銀河連邦大戦史 双頭の竜の旗の下に

風まかせ三十郎

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第22話 怠業

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 その頃、司令部では幕僚たちが額に皺を寄せて、グローク人兵士のサボタージュ問題を討議していた。

「やはり給与の受け取りを拒否したか」

 ブレンデルがため息交じりに呟いた。

「当然でしょうな。契約を違えたのは我々なのだから」

 ヴォルフが冷めた表情でそっ気なく呟いた。

「しかし彼らも気骨がありますな。小官はますます彼らが気に入りましたよ」

 ソコロフがグローク人を称揚すると、ブレンデルが不満も露に口を開いた。

「受給を拒絶する以上、ただ働きをする気はないはずだ。艦船訓練を控えたこの時期にサボタージュされては、課業の進捗に重大な支障を及ぼすことになる」
「それにしても司令官不在のこの時期に、こんな事態が発生するとは……」

 ヴォルフのぼやきに幕僚たちは口を閉ざした。
 彼らを反逆罪で処断するのは容易い。だがそれが火種となって他のグローク人に飛び火したら? 彼らの士気に重大な悪影響を及ぼすことになる。せっかく優秀な兵士に育ちつつある彼らを離反させる真似はできない。

「ともかく事は穏便に納めねばならん。我々人類とグローク人の径庭けいていは、即ち部隊の団結力を損なうことを意味する。ここは強行手段を避けて、話し合いで解決しなければ……」

 幕僚たちが無言で頷く。ブレンデルの認識はその場にいる幕僚全員に共有された。
 そのとき衛兵詰所より連絡が入った。

「F・ダフマンと名乗る曹長が司令官に面会を求めています。グローク人兵士を代表して話し合いに来たと……。どうしますか?」

 ソコロフが他の幕僚に目視で了解を求めると、「よし、わかった。その者をここへ通すように……」
 内線を切ると、「今ここにグローク人兵士の代表が来ます。取り敢えず彼らの言い分を聞いてみましょう」

 ■■■

 会議室に通されたダフマンは、そこにウォーケンの姿がないことに気が付いた。

「あの、司令官閣下は?」
「作戦本部に出張中だ。話はわたしが聞こう」

 初老の男がダフマンの前に立った。

「では司令官閣下は減給の件を?」
「知らない。知れば君たち以上に激高しただろうが」

 ダフマンはホッと胸を撫で下ろした。
 やはりウォーケンはグローク人を裏切ってはいなかった。
 緊張の糸が切れたとき、彼は初めて相手の男を注視した。

「あの、あなたは?」
「副司令のブレンデルだ」
「失礼いたしました。閣下」

 ダフマンは非礼を詫びると自分たちの要求を突き付けた。
 これは単なる金銭の問題ではない。人類兵士と同様の負担を要求されるなら、人類兵士と同額の給与を要求する権利もあるはずだ。グローク人という理由だけで減給されるのは、自分たちの立場を軽視している証に他ならない。これは人類とグローク人の公平性の問題なのだと。

「減給はグローク人兵士に対する侮辱に他なりません。もし我々の主張が認められなければ、遺憾ながらサボタージュを決行します」

 ダフマンが口を噤むと会議室に沈黙が訪れた。
 やがてブレンデルが口を開いた。

「君たちに一つ提案したい。我々幕僚も上層部に相応の減給を申し出る。つまり部隊全員で減給に応じようというのだ。それで納得してはくれまいか?」

 グローク人兵士の多くが司令部の誠意を十分に感じ取っている。だがここで給与の差額を認めれば、後に続くグローク人兵士すべてに適用される恐れがある。こんな悪しき先例を残してはならない。

「もし減給するのであれば、連邦軍すべての兵士にそれを要求します」

 ダフマンは一歩も引かぬ覚悟だった。たとえ目の前の相手が大統領だとしても。

「これは大統領命令だ。君たちの行為は反逆罪に問われかねない。それでもいいのかね?」
「それは覚悟の上です。責任は自分一人で負うつもりであります」

 幕僚の間からため息が漏れた。
 ブレンデルは咳払いをすると、

「これから三か月間が正念場なんだ。もし兵士として奴隷解放のために戦いたいのなら、わたしたちの条件を飲んで、ここは引き下がってはくれまいか……」
「奴隷解放を提唱したランベルト大統領が、その口で兵士の待遇に差別を命じるとは……。残念です。人類にとっても、グローク人にとっても」
「どうしても認められんかね」
「たとえ一セルㇺといえ譲歩するつもりはありません」
「君たちに手荒な真似はしたくはないのだが……」

 ブレンデルは暗に強行排除を示唆した。
 
「では給与の件をご再考願います」

 ダフマンは会議室を退出すると講堂へ踵を返した。
 もし軍法会議にかけられれば、自分は連邦軍兵士の資格を失うだろう。下手をすれば反逆罪で禁固刑になりかねない。

 今までの苦労が水の泡だ!

 スレイヤーの言葉が耳朶を打つ。
 確かに彼の言う通り、このまま兵士を辞めさせられたのでは泣くに泣けない。グローク人の先兵となって同盟を打倒すること。軍に志願した動機を思い出せ! 彼は自らに語りかける。奴隷制度撤廃という大義の前に、三ぺスタの減給など取るに足らない問題ではないか?

 ダフマンは講堂に集まったグローク人の前で話し合いが決裂したことを説明した。
 彼を取り巻くグローク人兵士の顔に困惑した表情が浮かび上がった。

「まっ、そんなとこだろうさ。連中は端から俺らを対等に扱う気なんてなかったのさ」

 クロウが呆れ顔で肩を竦めた。

「俺たち、これからどうなるのかな?」

 グレイが不安げに呟いた。

「決まってんだろ。これだよ、これ」

 スレイヤーは片手で自分の首を斬る真似をした。
 グレイが素っ頓狂な声を上げた。

「えっ、俺たち、処刑されるのか!?」
「バカ、除隊だよ、除隊」
「安心してくれ。皆に類は及ぼさない。首謀者は俺だとハッキリ言っておいたから」

 ダフマンの言葉に一同は驚愕の表情を見せた。彼は自分一人で責任を負うつもりなのだ。
 トムソンが詰め寄った。

「皆を扇動したのは俺だ。もし責任を取れと言うのなら、この俺が……」
「いや、誰も責任を取る必要はない」

 全員の視線が声の主に集中した。講堂の玄関に佇むその姿こそ……。

「ウォーケン!」

 ダフマンは喜びに駆られて思わず上官を呼び捨てにしてしまった。
 ウォーケンが歩を進めると、蝟集したグローク人は二つに分かれて道を開いた。
 彼は集団の前で振り返ると、呆気にとられたグローク人に語り始めた。

「話はすべて知っている。減給の件は出張中に連絡を受けた。諸君らのことだ。素直に受け入れるはずがないと思っていたが、やはりな」
「総員、整列!」

 トムソンが号令をかける。グローク人の反応は素早かった。
 ウォーケンは後ろ手に組むと満足そうに頷いた。

「諸君の不満はもっともだ。もしわたしが同じ立場であれば、やはり同じことをしただろう」

 彼は手にした給与受領書を何のためらいもなく破り捨てた。

「やった! 司令官は俺たちの味方だぞ!」

 スレイヤーが叫んだ。グローク人兵士が一斉に歓声を上げた。
 ウォーケンの口元が綻んだ。が、それは一瞬のこと。彼は厳しい目でグローク人兵士を睨みつけた。

「諸君が人類と同等の給与を獲得するには、人類に劣らぬ勇気を証明しなければならない。それができるか?」
「むろんです。我々は戦闘で命を惜しむことはいたしません」

 トムソンは一歩前へ進むと胸を張って答えた。それはここにいる全員の矜持でもあった。
 ウォーケンが満足そうに頷いた。

「では減給の件は撤回するよう大統領に直訴する。諸君が実戦で実力を示せば、そんな命令、すぐにでも撤回されるはずだ」

 グローク人の間から再び歓声が沸き上がった。

 ありがとう、ウォーケン……。

 ダフマンは溢れる涙を抑えることができなかった。
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