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第02話 経歴
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初等教育時代の彼は正に生徒の鏡と呼ぶべき存在だった。中等教育になっても、その姿勢は変わらなかった。
一年時から生徒会長を務め、勉強でもスポーツでも常にトップを維持し続けた。友人や教師からの信任も厚く、既にこの歳にして、周囲の者は彼が将来政治家になることを疑わなかった。彼もそれを当然のごとく考えていたので、むしろ周囲の賞賛が耳障りでならなかった。自分が周囲の者と違うことろがあれば、それは一つだけ、将来に明確な目標を見定めているか否かに過ぎない。
ある日、友人の一人が彼にこう尋ねた。
「なぜ、政治家を志すんだ?」
単純素朴な質問だが、彼は真顔でこう答えた。
「この宇宙を正義という名の法で治めるため」
友人は吹き出しそうになるのを堪えながら、
「君は正義という名の幻想を信じるのか?」
「悪という名の幻想がある限り」
「正義と悪は幻想か。夢追い人なんだな、君は……」
「夢のない人生なんて儚いものさ。そうは思わないか?」
笑い話にしそこねた。友人は臍を噛んだ。結局、彼の逸話には美談しか残らない。
失敗談があるとすればただ一つ。それは彼がある女生徒を見初めて交際を申し込んだときのことだ。
相手に薔薇の花束を差し出して、憮然とした態度で付き合ってほしいと言い放ったのだ。いかにも彼らしい単刀直入なやり方だが、彼女の方はデリカシーに欠けると考えたのだろう。憤慨しつつ、その申し出を断った。彼は仕方なくバラの花束を美化委員に手渡すと、教室の隅に飾らせた。
同窓生が彼を賛美した後、必ず付け加える笑い話だ。
彼は時間を浪費することを極端に嫌った。合理的とも刹那的ともいえるその資質は、父親から受け継いだ最大の精神的遺産だった。
彼は目の前の問題を着実にこなすことで、政治家という大志に一歩一歩近づいてゆくのを感じていた。このままいけば彼の人生は順風満帆に疾走してゆくはずだった。だが思い通りの人生などこの世にあろうはずもなく、やがて彼にも将来を左右する重大な転機が訪れる。銀河大戦の勃発である。
彼はこの戦争に参与できない自分の年齢を呪った。
刹那的な資質が彼を指嗾する。軍人という職業は本来の目標とは違うが、戦時において最も国家に貢献できる職業ではないか、と。政治家になるには早くともあと十数年を待たねばならないが、軍人ならあと数年でなれるはずだ。それに軍人から政治家に転職して成功した者は少なからずいるではないか。
この戦争は対立する双方の国力が、連邦五に対して同盟三とほぼ拮抗しているため、長期戦になるだろうという見解が、あらゆる識者の口から、あるときは確信をもって、あるときは失意をもって論じられていた。
あるいは自分が兵役適齢者になるまで戦争は続くかもしれない。長期戦を見越した上で、彼は軍人になることを密かに考え始める。そんなとき彼にとって渡りに船の話が舞い込んだ。
”政府高官の親族は安全な場所から高みの見物を決め込んでいる”
そんな市民の内なる批判が、潔癖な父トーマスに決意させた。
息子を幼年学校へ入学させる。
”この戦争は奴隷解放を目的とした、真の民主主義を実現するための聖戦である”
父は息子を説得するにあたって、連邦第一二四代大統領カインツ・ランベルトの声明文を援用した。正義感に燃える少年の心は、父の命令を喜んで受け入れた。
幼年学校から兵学校へ。彼は常にトップを維持し続ける。特に優れた成績を収めた学課は戦略研究。コンピューターを使った一種の対戦ゲームのようなものだが、彼は一度として負けたことがなかった。
「プログラムを弄ったのさ」
そんな冗談が真実と勘繰られるほど勝ち続けた。戦略研究課始まって以来の快挙だと、教官たちも舌を巻いて絶賛した。
兵学校始まって以来の天才。多分にお世辞を含んだ社交辞令として、彼は苦笑しながら聞き流した。
自分としてはむしろ政治学に興味があったので、戦争学と政治学の関係性から戦史研究を専攻しようと考えていたのだが、戦術家としての彼の才を惜しんだ教官たちがそれを許さなかった。
父トーマスも既に同国副首相に就任しており、次期首相選の宣伝材料として、息子の出征を今や遅しと待ち侘びていた。そんな大人たちの思惑が一致して、彼は政府高官の子弟でただ一人、最前線へ送られることとなった。友人たちの同情を他所に、彼の血は燃えたぎった。優等生の陰に隠れた闘争本能が覚醒しつつあった。
兵学校を首席で卒業して初陣を経験したのが二十一歳のとき。
彼は少尉として戦艦クラソスの分隊士を務めた。第一主砲の砲術班を指揮していた彼は、実戦では脅威ともいえる十八・二パーセントという平均値の倍近い命中率を達成した。初陣にして戦功を上げ、司令官より顕彰された。
帰還した彼の下に両親から電報が届いた。立体映像となってメモリーから浮かび上がった両親の仮想分身は、息子の活躍を知って喜んでいる旨を話し始めた。それは子供の無事を案じる、ごく平凡な壮年の夫婦の姿だった。そして父は最後に、自分の都合で息子を軍人に仕立てたことを詫びる言葉を添えていた。
息子は軍人も政治家に劣らず、やり甲斐のある仕事であることを返書に認めた。政治家という夢はいつでも紡ぐことができる。戦死することなく軍を退役できたらの話だが。初陣を終えたばかりの彼にとって、それは遥か未来の事のように思われた。あるいは次の戦闘で死ぬかもしれない。運命に身を委ねることの嫌いな彼だが、こればかりは自分の力ではどうしようもない。
だが幸運の女神は彼を見放さなかった。初陣以来、数度の戦闘に参加して何度か負傷したものの、今では二十七歳にして大佐という異例の出世を遂げている。その間に第一級戦功賞、第一級戦傷賞を授与されている。世間では親の七光りなどと陰口を叩く者も少なくないが、彼と戦いを共にした者なら、それが武勲に相応しい正当な地位であることを知っている。
去年のキャスバート海戦の折にも、彼は艦隊司令官に代わって指揮を執り、味方を窮地から脱出させている。それは奇跡の撤退と称賛され、軍のプロパガンタの下、彼の名が一般市民の間に遍く知れ渡る契機となった。彼の名が父の名と共に膾炙されることは少なくなりつつあった。
一年時から生徒会長を務め、勉強でもスポーツでも常にトップを維持し続けた。友人や教師からの信任も厚く、既にこの歳にして、周囲の者は彼が将来政治家になることを疑わなかった。彼もそれを当然のごとく考えていたので、むしろ周囲の賞賛が耳障りでならなかった。自分が周囲の者と違うことろがあれば、それは一つだけ、将来に明確な目標を見定めているか否かに過ぎない。
ある日、友人の一人が彼にこう尋ねた。
「なぜ、政治家を志すんだ?」
単純素朴な質問だが、彼は真顔でこう答えた。
「この宇宙を正義という名の法で治めるため」
友人は吹き出しそうになるのを堪えながら、
「君は正義という名の幻想を信じるのか?」
「悪という名の幻想がある限り」
「正義と悪は幻想か。夢追い人なんだな、君は……」
「夢のない人生なんて儚いものさ。そうは思わないか?」
笑い話にしそこねた。友人は臍を噛んだ。結局、彼の逸話には美談しか残らない。
失敗談があるとすればただ一つ。それは彼がある女生徒を見初めて交際を申し込んだときのことだ。
相手に薔薇の花束を差し出して、憮然とした態度で付き合ってほしいと言い放ったのだ。いかにも彼らしい単刀直入なやり方だが、彼女の方はデリカシーに欠けると考えたのだろう。憤慨しつつ、その申し出を断った。彼は仕方なくバラの花束を美化委員に手渡すと、教室の隅に飾らせた。
同窓生が彼を賛美した後、必ず付け加える笑い話だ。
彼は時間を浪費することを極端に嫌った。合理的とも刹那的ともいえるその資質は、父親から受け継いだ最大の精神的遺産だった。
彼は目の前の問題を着実にこなすことで、政治家という大志に一歩一歩近づいてゆくのを感じていた。このままいけば彼の人生は順風満帆に疾走してゆくはずだった。だが思い通りの人生などこの世にあろうはずもなく、やがて彼にも将来を左右する重大な転機が訪れる。銀河大戦の勃発である。
彼はこの戦争に参与できない自分の年齢を呪った。
刹那的な資質が彼を指嗾する。軍人という職業は本来の目標とは違うが、戦時において最も国家に貢献できる職業ではないか、と。政治家になるには早くともあと十数年を待たねばならないが、軍人ならあと数年でなれるはずだ。それに軍人から政治家に転職して成功した者は少なからずいるではないか。
この戦争は対立する双方の国力が、連邦五に対して同盟三とほぼ拮抗しているため、長期戦になるだろうという見解が、あらゆる識者の口から、あるときは確信をもって、あるときは失意をもって論じられていた。
あるいは自分が兵役適齢者になるまで戦争は続くかもしれない。長期戦を見越した上で、彼は軍人になることを密かに考え始める。そんなとき彼にとって渡りに船の話が舞い込んだ。
”政府高官の親族は安全な場所から高みの見物を決め込んでいる”
そんな市民の内なる批判が、潔癖な父トーマスに決意させた。
息子を幼年学校へ入学させる。
”この戦争は奴隷解放を目的とした、真の民主主義を実現するための聖戦である”
父は息子を説得するにあたって、連邦第一二四代大統領カインツ・ランベルトの声明文を援用した。正義感に燃える少年の心は、父の命令を喜んで受け入れた。
幼年学校から兵学校へ。彼は常にトップを維持し続ける。特に優れた成績を収めた学課は戦略研究。コンピューターを使った一種の対戦ゲームのようなものだが、彼は一度として負けたことがなかった。
「プログラムを弄ったのさ」
そんな冗談が真実と勘繰られるほど勝ち続けた。戦略研究課始まって以来の快挙だと、教官たちも舌を巻いて絶賛した。
兵学校始まって以来の天才。多分にお世辞を含んだ社交辞令として、彼は苦笑しながら聞き流した。
自分としてはむしろ政治学に興味があったので、戦争学と政治学の関係性から戦史研究を専攻しようと考えていたのだが、戦術家としての彼の才を惜しんだ教官たちがそれを許さなかった。
父トーマスも既に同国副首相に就任しており、次期首相選の宣伝材料として、息子の出征を今や遅しと待ち侘びていた。そんな大人たちの思惑が一致して、彼は政府高官の子弟でただ一人、最前線へ送られることとなった。友人たちの同情を他所に、彼の血は燃えたぎった。優等生の陰に隠れた闘争本能が覚醒しつつあった。
兵学校を首席で卒業して初陣を経験したのが二十一歳のとき。
彼は少尉として戦艦クラソスの分隊士を務めた。第一主砲の砲術班を指揮していた彼は、実戦では脅威ともいえる十八・二パーセントという平均値の倍近い命中率を達成した。初陣にして戦功を上げ、司令官より顕彰された。
帰還した彼の下に両親から電報が届いた。立体映像となってメモリーから浮かび上がった両親の仮想分身は、息子の活躍を知って喜んでいる旨を話し始めた。それは子供の無事を案じる、ごく平凡な壮年の夫婦の姿だった。そして父は最後に、自分の都合で息子を軍人に仕立てたことを詫びる言葉を添えていた。
息子は軍人も政治家に劣らず、やり甲斐のある仕事であることを返書に認めた。政治家という夢はいつでも紡ぐことができる。戦死することなく軍を退役できたらの話だが。初陣を終えたばかりの彼にとって、それは遥か未来の事のように思われた。あるいは次の戦闘で死ぬかもしれない。運命に身を委ねることの嫌いな彼だが、こればかりは自分の力ではどうしようもない。
だが幸運の女神は彼を見放さなかった。初陣以来、数度の戦闘に参加して何度か負傷したものの、今では二十七歳にして大佐という異例の出世を遂げている。その間に第一級戦功賞、第一級戦傷賞を授与されている。世間では親の七光りなどと陰口を叩く者も少なくないが、彼と戦いを共にした者なら、それが武勲に相応しい正当な地位であることを知っている。
去年のキャスバート海戦の折にも、彼は艦隊司令官に代わって指揮を執り、味方を窮地から脱出させている。それは奇跡の撤退と称賛され、軍のプロパガンタの下、彼の名が一般市民の間に遍く知れ渡る契機となった。彼の名が父の名と共に膾炙されることは少なくなりつつあった。
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