【完結】村を救うために身を差し出したはずなのに、肝心のαが手を出してきません

窪野

文字の大きさ
8 / 40
第2章 ラジナ城砦

8話

しおりを挟む
 眠りに落ちる寸前、ヴェルは思った。とてもではないがこんな場所で熟睡できるものかと。
 だが身体はなんとも正直なもので、気付けば朝であった。
 極度の緊張の糸がぷつりと切れてしまったせいだろう。眠るというより、気絶に近く、夢も見なかった。

 思い瞼を持ち上げ、ベッドの上にのっそりと身を起こす。
 伸びをしていると、扉がゴンゴンとノックされた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
 肩で扉を押しながら、リウが大量の衣類を抱えて入ってきた。
「おはよう。お陰様でなんとか」
「それは良かったです。服をお持ちしたので、お好きなものを着てください」
 リウは、手にしていた服を広げながらヴェルに渡していく。
 手触りの良い肌着、裏地が上等なパリッとしたズボン、繊細な刺繍が入ったベスト、滅多に見かけない、なめらかな牛革の上着。そのどれもが、明らかに大きい。長身で筋骨の逞しい男性が着るためのもののように見える。
 香水がついているのか、はたまた質の良い石鹸で洗われているのか、えもいわれぬ、甘く柔らかな匂いが衣類から漂っていた。
 嫌な予感がしてヴェルは恐る恐るリウに問う。
「……まさかこの服って」
「あ。殿下のです」
 やっぱり、と、ヴェルは顔を顰め、受け取った服をそのままゆっくりとベッドの端に積んで置いた。リウは続ける。
「実はこの館に来てから僕らも日が浅くて。ちょうど良いサイズの服がなくてですね……。僕の服だと小さいですし。ほら、殿下の服なら誰でも着られるサイズじゃないですか」
「それはまあそうだろうな。……いや、そうじゃなくて!」
「あ、王族の服は恐れ多いとか? 殿下はそういうの気にしないので大丈夫ですよ」
「俺が大丈夫じゃないんだよ!」
「潔癖症ですか?」
「そうじゃなくて! 俺はあいつのせいで……っ!」
 言い掛けて咄嗟に口を噤んだ。リウはきっと、カイがオメガ狩りを命じたことも、ヴェルがそれで捕らわれたことも知らないのだ。
 言うか一瞬迷うものの、リウが「あいつって殿下ですか? 何かあったんですか」と首を傾げてくるので、薄く唇を開いた。
「俺はあいつのせいで連れて来られた。ーー……オメガ狩りだよ。奴はその首謀者だと、自分で言ってた」
 リウは「へ?」と目を丸くする。
「オメガ狩り、ですか? 殿下が? 本当に?」
 やはりリウは知らなかったようだ。動揺を隠しきれない様子の少年にヴェルは頷き、昨日起きたことをかいつまんで話した。
 オメガを差し出せと村人が脅されたこと。家に火をつけられたこと。村を守るために身を差し出し、捕らわれ、ここまで連れて来られたこと。そしてそれらが、カイの命令だったこと。

 神妙な顔つきで聞いていたリウだったが、聞き終えるなり、指先を軽く顎に当てた。
「うーん……。無理があるような……」
「無理?」
「はい。殿下のことなので、何か考えがあってのことかもしれませんが。何にせよ、殿下と僕らが、ラジナに到着したのは先週なんです。そんな短期間で調査をして、オメガ狩りを遂行するというのは考えにくいです」
 根拠なく擁護しているわけでもなさそうだ。ヴェルの頭も幾分、冷静になる。

「先週、って言ったか? 正確には?」
「今日でちょうど七日目です。村の襲撃は一昨日なんですよね?」
「……なるほど。赴任早々にやることじゃないな」
「はい。優先順位として高いものは他にたくさんあります。現に、殿下がこの館に戻れたのは二回だけですから。そんな多忙な中でオメガ狩りなんて……」
「それはそうだ。……あ」
 ヴェルはふと思い当たるものがあった。
 村を襲った集団の中で一人だけ浮いていた、貴族の男。カイよりも先に到着し、兵に命じていたのはあの男だった。

 ヴェルはリウに問う。
「ダオン、っていう貴族の名前は知ってるか?」
「ダオン? まさか、ダオン=カロンがその場にいたんですか?」
 リウの柔和な顔がこれでもかと歪んだ。
「そいつ怪しいですよ。元々ここはラヴァド家の領地なのに、半年前から中央貴族のカロン家が常駐してるらしいんです。何が目的かは知りませんけど」
 半年前から調査を行っていたのなら、あの村に自分がいることも調べ上げられるだろう。そして、王子がこの城砦に来たタイミングで、王子の名の元にオメガ狩りを行った。
「……それは確かに怪しいな」
 ヴェルの相槌に、リウは痛ましそうに長いまつ毛を一瞬伏せる。
「でも、そうですか。オメガ狩りに……。すみませんでした。そんな事情があったとは知らず、ただのお客様かと……」
「謝るようなことじゃないよ」
 苦笑するヴェルに、リウは「いえ。ただのお客様というか、むしろ……」と続けた。
「僕はですね……。いよいよかと。ようやくこの時が来たかと。喜んでおりまして」
「ん?」

 伏せられていたリウの目がきらりと輝き、ヴェルの両手を勢いよく握った。
「だってあの殿下に『大事な客だからもてなせ』と言われて! 連れて来られたのがこんな美人のオメガですよ!? とうとう殿下が身を固める時が来たと思って、僕は昨日、キッチンで小躍りしてましたよ! 歌はさすがに我慢しましたけど!」
 らんらんと光る目で興奮気味に語るリウに、ヴェルは「へ?」と、気圧されたように頬を引き攣らせた。
「殿下は、今までの縁談を全て断ってきているんです。まさか生涯独身なのかと、気が気ではなかったのですが、ここに来てようやくつがいを作る気にと!」
「あー……」
「なのにッ!」
 リウはいっそ目の端に涙を浮かべながら叫んだ。
「まさかオメガ狩りの被害者を保護しただけってことですかぁ!?」
 一人で百面相をしているリウに、ヴェルは「ま、まあ、それが一番有り得る線かな……」と頷いた。
 実際、ヴェル自身、なぜカイがわざわざ「自分の名においてオメガ狩りを行った」とのたまったのか。なぜわざわざ自分の屋敷に置いているのか、把握はできていない。
 リウはヴェルの手を掴んだまま、力なく項垂れた。すっかり元気の無くなってしまった様子のつむじを見つめながら、ヴェルは声を掛けた。
「なんかごめん……」
「いえ……。ヴェル様は何も悪くないです……」
 だが、今の会話で一つの光明は見えた気がした。
(もし、『何らかの事情』のせいであのオメガ狩りが行われたとしたら……)
 目の前でぶつぶつと「殿下ってこういう人がタイプなんだぁ、って勝手に早とちりしたのは僕ですし……昨晩殿下が急に帰ってきた時は、めちゃくちゃ積極的ィ! なんて浮かれて……」と呟くリウを見下ろしつつ、ヴェルは一つの希望を胸に抱く。

(もし、その『事情』とやらが解決すれば、俺は村に帰してもらえるんじゃないか?)
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

記憶喪失のフリをしたあざといスパイですが、全部お見通しの皇帝陛下に「嘘の婚約者」として閉じ込められています

たら昆布
BL
処刑寸前のスパイが事故にあった後、記憶喪失のフリをして皇帝の婚約者だと偽る話

黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜

せるせ
BL
王都の騎士団に所属するオメガのセルジュは、ある日なぜか北の若き辺境伯クロードの城で目が覚めた。 しかも隣で泣いているのは、クロードと同じ目を持つ自分にそっくりな赤ん坊で……? 「お前が産んだ、俺の子供だ」 いや、そんなこと言われても、産んだ記憶もあんなことやこんなことをした記憶も無いんですけど!? クロードとは元々険悪な仲だったはずなのに、一体どうしてこんなことに? 一途な黒髪アルファの年下辺境伯×金髪オメガの年上騎士 ※一応オメガバース設定をお借りしています

処理中です...