らねえぞ、咄嗟の場面で動けなくなっても。
慣れない匂いと味に我慢しながら、ようやく食事を平らげた。
傍らではリンがトルココーヒーのカップを繁々と眺めている。
何を気にしているのかと思ったら……。
「なによ、これ。ちょっとカップが小さくない?」
どうやら量にご不満のようだ。
するとコニーの奴、「それ、上澄みを啜って飲むのよ」としたり顔で説明しやがった。
「フ~ン、そうなの」
リンがカップに口をつけた。そしてズズッと一口。
「あら、けっこういけるよ。これ」
「そうでしょう。酸味がなくて、味は……、そう、モカに近いかしら」
コラ、いつまで喋くってんだ。それじゃ、いつまで経っても昼飯終わらねえぞ。
俺っちが不貞腐れてもどこ吹く風。
コニーの奴は無視を決め込んでるし、リンの奴は持ち前のボケで気付きもしねえ。それどころか物欲しそうな眼付きで、コニーの摘まんだカップを見つめてやがる。
「あなたの飲んでる、それ……」
「ああ、これ? チャイっていって、スパイスの入った紅茶なの」
「あたしも頼んでみようかな」
「なら唐辛子の入ったのがお勧めよ」
コラコラ、そんなもん、飲んでる暇ねえだろ。
トントントン、
苛々が高じて、人差し指が無意識にテーブルを叩いた。
コニーが俺っちをチラリと見た。そして再び無視。
リンの奴は相変わらず気付かないようだし。
「これなんか、もう一度食べてみたい感じ」
「それはカバブよ。スパイスに漬け込んだ羊肉を焼いたものなの」
「フ~ン、帰還したら、一度イスラム料理の店に行ってみようかな」
「もしよかったら、わたしが招待するわ。助けてもらったお礼にね」
「ええ、ほんと?」
「知ってるお店があるから。秀一郎さん、そこの常連なの。なんでもシェフはお国でも有名な人らしくて」
「ここより美味しいの?」
「田舎のレストランと比べちゃ失礼というものよ」
リンが思わず椅子から立ち上がった。
「行く行く、絶対、招待されちゃう!」
コラコラコラ! 「いい加減にしろ!」
バン! テーブルが音を立てて軋んだ。
いきり立って両の拳をテーブルへ叩きつけた。
「ふざけんじぁねえぞ! ここは本国じゃねえんだ。敵地なんだ。そんなこたぁ、帰還してから考えろ」
そう怒鳴りつけると、腕組みして二人を睨みつけた。
するとコニーの奴、「今の、ちょっとまずいんじゃない?」と顔を顰めやがった。
「な、なにがだよ」
「周りを見てごらんなさいよ。みんな、あなたに注目しているじゃない」
ええ、なんだつて?
言われるままに周囲を見回してみると、アッ、やべ! どちらを見ても、客の険悪な眼差しとぶつかっちまう。そして傍らにはコニーの非難がましい眼差しが。
「あなたのせいよ。あなたがお店の中で怒鳴るから」
「なんだと! おめえらだって節操なくペチャクチャ喋ってたろうが」
「ともかく、ここから出ましょうよ」
リンが口を挟んだ。
「あたしら、どう見たって怪しまれてるって」
「おいおい、作戦計画の方はどうなるんだよ?」
ここで秀一郎救出作戦を練る予定じゃなかったのかよ。まだ、ほとんど何も決まっちゃいねだろうが。
「仕方ないわ。こうなったらどこか他所へ」
そう言って椅子から立ち上がったコニーの目が、突然クルリと丸くなった。
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