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第1章 異世界に転生しちゃいました?

第14話 旅立ちの朝

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 さとい さと
 本当にこの子はさとい、とアレクサンドラは思った。
「そうよ、ユメ。ロザリアはね、私のお姉さんなの。後学こうがくのために、どうしてそう思ったのか聞かせてくれる?」
 決してユメをめる口調くちょうではない。
 むしろ、温かく優しく、これはただの好奇心こうきしんだよ、とでも言わんばかりに。
「えっと…いくつかあるんですが。1つ目は、ト…おっと…その魔法使いさんについて、先生はくわしすぎます。噂話うわさばなしで聞きかじった程度ていどでしたら、ここまでお話はできないと思います。」
 アレクサンドラはそれをいてそうだねと言わんばかりに無言でうなずいた。
「2つ目は、ちから話されたことです。魔法使いさんと私を会わせたくないのであれば、現状げんじょうだけお話しされても問題ないはずです。現状げんじょうだけくと魔法使いさんのことを狂人きょうじんこわい人だと思ってしまいますし、遠ざけたいのであれば、むしろそうするべきです。でもそうしなかった。先生は魔法使いさんから遠ざけようとはしていますけど、きらってほしくはない…だからちから話されたのではないですか?」
「そうね。確かにその通りだわ。」
 アレクサンドラはここについては無自覚むじかくだったのか、おどろいたようにうなずいた。
「3つ目は、私がロザリアさんが亡くなられたことに悲しくなって泣いてしまったときです。先生は『ありがとう』とおっしゃいました。これはご遺族いぞくでないと出ない言葉だと思いました。」
 アレクサンドラはこれも自覚じかくがなかったようで
「確かに…確かに言ったわね、私。」
 と大きくうなずいた。
「それじゃあ、ユメはあの人がこの屋敷やしきに月1回おとずれる理由も何となくさっしているのかしら?」
「そうですね。これは憶測おくそくでしかありませんが、ここにロザリアさんのお墓があるのではないですか?大切な人を失って引きこもっている人が定期的ていきてきかようといえばおはかまいりしか思いつかなくて…。」
 アレクサンドラはにこやかにほほ笑んだ。
「半分。半分正解せいかいね、ユメ。確かにこのお屋敷やしき敷地内しきちないに姉・ロザリアのおはかがあります。あの人にね、たのまれたのよ。自分ではきっと満足まんぞく管理かんりできず、てさせてしまう。だからおはかの手入れをお願いしますってね。」
「もう半分は?」
「私に会いたいのよ。いえ、正確せいかくに言うなら、私の中に残るロザリア姉さんの面影おもかげに会いに来ているんでしょうね。あの人はここで飲むカフィーが美味おいしいからだとかなんとか理由をつけているけどね。」

 アレクサンドラがトイフェルに姉と同じような恋愛感情れんあいかんじょういだいているのか、逆にトイフェルがアレクサンドラに恋愛感情れんあいかんじょういだいてるのか、それをたずねるのはたいへん野暮やぼなことだと思った。
 私はそれ以上は何も聞かずに、アレクサンドラの部屋を後にした。

 午後からはレフィーナとたくさん遊んだ。
 レフィーナは私が屋敷やしきを出ると知ったら、きっと泣きついて「行かないで」と言うだろう。
 そう思っていたのだが、意外なことにいつも通りせっしてくる。
 ところがふとした瞬間しゅんかんにとてもかなしい表情を見せるので、レフィーナなりに気を使ってくれているのだとさっした。
 そんな健気けなげなレフィーナに私の心はチクチクと痛んだ。

「ねぇ、レフィーナ?」
「ん?どうしたの?ユメ。」
「あのね、私、このお屋敷やしきを出たあともレフィーナをいつも身近みぢかに感じていたいの。だからね、何かおそろいのアクセサリーとか買わない?」
「え!?えぇえええ!?」
 予想をはるかにえ、レフィーナは絶叫ぜっきょうするようなさけび声をあげた。
「あ、その、いやならいいんだけど、えと…」
 レフィーナの大声に動揺どうようする私。
 そんな私を見てレフィーナは得心とくしんした表情を浮かべた。
「そう、そうよね。ユメは記憶きおくがないのでしたねっ。えっとですね、ユメ。おそろいのアクセサリーを買うというのは、プロポーズの言葉…なんですよっ?」
 あああ。しまった!そうか、そういうことだったのか。
 前世では女の子同士おそろいの物を買うなんて、仲が良ければ普通のことだと思っていたけれど、ここは異世界だ。前世の常識じょうしきつうじるわけではない。
「ご、ごめんね!レフィーナ!私、その…。」
「うーん、でもユメだった私、結婚してもいいかも!」
 いやいやいや、よくないでしょ?
「だ、ダメよ!レフィーナ。だって私たち…女の子同士どうしじゃない。」
「あら、私は気にしないけど?あぁーあ、初めてのプロポーズだったのに…」
 レフィーナが意地悪いじわるく笑う。
 異世界では百合ゆりカップルとか百合ゆり結婚とかは普通のことなのだろうか…。
 わからない。けれど聞くに聞けない…。
「はい、これ。」
 こまってモジモジしている私にレフィーナが何かを差し出した。
 両手で受け取ると、それは紅玉こうぎょくのついたイヤリングだった。
「え…?レフィーナ、これって…?」
「私からのおくり物。えっとね、はなれてらすことになる友人や家族には、何か自分の持ち物をあげるのがこの国のならわしなの。紅玉こうぎょくならユメの帽子ぼうしにもついてるから似合にあうと思ったんだけど…。」
 レフィーナは早くつけて見せてと言わんばかりに私の顔をのぞんでくる。
 このイヤリングは耳たぶにはさんでつけるタイプなのだけれど、どうにも紅玉こうぎょくが大きくて実際じっさいにつけたら痛そうだ。
 意をけっしてつけると、まったく重さを感じない。引っられる感じも痛みもない。
 なにかそういう不思議ふしぎな力がめられているのだろう。
「やっぱり!思ったとおり良く似合にあうわ!」
 そう言うと、レフィーナはポンッと手をたたいた。
「でもレフィーナ、こんな立派りっぱなもの…いいの?」
「いいの、いいの。昔、まちのアクセサリー屋さんで買ったのだけれど、私には紅玉こうぎょくが大きすぎて似合にあわなかったから。ユメがもらってくれるとうれしいわ。」
「ありがとう。大切にするね…。」

 不意ふいに私の両目から涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
 餞別せんべつしなもらったことで、私の中でレフィーナとお別れすることが改めて実感として沸いたのだ。
 それは私がおさえていた感情のせきを切るのには十分だった。
「ありがとう…ありがとう…」
 そう言って泣きじゃくる私を、レフィーナは温かく抱きしめてくれた。
 それは遠い昔の記憶きおくにもある温かさ。
「もう…。ユメが泣くから…。私、絶対ぜったいに泣かないって決めてたのに…。」
 レフィーナもおさえきれなくなったのか泣きだした。
 こうして私たちはしばらくきしめ合いながら泣き続けた。

 もう、これじゃぁどちらが年上かわかんないよっ。
 冷静れいせいになった私はものすごくずかしくなり、レフィーナをさそってアクセサリーショップに向かった。
 何か他のことを考えないと、ずかしさで死んでしまいそうだったからというのも理由だったし、レフィーナにおかえしのおくり物を買うというのも理由だった。。
 残念ながら転生者の私には、相手にプレゼントするような持ち物がない。
 レフィーナは私からのプレゼントだったら、なんでもうれしいと言ってくれた。
 ほんと、なんていい子なんだろう…。

 大通りから一本となりせま路地ろじに、おすすめのショップがあるというのでレフィーナと向かった。
 私はそこでレフィーナのひとみと同じ色であるエメラルドグリーンのぎょくがついたペンダントを買ってプレゼントした。
「ありがとう、ユメ。肌身はだみはなさずけるわね!」
 レフィーナは満面まんめんみでよろこんでくれた。

 旅立たびだちにあたって、オルデンブルク伯爵家はくしゃくけの皆から色々な物をいただいた。
 アルスベルド・オルデンブルク伯爵はくしゃくからは、領地内りょうちない医者いしゃ開業かいぎょうすることの開業かいぎょう許可証きょかしょうと私の身元みもと証明書しょうめいしょ身元みもと証明しょうめいがあるので、オルデンブルク伯爵家はくしゃくけ領地りょうち以外でもおそらく開業かいぎょう許可きょかみとめられるだろうとのことだった。
 アリアナ・オルデンブルク伯爵はくしゃく夫人ふじんからは盗難とうなん防止ぼうし加護かごがついたお財布さいふ。この財布さいふにお金を入れておけば、スリどころかきの被害ひがいにもあうことがないという逸品いっぴんだ。
 ウィリアム執事長しつじちょうからは、ナイフをいただいた。武器というよりは、生活用。とはいえ、絶対ぜったいに刃こぼれはしないし、びたりもしない業物わざものらしい。間違まちがいなく高級品だよ、これ…。
 レフィーナとアレクサンドラからはすでに立派りっぱなものをいただいている。それなのに二人ともすきあらば何かを渡そうとしてくるので、さすがにもらいすぎだと固辞こじした。

 アレクサンドラからはミューレンの町に行くことをすすめられた。
 ここオルデンブルク伯爵領はくしゃくりょう南端なんたんで徒歩だと5日はかかる田舎町いなかまちらしい。
 町の南側にはホルン山脈さんみゃくという標高ひょうこう4000メートルきゅう山脈さんみゃくがそびえていて、ミューレンの町も標高ひょうこう1000メートルあたりに位置しているのだそうだ。
 人口は500人程度ていどと少なく、僻地へきちということもあいまって、長年医者いしゃ不在ふざいが問題だった。
 特に行く当てもない私。
 田舎いなかでのんびりと暮らせて、しかもお医者いしゃさんを必要ひつようとしている町だなんて、まさに私にうってつけじゃない!

 そしていよいよ旅立ちの朝がやってきた。
「ユメ、何かあったらいつでもたよってくれていいんだよ?」
 …伯爵はくしゃく様、やさしいなぁ。ほんとの打ち所のないいい人だわ。
「いつでも屋敷にいらっしゃい。ここはあなたの家、私たちはあなたの家族、貴方は私の娘よ、ユメ。」
 …伯爵はくしゃく夫人ふじんやさしい。また泣いちゃうよ、私。
「ミューレンの町は、夏の避暑地ひしょちとして人気なの。夏はこちらから遊びに行くわね!」
 …うんうん、レフィーナ。またいっぱい遊ぼうね。
「よき旅立たびだちであらんことを…」
 …ウィリアムさんにもいっぱいお世話になったわ。ありがとうございます。
体調たいちょうには気を付けてね。医者いしゃ不養生ふようじょうなんて師匠ししょうゆるさないわよ?」
 …アレクサンドラ先生、何から何までお世話になりっぱなしでした。
「みなさんもお元気で!いたら、またご挨拶あいさつうかがいます!本当に…本当におぜわになりまじだぁ…」
 最後は涙声なみだごえになってしまった。
 オルデンブルグ伯爵家はくしゃくけにお世話せわになってから、すっかり涙もろくなったなぁ。
 われながらまらない言葉になってしまったが、こうして私は一路いちろ、ミューレンを目指したのだった。

 出発から2日間は何事もなく、うつ景色けしきを楽しみつつ、宿場町しゅくばまち寝泊ねとまりする旅を私は送っていた。
 草原を抜け、ブナのようなしげる森の道にかった時、私の頭上から声が聞こえた。

――何者ですか!止まりなさい!
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