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第48話 先鋒
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フォスターの指示により会議は要塞攻略の具体的な討議に移った。
「まずはどのようにして要塞へ接近するかだが」
フォスターが意見を求めると、末席から若い参謀が立ち上がった。
「こういう作戦はどうでしょう? もし駐留艦隊が輸送船団攻撃に向かわなかった場合、敵は艦隊を要塞の前面に展開するはずです。そこへ我が艦隊が急速に突出して、敵艦隊との間に混戦状態を作り出すのです。そうなれば敵は同士討ちを恐れて、要塞砲を使用できなくなる可能性があります。その隙に乗じて要塞に接近すれば」
功名心に逸る若い参謀の作戦案は、フォスターの発言によって遮られた。
「駐留艦隊は我が方に比べて遙かに少数だ。要塞の強力な火力に頼って、こちらの示威行為に乗って来ない可能性が高い。そうなれば膠着状態に陥って、手詰まりになってしまう」
フォスターはデータスクリーン上の敵要塞の周囲に三千隻の敵艦隊を配置してみせた。幕僚たちの間からため息が漏れる。それは要塞砲の弾幕の薄い部分を補う見事な配置だった。
「わたしでさえこの程度の配置を思い付くのだ。敵の要塞司令官なら当然もっと有効な配置を思い付くだろう」
誰もが積極的な発言をためらう中、ウォーケンが挙手して発言の許可を求めた。
「巨大な岩塊に補助推進装置を取り付けて敵要塞へ射出するのです。敵は当然のごとくこの岩塊を破砕するでしょう。破砕された岩塊は一種の盾となって、敵の砲撃から我々を護るはずです」
近くにある隕石滞から岩塊をかき集めて要塞にぶつけようというのだ。隕石群を標的に射撃訓練をしたことが発想のヒントになっていた。連邦軍の最終的な勝利を想定した場合、マーキュリー要塞を避けて通ることはできない。ウォーケンはこの構想をわずかひと月でまとめていた。
多くの幕僚が深い呻き声と共に押し黙った。前例のない奇策だけに、誰もが判断を下し兼ねていた。
「破砕された岩塊が我々の侵攻の邪魔をせんかね? 我々とて岩塊群の中を高速移動できないのだ。岩塊は両刃の剣だ。我々だけに利するわけではない」
初老の参謀が口を差し挟んだ。彼は先ほどまで命令の再考を作戦本部に進言することを主張していた非戦派の一人だった。あらゆる事象に可能性を見い出す努力をしてこそ道は開かれる。これがウォーケンの二十八年という人生で養った教訓だった。ろくに考えもせず、頭ごなしに反対論を唱える将官は、一生勝利の美酒に酔うことはない。
「要塞のより近くで岩塊を破砕させます。岩片で要塞の正面を覆うようにします。これは事前に敵のレーダーを使用不能にすれば可能だと思われます」
この時代、電波を攪乱、もしくは遮断する技術は長足の進歩を遂げており、レーダーは航路を確認する羅針盤のような副次的な産物と化していた。
「岩塊の盾がどの程度の防御力を有しているのか、それを説明していただきたい」
別の参謀から質問の手が上がった。ウォーケンは手元のデータスクリーンに資料を呼び出すと、
「既に隕石の鉱物組成は調査済みです。補助推進装置の加速度や破片の大きさにも依りますが、もっとも巨大な物で戦艦クラスの主砲に耐え得ると予想されます」
幕僚たちから感嘆の声が漏れた。岩塊の防御力は彼らの予想を遙かに上回った。
「なるほど、これは安上がりな盾だ。直撃すれば敵に損害を与えることもできる。利用しない手はないな」
フォスターが最後に賛意を表すことで、ウォーケンの作戦案は採択された。基本案が決定したことで議論は俄然熱を帯びてきた。作戦の詳細が決定する中、誰もが懸念する一つの問題が浮上した。
「では各戦隊ごとに順次攻撃をかけることにする。ところで攻撃の布陣だが……」
フォスターは意見を求めて幕僚たちを見渡した。彼は心中で先鋒を望んだが、全軍を統括する司令官という立場がそれを許さなかった。布陣は第一陣から第六陣までの六段構えになっており、先に攻撃する部隊ほど損害を被る危険性が大きかった。目標は恐るべき火力を秘めたマーキュリー要塞なのだ。自分と部下の命に配慮すれば、本能的に後陣を望んでしまう。会議室の空気は一瞬で凍り付いた。
「提督、先鋒の名誉は我が第五四戦隊が賜ります」
それは死と引き換えの名誉ではないのか? 幕僚たちの視線が一斉にウォーケンに蝟集した。
「いいのかね? 君の部隊は転戦続きで疲労のピークにあるのでは」
フォスターが厳しい眼差しで問いかけた。
敵の姿あるところ、必ずや竜の旗閃く。第五四戦隊の激務を象徴するような言葉だった。国民に勝利を印象付けようとする軍の政治宣伝だが、前線に立つ者なら酷使されるグローク人の悲劇を容易に見て取れる。だが戦争を生業とする者にとって、同情は恥辱に等しかった。
「かまいません。我々は戦いに勝利するためにここへ来たのですから」
ウォーケンに迷いはなかった。自分の提起した作戦案が採択されたのだ。これに優る名誉はない。後は先鋒としての職責を果たすだけだ。フォスターはそんな彼の決意を読み取ったのだろう。
「では先鋒は第五四戦隊に任せよう。竜戦隊の実力を存分に発揮してくれ」
出撃は五日後に決まった。この戦いに勝利すれば、長かった銀河大戦も集結に向かうはずだ。ウォーケンは司令部を退出すると、久し振りに晴れ晴れとした表情で星空を仰ぎ見た。
「まずはどのようにして要塞へ接近するかだが」
フォスターが意見を求めると、末席から若い参謀が立ち上がった。
「こういう作戦はどうでしょう? もし駐留艦隊が輸送船団攻撃に向かわなかった場合、敵は艦隊を要塞の前面に展開するはずです。そこへ我が艦隊が急速に突出して、敵艦隊との間に混戦状態を作り出すのです。そうなれば敵は同士討ちを恐れて、要塞砲を使用できなくなる可能性があります。その隙に乗じて要塞に接近すれば」
功名心に逸る若い参謀の作戦案は、フォスターの発言によって遮られた。
「駐留艦隊は我が方に比べて遙かに少数だ。要塞の強力な火力に頼って、こちらの示威行為に乗って来ない可能性が高い。そうなれば膠着状態に陥って、手詰まりになってしまう」
フォスターはデータスクリーン上の敵要塞の周囲に三千隻の敵艦隊を配置してみせた。幕僚たちの間からため息が漏れる。それは要塞砲の弾幕の薄い部分を補う見事な配置だった。
「わたしでさえこの程度の配置を思い付くのだ。敵の要塞司令官なら当然もっと有効な配置を思い付くだろう」
誰もが積極的な発言をためらう中、ウォーケンが挙手して発言の許可を求めた。
「巨大な岩塊に補助推進装置を取り付けて敵要塞へ射出するのです。敵は当然のごとくこの岩塊を破砕するでしょう。破砕された岩塊は一種の盾となって、敵の砲撃から我々を護るはずです」
近くにある隕石滞から岩塊をかき集めて要塞にぶつけようというのだ。隕石群を標的に射撃訓練をしたことが発想のヒントになっていた。連邦軍の最終的な勝利を想定した場合、マーキュリー要塞を避けて通ることはできない。ウォーケンはこの構想をわずかひと月でまとめていた。
多くの幕僚が深い呻き声と共に押し黙った。前例のない奇策だけに、誰もが判断を下し兼ねていた。
「破砕された岩塊が我々の侵攻の邪魔をせんかね? 我々とて岩塊群の中を高速移動できないのだ。岩塊は両刃の剣だ。我々だけに利するわけではない」
初老の参謀が口を差し挟んだ。彼は先ほどまで命令の再考を作戦本部に進言することを主張していた非戦派の一人だった。あらゆる事象に可能性を見い出す努力をしてこそ道は開かれる。これがウォーケンの二十八年という人生で養った教訓だった。ろくに考えもせず、頭ごなしに反対論を唱える将官は、一生勝利の美酒に酔うことはない。
「要塞のより近くで岩塊を破砕させます。岩片で要塞の正面を覆うようにします。これは事前に敵のレーダーを使用不能にすれば可能だと思われます」
この時代、電波を攪乱、もしくは遮断する技術は長足の進歩を遂げており、レーダーは航路を確認する羅針盤のような副次的な産物と化していた。
「岩塊の盾がどの程度の防御力を有しているのか、それを説明していただきたい」
別の参謀から質問の手が上がった。ウォーケンは手元のデータスクリーンに資料を呼び出すと、
「既に隕石の鉱物組成は調査済みです。補助推進装置の加速度や破片の大きさにも依りますが、もっとも巨大な物で戦艦クラスの主砲に耐え得ると予想されます」
幕僚たちから感嘆の声が漏れた。岩塊の防御力は彼らの予想を遙かに上回った。
「なるほど、これは安上がりな盾だ。直撃すれば敵に損害を与えることもできる。利用しない手はないな」
フォスターが最後に賛意を表すことで、ウォーケンの作戦案は採択された。基本案が決定したことで議論は俄然熱を帯びてきた。作戦の詳細が決定する中、誰もが懸念する一つの問題が浮上した。
「では各戦隊ごとに順次攻撃をかけることにする。ところで攻撃の布陣だが……」
フォスターは意見を求めて幕僚たちを見渡した。彼は心中で先鋒を望んだが、全軍を統括する司令官という立場がそれを許さなかった。布陣は第一陣から第六陣までの六段構えになっており、先に攻撃する部隊ほど損害を被る危険性が大きかった。目標は恐るべき火力を秘めたマーキュリー要塞なのだ。自分と部下の命に配慮すれば、本能的に後陣を望んでしまう。会議室の空気は一瞬で凍り付いた。
「提督、先鋒の名誉は我が第五四戦隊が賜ります」
それは死と引き換えの名誉ではないのか? 幕僚たちの視線が一斉にウォーケンに蝟集した。
「いいのかね? 君の部隊は転戦続きで疲労のピークにあるのでは」
フォスターが厳しい眼差しで問いかけた。
敵の姿あるところ、必ずや竜の旗閃く。第五四戦隊の激務を象徴するような言葉だった。国民に勝利を印象付けようとする軍の政治宣伝だが、前線に立つ者なら酷使されるグローク人の悲劇を容易に見て取れる。だが戦争を生業とする者にとって、同情は恥辱に等しかった。
「かまいません。我々は戦いに勝利するためにここへ来たのですから」
ウォーケンに迷いはなかった。自分の提起した作戦案が採択されたのだ。これに優る名誉はない。後は先鋒としての職責を果たすだけだ。フォスターはそんな彼の決意を読み取ったのだろう。
「では先鋒は第五四戦隊に任せよう。竜戦隊の実力を存分に発揮してくれ」
出撃は五日後に決まった。この戦いに勝利すれば、長かった銀河大戦も集結に向かうはずだ。ウォーケンは司令部を退出すると、久し振りに晴れ晴れとした表情で星空を仰ぎ見た。
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