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第152話 真魔導砲

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 キッド達の助力を得て青の王国との戦いがひと段落ついた後、グレイとフィーユはティセも交え、ルブルックが使用していた魔導砲についての研究に着手していた。
 あの武器を量産し、兵達に持たせて強力な魔導砲隊を編制できれば、今後の戦局を大きく変える切り札になると考えてのことだ。

 しかし、その計画は早々に頓挫した。
 魔導砲の再現自体は、ティセの技術とフィーユの膨大な魔力をもってすれば難しくなかった。試作品の完成まではスムーズに進んだ彼らだったが、すぐにその武器が抱える根本的な問題に直面する。
 魔導砲は、鉄の弾に爆発魔法を固定化し、それを砲内で解放することで弾を発射する仕組みだ。しかし、問題はその弾にあった。鉄の弾に爆発魔法を固定化するためには、膨大な魔力量が必要となる上、固定化された魔力は時間とともに減衰していく。わずか1センチ程度の弾に魔力を固定化するだけで、数人分の魔導士の魔力が必要となるのに、固定化が持続できるのはわずか二日ほど。つまり、魔導砲自体は大量生産できても、肝心の弾の生産が追いつかないのだ。
 ルブルックがなぜ自分用にしか魔導砲を用意せず、ほかの兵達に持たせなかったのか、グレイ達は疑問に思っていたが、自分達で試してみてその理由を知ることとなった。

 それでも諦めきれないフィーユ達は、試行錯誤を繰り返した。そしてその中で、新たな機能性を見つけ出す。弾をもっと大きくすれば、込められる魔力量が増え、結果的に持続時間も伸び、威力も増す――単純ながら理にかなった発想だった。もちろん、それはルブルックも気づいていたことだったが、彼は効率が悪すぎると判断し、最適解として小型弾に落ち着いたのだ。
 しかし、フィーユにはルブルックを凌駕する圧倒的な魔力量がある。彼女の魔力ならば、ルブルックが断念した大型弾の作製が可能だった。
 かくしてフィーユ達は、ルブルックが使用していた弾の直径三倍にも及ぶ鉄の弾を作り上げた。直径が三倍になれば、体積は27倍、必要な魔力量も当然27倍に跳ね上がったが、フィーユは涼しい顔でその要求を満たした。もっとも、それでも弾を大量生産するのは不可能だった。フィーユとて日々の活動を差し置いて弾の製造だけに没頭するわけにもいかない。そのため、用意可能と判断したのは、わずか一発。その一発をどのように運用するか――それが新たな課題だった。

 そんな時に、フィーユが発した軽い一言が「グレイの腕から弾が出たら格好良くない?」というものだった。フィーユにしても、冗談半分で言ったものだったが、ティセがその言葉に乗り気になったのが、グレイにとって運の尽きだった。グレイは即座に反対したが、ティセとフィーユの盛り上がりの前には無力で、彼の義手は改造され、砲身と鉄の弾とが仕込まれてしまった。
 その構造上、引き金を取り付けることはできなくなったが、グレイ自身に魔力を操る素養がある。彼が自身の魔力で爆発魔法の固定化を解除することで、引き金なしでも弾を発射することが可能だった。ルブルックの魔導砲のように魔法を封じた空間内では使えないというデメリットはあったが、代わりにグレイの意思次第でいつでも撃てるという大きな利点を得て、彼の腕の中に真魔導砲は生まれたのだ。

「人の腕を玩具みたいにするなと反対したのに、まさかこんなところで役に立つとはな」

 グレイは己の左腕に目を向ける。発射の衝撃で、義手の手首から先は吹き飛び、砲身が剥き出しになっている。その姿は痛々しさよりも、むしろ異形の武器としての迫力を漂わせていた。
 サーラに斬られ、自慢の腕を一本失ったのは、彼にとって大きな損失だった。だが、皮肉にも彼はその代わりに、最高の物理的威力を持つ飛び道具を手に入れていたのだ。

「この一撃を食らってはさすがのラプトも――」

 吹き飛んだラプトの方に視線を向けたグレイの言葉が止まる。
 そこにあったのは、立ち上がるラプトの姿。崩れそうなほどに足を震え、両腕は武器も持てずに垂れ下がったままだが、それでもなお彼は立ち上がっていた。

「どんな化け物なんだよ……」

 グレイの呟きには驚愕の色が滲んでいた。

 真魔導砲の一撃は必殺の威力を持つ。その威力を確認していたグレイやティセ、フィーユの誰もが、初見の相手なら確実に仕留められると信じて疑わなかった。それでも、ラプトは立っている――それだけでラプトという男の強さを認めざるを得なかった。
 左腕の弾は一発限り。もう左腕は真魔導砲としても、義手の腕としても使えない。しかし、グレイには傷を受けながらもまだまだ戦える身体と、何より剣を握る右手があった。
 彼は身体を半身にし、片手用に磨いてきた独自の構えを取る。

(いくら立ち上がったとはいえ、あの一撃を食らってダメージは大きいはず。ガードに使った両腕はまともに動かせないだろう。……だが、相手は噂に聞くラプト。俺の真魔導砲のような奥の手がある可能性は捨てきれない)

 ラプトの状態を見て、グレイはこのまま仕掛ければ九分九厘自分が勝つと踏んでいる。もしも、一対一の戦いなら、彼は間違いなくラプトに斬りかかっていた。だが、今、グレイの後ろにはレリアナがいる。

(俺の役目はラプトを討つことじゃない。レリアナを守り抜くことだ。もし彼が飛び出して攻撃を仕掛けた隙に、奴が何か仕掛けてきたら……レリアナを守る者がいなくなる)

 その可能性を考えた瞬間、グレイの足は地面に縫い留められるように動きを止めた。

 一方、ラプトもまたその場から動けずにいた。ただし、その理由はグレイとは異なる。

(咄嗟に両腕でガードしていなければ間違いなく死んでいた)

 ラプトは己の状態を確認する。両腕は完全に折れ、胸骨もいくつか砕けている。内臓は奇跡的に致命傷も免れているものの、全身が悲鳴を上げていた。今こうして立っているのも、戦士としての意地だけが彼の身体を支えているにすぎなかった。

(まさか、この俺がここまで追いつめられるとは……)

 これまで、どんな強敵を相手にしても、ラプトが致命的な敗北を喫したことはなかった。
 ミュウを相手にした時も、ようやく己と渡り合う者が出てきたかと、上から目線で見ていたくらいだ。
 その彼にして、ここまで致命的な危機に瀕したのは、これが初めてのことだった。

(……俺に、自惚れがあったということか)

 ラプトは竜王の霊子に守られており、魔法攻撃はほぼ無効化できる。魔法さえなければ自分こそが世界一の強さを誇ると自負していた彼にとって、物理攻撃によって深手を負った事実は、彼のプライドをへし折るのに十分だった。実際には、魔法的ギミックを用いた物理攻撃なのだが、ラプトにそれに気づく魔法知識はない。

(……ルージュよ、俺はどうやらここまでのようだ)

 ラプトは己の死を覚悟していた。
 彼が立ち上がったのは、無様に地に伏したままトドメを刺されるのを良しとしない誇り高き戦士としての意地にほかならない。斬られるのなら、堂々と立ったままで――それが彼の選んだ死に様だった。
 しかし、皮肉にもその最期の意地が、グレイの動きを縛っていた。
 もしもラプトがまだ攻撃を仕掛ける余力を見せていたなら、レリアナに危害が及ぶ前にと、グレイは真っ先に斬り伏せていただろう。あるいは、逃げる素振りを見せたなら、ラプトに秘策なしと判断し、追い詰めて討ち取っていたはずだ。
 しかし、ラプトはただ立ち尽くしているだけだった。それが不気味だった。攻撃する隙があるのか、それとも罠なのか――その判断がつかないまま、グレイは足を止めてしまう。

 両者動けぬまま、ただ緊張が張り詰めた時間が過ぎていく。

 やがて、双方の援軍がこの戦場へとたどり着く。

「レリアナ様!」

 声を上げたのはティセだった。彼女は無事なレリアナの姿を見て安堵し、すぐにグレイの姿にも目を向ける。その疲労の色濃い表情、そして砲身が剥き出しとなった左腕を見て、彼がどれほどの覚悟を持って戦い抜いたかを悟った。

(よくぞレリアナ様を守ってくれた!)

 ティセは心の中で感謝を叫びながら、聖騎士達とともにレリアナとグレイのもとへ駆け寄り、二人の守りを固めた。

 一方でティセを追って来たカオスは、ラプトの姿を見て、彼が聖王生け捕り作戦に失敗したことを悟る。

(まさかラプトの旦那がしくじるとは! 聖王を討つくらいなら俺でもなんとかなるが、生け捕りとなると話は別だ。状況を考えれば、それはもう無理だ。ならばせめて、旦那を姐さんのとこに連れて帰らないとな)

 カオスは素早く判断を下すと、レリアナの方には向かわず、緑の公国兵にラプトを囲むように命じた。この緊迫する状況の中でも、彼の指示は無駄なく迅速に遂行され、すぐにラプトの守りも固められた。

 こうしてティセの一団と、カオスの一団とがしばし睨み合う形となる。
 だが、今の両陣営にとって、重要なのは戦うことではなかった。双方が守るべきものを確保するという目的は互いに干渉しない。
 やがて、互いに余計な争いを避けるべく、両者は静かにその場から撤退を開始した。
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