上 下
22 / 57

第18話 戦闘

しおりを挟む
 翌朝、〇六〇〇時より演習は再開された。
 ダフマンやトムソンの所属する中隊は当初の予定通りパミール高原の東方に進出して敵堡塁の占拠を命じられた。中隊は堡塁の全面に展開すると約五〇〇メートルの距離から突撃を開始した。通常であれば戦車なり装甲車なりを前面に押し立てて進撃するのだが、今回の演習では模擬弾を装填した小銃と軽機関銃に装備が限定されていた。そのため堡塁への接近は至難を極め、立ちどころに十数名の味方が敵の攻撃に倒された。絶え間ないエネルギー弾の飛来に中隊は匍匐ほふくを余儀なくされ、前線は攻撃開始五分にして膠着状態に陥った。
 クロウがダフマンの側までにじり寄ってきた。

「今時こんな攻撃ありかよ。こりゃ、とても近代戦とは言えねえぞ」

 ダフマンの口元から白い歯が零れた。

「実戦じゃたまにあるそうだ。前近代的な重火器を欠いた戦闘かな」
「そりゃ俺たちに死ねってことか?」
「勝てると思うから突撃させてんだろ。上の連中は……」

 そのときエネルギー弾がクロウの頭を掠めて後方へ飛んだ。

「おっと、危ねえ! これが実戦なら俺はとうに逃げ出してるぜ」

 その言葉が強ち冗談とは思えなかった。
 敵の絶え間ない攻撃のため、頭を上げて前方を視認することも容易ではない。この圧倒的に不利な状況から抜け出せる手段はあるのだろうか? 
 彼らグローク人にとって初の本格的な野外演習は、参加した兵士に恐怖と興奮を極限まで体感させた。

 部隊の最右翼を担っていたトムソンは右手に広がる森林地帯に目を付けた。あそこに隠れながら堡塁への接近を試みれば、もっと近い距離から突撃できるのではないか? トムソンは本隊に連絡して作戦の許可を取り付けると、中隊を一時後退させて森林地帯へ潜伏させた。ダフマンの指揮する小隊が横列隊形をとって銃火の幅を広げたため、敵はトムソンの小隊が密かに後退するのを見逃してしまったのだ。トムソンの読みは的中した。森林を三百ヤードほど前進すると、敵堡塁の側面二百ヤードの位置に進出した。敵は正面の味方に気を取られている。彼は茂みの中で待機する部下を顧みると、「総員、突撃!」と叫んだ。
 号令一下、トムソンの部隊は雄たけびを上げながら敵堡塁へ突撃した。予期せぬ方向からの攻撃に、敵は慌てふためいて小銃を乱射してきた。だが模擬弾の光はトムソンの遥か頭上を掠め、怒涛のごときトムソン中隊の突進を食い止めることができなかった。そのまま堡塁に乱入すると各所で白兵戦を繰り広げた。トムソンは目の前に立ちはだかった敵兵の腹部に素早く銃口を突き付けた。すると敵兵の胸に着装してあるコンピューターの端末が赤く光り出した。むろん興奮状態の相手が気付くはずもなく、お返しとばかりにトムソンの横っ腹に銃身を叩きつけた。だがトムソンのコンピューター端末が赤く光ることはなかった。すでに敵兵は彼の最初の一撃で戦闘不能の状態に陥ったとコンピューターが判定したのだ。総員ヘルメットとメタルジャケットを着用しているため負傷する心配はなかったが、それでも数人が無防備な顔面や手足を強打されて負傷する者もいた。教官たちはその場で喧嘩の仲裁をするがごとく、コンピューターの判定に従い死傷者を後方へ立ち退かせた。
 トムソン小隊の突撃に呼応して他の小隊も次々と堡塁に雪崩れ込む。奇襲作戦は物の見事に成功し、三十分後には全体の五分の一に及ぶ死傷者を出した敵側に撤退命令が下された。
 堡塁内に歓声が沸き上がった。汗と埃に塗れた顔は、どれも満足感に輝いていた。
 トムソンは砂嚢さのうに腰を下ろして、小銃を杖代わりに身体を休めていた。虚脱状態の精神には目の前の現実がまるで白昼夢のように映る。自分の立案した作戦が味方を勝利に導いた。その事実を素直に喜べない自分がいる。もしこれが実戦であれば、敵味方合わせて何人の兵士が死んだことになるのか? 軍隊では常に死と隣り合わせであることを、トムソンは明確に自覚した。不意に背後から肩を叩かれた。

「よう、大手柄だな。作戦は大成功だ」

 ダフマンが労いの言葉をかけた。

「いや、運がよかっただけさ。ダフマン、おまえの部隊は何人戦死者を出した?」
「お陰さんで一人だけだ。我々の完勝だよ」
「俺の部隊は五人だ。他に負傷者が八名」
「戦争に犠牲は付きものだ。戦死するリスクは覚悟の上だ。おまえだってそうだろ?」
「本当に戦死者が出たような口振りだな」
「いずれ戦場に出れば誰かが死ぬんだ。間違いなく」
「俺は妻子と別れて独り身だ。死んだところで誰も悲しむ者がいないからいいが、この部隊にはダフマン、おまえのような有意な若者も大勢いる。彼らに死は早すぎる」

 そのとき二人の目の前に人影が立った。
 クロウだった。彼はくわえていた煙草を地面に吐き捨てると、

「おめでとう、お二人さん。さっきの戦闘で小隊の指揮を執った者は全員二等兵曹に昇進だそうだ。それからおやっさん、あんたは特別の功績により二階級特進、兵曹長に昇進だそうだ。これでおやっさんはグローク人兵士の出世頭だ。俺もお零れに預かりたいよ」

 遠方で教官の呼集を命じる声が響いた。
 ダフマンは挙礼すると駆け足で去った。
 トムソンはその後ろ姿を見送りつつ、ようやく重い腰を上げた。
 二人は連れ立って歩き始めた。
 
「よう、早くしろよ。のろのろしていると昇級がパァになっちまうぞ」
 
 そう言って急かすクロウに、トムソンは先ほどの疑問を投げかけてみた。

「クロウ、おめえ、さっきの戦闘で何人倒した?」

 一瞬、クロウの目が細くなった。

「三人だ。その後、コンピューターの野郎が俺を負傷と判定したが……」
「それだけ活躍すれば一等兵に昇進だ。よかったな、お望み通り昇進できて」
「本当か? なら俺もようやく下っ端から抜け出せるってわけだ。よかったよ。今のうちに昇進できて。二等兵のまま若いやつらにこき使われるのは真っ平だ」
「字が読めるんだろ。専攻課程で勉強する気はないのか? 出世の早道だぞ」
「この歳で今更勉強もねえだろ? 自由気ままが一番さ」
「じゃあ、なぜ規律の厳しい軍隊に志願した?」
「そりゃ……、軍隊なら衣食住の心配はねえし、給料だって貰えるんだ。食いっぱぐれる心配はねえだろ? もっとも俺の羽振りのよかったころにゃ、今の五倍の額は稼いでいたがな。相棒の猿が死ななきゃ、今でも芸人やってたさ」
「軍隊はグローク人の仕事としちゃ確かに悪くねえ仕事をくれる。だが命と引き換えにするには余りにも安い額だと思わないか?」

 クロウはふと立ち止まってトムソンを見た。

「普通の生活を送っていても早死にするやつもいる。逆に戦場で何度も死ぬような目にあっても生き延びたやつもいる。運っていうのはそういうもんだ。こればっかりは人の力じゃ変えられねえ」
「おまえは運命論者なんだな。知らなかったよ」
「少なくともおやっさんやダフマンのように、グローク人の大儀に殉じて死ぬつもりはねえよ」
「大儀か……」

 トムソンは自問する。戦闘の最中、自分を突き動かした衝動の正体を……。
 怒り、憎しみ、悲しみ……、思い返してみると、相手のそんな眼差しだけが脳裏に浮かんでは消えてゆく。相手の身体の動きなど一片も記憶に残ってはいなかった。教本通りの格闘法など望むべくもない。戦場において発露される精神は本能に支えられた闘争心だけだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ワイルド・ソルジャー

アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。 世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。 主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。 旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。 ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。 世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。 他の小説サイトにも投稿しています。

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh
SF
ーー22世紀半ばーー 魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。 「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。 <第一章 「誘い」> 粗筋 余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。 「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。 ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー 「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ! そこで彼らを待ち受けていたものとは…… ※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。 ※SFジャンルですが殆ど空想科学です。 ※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。 ※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中 ※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

三国志 群像譚 ~瞳の奥の天地~ 家族愛の三国志大河

墨笑
歴史・時代
『家族愛と人の心』『個性と社会性』をテーマにした三国志の大河小説です。 三国志を知らない方も楽しんでいただけるよう意識して書きました。 全体の文量はかなり多いのですが、半分以上は様々な人物を中心にした短編・中編の集まりです。 本編がちょっと長いので、お試しで読まれる方は後ろの方の短編・中編から読んでいただいても良いと思います。 おすすめは『小覇王の暗殺者(ep.216)』『呂布の娘の嫁入り噺(ep.239)』『段煨(ep.285)』あたりです。 本編では蜀において諸葛亮孔明に次ぐ官職を務めた許靖という人物を取り上げています。 戦乱に翻弄され、中国各地を放浪する波乱万丈の人生を送りました。 歴史ものとはいえ軽めに書いていますので、歴史が苦手、三国志を知らないという方でもぜひお気軽にお読みください。 ※人名が分かりづらくなるのを避けるため、アザナは一切使わないことにしました。ご了承ください。 ※切りのいい時には完結設定になっていますが、三国志小説の執筆は私のライフワークです。生きている限り話を追加し続けていくつもりですので、ブックマークしておいていただけると幸いです。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】 明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。 維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。 密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。 武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。 ※エブリスタでも連載中

処理中です...