銀河連邦大戦史 双頭の竜の旗の下に

風まかせ三十郎

文字の大きさ
上 下
44 / 57

第40話 救出

しおりを挟む
「おい、ウォーケン。あれはなんだ?」

 ウォーケンは言われるままにダフマンの指さす方向に目を移した。ロードバックも目を覚まして追従する。そこには太陽の照り返しを受けて輝く一隻の艦船が低速で航行していた。

「おかしいぞ。レーダーに反応がない」

 ウォーケンはもう一度レーダーパネルを覗き込んだ。確かに無数の岩礁以外、それらしき光点を確認することができない。岩礁滞は映っているのでレーダーの故障ということはない。

「助かった! さっそくあの船と連絡を取って……」

 はしゃぐロードバックをウォーケンが押し止めた。

「あれは連邦の船じゃない」
「なんだって? そんなバカな! ここは連邦領だぞ。しかも中央星系の中心星域だ。敵艦がなぜこんな所を」
「見たところ連邦軍の工作艦のようだが、どうも少し違う気がする」

 ロードバックとダフマンは不安そうに顔を見合わせた。ウォーケンは志願するなら海軍と心に決めていただけに軍艦には詳しかった。だが戦禍から遠く離れたこの星系で敵艦に出くわすなど到底考えられない。

「おまえの勘違いだって。考えてもみろよ。どうして敵艦がこんな所までのこのこやって来れるんだ? そんなことすりゃ立ち所に警戒網に引っかかって……」
「おい、双眼鏡」

 ウォーケンは有無を言わさずロードバックから双眼鏡を奪い取った。
 
「見ろよ。あのシートの陰に隠されているのは五連装ミサイル発射管だ。それに主砲も偽装されているが十センチ連装砲、あれはたぶんC型。いずれも同盟軍の艦艇に搭載された武器だ」
「そんなバカな! どうして敵はここまで……」
「だが事実だ。たぶん敵のスパイ船だ」
「クソッ、ついてねえ!」

 ロードバックが床を蹴って悪態をついた。彼でなくとも連邦の人間なら驚きを隠せないはずだ。大戦を通じて連邦は常に情報戦で同盟に後れをとっていた。三人の少年はその現実を目の当たりにしたのだ。

「せっかくの助け舟だと思っていたのに。このまま見送るしかねえのかよ」
「見逃してくれるならありがたい。ところが敵にその気はないようだ」

 ロードバックは慌ててウォーケンから双眼鏡をひったくった。数十秒後、それは力なくダフマンの手に渡った。彼は双眼鏡の光学レンズを通して敵艦が接近してくるのを観た。

「どうする? このままじゃやられちまうぞ!」

 ロードバックが興奮して叫んだ。
 
「僕らは民間人だ。あるいは見逃してくれるかも」

 ダフマンが一縷の希望を込めて呟いた。
 
「俺たちを見逃せば敵の所在がバレる。それは期待薄だな」

 ウォーケンは物静かに敵の様子を伺っていた。興奮も諦観もなかった。だが父トーマスから死に際を清くせよ、と言われたことを思い出したのだ。

「じゃあ、俺たちゃ殺されるのかよ!」

 激高したロードバックをウォーケンは片手で制した。
 
「待て、敵が何か言ってきたぞ」

 敵艦のマストに点滅する光があった。発光信号だ。探照灯の光を利用して身近な相手に信号を伝えるのだ。

「おい、誰か読めるか?」

 ロードバックが戸惑い気味に左右の友達を見ると、ウォーケンが信号の意味する文字を口にした。

「キ・セ・ン・ノ・ナ・ヲ・シ・ラ・セ・ヨ。貴船の名を知らせよ、か。ダフマン、このヨットにもライトがあったな?」
「ああ、でも携帯用だよ。光が相手に届くかな?」
「部屋の灯を消してくれ。真空の宇宙空間だ。届く可能性はある。ともかく返事を出してみよう」
 
 ウォーケンはライトを受け取ると、明かりを不規則に点滅させた。

「ワ・レ・ノ・ナ・ハ・プ・ロ・バ・ン・ス・ゴ・ウ」

 我の名はプロバンス号。
 三人は固唾を飲んで見守った。送られてくるのは信号か砲弾か。すると敵艦のマストが再び点滅を開始した。

「ウ・ツ・ク・シ・キ・フ・ネ・ヨ・キ・セ・ン・ハ・ヒ・ョ・ウ・リ・ユ・ウ・チ・ュ・ウ・ナ・リ・ヤ」
「美しき船よ。貴船は漂流中なりや?」

 ウォーケンが信号を読むなりロードバックが指を鳴らした。

「なんだ、俺たちを助けてくれようっていうのか?」
「攻撃してこないところをみると、どうやらそうらしい」

 ウォーケンはどうして敵が攻撃してこないのかわからなかった。敵は相手が子供だとは知らないのだ。いや、たとえ相手が子供でも、機密保持のため撃沈するのが戦争というものだ。

「まさか、敵に助けられるなんて」

 ダフマンが安堵に胸を撫で下ろした。地獄から天国とはまさにこのことだ。

「まだ安心するのは早いぞ」

 ウォーケンは慎重な態度を崩さなかった。

「ともかく返信してみろよ」

 ロードバックがウォーケンをせっついた。

「キ・セ・ン・ノ・キ・ュ・ウ・ジ・ョ・ヲ・コ・ウ」

 貴船の救助を乞う。三人は期待を込めて返信を待った。

「リ・ョ・ウ・カ・イ・シ・タ・フ・キ・ン・ノ・ミ・ナ・ト・二・キ・ュ・ウ・ジ・ョ・シ・ン・ゴ・ウ・ヲ・ソ・オ・シ・ン・ス・ル」

 了解した・付近の港に救助信号を送信する。

 ロードバックがウォーケンに抱き付いた。

「やったぜ! 敵に助けられるなんて、本当ついてやがる!」
「敵の言うことだ。当てには出来ないよ」

 救助信号を発信すれば自分の所在を敵に知られてしまうことになる。無線封鎖はスパイ船の鉄則のはずだ。ウォーケンは敵の信号を信じることができなかった。
 敵艦はプロバンス号の上方を通過して彼方へと消えて行った。この場は沈められなかっただけでも感謝しなければならない。三人の心に再び不安の灯が点った。あの船は自分たちの所在を港湾に知らせてくれたろうか? 変に期待を持たされた分、過ぎ行く時間は却って長く感じられた。それから七時間後、奇跡が起こった。本当に救助隊が現れたのだ。信じられない事実だが、敵は自分が発見される危険を冒して、救助信号を送信してくれたのだ。

「やはり敵は約束を守ってくれたのか」

 ウォーケンはこのとき初めて海の男の魂に触れた思いがした。身の危険を冒して敵方の民間人を救ってくれたのだ。彼はあのスパイ船の船長の名を知りたいと思った。父以外に初めて尊敬できる人物を知ったのだ。だが現在に至るまでその名は判明していない。彼は知らなかった。その船長の名が若き日のD・パットナム中佐であることを……。
 救助隊員は故障した通信機を見て三人に問い質した。なぜ救助信号を発信することができたのかと。ダフマンが送信後に故障したと取り繕った。救助隊員は故障した羅針盤を見て三人に問い質した。なぜ正確な位置がわかったのかと。ロードバックが宇宙図表を見て見当をつけたと取り繕った。
 三人はスパイ船の存在を口外しないよう誓い合った。自分たちの命を救ってくれた者を売り渡すような真似はしたくなかった。これは利敵行為だが、幼い魂は利害を超えて純粋だった。
 たった一日だけの漂流。今となっては懐かしい思い出だ。ダフマンは手にしたグラスの表面に少年の日の自分を見た。心地よい沈黙が部屋に満ちていた。疲労感すら三人の勝利を祝福していた。ロードバックは既に話の途中で酔い潰れていた。

「過去を生きたことに乾杯!」

 ダフマンは徐にグラスを掲げると、

「未来を生きることに乾杯!」

 ウォーケンがグラスを掲げて唱和した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...