【完結】村を救うために身を差し出したはずなのに、肝心のαが手を出してきません

窪野

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後日談

後日談1:瞳

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 ヴェルがフォナに引き取られて一年ほど経った頃のこと。

  難しい顔で手紙を読むフォナに、ヴェルは恐る恐る訊ねた。
「こわいこと書いてあるんですか?」
 すると、フォナはようやく自分の眉間に皺が寄っていたことに気付いたらしい。ごめんごめん、と言いながら苦笑した。
「昔の知人からだよ。困ってるようだから行ってあげなければ。少し長旅になるかもしれないが……」
 フォナは腕の良い魔導士であり、高名な導医でもあった。
 ザディオスでは戦争に非協力的な魔導士は疎まれる。そんな中でも、フォナを頼る声は絶えなかった。
 ヴェルはフォナの後ろにくっついて、師の仕事を見て学んでいた。

 手紙をカバンにしまいこみ、フォナはヴェルに旅支度をさせた。やけに長く馬車に揺られ、数日をかけてとある屋敷に辿り着いた。
 屋敷の造りは頑丈で、築百年は経っているだろう。庭がやたら広く、いかにも地方貴族の屋敷、といった様子だ。
 屋敷の主人がすぐにフォナとヴェルを歓待する。

「ああ、フォナ! 久しぶりだ。十二年前の学会以来か? よく来てくれた」
「君に呼ばれて断れるはずもないだろう。あまり長居はできないが」
「分かっている。この情勢下で無理を言ってすまない」

 ふと、屋敷の主人は、フォナの傍らに控えるヴェルを見た。
「おやおや。小さな助手さんだ」
「優秀な助手で助かっているよ。ヴェル、ご挨拶を」
 ヴェルは「ヴェルです。お見知り置きを」と習った通りに頭をぺこりと下げた。
 屋敷の主人が言った。
「準備に少し時間がかかる。良かったら庭でも見ているといい」

 夏の庭には、見た事のない植物がたくさん生えていた。フォナはぱたぱたと顔を手で扇ぎながら言う。
「さすがにこっちは暑いなぁ。あ、ほら、ヴェル。見てごらん。あれはドゥディという木でね。秋になるとリンゴみたいな大きな実をつけるんだ。栄養価が高くて、昔から重宝されてる」
 恩師の指差す広葉樹を眺めていたヴェルだったが、ふと、木々の向こうに池があるのを見つけた。
 木漏れ日を縫うようにして池に近付くと、池のほとりに一人の少年がしゃがみ込んでいることに気付いた。
 ヴェルと同い年、もしくは、一つ二つ下、といったところだろうか。
 少年はすぐヴェルに気付いたように顔を上げた。少年の赤みがかった瞳が、太陽の光をきらりと反射する。
 夕焼けをそのまま閉じ込めたような瞳だ。その不思議な色合いに、ヴェルは思わず見入ってしまった。
 と、少年は何も言わずに立ち上がり、逃げるように走り去って行った。

「おや。誰かいたのかい?」
 フォナに後ろから声を掛けられ、咄嗟に答えあぐねていると、フォナは「おお」と目を輝かせて池に近付いた。
「そうか。もうファレンが咲く季節か」
 フォナの言葉に誘われるようにして視線を向ければ、池の周りにはたくさんの薄紅色の花が咲いていた。
「ファレンが咲く時期は短いから、見ると幸福が訪れる、と言われているんだ」
「幸福が……?」
「そう。良い時期にこの花が見られて良かったね」
 無理を押してこちらまで来た甲斐があった、とフォナは小さく呟いた。

 幸福が訪れる。と言われても、ヴェルにはまだピンと来ない。
 フォナと過ごせる時間は全てが幸福だと思う。もうとっくに、訪れているし、訪れ続けているのだ。
 もう充分すぎる幸福が手に入っている。

(さっきの子も、幸福がほしくて見に来てたのかな)

 ヴェルは、少年が走り去った方を見た。広すぎる夏の庭は、ぎらつく太陽に白く照らされている。池の横には獅子の銅像が二対、どんと置かれ、その向こうには柵があり、放牧されている馬が暑そうに木陰で休んでいた。

 屋敷の主人が「おーい、準備ができたよ」と遠くから声を掛け、フォナがそれに応える。屋敷への道を踏み出すフォナの後を追いながら、ヴェルはもう一度池を振り向いた。
 満開のファレンの花が、静かに咲いていた。



「……ってわけで。多分俺とあんたは会った事があると思うんだ」
「……全く覚えていないな」
 顎に手をやり、神妙な顔つきをするカイに、ヴェルは「まあ、一目だけだし。仕方ないだろ」と肩を竦める。
 カイはなんとか記憶を引っ張り出そうとこめかみを押した。
「お前が九歳頃、ということは俺は十歳か」
「年下に見えたけどな」
「ああ。俺は十四歳の時急に背が三十センチ伸びて……、いや、それはこの際どうでもいい。俺が十歳の時と言えば、確かに伯父の屋敷だ。池がファレンでいっぱいだった」
「獅子の銅像があって、その向こうに馬の放牧場」
「ああ。間違いない……だが……」
 ちょっと考えていたカイだったが、どうにも納得がいかない様子でヴェルを見た。ヴェルを、というより、ヴェルの翡翠の目をだ。
「やはり解せないな。お前の瞳の色は珍しい。一度見たら覚えているだろう」
「え? ああー、それかぁ。そのせいかぁ」
 ヴェルは間の抜けた声を出した。カイは「どういうことだ?」と眉根を寄せる。
 ヴェルは自分の目を指差した。
「いや。俺のこの目の色って、魔力の過剰摂取のせいなんだよ。元は銀色だったんだけど、魔力を無理やり流し込まれてる内に色が変わっちゃって」
 ヴェルは苦笑した。
「だからあんまこの色好きじゃな……」
 い。まで言いかけて、ヴェルは突然巨大な何かに押しつぶされ、「ぐぇ」と呻いた。巨大な何か、というか、カイの厚い胸筋である。
 ぎゅう、と抱き締められ、ヴェルは目を瞬かせる。
「な、なに!? 苦しいんだけど……!」
 カイはそれに答えず、無言のまま、ただただヴェルを抱き締めた。

「……カイ?」

 伺うように名を呼べば、カイは小さな声でぽつりと言った。
「——……覚えている」
「え?」
「銀色の瞳なら、覚えている」
 ヴェルは思わず息を呑む。
「……本当に?」
「伯父上の屋敷で、一度だけ見かけた……。銀色の瞳の少年……だか、少女だか……」
「少年だよ」
「あまりに美しかったので、慌てて逃げてしまった」
「その時からあわてんぼうだったんだ」

 急に気が抜けてしまった。
 そうか。もう二度と戻らない色は、彼の記憶の中にあるのか。
 ヴェルはどこか安堵したような息を漏らした。

 カイが何かを言いたげにしたが、言葉はただの吐息となって零れ落ちる。
 この堅物な男のことだ。どうせ、目の色が変化してしまうほどの人体実験への憤りだとか、そんな環境下に置かれ続けたオメガのことだとかを考えているのだろう。
 ヴェルはそんなカイの生真面目さに、思わず目元を緩ませた。そして、わざと明るい声を出す。

「あんたが覚えててくれたなら、光栄だね」
「二度と忘れん」

 そうしてくれると助かる。きっともう、あの色を覚えているのは、この世で自分とカイだけなのだろうから。
 カイの背に手を回し、ヴェルも抱き締め返す。しばらくの間、二人は無言で二人分の体温を分け合った。

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