16 / 40
第2章 ラジナ城砦
閑話~少年二人と、~
しおりを挟む
「あるって……! あれは絶対ある……!」
納屋の見える物陰から、こそこそとリウとシグが顔を出した。角度的にあまり全貌までは分からないが、木陰で隣り合って座っていることは見て取れた。
興奮さめやらぬ様子のリウをさておいて、シグは神妙な顔つきで零す。
「……殿下がお眠りになってる」
「え?」
「この二週間、殿下はほとんど眠っておられなかった。仮眠なんて言っても、実際には目を閉じてただけだ。無理もない。あんな部屋で休息などとてもじゃないが……」
シグの声が僅かに震えるのをリウは聞き逃さなかった。
「……殿下が眠れて良かったね、シグ。頃合いを見て運んでさしあげよう」
リウの言葉に、シグは小さく頷いた。ふと、リウはシグの顔を覗き込む。
「泣いてる?」
「泣いてねぇよ!」
冗談だよ、と小さく笑うリウに、シグは意趣返しとばかりに言った。
「お前よく平気な顔してられるよな。殿下がオメガ狩りの命令をしたってのに……」
「してないよ」
「は?」
リウはけろりとした顔で言った。
「殿下がそんな命令するわけない。さすがに分かるよ。シグがコソコソ動いてたのも、それの証拠集めでしょ」
「……」
任務内容を話すことはできない。返答ができずにいるシグに笑いかけ、リウはふと、木陰の方へ視線を戻した。
「多分、ヴェル様も気付いてるんじゃないかな」
「ヴェル……、ってあいつか」
「殿下のお客様なんだからちゃんと『様』付けしなよー。……ま。それはともかく」
リウは顎に手をやった。
「なんとなくだけど、ヴェル様って生粋の農民じゃない気がするんだよね。妙に肝が据わってるところがある」
「只者じゃないってことか」
「あまり自分の事を話してくれないから、ただの勘だけどね……。あ」
リウは「そういえば」と続ける。
「シグには先に言っておくよ。ノアの居場所が分かった」
「あいつ生きてたのか?」
「連絡が来てね。……こっちには来月戻るらしい」
「来月か。また変な事件が起きなきゃいいが……」
シグの苦い表情に、リウは「そればかりは何とも」と、肩を竦めた。
◇
「ノア殿」
名を呼ばれ、長い黒髪を緩く三つ編みにしたノアが「はい?」と、振り向いた。
この一週間、ノアはとある村に逗留していた。村では半年前からはやり病が蔓延しており、たまたま立ち寄ったノアが一週間かけてそれを治療したのだ。
村長はノアに頭を下げる。
「どうかこのまま村にいてくれませぬか。あなたのような魔導士様がいれば、この村も安泰です」
「うーん。とても魅力的なお誘いですが。ごめんなさい。近隣の村の病状も見ておきたいですし……、何よりも」
ノアは切れ長の黒い瞳を細めて、柔らかく微笑んだ。
「可愛いアルファが私を待っているので。帰らないといけないのですよ」
納屋の見える物陰から、こそこそとリウとシグが顔を出した。角度的にあまり全貌までは分からないが、木陰で隣り合って座っていることは見て取れた。
興奮さめやらぬ様子のリウをさておいて、シグは神妙な顔つきで零す。
「……殿下がお眠りになってる」
「え?」
「この二週間、殿下はほとんど眠っておられなかった。仮眠なんて言っても、実際には目を閉じてただけだ。無理もない。あんな部屋で休息などとてもじゃないが……」
シグの声が僅かに震えるのをリウは聞き逃さなかった。
「……殿下が眠れて良かったね、シグ。頃合いを見て運んでさしあげよう」
リウの言葉に、シグは小さく頷いた。ふと、リウはシグの顔を覗き込む。
「泣いてる?」
「泣いてねぇよ!」
冗談だよ、と小さく笑うリウに、シグは意趣返しとばかりに言った。
「お前よく平気な顔してられるよな。殿下がオメガ狩りの命令をしたってのに……」
「してないよ」
「は?」
リウはけろりとした顔で言った。
「殿下がそんな命令するわけない。さすがに分かるよ。シグがコソコソ動いてたのも、それの証拠集めでしょ」
「……」
任務内容を話すことはできない。返答ができずにいるシグに笑いかけ、リウはふと、木陰の方へ視線を戻した。
「多分、ヴェル様も気付いてるんじゃないかな」
「ヴェル……、ってあいつか」
「殿下のお客様なんだからちゃんと『様』付けしなよー。……ま。それはともかく」
リウは顎に手をやった。
「なんとなくだけど、ヴェル様って生粋の農民じゃない気がするんだよね。妙に肝が据わってるところがある」
「只者じゃないってことか」
「あまり自分の事を話してくれないから、ただの勘だけどね……。あ」
リウは「そういえば」と続ける。
「シグには先に言っておくよ。ノアの居場所が分かった」
「あいつ生きてたのか?」
「連絡が来てね。……こっちには来月戻るらしい」
「来月か。また変な事件が起きなきゃいいが……」
シグの苦い表情に、リウは「そればかりは何とも」と、肩を竦めた。
◇
「ノア殿」
名を呼ばれ、長い黒髪を緩く三つ編みにしたノアが「はい?」と、振り向いた。
この一週間、ノアはとある村に逗留していた。村では半年前からはやり病が蔓延しており、たまたま立ち寄ったノアが一週間かけてそれを治療したのだ。
村長はノアに頭を下げる。
「どうかこのまま村にいてくれませぬか。あなたのような魔導士様がいれば、この村も安泰です」
「うーん。とても魅力的なお誘いですが。ごめんなさい。近隣の村の病状も見ておきたいですし……、何よりも」
ノアは切れ長の黒い瞳を細めて、柔らかく微笑んだ。
「可愛いアルファが私を待っているので。帰らないといけないのですよ」
33
お気に入りに追加
142
あなたにおすすめの小説
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
【完結】運命の番に逃げられたアルファと、身代わりベータの結婚
貴宮 あすか
BL
ベータの新は、オメガである兄、律の身代わりとなって結婚した。
相手は優れた経営手腕で新たちの両親に見込まれた、アルファの木南直樹だった。
しかし、直樹は自分の運命の番である律が、他のアルファと駆け落ちするのを手助けした新を、律の身代わりにすると言って組み敷き、何もかも初めての新を律の名前を呼びながら抱いた。それでも新は幸せだった。新にとって木南直樹は少年の頃に初めての恋をした相手だったから。
アルファ×ベータの身代わり結婚ものです。
愛しの妻は黒の魔王!?
ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」
――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。
皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。
身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。
魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。
表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます!
11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!
田舎の雑貨店~姪っ子とのスローライフ~
なつめ猫
ファンタジー
唯一の血縁者である姪っ子を引き取った月山(つきやま) 五郎(ごろう) 41歳は、住む場所を求めて空き家となっていた田舎の実家に引っ越すことになる。
そこで生活の糧を得るために父親が経営していた雑貨店を再開することになるが、その店はバックヤード側から店を開けると異世界に繋がるという謎多き店舗であった。
少ない資金で仕入れた日本製品を、異世界で販売して得た金貨・銀貨・銅貨を売り資金を増やして設備を購入し雑貨店を成長させていくために奮闘する。
この物語は、日本製品を異世界の冒険者に販売し、引き取った姪っ子と田舎で暮らすほのぼのスローライフである。
小説家になろう 日間ジャンル別 1位獲得!
小説家になろう 週間ジャンル別 1位獲得!
小説家になろう 月間ジャンル別 1位獲得!
小説家になろう 四半期ジャンル別 1位獲得!
小説家になろう 年間ジャンル別 1位獲得!
小説家になろう 総合日間 6位獲得!
小説家になろう 総合週間 7位獲得!

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる