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後日談

後日談3:秋

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 ラヴァドの館から助け出されたカイの治療にあたったのはノアだった。
 安らかな顔つきで眠るカイを見ていたノアの表情はどこか険しい。
「……まったく……。こんなことが可能とは信じがたい……」
 首を傾げていると、伏せられていたカイの瞼が動き、ゆっくりと持ち上げられた。
「ノア? ……ここは」
「やあ。大変だったね、カイ」
「二人は……」
 ヴェルとリウのことだろう。二人の心配を真っ先にするあたりがカイらしいと思いつつ、ノアは苦笑した。
「二人とも無事だ。怪我もない。ユジム=ラヴァドについては副長に任せてるから、心配しなくていいよ」
「そうか……」
 少し気が抜けたようにベッドに沈み込んだカイに、ノアは問う。
「それより、君の身体はどうしてしまったのかな。ヴェルにも聞こうと思ったけど、現場に残っていたあの毒の刃で切りつけられたんだよね?」
「ああ。ヴェルが毒を吸い出したと言っていたな」
「傷口に口をつけて吸い出したってことかな」
 カイもちょっと不思議そうに眉根を寄せる。
「いや。そんな感じではなかったような……。すまん。俺も意識が混濁していてよく覚えていない」
「そう」
 ノアは軽く俯いた。ノアにしては随分と大人しい反応に、カイは思わず問う。
「何か気になるところでもあるのか?」
「ああ。実は、使われた毒はいわゆる猛毒ってやつでね。もしあの刃で切りつけられたのだとしたら、今頃カイは死んでいないとおかしい」
「そうなのか」
「ヴェルは何をしたのか……」
「まあ、只者ではないからな」
 カイの言葉に、ノアは弾かれたようにカイを見た。
「カイ。気付いてたの?」
「気付く、というか……。本人の口からは何も言われていないが、ただの一般市民ではないだろう。よく分からんが、恐らく魔導士か何かなのではないか? 魔力探知はとっくにリウがしているだろうから、害がないとリウが判断したなら、俺はそれでいいと思っていたが……」
「おやおや……」
 ノアは気が抜けたように嘆息した。
「すまないね。私が報告すべきことなのに」
「いや。ノアが何も調べないはずはない。ノアとしてもヴェルは無害と思ったのだろう?」
「ああ。無害だよ。無害だと思ってた。でも、これを見てしまうと……」
「これ?」
 ノアは小さく頷いた。
「ヴェルは恐らく、魔導具なしで何かしらの魔力を行使した。カイの中から魔力がないんだ。恐らく、毒を吸い取った、というよりは、魔力ごと毒を吸い取った、というほうが正しい」
「そんな事が可能なのか」
「普通は無理だね。まず他人の魔力経路を読み解くだけで、普通は丸一日かかる作業だ。それを一瞬で行ったわけだよ。そこから精密な導線を作って、体内中の魔力に毒を集めて、魔力の性質を磁力みたいに変化させて、体外に排出させる? 有り得ないね」
「はあ」
「魔導士が聞いたら誰でも卒倒する、離れ業だよ」
 いまいちピンと来ていない様子でカイは眉根を寄せる。
「俺にも分かるように例えられないのか」
「十桁の暗算を二つ同時にやりながら、サーカスの綱渡りの綱の上に片足で立って、そのまま連続で針の穴に糸通しをしてるようなもの」
「……よくわからんが、ヴェルが凄いというのだけはわかった」
「凄いというか。変態だ」
「変態なのか……」
「無害だと思ってたけど」
「変態だったのか……」
「変態だったね」



「——……と、ノアが言っていたのをふと思い出した」
 就寝前のベッドでする話ではないな、とヴェルは思いつつも、カイの腕に頭をぼふりと載せた。
「まー、化け物より変態の方がまだマシか」
「化け物?」
「そう。俺、魔力吸い取って付与するのだけは魔導具なしでできたから。すごく気味悪がられた。俺としては時間短縮したかっただけなんだけど……」
「そうか。ヴェルが凄いことは分かった」
「凄くないって。慣れだよ慣れ」
 多分、慣れだけでは、十桁の暗算を並列処理できないのだが。
 カイは本題に入った。
「ヴェルを見込んで頼みがある」
「頼み?」
 ヴェルは首を傾げた。



「魔導士の指導? 俺が?」
「ああ。庭仕事の合間にでも頼めないか」
「い、いやいや。今の俺、ただの一般人だよ?」
「だが、きちんとした魔導士に師事はしていたのだろう?」
「それはまあ……」
 どうやら警備軍の中には魔導士も数名いるらしい。しかし全員、魔力量だけで魔導士資格が取れただけの、十代の若者なのだという。
「格闘術など、軍の基本は当然教えられるが、魔導についてはこの城砦の誰も詳しくなくてな」
「ノアに頼んだ方が良くない?」
「あいつはふらふらしてるから駄目だな。一か所に居続けることができないから、教鞭は不向きだ」
「なるほど……。じゃあ、俺が城に行くってこと?」
「いや。例の事件から二か月、ダオンは完全に大人しくなっているが、あまり目の届くところではやりたくない。第一外壁の演習場を使う」
 カイは僅かに顔を曇らせた。
「無論、戦争がもう起こらないことを願ってはいるが。万が一の事態が起きればここが最前線となる。年若い彼らには知識を身に着けてもらい、生存率を高めてもらいたい」

 リウとシグを引き取ったことといい、兵や民の中でも、カイは特に若者を大切にしようとする。これから先、平和な未来を創っていくのは彼らなのだと、心から信じているのだろう。
 カイの言葉に胸打たれたヴェルは「わかった」と頷いた。
 カイは嬉しそうに相好を崩し、腕の中のヴェルに口付けた。



 翌日。第一外壁演習場に集まったのは四人の若者たちだった。最年長が十九歳。最年少は十五歳だ。
「ヴェル先生! よろしくお願いします!」
 なんとも真っ直ぐな挨拶にヴェルはくらりとしてしまう。先生と呼ばれるほどのことが自分にできるとは全く思えないし、何より、先生、という単語にこれ以上ない罪悪感を覚える。
「そ、その先生っていうのやめてもらっていいか? 元魔導士なだけで今は一般人だし。ヴェルでいいよ」
「分かりました。よろしくお願いします、ヴェルさん!」
 素直である。
 しかもなぜか、多忙極めるはずのカイが見学に来ている。ヴェルは思わず「ちょっと待ってて」と四人に告げ、カイのところまで足早に駆け寄る。
「いや、何でカイがいるんだよ!」
「見学だ」
「落ち着かないんだけど!?」
「俺のことは気にするな。俺はただ、魔導士の授業がどんなものなのか見てみたいだけだ」
「それ絶対趣味だろ……!」
 心なしかウキウキした様子のカイと、その隣でげんなりした様子のシグに視線をやる。
「シグからも何か言ってよ」
「いや……殿下は魔導具のことになるとちょっと見境がなくてな……諦めてくれ」
 言っても無駄らしい。もしや若者の未来よりこちらが真の目的だったのでは、と思わなくもない。なんと厄介なつがいだろうか。
 ヴェルは溜め息を吐き、四人の元へ戻った。
「お待たせ。えーと。確認だけど、魔導の基礎学は学校か何かで習ってる?」
「ここ二人は習ってます。こっちの二人は学校がない村から出てきているので何も……」
「そっか。じゃあ基礎からやろう。復習にもなるし」
 ヴェルは簡単な着火具を四つ、一人一人に配る。
「この城砦にいるなら、魔導具は使ったことあるよな。まず、魔導具には経路図があるだろ。この着火具だったら、ここから魔力を流すと、魔力自体が燃え始める。で、この場合の経路図は……」

 ヴェルの授業を生徒たちは真剣な顔つきで聞いている。
 館の中に閉じ込めるしかなかったヴェルが、今は館の外にも人の輪を広げることができている。
 その様子に、カイは笑みを浮かべた。カイの柔らかな表情に気付いたシグが、声を掛ける。
「殿下。嬉しそうですね」
「ああ。ここで彼が受け入れられていくのを見るのは嬉しい」

 時期はそろそろ初秋に差し掛かろうとしており、空気は幾分、乾き始めている。
 天高く鳥が舞い、第一外壁の演習場に、涼やかな風が一陣吹き込んだ。

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感想 7

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みんなの感想(7件)

れめ
2024.12.01 れめ

うっ、ヴェルが前向きに生きてるウッッ
アタイカンゲキ( ᵒ̴̶̷̥́ ⌑ ᵒ̴̶̷̣̥̀ )💖

解除
針山糸
2024.11.27 針山糸
ネタバレ含む
窪野
2024.11.27 窪野

お読みいただき、また、好みとおっしゃっていただき、本当に嬉しいです。本編が苦しかった分、おまけは優しい話を更新していけたらと思います!ご感想ありがとうございました。

解除
れめ
2024.11.26 れめ
ネタバレ含む
窪野
2024.11.27 窪野

ありがとうございます。ずっと応援してくださり、本当に励みになりました。番外編もちょこちょこ更新予定です。ご期待嬉しいです。ありがとうございます。

解除

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