銀河連邦大戦史 双頭の竜の旗の下に

風まかせ三十郎

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第39話 漂流

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 その夜、ダフマンは一人ウォーケンの私室を訪ねた。用向きはわからなかったが、自由時間になったら私室に来るよう、ウォーケンに命じられていたのだ。

「F・ダフマン少佐。参りました」
「よう、やっと来たか。遅かったじゃないか」

 ロードバックか。ダフマンの顔に喜色が浮かび上がる。彼はドアを開けると室内に足を踏み入れた。

「艦橋の連中と祝杯を上げてたのさ。まっ、酒量は控えてたがね」
「そりゃよかった。今日は戦勝祝いの無礼講だ。特級酒など久し振りだろ? 飲めるだけ飲んでくれ」

 そのざっくばらんな物言いは昔日の彼を彷彿とさせる。上下関係など介在しない友人だった頃の彼を。
 既に室内ではウォーケンとロードバックがグラス片手に酒宴を始めていた。

「さあ、突っ立ってないでこっちへ来いよ」

 ウォーケンも気さくにダフマンを招き入れた。
 その日、すべてのグローク人将兵がそうであったように、二人の顔も大任を果たし終えた満足感で染まっていた。ロードバックはダフマンにグラスを握らせると、シェシェリー産の酒をなみなみと注ぎ込んだ。

「ダフマン、よくやったな。今夜はおまえの受勲祝いだ」
「受勲?」
「ああ、今回の海戦でペルセウスは最大の戦果を上げた。砲術長としてのおまえの腕が認められたんだ。グローク人兵士初の名誉だ。心からおめでとうと言わせてもらう」
「俺が勲章をもらえるなんて……」
「おめでとう、ダフマン」

 ウォーケンとロードバックが交互に祝福の言葉を投げかける。重ね合わされた三つのグラスがカチンと澄明な音を立てた。

「ありがとう、ウォーケン、ロードバック。でも勲章は第五十四戦隊全員の名誉だ。俺一人の名誉じゃない」
「そうだ、おまえが全員を代表して受け取るだけだ。だから気にするな」

 ロードバックは少し酔いが回っているようだ。でもそういうことであれば誇りを以て受勲できる。
 ダフマンは改めて二人を見た。彼らの励ましがなければ、俺はとっくに挫折していたはずだ。他人の名誉を自分のことのように喜ぶ二人に、ダフマンは改めて熱い友誼を感じていた。

「これで政府や国防総省もグローク人兵士の育成に力を入れるだろう」

 ウォーケンは難事と予想されたグローク人兵士の育成を見事に成し遂げたのだ。グローク人部隊初の指揮官として、彼の名は長く戦史に留まるだろう。

「今度はこちらが全面攻勢に出る番だ。必ず辺境の差別主義者どもを屈服させてやる!」

 ロードバックの鼻息が荒くなるのも無理はない。同盟は今回の敗北で総艦艇数の二割を失った。辛うじて均衡を保っていた戦力差に致命的な開きが生じたのだ。パットナムという名将を失ったことも災いして、同盟は攻勢に出る機会を永遠に失ったと考える者も少なくない。開戦十六年目にしてようやく戦争終結の兆しが見え始めたのだ。
 だが……、とダフマンは思う。今夜のように三人顔を揃えて飲み明かす日が再び来るのだろうか? 一度の大勝利で帰趨が決するほど規模の小さな戦争ではない。終戦までの道程はまだまだ長い。第五十四戦隊は今後も最前線で戦うことになるだろう。今回の戦闘で多くの人命が失われた。第五十四戦隊の損害、撃沈二百隻、損傷三百二十隻。幸いにしてペルセウスは一兵の戦死者も出さずにすんだが、他艦の戦死者の中には見知った顔も幾人か含まれていた。生き延びることができるだろうか? 再び銀河に平和が訪れるその日まで……。

「どうした、ダフマン? 浮かない顔して」

 ロードバックは職業軍人だ。そしてウォーケンも。自分の抱いた不安を知れば、あるいは怯懦と言って笑うかもしれない。今は生き延びたことを素直に喜ぼうではないか。死んでいった連中には悪い気もするが、自身の死ぬときなどいくら考えたところでわかるはずもない。

「いや、何でもないんだ。ただ昔のことを思い出して」
「昔のこと? なんだよ、それ?」とロードバック。
「うん、あれだ。覚えているだろ? 三人で宇宙を漂流したときのこと」

 ロードバックが思わず酒を吹き出した。ウォーケンも思わず膝を打って笑い声を上げた。
 今となっては懐かしい思い出だが、あのとき三人は確かに生命の危険に晒されていた。忘れもしない、あれは小学五年生の夏休み。三人は宇宙航海用のヨットで星の海へ出帆した。三基の太陽帆を備えた大型のヨットで、ダフマンが父親の目を盗んで拝借した代物だった。すべてはロードバックが仕組んだ秘密の計画だった。だが海でも宇宙でもヨットは手動オンリーと決まっている。むろん小学生だけで運航できるはずもなく、大気圏を脱出した辺りで早くも正規の航路を逸脱し始めた。推進エネルギーとなる太陽風を効率よく蓄積するには帆の角度が大切なのだが、ヨット航海初体験の三人に帆を上手く操る技術などあろうはずもなく、とうとう岩礁滞に紛れ込んだ揚げ句、船体の一部を破損して漂流する羽目に陥った。

「おい、どうするよ? 通信機は壊れちまったし、こんな岩礁滞を通る宇宙船なんて滅多にねえし。このままじゃ助からねえかもしれねえぞ」

 ロードバックが焦るのも無理はなかった。親には内緒の宇宙旅行だ。ダフマンの関係者がヨットの紛失に気付かない限り、捜索の範囲が宇宙に及ぶことはない。手持ちの食料も乏しく、食いつないでもあと三日持つかどうか。

「食料は均等に配分する。なるべく横になって、エネルギーの消耗を抑えるんだ。それとレーダーの監視を怠るな。近くを船が通り過ぎたら信号弾を打ち上げるんだ」

 父親譲りのリーダーシップとでもいおうか。ウォーケンは落ち着いた態度でこの苦境に対処した。せいぜい一人当たりの食料は三日分。日帰りのピクニック気分が仇となって手持ちの食料は少なかった。

「眠くもねえのにお昼寝なんて。正直辛いぜ」
 
 ロードバックが愚痴を零すとウォーケンが揶揄するように呟いた。

「それじゃ残った食料で派手に宴会でも開こうか? 最後の晩餐だ」

 ダフマンはニヤリと笑った。が、ロードバックは腹立たし気に叫んだ。

「冗談じゃねえ! こんな所でくたばってたまるかよ!」

 それっきり誰も口を利こうとはしなかった。微かな機械音以外、何も聞こえない沈黙の世界。
 ダフマンは天井を見つめつつ、自分が生き延びる可能性を考えた。人間は食料なしでどのくらい生きていけるのか? 水だけでも十日は大丈夫と聞いていたが。どうせ死ぬなら自分が最初に死ねばいい。衰弱死してゆく友達を見守るなんて真っ平だ。とても耐えられそうにない。

「どうせ死ぬなら、苦しまずに死にたいな」
「早いな。もう諦めたか?」
「……」
 
 余裕だな。ウォーケンの奴、笑ってやがる。 

 ダフマンは怯懦な自分を恥じて再びベッドに横たわった。
 ウォーケンは再びレーダーパネルに目を落とした。いつしかロードバックは鼾を立てて寝入っていた。神経の太い奴が羨ましい。彼もまた最後に助かることを確信しているのだ。ダフマンは眠ることができずに、ふと窓外へ目を向けた。
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