銀河連邦大戦史 双頭の竜の旗の下に

風まかせ三十郎

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第50話 告解

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「戦争が終わったら何をするかなんて考えたことがない」

 トムソンが自身の将来を見定めてはいなかった。彼の目にはグローク人の将来しか映らない。この戦争が終結した後、すべてのグローク人は奴隷という身分から解放されるだろう。だが人類との軋轢はその後も長く続くはずだ。

「人類とグローク人は互いに交じり合って、同じ国民となり、同じ社会で、同じ旗の下で、生命と自由と幸福の追求を共に享受することになる」

 べリックの夢想する社会がいつ銀河に訪れるのか? トムソンは遥か遠い将来のように思えてならなかった。

「俺は人類とグローク人が共生できる社会を造りたい。ただそれだけだ」
「俺はそんな大層なことは考えちゃいねえがよ。この間の戦闘でクロウが戦死したとき、はっきりと自覚したことがあるんだ」

 ハハッ、俺らしくもねえ。スレイヤーは鼻を啜ると不意に立ち上がった。

「愛だなんて言いたかねえが、おまえらが兄弟の様に思えてよ。今までたった一人で生きてきた俺にとっちゃ、おまえらは誰よりも身近な存在なんだ。俺の信頼を軍隊仲間は決して裏切りゃしなかった。むろん俺だってそのつもりだ。仲間を救えると知りながら、自分だけ生きながらえるつもりはねえ。俺は何のために戦っているのか、はっきりとわかったよ。給与や国家のためじゃねえ。ましてや勝利や栄光なんて抽象的なもののためでもねえ! そうだ、俺は仲間のために戦うんだ! 戦闘で仲間のために喜んで死ぬ戦友がいねえやつに、人間を名乗る資格はねえ。そいつはクソッたれ野郎だ!」

  トムソンが、ダフマンが、立ち上がってスレイヤーに手を差し伸べた。そこに上下関係が介在する余地はなかった。三人は互いの絆を確かめるように固い握手を組み交わした。そのとき背後で声がした。

「おい、俺だけ除け者にする気かよ」

 グレイが銀色に輝くトランペットを握って立っていた。
 
「今夜で吹き収めになるんじゃねえかと思ってよ。思い残すことなく演奏しようとのこのこやって来たんだが」

 入団当初、グレイは課業が終わると一人設営地の片隅でよくトランペットを吹いていた。物悲しい哀愁を帯びたその音色は、聞く者の耳に郷里の家族を想起させた。ダフマンは数名の戦友が目に涙を浮かべる様を目撃している。

「おい、夜中にそんな音を立てたら安眠妨害だぞ」

 トムソンが注意を促すと、グレイは白い歯を見せて背後を指さした。
 
「ところがそうでもないんだな」

 三人は暗夜の中を注視した。すると暗闇に中に無数の煙草の火がちらつくのが見えた。多くのグローク人が仲間を伴って思い出の地で一夜を明かそうとしていた。彼らはこの場所で天幕を張って宿営しながら厳しい訓練に耐えてきた。決意を新たにすべく、兵士としての原点に立ち返ろうというのだ。グレイは三人の顔を眺めると、

「ところでみんな、運命の星に別れは告げたか?」

 グローク人はこの世に生を受けたとき、守護神として夜空に輝く星を一つ与えられる。むろんトムソンやダフマンもそれぞれ一つ星を持っている。彼らがよく夜空を見上げるのは、そんな習俗の名残なのかもしれない。グレイは遠きアンドロメダ座の赤い星を指さすと、

「あれが俺の運命を辿る星だ。知っているか? 人類が伝承する太古の神話じゃ、あの星座は囚われの女でペルセウスという英雄に助けられたんだそうだ。どうだ、奇遇だろう? 俺があの艦に乗っている限り、運命の星は俺を護ってくれるってわけだ」

 この二十歳を過ぎたばかりの青年だけは、なんとしても生き延びて再びこの地に返さなければならない。これがグレイを見守る三人の共通した認識だった。彼はこの年齢特有の純粋で一途な性格を有しており、その言動を見て在りし日の自分を想起する年長の兵も少なくない。ウォーケンも従兵だった彼の言葉にどれほど勇気づけられたことか。グレイもあの時のウォーケンの感謝の眼差しを生涯忘れることはないだろう。

「おい、見ろよ! あの星、あんなに輝いてら!」

 グレイが夜空に一際輝く星を指さした。人類がフォーマルハウトと呼ぶ星だ。グローク人の間ではすべての運命を司る神の星として崇められていた。それが今、超新星爆発でも起こしたかのように周囲の星々を圧倒するような輝きを放っていた。
 吉兆だ、吉兆だ! 至る所で歓声が沸き上がった。グローク人の合唱はグレイの吹くトランペットの音色に乗って、大波となって夜風の中を漂った。それはやがて誰ともなしに歌い始めた、竜戦隊の歌へと収斂されてゆく。

 栄光の精鋭部隊。精霊が彼らの上に宿る。
 十二人の勇敢な勇者が十字架と炎を嘲笑う。
 暴君が振り下ろす鉄の杖。血に染まる竜のかしら
 死を悟り頭を垂れる。後に続くは誰ぞ。

 その歌声は宿営地から遠く離れた司令部まで聞こえてきた。

「あれは我が部隊の歌ではないか」

 ウォーケンがグラス片手に呟いた。自室には酒気が漂っていた。酒好きは彼の唯一の欠点かもしれない。

「困難な作戦を前に士気は上々と。我々が心配する必要はなさそうだ」

 ロードバックが赤ら顔で答えた。ボトルが一本、空になってテーブルの上に転がっている。今夜の酒は普段よりもピッチが速い。ウォーケンが二本目のボトルに手をかけた。

「ダフマンはどうした? 来るように言わなかったのか?」
「仲間と一緒にいたいそうだ」
「そうか」

 それっきり二人の会話は途絶えた。このときウォーケンはようやくダフマンが心の底までグローク人になりきったことを知った。仲間のためにという集団意識こそが軍隊を強力な一本の槍に変えるのだ。今度の作戦も成功するだろう。ただし自分が生還できる可能性は極めて薄い。これは戦場で鍛え抜かれた者の直感だった。やがて二人の唇から、酒臭い息と共に戦隊歌が流れ出した。

 栄光の精鋭部隊。精霊が彼らの頬を撫でる。
 十二人の勇敢な勇者が悪魔と死を嘲笑う。
 暴君が振り下ろす鋼の剣。血に染まる竜の頭。
 死を悟り眼を閉じる。後に続くは誰ぞ。

「今度の作戦も成功間違いなしだ!」

 グレイが勝利を確信したかのように天に向かって叫んだ。煙草の火は尚も数を増してゆく。スレイヤーはかつてこの光景をどこかで見たような気がした。そうだ、あの時……。
 スレイヤーは大農園を脱走した後、同盟の輸送船に船員として潜り込んだ。恒常的な人手不足に悩まされていた同盟は、彼の身元を詳細に調べることなく雇い入れた。排水量八百トン足らずの小型輸送船で、乗組員十名のうち船長を除く九名がグローク人だった。連邦領への脱出を考えたスレイヤーは、仲間と語らって船の強奪を画策した。彼らは船長が港で下船した隙を見計らって、船を出港させると暗黒星雲へ進路を向けた。そこは人類が未だ踏破したことのない宙域であり、大戦中も双方の艦隊が通過を試みて失敗に帰していた。危険極まりない航路であり、本来なら避けて通るのが賢明なのだが、彼らにそんなゆとりはなかった。輸送船強奪の報は数日中に同盟領全域に通達されるはずだ。通常の航路では不審船として同盟の哨戒艦に臨検される恐れがある。捕まれば脱走の罪で極刑は免れ得ない。彼らは難破の危険を冒してでも、暗黒星雲を突っ切る以外に道は残されていなかった。レーダーが使用不能の上に視界が極めて悪かった。いつ小惑星や岩塊に衝突してもおかしくない。こうなれば勘と経験だけが頼りだ。時空転移ワープに移るときは、それこそ運を天に任すより他はなかった。もし時空融合地点に障害物があれば、輸送船は粉々に砕け散る。五度の時空転移すべてが上手くいったのは奇跡に近い確率だろう。彼らは二週間をかけて千光年という未知の領域を突破することに成功した。平時なら歴史に残るであろう快挙も、このときは戦時のため軍機蜜として処理された。最後の時空転移が成功したと知った瞬間、船窓から見える星々のきらめきがとても崇高なものに感じられた。スレイヤーは今、あの時と似たような感動を味わっていた。

 俺にも運命の星があるのだろうか? なにセンチな事考えてやがる。俺らしくもねえ。

 でも悪い気はしなかった。自分を護ってくれるものの存在を、彼は初めて身近に感じることができたのだ。
 生まれたときから孤児だった彼は、運命の星を与えられてはいなかった。暗黒星雲通過の折にも、他の仲間のように神に祈ることはしなかった。自分の運命は自分で切り開く。決して他人を頼りにしない。心底には人間不信という感情がびっしりと根を張っていた。それが親の愛を知らぬ奴隷にとって、もっとも入手しやすい生存手段の一つだった。そんな彼が生涯に一度だけ神に祈った。どうか、仲間の命をお救いください、と。
 神に縋る連中を冷ややかな目で眺めていた以前の自分はどこへ消えちまったのか? 彼は他者を信頼することで、ようやく安息の地に辿り着いたのだ。自身では気付くことなく。
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