銀河連邦大戦史 双頭の竜の旗の下に

風まかせ三十郎

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第46話 手紙

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 キールに帰港したウォーケンはグローク人将兵の歓呼の声で迎えられた。第一艦隊司令官のポストを蹴ってまで現職に留まったことが、激戦続きで萎えかけていた彼らの士気を再び呼び覚ましたのだ。自分たちの司令官はウォーケン提督だけだ。この共通した認識が彼らの団結をより強固なものにした。戦隊旗に描かれた二匹の竜は再び天空に舞い上がった。第五四戦隊は連邦軍の先鋒として同盟軍を次々に打ち破った。

 彼らの行くところ無人の荒野を行くがごとし。

 従軍記者はこのような見出しで新聞社へ記事を書き送っている。懐疑の目を以て読んだ市民も少なからず存在した。十六年という長きに渡る均衡が、こうも急速に崩れようとは、誰が想像しえただろう? この進撃速度は楽観論に傾きがちな連邦首脳の予測すらも上回った。連邦軍の全面攻勢により、わずか三か月でヴァ―クレム、ノーカサス、アーバンシー、サラスの四星系が陥落し、戦線は開戦時の領域まで押し戻された。同盟軍はこの境界線を絶対防衛圏と設定し、これを死守すべく艦隊を集結させて反抗作戦に打って出たが、工業力と人的資源の差は埋めようがなく、組織だった戦闘は”サラトガ星域海戦”と”ホーウッド星域海戦”の二大海戦の敗北で終わりを告げた。このとき宇宙艦隊総司令に就任していたハウザー大将は、捕虜の中にまだ少年と呼ぶに相応しい年齢の兵士が多数いるのを知って大戦の終結を確信したという。また捕虜交換の際、彼らを引き取った同盟軍宿将バンデベルは「すべてはわたしの責任だ」と言って嗚咽したという。

「あと半年でこの戦争は終結する」

 ハドソン本部長が記者会見の席で披瀝した私見に同調する者は多かった。だが彼らはその後に必ずこう付け加えた。

「あの難攻不落といわれたマーキュリー要塞を陥落させられたらの話だが」

 そこは同盟軍の戦線を支える補給基地でもあった。近頃では”ゲリラの巣”とも呼ばれており、現有戦力は同盟軍最大規模の三千隻を有していた。この要塞を無力化しない限り、連邦軍は安全に補給路を確保することができない。作戦本部は第七艦隊にマーキュリー要塞の攻略を下命した。

 ■■■

「兄さん、わたしが一方的に手紙を送るようになって、これで何通目になるかしら? 半年の間、一通も返事を下さらないなんて。まるで死者に手紙を書いているみたい。ニュースやネットで兄さんの活躍を目にしなければ、もはや戦死したと諦めて、涙の一滴も零していたかもしれません。なぜ近状を教えてくれないの? なにも機密事項を教えろなんて言いません。わたしは同盟のスパイではないのですから。些細な事でも構いません。兄さんの温もりが欲しいのです。もしどうしても手紙をくださらないのであれば、わたしも海軍に志願して兄さんの下へ駆け付けようかと思います。そうすればいつでも兄さんの側にいられるわけでしょ? ロードバック氏やダフマン氏が羨ましい。なぜ軍は女性を前線勤務に採用しないのでしょう? これは明らかに女性差別です。戦時中は何かと男が大きな顔をしたがります。特に軍人の横暴が目に付きます。この前も将校が三人、喫茶店でウエイトレスの胸やお尻を触ってセクハラしているのを目撃しました。周囲の人は見て見ぬ振りをしています。わたしが腹を立てて文句を言うと、大尉の階級章をつけた男が「俺たちゃ命懸けでおまえら市民を守ってるんだ。尻ぐらい触って何が悪い?」と開き直ったのです。わたし、思わず相手の股間を蹴り上げちゃった! はしたないなんて言わないでください。「戦死者の中には女子供も大勢いるわ。命さえ賭ければ何をやっても赦されるというのは大間違いよ!」わたしの考えが間違っているとは思えません。もし兄さんが軍人を特権階級とお考えなら、わたしは兄妹の縁を切ります! 軍に志願するという前言も撤回します。やはりわたしは軍人という職業を好きになれません。兄さんの生還に胸を撫で下ろしても、兄さんの戦果に胸がときめくことはないのです。戦争は終結に向かいつつあります。ぜひ生き延びてください。父さんも胸奥ではそのことを望んでいます。近頃ではごく親しい人にこう漏らしています。戦争が終結したら、息子に後を継がせて引退しようか、と。薔薇の栽培を手掛けたいとも言っています。館の門を飾る薔薇のアーチは、父さんが母さんとの結婚を記念して造ったものだそうです。兄さん、知ってました? わたし、感動しました。若い頃の父さんは花を愛でるゆとりがあったのですね。そんな父さんの姿を見てみたい。ぜひ兄さんの力で実現させてほしいのです。どうやら時間が来たようです。今夜も夜会に出席せねばなりません。大統領選に出馬した父と、連邦軍の英雄を兄に持つ娘の境遇を考えたことがおありですか? 出席者全員の注目を浴びる中での永遠とも思える社交辞令の洪水。父と兄の名の下に、美しくもないわたしを美しいと褒めそやす殿方の美辞麗句、いえ、想像しなくても結構です。どうせ兄さんには永遠に理解不能でしょうから。では兄さんが再び薔薇のアーチを潜る日が来ることを願って」

 軍人相手に喧嘩を吹っ掛けるなんて、相変わらずのお転婆だな。困ったものだ。

 ウォーケンは手紙をロードバックに見せて意見を求めた。

「勇ましいな。軍人の妻には持ってこいだ」
「妹は軍人嫌いだ。結婚するなら退役が条件だ」
「ハハッ、安心しろ。俺はおまえを義兄と呼ぶつもりはないから」

 なんだ、冗談か。

 ウォーケンは安堵と失意の相半ばした妙な気分だった。あいつになら妹を任せられる。だが自分が義兄と呼ばれるのは何となくしっくりいかない気がする。それにキャサリンの気持ちも忖度せねば。二人は幼馴染だが互いのことをどう思っているのか? 一度それとなく妹に……。突然、ウォーケンは笑い出した。

「どうした? 俺の冗談、そんなに受けたか?」

 冗談の通じない男。そんなウォーケンが笑ったのだ。ロードバックが訝しがるのも無理はない。

「いや、なんでもない」

 今、未来の夢を思い描いてどうなる? ウォーケンは自分の気持ちを引き締めた。未来の夢を実現するためには、まず目の前に迫ったマーキュリー要塞攻略を成就させることだ。

「ところで今回の作戦のことだが」
「そうか、結婚どころじゃねえな。俺たちは」

 二人は前日に惑星ノーフォークで行なわれた作戦会議の様子を思い浮かべた。
 第五四戦隊からウォーケン以外にヴォルフとロードバックが出席した。
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