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本編
08.相手を見極めましょう
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実に古風な決闘の申し込みを受けたクロエは、げんなりした気持ちを隠さずに息を吐いた。
周りの興味津々といった視線が痛い。
出来ることなら完全に無視して立ち去りたいところだが、正当な理由なき敵前逃亡は騎士の名折れ。
どれほど不本意であっても、相手をしなくてはならない。
クロエはカレールに目配せしてから、若い騎士に視線を戻した。
「……貴殿は私をご存じのようだけれど、生憎私は貴殿のを存じあげないの。名乗って頂ける?」
「ファビアン・ダンドリューだ」
「等級は?」
「……一等従騎士だが、それがどうした」
無駄にふんぞり返る相手に、クロエは呆れ返る。
どうやら、まだ正式な叙任もされていない見習いの小僧らしい。
騎士学校を卒業した者の見習い期間は通常二年間。
見習い一年目は二等従騎士、二年目は一等従騎士の称号を与えられるのが慣例である。
二年目の終わりに実施される試験に合格して、やっと正式な騎士爵を与えられるのだ。
正式な騎士爵は五等騎士から始まり二等騎士までは一等級ずつ上がるが、何故か一等騎士だけは準・正・上の三つに分かれているややこしい制度だ。
年一回の実技と筆記、今までの実績による昇級試験に合格すれば等級を上げていくことが出来る。
当然のごとく等級が上がるごとに試験は難しくなり、二等騎士以上の称号を持つ騎士は三等までに比べてかなり少ない。
クロエは同期やその前後の中では出世頭なのだ。
(よくもまぁ、相手が二等騎士だと認識しながらこのような口が利けること。見習いとはいえ一等従騎士なら二年目以降でしょう? 教育隊で教わらなかったのか……自分には関係ないと思っているのか)
ふと、ダンドリューという姓で思い出した。
なるほど、由緒正しい侯爵家だ。
確か去年、ダンドリュー侯爵家の四男だか五男だかが入団したと聞いたような気もする。
クロエは馬鹿馬鹿しいとばかりに、首を緩く振った。
「いくつか思い違いをしているようね。ダンドリュー一等従騎士」
「なにっ」
よほど煽り耐性がないのか、ダンドリューが気色ばんだ。
(よくこれで一年保ったわね)
逆に感心しつつ、クロエは頑是無い子供に言い聞かせるよう指折り説明してやる。
「一つ目、一等従騎士は二等騎士より偉いわけではない。二つ目、私闘は騎士団の規則で禁じられている。三つ目、」
三本目の指をゆっくり折りながら、クロエは微笑む。
「私の夫はリュカ・ブランセルになったの。もう、リュカ・ラ・トゥールではないわ」
「くっ、子爵の娘風情の年増女が偉そうに! 俺の父は侯爵なんだぞ!」
顔を醜く歪めて、ダンドリューがクロエを罵る。
やはりこの若造は、貴族と騎士団の関係も、騎士団内の上下関係もまったく分かっていないらしい。
この国での騎士団の影響力は大きい。
妖魔が比較的多く発生する地が国土な為だ。
他国との戦を滅多にしなくなった今の時代では、騎士は治安維持よりも妖魔退治が主な任務なのである。
クロエも何度か討伐隊に組み込まれ、いくらかの妖魔を屠っている。
貴族が騎士団の内部に口出ししないのも、その辺りの事情からだ。
己の領地に妖魔が発生した時のことを考えれば、騎士団との間に軋轢を生むのはよろしくない。
有事に備えて私兵を揃えられるだけの余裕のある家は、そう多くはないのだ。
そして存在意義からして実力主義の騎士団内では、何事も等級が優先する。
確かに入団年次やら年齢やらがそこに加味されるが、少なくとも表向きはそうだ。
こうした騎士団の詰め所の廊下という公の場で、それが覆されることはない。
クロエは哀れみの目でダンドリューを見た。
リュカには年の近い相手がお似合いなのではないかとは思っているが、この若造は駄目だ。
同性だということを除いても、とてもではないがこれにリュカは任せられない。
クロエは頬に手を当て、わざとらしく息を吐いた。
「そう。ダンドリュー侯もお可哀想ね。このような礼儀知らずが息子だなんて」
「なんだと!」
「お可哀想と言ったのよ。既婚者に横恋慕して、白昼の騎士団の詰め所でこうして食ってかかるなんて、恥さらしも良いところでしょう。しかも親の爵位を笠に着るなど、騎士の名折れだわ。あぁ、あなたは正式な騎士ではなかったわね。すまないことを言ったわ」
心底哀れむように、クロエは続ける。
「さて。そんなあなたのどこがリュカに相応しいと?」
「きっ、貴様!」
「何をしている」
ダンドリューが食ってかかってきかけたところで、低く威厳のある声が廊下に響いた。
クロエは表情を引き締め、振り返る。
そこに居たのは四十代後半ほどの男性だった。
元々厳つい顔に渋面が浮かんでいる。
クロエは真面目な顔で騎士の礼をとった。
「副団長。お騒がせして申し訳ございません。こちらの従騎士が私にもの申したいことがあるとの由で聞いておりました」
「もの申したいことだと?」
ぎろりと、副団長がダンドリューをにらむ。
その迫力たるや、周囲の野次馬も半歩下がるほどだった。
副長の眼光を直接向けられたダンドリューは、へっぴり腰で左胸に手を当てた。
副団長の眉間のしわが更に深くなる。
「なんだ。その無様な礼は。名と等級を申告しろ」
「は、はっ。ファビアン・ダンドリュー、一等従騎士であります!」
一喝されたダンドリューは、背中に鉄の棒を入れられたかのようにびしっと姿勢を正した。
(さすが若い頃は妖魔をあまた屠って狂騎士と呼ばれた方。ダンドリューも私に対する態度とは大違いだわ)
クロエは内心うなずく。
舐められることの多いクロエは、ぜひこれくらいの威厳を得られるようになりたいものだと思う。
その間にも副団長は渋面のまま、ダンドリューを尋問する。
「それでダンドリュー。貴様がブランセルにもの申したいこととはなんだ。業務に関係あることか」
「い、いいえ」
「いいえ、だと」
副団長のまとう空気が一層冷たくなる。
真冬の夜明け前よりも冷たく重苦しい。
「具体的にはなんだ」
「そ、その……」
顔面蒼白のダンドリューが言い淀む。
グズが嫌いな副団長は荒々しい舌打ちをして、クロエに目を向けた。
「ブランセル、説明しろ」
「私の夫に、私とダンドリューのどちらが相応しいか勝負しろとのことでした」
「はぁ?」
予想以上の下らなさに、怒りが増したらしい。
恐ろしい目でにらまれた。
クロエにとっては、とんだとばっちりである。
「それで、ブランセルはなんと答えた」
「決闘は騎士団の規則で禁じられている。それに横恋慕はみっともないので止めた方が良いと答えました」
「ちっ。腑抜けか」
舌打ちされたが、クロエは真面目くさった顔で言い返す。
「規則ですので」
「ふん。規則を振りかざしても、小僧ひとり黙らせられずに揉めていたということか」
「返す言葉もございません。お恥ずかしい限りです」
表向きは恐縮してみせながら、ついでにダンドリューの失言も伝えておくことにする。
「子爵の娘風情が侯爵の息子に口答えするのかと言われまして。ダンドリューは騎士の等級の意味を分かっていないようでしたので言葉を尽くしましたが、理解出来ないようです」
「なんだと」
副団長が悪鬼もかくやという形相になった。
周りから「ひぃっ」と野次馬の小さい悲鳴が聞こえる。
クロエも表面上は涼しい顔を崩さなかったが、背中に冷たい汗が流れた。
副団長は地を這うような低い声で、ダンドリューに尋ねる。
「ダンドリュー、ブランセルが言ったことは本当か?」
「え、あ、……」
多分に殺気が混じった怒気にあてられ、ダンドリューが金魚のように口をぱくぱくと開閉させてあえいだ。
それが余計に副団長の怒りを煽る。
「『はい』か『いいえ』で答えろ!」
「はっ、はいぃぃぃ!」
「それは親の身分を盾にとった言動を取ったことを認めるという意味か!」
「そ、その通りであります!」
「ブランセル!」
怒り心頭の副団長がクロエを振り返る。
「はい。なんでしょうか」
「この薄ら馬鹿に稽古をつけてやれ!! みっちりと! 等級が上の者に二度と舐めた口を利かせられないようにだ!」
心情的にはクロエもそうしてやりたいところだが、なにかと騎士団の不祥事に対する世間の視線が厳しくなっている昨今だ。
迂闊にはうなずけない。
「私はダンドリューの教官ではありませんし、私刑は禁じられております」
「あ゛ぁ゛?」
杓子定規な答えは、副団長のお気に召さなかったらしい。
妖魔より恐ろしい顔でにらまれた。
これ以上間を置くのはよくないと、クロエはすまし顔で答える。
「しかし、ダンドリューの教官から依頼と副団長のお言葉添えがあれば、稽古をつけることもやぶさかではありません」
何故か怒りが抜けたらしい副団長が、しょっぱい顔でクロエを見下ろしてくる。
「……ブランセル、お前、ずる賢いやつだな……」
「お褒め頂き光栄です」
「褒めちゃいねぇよ。……カレール」
「はっ」
振り返ってカレールを呼んだ副団長は、くいっと第三棟がある方をあごで指した。
「お前、もうひとっ走りしてダンドリューの教官に話し通して稽古場押さえろ。書類が必要なら後で俺が書く」
「……了解です」
妙に間の空いた返答に、副団長が片眉を上げる。
「なんだ、何か言いたいことがあるのか」
問われたカレールは、真面目な顔で答えた。
「何故、自分なのかと思いまして」
「お前が俺を呼びに来たんだろ。事情もよく知ってんだから適役だろうが。さっさと行け」
「はい」
踵を返したカレールの背中を見送り、クロエは心の中で手を合わせた。
(巻き込んでごめん、カレール。今度奢るから)
そして振り返ると、ダンドリューがぽかんとした顔をしていた。
展開についていけていないらしい。
そんなダンドリューに、副団長がにぃっと笑う。
「二等騎士の実力がどんなもんか、その身でたっぷりと味わえ」
周りの興味津々といった視線が痛い。
出来ることなら完全に無視して立ち去りたいところだが、正当な理由なき敵前逃亡は騎士の名折れ。
どれほど不本意であっても、相手をしなくてはならない。
クロエはカレールに目配せしてから、若い騎士に視線を戻した。
「……貴殿は私をご存じのようだけれど、生憎私は貴殿のを存じあげないの。名乗って頂ける?」
「ファビアン・ダンドリューだ」
「等級は?」
「……一等従騎士だが、それがどうした」
無駄にふんぞり返る相手に、クロエは呆れ返る。
どうやら、まだ正式な叙任もされていない見習いの小僧らしい。
騎士学校を卒業した者の見習い期間は通常二年間。
見習い一年目は二等従騎士、二年目は一等従騎士の称号を与えられるのが慣例である。
二年目の終わりに実施される試験に合格して、やっと正式な騎士爵を与えられるのだ。
正式な騎士爵は五等騎士から始まり二等騎士までは一等級ずつ上がるが、何故か一等騎士だけは準・正・上の三つに分かれているややこしい制度だ。
年一回の実技と筆記、今までの実績による昇級試験に合格すれば等級を上げていくことが出来る。
当然のごとく等級が上がるごとに試験は難しくなり、二等騎士以上の称号を持つ騎士は三等までに比べてかなり少ない。
クロエは同期やその前後の中では出世頭なのだ。
(よくもまぁ、相手が二等騎士だと認識しながらこのような口が利けること。見習いとはいえ一等従騎士なら二年目以降でしょう? 教育隊で教わらなかったのか……自分には関係ないと思っているのか)
ふと、ダンドリューという姓で思い出した。
なるほど、由緒正しい侯爵家だ。
確か去年、ダンドリュー侯爵家の四男だか五男だかが入団したと聞いたような気もする。
クロエは馬鹿馬鹿しいとばかりに、首を緩く振った。
「いくつか思い違いをしているようね。ダンドリュー一等従騎士」
「なにっ」
よほど煽り耐性がないのか、ダンドリューが気色ばんだ。
(よくこれで一年保ったわね)
逆に感心しつつ、クロエは頑是無い子供に言い聞かせるよう指折り説明してやる。
「一つ目、一等従騎士は二等騎士より偉いわけではない。二つ目、私闘は騎士団の規則で禁じられている。三つ目、」
三本目の指をゆっくり折りながら、クロエは微笑む。
「私の夫はリュカ・ブランセルになったの。もう、リュカ・ラ・トゥールではないわ」
「くっ、子爵の娘風情の年増女が偉そうに! 俺の父は侯爵なんだぞ!」
顔を醜く歪めて、ダンドリューがクロエを罵る。
やはりこの若造は、貴族と騎士団の関係も、騎士団内の上下関係もまったく分かっていないらしい。
この国での騎士団の影響力は大きい。
妖魔が比較的多く発生する地が国土な為だ。
他国との戦を滅多にしなくなった今の時代では、騎士は治安維持よりも妖魔退治が主な任務なのである。
クロエも何度か討伐隊に組み込まれ、いくらかの妖魔を屠っている。
貴族が騎士団の内部に口出ししないのも、その辺りの事情からだ。
己の領地に妖魔が発生した時のことを考えれば、騎士団との間に軋轢を生むのはよろしくない。
有事に備えて私兵を揃えられるだけの余裕のある家は、そう多くはないのだ。
そして存在意義からして実力主義の騎士団内では、何事も等級が優先する。
確かに入団年次やら年齢やらがそこに加味されるが、少なくとも表向きはそうだ。
こうした騎士団の詰め所の廊下という公の場で、それが覆されることはない。
クロエは哀れみの目でダンドリューを見た。
リュカには年の近い相手がお似合いなのではないかとは思っているが、この若造は駄目だ。
同性だということを除いても、とてもではないがこれにリュカは任せられない。
クロエは頬に手を当て、わざとらしく息を吐いた。
「そう。ダンドリュー侯もお可哀想ね。このような礼儀知らずが息子だなんて」
「なんだと!」
「お可哀想と言ったのよ。既婚者に横恋慕して、白昼の騎士団の詰め所でこうして食ってかかるなんて、恥さらしも良いところでしょう。しかも親の爵位を笠に着るなど、騎士の名折れだわ。あぁ、あなたは正式な騎士ではなかったわね。すまないことを言ったわ」
心底哀れむように、クロエは続ける。
「さて。そんなあなたのどこがリュカに相応しいと?」
「きっ、貴様!」
「何をしている」
ダンドリューが食ってかかってきかけたところで、低く威厳のある声が廊下に響いた。
クロエは表情を引き締め、振り返る。
そこに居たのは四十代後半ほどの男性だった。
元々厳つい顔に渋面が浮かんでいる。
クロエは真面目な顔で騎士の礼をとった。
「副団長。お騒がせして申し訳ございません。こちらの従騎士が私にもの申したいことがあるとの由で聞いておりました」
「もの申したいことだと?」
ぎろりと、副団長がダンドリューをにらむ。
その迫力たるや、周囲の野次馬も半歩下がるほどだった。
副長の眼光を直接向けられたダンドリューは、へっぴり腰で左胸に手を当てた。
副団長の眉間のしわが更に深くなる。
「なんだ。その無様な礼は。名と等級を申告しろ」
「は、はっ。ファビアン・ダンドリュー、一等従騎士であります!」
一喝されたダンドリューは、背中に鉄の棒を入れられたかのようにびしっと姿勢を正した。
(さすが若い頃は妖魔をあまた屠って狂騎士と呼ばれた方。ダンドリューも私に対する態度とは大違いだわ)
クロエは内心うなずく。
舐められることの多いクロエは、ぜひこれくらいの威厳を得られるようになりたいものだと思う。
その間にも副団長は渋面のまま、ダンドリューを尋問する。
「それでダンドリュー。貴様がブランセルにもの申したいこととはなんだ。業務に関係あることか」
「い、いいえ」
「いいえ、だと」
副団長のまとう空気が一層冷たくなる。
真冬の夜明け前よりも冷たく重苦しい。
「具体的にはなんだ」
「そ、その……」
顔面蒼白のダンドリューが言い淀む。
グズが嫌いな副団長は荒々しい舌打ちをして、クロエに目を向けた。
「ブランセル、説明しろ」
「私の夫に、私とダンドリューのどちらが相応しいか勝負しろとのことでした」
「はぁ?」
予想以上の下らなさに、怒りが増したらしい。
恐ろしい目でにらまれた。
クロエにとっては、とんだとばっちりである。
「それで、ブランセルはなんと答えた」
「決闘は騎士団の規則で禁じられている。それに横恋慕はみっともないので止めた方が良いと答えました」
「ちっ。腑抜けか」
舌打ちされたが、クロエは真面目くさった顔で言い返す。
「規則ですので」
「ふん。規則を振りかざしても、小僧ひとり黙らせられずに揉めていたということか」
「返す言葉もございません。お恥ずかしい限りです」
表向きは恐縮してみせながら、ついでにダンドリューの失言も伝えておくことにする。
「子爵の娘風情が侯爵の息子に口答えするのかと言われまして。ダンドリューは騎士の等級の意味を分かっていないようでしたので言葉を尽くしましたが、理解出来ないようです」
「なんだと」
副団長が悪鬼もかくやという形相になった。
周りから「ひぃっ」と野次馬の小さい悲鳴が聞こえる。
クロエも表面上は涼しい顔を崩さなかったが、背中に冷たい汗が流れた。
副団長は地を這うような低い声で、ダンドリューに尋ねる。
「ダンドリュー、ブランセルが言ったことは本当か?」
「え、あ、……」
多分に殺気が混じった怒気にあてられ、ダンドリューが金魚のように口をぱくぱくと開閉させてあえいだ。
それが余計に副団長の怒りを煽る。
「『はい』か『いいえ』で答えろ!」
「はっ、はいぃぃぃ!」
「それは親の身分を盾にとった言動を取ったことを認めるという意味か!」
「そ、その通りであります!」
「ブランセル!」
怒り心頭の副団長がクロエを振り返る。
「はい。なんでしょうか」
「この薄ら馬鹿に稽古をつけてやれ!! みっちりと! 等級が上の者に二度と舐めた口を利かせられないようにだ!」
心情的にはクロエもそうしてやりたいところだが、なにかと騎士団の不祥事に対する世間の視線が厳しくなっている昨今だ。
迂闊にはうなずけない。
「私はダンドリューの教官ではありませんし、私刑は禁じられております」
「あ゛ぁ゛?」
杓子定規な答えは、副団長のお気に召さなかったらしい。
妖魔より恐ろしい顔でにらまれた。
これ以上間を置くのはよくないと、クロエはすまし顔で答える。
「しかし、ダンドリューの教官から依頼と副団長のお言葉添えがあれば、稽古をつけることもやぶさかではありません」
何故か怒りが抜けたらしい副団長が、しょっぱい顔でクロエを見下ろしてくる。
「……ブランセル、お前、ずる賢いやつだな……」
「お褒め頂き光栄です」
「褒めちゃいねぇよ。……カレール」
「はっ」
振り返ってカレールを呼んだ副団長は、くいっと第三棟がある方をあごで指した。
「お前、もうひとっ走りしてダンドリューの教官に話し通して稽古場押さえろ。書類が必要なら後で俺が書く」
「……了解です」
妙に間の空いた返答に、副団長が片眉を上げる。
「なんだ、何か言いたいことがあるのか」
問われたカレールは、真面目な顔で答えた。
「何故、自分なのかと思いまして」
「お前が俺を呼びに来たんだろ。事情もよく知ってんだから適役だろうが。さっさと行け」
「はい」
踵を返したカレールの背中を見送り、クロエは心の中で手を合わせた。
(巻き込んでごめん、カレール。今度奢るから)
そして振り返ると、ダンドリューがぽかんとした顔をしていた。
展開についていけていないらしい。
そんなダンドリューに、副団長がにぃっと笑う。
「二等騎士の実力がどんなもんか、その身でたっぷりと味わえ」
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