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第2章 恐怖の残渣

第41話 勝てずの先に

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 わぁあ! わぁあ!
 屋敷からエルフと人間の「勝どき」のような歓声が聞こえてくれる。

 もちろん、私はこれっぽっちも勝ったとは思っていない。
 いや、戦いに勝って勝負に負けたってこういうことなのかな。
 ともかく、微塵も嬉しくないし、むしろ悲しい…悲しすぎる。

 でも、まだだ。まだ終わっていない。
 あの二人の思いを託されたんだ。
 それを終わらせないと…。

「皆さん、まだその防御結界の中にいてください!」
 喜びのあまりこちらに駆け寄ってきそうな人もいた。まだこちらに来られては作業に支障が出る。
 私は大声を張り上げて皆の動きを止めた。
「え?もう倒したんでしょ?」
 という声がちらほら聞こえる。
「まだです。まだ、先ほどのモンスターの核、デーモン・コアをこれから極大魔法で消滅させます。危ないので、そこから出ないでください!」
 『ハイリグベアディグン神聖なる葬送』は死者の霊体にしか効果がない魔法。霊体をつなぎとめる核、すなわち魔族の血の結晶、デーモン・コアはいまだ健在だ。それが証拠に、目の前には大きなサファイアの宝石のような物が二つ転がっている。

「えぇ!その宝石、壊しちゃうの?」
「勿体ない」
 なんて好き勝手な人たちなのだろう。これが悪の元凶だというのに。
 このままゆっくりしていると、大反対が起きそうだ。
「メアリー、防御結界の中に入っていてね。動ける?」
 おそらく悲しみのどん底にあるだろうメアリー。
 いろいろな思いが一気に噴き出たのか、少し焦点が定まっていない彼女を促し、玄関まで見に来ていた長老に託した。

 デーモン・コアのところに戻ると、脳内に声のようなものが響いてきた。
『ニクしミアえ』
『イかレ、カなシメ』
『ワレをダイじニアツカエ』
 これはデーモン・コアの意思?
 ああ、もしかしたらエルフが人間を憎んでいたのも、人間がエルフを憎んでいたのも、このデーモン・コアが原因だったのかしら。
 デーモン・コアが洗脳をかけ、自分にとって都合のいい状態に作り変えていたのだとしたら…そう思うと私は無性に腹が立ってきた。

「もう、終わりよ。あなたたち、命を奪いすぎたわ。」
 独り言をつぶやき、左右両手に一個づつデーモン・コアを掴む。
「えい!」
 という掛け声とともに、デーモン・コアを上空に放り投げた。

『マほウナドきカヌ』
『ムだナコトダ』
『ダレモワれヲコワセヌ』
 再び声が聞こえる。
 そうね、きっと並の魔法使いなら壊せないんでしょうね。
 でもね、私の攻撃魔法は能力値最大カンストなんだよ。天変地異クラスの出力だよ。

――熱線よ!出でよ!

 前世で流行っていたアニメに、手のひらからビームのようなものを放ち攻撃するというのがあった。私はそのイメージで上空に向かって熱線を放出する。
 呪文は適当。適当な呪文であれば出力が低下するのだけれど、私の場合はむしろ出力が低下したくらいでちょうどいい。大惨事にならずに済むから。

 上空に向けた手のひらから、半径10メートルくらいの範囲が光った。
 起点にいる私からはよく見えないけれど、巨大な光の円柱ができて空に伸びていることだろう。
 熱線というにはあまりにも規模が大きいそれ。デーモン・コアは焼かれ、溶け、蒸発していくのが光の向こうに見えた。

「グ!グアあアアぁアア!」
 文字通りの断末魔。
 デーモン・コアが完全に消滅し、声が聞こえなくなったのを確認した私は、熱線の照射をやめた。
 終わった、これで。
 全てが終わったんだ…。

 熱線が消え去り、とても澄んだ空を見上げたまま、私は動くことができなかった。両目からはとめどなく涙があふれてくる。

 誰かが近づいてくる。
 そして背中から腕を回し、私の身体をそっと抱きしめた。
「お疲れさま、ユメ…」
 メアリーの優しい声に私の心が痛む。
 私はメアリーのほうを向き、両ひざをついて声をあげて泣いた。
「ごめん、メアリー、ごめ…なさい。うわぁぁ。」
 嗚咽が混じり、言葉にならない。
 そんな私をメアリーがもう一度優しく抱きしめる。

「わた…わたし…」
 本当に泣きたいのは私じゃなくてメアリーのはずだ。なのに私は泣くのを抑えられない。
 ゆっくりと優しく、メアリーの手がそんな私の頭をなでてくれる。
 まるで赤ちゃんをよしよしするかのように。この瞬間は、親子が逆転してしまったようだ。

「ユメ、ありがとう。」
 落ち着いたメアリーの優しい声。

「でも、私あなたのご両親を殺しちゃった。」
 もう二度と会えない。蘇生もできない。
「何を言ってるの?パパもママも死んでたのよ?殺したのはユメじゃないわ。」
 そうは言っても…。
「それにね、ユメ。あなたはこれ以上ない葬儀をしてくれただけよ?」
「え?」
 どういうこと?私お葬式なんてしてないけれど…。
「ユメの使った魔法ってなぁに?」
 私はハッとした。
 魔法の名前は「神聖なる葬送」。それは死者の霊体をあるべき姿に導く魔法。
 囚われ、不条理に使われていた霊体を解放する魔法。
 メアリーがいてくれなかったら、メアリーじゃなかったら、私は罪悪感で心が潰れていただろう。

――ありがとう、メアリー。

 その夜、私は夢を見た。
 ファントム・デーモンに囚われていたテオドールさんとステファニーさんが私の記憶を覗いたように、私もファントム・デーモンの記憶を覗いたんだと思う。そんな自覚はなかったけれど、無自覚で触れた記憶が夢として現れたんだろう。

 それはまるで映画の中にいるようだった。
 何もかも現実のようだけど、何に触れることもできない。
 声も出せない。
 ただ、そこで物語が始まり、終わるのを見届けるだけ…。

 アヴァロンの南の地。
 仕事帰りだろうか。テオドールさんとステファニーさんが仲睦まじく、家に入っていく。
 家の中は明るく、奥では幼いメアリーが「おかえりなさい」と言いながら、二人に抱っこをせがんでいた。
 家のドアが閉まると、周りは暗くなった。
 私は足元に視線を向けてギョッとしたが、そこには一人の男が潜んでいる。

「テオドールのやつめ、けしからん。ここの作物は随分と育ってるじゃないか。俺の畑は不作だというのに…。」
 なんという言いがかりだろう。
 いや、これもデーモン・コアの悪影響なのだろう。人の悪い感情につけ込み、それを引き出していくのが得意な奴だから。

「エサダ。ヒサシブリノエサダ。」
 どこからともなくデーモン・コアの声がする。
「コッチニコイ。コッチニイイモノガアルゾ。」
 潜んでいた男は少しボーっとした表情になりながら、声に導かれるまま歩く。

 家の敷地のはずれまで歩くと、男は我に返った。
 歩いていた間の記憶がないのだろう。不思議な表情を浮かべて周りをキョロキョロ見ている。
 そして、男は自身の足元がボウッと光っているのに気づいた。
「お宝か?へへへ。こいつぁ、楽しみだな。」
 目の色を変えて地面を掘ろうとした次の瞬間、男の霊体が肉体を抜けてデーモン・コアに取り込まれた。

 私は駆け寄って助けようとしたが、ここは夢の中、記憶の中。
 何もできず、男が倒れるのを見届けるしかなかった。

 ふっと場面が変わる。
 先ほどの男の記憶が途切れ、次の人の記憶に変わったようだ。
 私の目の前にいるのはエルフ族の男性。
 この人も何やらブツブツ言っている。
「ステファニーのやつめ、人間なんかと結婚しやがって。由緒ある家柄の俺の求婚を断って、人間なんかと結婚するなんて許さねぇ。」
 ここからは先ほどと同じ展開だった。
 デーモン・コアの声に導かれ、デーモン・コアのある所まで歩いていき、デーモン・コアに霊体を捕食される。
 そしてまた一人、また一人…。
 デーモン・コアは霊体を取り込むたびに力を増していく。

 あの時、長老が話してくれたとおりに、テオドールさんとステファニーさんの家の周りで、次々とエルフと人間が倒れていく。

――そしてとうとう運命の日がやってきた。
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