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第146話 緑の公国の軍師
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ジャンが王座に腰を下ろすと、顔を伏せていた三人はゆっくりと顔を上げた。緊張が漂う中で、最初に口を開いたのは紅い髪をした女だった。
「ジャン公王、お初にお目にかかります。ルージュと申します」
「ラプトだ」
「カオスと申します」
三人それぞれが名乗りを上げると、ジャンは軽く頷き、冷静な視線で彼女達を見据えた。
「この緑の公国の公王、ジャンだ。この国に仕えたいとのことだが、なぜこの国を選んだ?」
ジャンに問いに対し、三人を代表するようにルージュが口を開く。
「青の王国のセオドル王は、人々のために平和を求めるのではなく、平和のために人々を犠牲にする王であり、私の理想とは相容れません。また、青の王国のルルー王女はまだ幼く、甘さが目立ちます。白の聖王国のレリアナは、所詮下級貴族の娘に過ぎず、そもそも王の器とは言えません。赤の王国のマゼンダならば、この島をすべるだけの器がありましたが、残念ながら彼女はもう女王ではありません。今、この島の王の中で、唯一統一を成し得る器を持つ人物、それがジャン公王、あなただからです」
「俺とは初対面にもかかわらず、よくもそこまで言えるものだな」
「凡夫たる者ならば、直接会わねばわからないでしょうが、私ほどの者ならば会わずともそれくらいのことは見抜けます」
まるで公王を凡夫と言っているような不敬とも取れる発言だったが、ジャンは眉一つ動かさなかった。しかし、その代わりに言葉で応酬する。
「ルージュ殿は人を見る目には自信があるようだな。だが、そなたは軍師として、一度もキッドに勝てていないようだが?」
ジャンの冷ややかな指摘に、ルージュは明らかに顔を強張らせた。良くも悪くも、こういう時にポーカーフェイスを繕うこともできないのがルージュという女だった。
「私がキッドに後れを取ったのは、仲間の差ゆえです。軍師としても魔導士としても、自分が負けたとは一度も思っていません。何より、今の私にはラプトと、カオスの二人がいます。今なら負ける気はしません」
キッドのもとにはミュウとルイセがいるが、自分の隣にはこの二人がいる。そう言わんばかりの力強い言葉だった。
だが、キッドもミュウもジャンが認めた者。ルージュのもの物言いは、ジャンにとっては少々不愉快だった。
「たいそうな自信だな。だが、残念ながら我が国の軍師は、そのキッドだ。我が国にはルージュ殿が軍師として仕える場所はないと考えるが?」
嫌味にも聞こえるジャンの言葉だったが、ルージュは気を悪くした様子も見せずに、すぐに言い返す。
「果たしてそうでしょうか? 私には、キッドはもはや紺の王国の軍師にしか見えません。現に、今この城に彼はいないではありませんか」
今度はジャンの方に変化が生まれ、眉がわずかに動き、その視線が鋭くなった。
「……キッドは、同盟国である紺の王国を支えるため、我が国が派遣しているだけだ。あいつの所属はこの緑の公国以外のどこでもない」
「そうお考えなのはジャン公王だけでは? すでに紺の王国は、この緑の公国を超える国力を持つに至っています。それにもかかわらず、いまだキッドは緑の公国に戻る様子を見せてはいません。それは、彼自身が紺の王国の軍師であることを選んだからではないでしょうか?」
「そんなことはない。キッドは紛れもなく我が国の軍師だ」
ジャンの語気が鋭さを増した。それは、自分の言葉を自らに言い聞かせているかのようでもあった。
「ならば、キッドをこの国に呼び戻してみてはいかがですか? もうすでに軍師としてキッドが紺の王国に力添えする必要がないのは誰の目にも明らか。もし彼が緑の公国の軍師であるなら、王命であればすぐに戻ってくるでしょう」
挑発するようなルージュの目に見つめられ、ジャンはしばし押し黙る。
ここで彼女の提案を拒めば、それはジャン自身がキッドを紺の王国の軍師と認めるようなものだ。公王として、ジャンにはそれはできなかった。
「……いいだろう。キッドにはすぐに帰還の書状を送り、そなたの居場所がこの国にないことを証明してやろう」
「もしジャン公王のおっしゃる通り、キッドが戻ってきたのならば、私は頭を下げ、すぐにこの国を立ち去りましょう。ですが、もしキッドが戻らなかったときは、私を軍師として召し抱えていただくことをお考えいただきたい」
「……わかった」
キッドの所属の件については、ジャンもいつかはルルーと決着をつけなければならないと考えていた。ルージュの言葉に乗せられていることを自覚しながらも、彼はこの機会を、キッドの問題に決着をつける契機とした。最終的に、ジャンは自国の軍師として、キッドを紺の王国から呼び戻す決意を固めた。
こうして、ジャンはキッド、ミュウ、ルルーの三人に親書を送ることになった。
しかし、その結果は――
ジャンは過去の思いを振り払い、自室のソファに座る三人を前に、重々しい息を吐き出した。
「……キッドは戻ってこなかった」
その言葉を受け、ルージュは微笑みを浮かべ、穏やかに問いかける。
「約束の件、覚えておいでですか?」
「……ああ。赤の導士ルージュよ、そなたを緑の公国の軍師として迎え入れる。ラプト、カオスの二人についても、それ相応の役職と待遇を約束しよう」
「ありがとうございます」
ルージュとカオスが深々と頭を下げ、少し遅れてラプトもそれに倣う。
「……物事が思い通りに進んで、さぞ楽しいだろうな」
ジャンは皮肉を込めて言葉を投げたが、ルージュの顔には輝くような笑顔を浮かんでいた。
「ええ。これでようやく、キッドに再び挑むことができますから」
ジャンは皮肉が通じていない様子に眉をひそめ、彼女の無邪気さに戸惑った。
「……言っておくが、キッドのいる紺の王国と争う気はないぞ。今、我が国と紺の王国が争えば、青の王国を利するだけだ。俺とて世の情勢は見えている」
「わかっています。私としても、キッドと直接争うだけが勝負だとは思っていません。ジャン公王とルルー王女、軍師としてどちらを真の王とするか、これはそういう勝負です」
ルージュの変わらぬ笑顔を前にして、ジャンは彼女のキッドに対するこだわりの強さを感じた。ジャンもそういう話を聞いてはいたが、実際に目の当たりにする彼女の熱量は想像以上だった。
「……俺はキッドとミュウという優秀な二人の仲間を失ったというのに、そなたはその気遣いもできない軍師のようだな」
ジャンのその言葉に、ルージュは不思議そうな目を彼へと向けた。
「何を仰っているのですか? 私の目には、今のジャン公王は、キッドとミュウ、その二人と真剣勝負で競えることを喜んでおられるように見えますが?」
「――――!?」
その言葉は、皮肉でも挑発でもなく、真実を語る純粋なものだった。それゆえに、ジャンの心に深く突き刺さる。
(喜んでいるだと……この俺が?)
ジャンは無意識に目を閉じ、自らの心の奥底を探った。
ずっと抱えていたのは、キッドとミュウを失ったという喪失感だと信じていた。だが、その陰に潜む別の感情があることに気づく。心の奥深く、かすかながらも確かに存在する――高揚感。
キッドとミュウは、単なる仲間ではなく、最高のライバルでもあった。冒険者として共に過ごした日々、仲間でありながらも常に競い合ってきた過去が、今も鮮烈に蘇る。
しかし、ジャンが公王となり、二人が配下となれば、もう二度とライバルとして競い合う機会は巡ってこないはずだった。だが、二人が緑の公国を離れた今、再びライバルとして彼らと対峙する機会が訪れた。その事実が、心の底から湧き上がる喜びとなっていたのだ。
「……なるほど。ルージュ殿の言う通りかもしれんな」
ジャンの唇に、初めてルージュの前で愉しげな笑みが浮かんだ。その笑みは、彼の胸に宿る新たな決意を表していた。
「……その表情、なかなかお似合いですよ、ジャン公王。私はそういった顔の方が、先ほどまでよりもずっと好きです」
「余計な一言が多い女だな。……まぁいい。それで、軍師として、最初に何を俺にさせる? 当然、もう考えてあるのだろ?」
「もちろんです。まずこの国がすべきこと――それは白の聖王国への侵攻です」
ルージュの言葉には、一片の迷いもなかった。
彼女はまっすぐにジャンを見据え、緑の公国の軍師として、緑の公国の新たな道を示した。
「ジャン公王、お初にお目にかかります。ルージュと申します」
「ラプトだ」
「カオスと申します」
三人それぞれが名乗りを上げると、ジャンは軽く頷き、冷静な視線で彼女達を見据えた。
「この緑の公国の公王、ジャンだ。この国に仕えたいとのことだが、なぜこの国を選んだ?」
ジャンに問いに対し、三人を代表するようにルージュが口を開く。
「青の王国のセオドル王は、人々のために平和を求めるのではなく、平和のために人々を犠牲にする王であり、私の理想とは相容れません。また、青の王国のルルー王女はまだ幼く、甘さが目立ちます。白の聖王国のレリアナは、所詮下級貴族の娘に過ぎず、そもそも王の器とは言えません。赤の王国のマゼンダならば、この島をすべるだけの器がありましたが、残念ながら彼女はもう女王ではありません。今、この島の王の中で、唯一統一を成し得る器を持つ人物、それがジャン公王、あなただからです」
「俺とは初対面にもかかわらず、よくもそこまで言えるものだな」
「凡夫たる者ならば、直接会わねばわからないでしょうが、私ほどの者ならば会わずともそれくらいのことは見抜けます」
まるで公王を凡夫と言っているような不敬とも取れる発言だったが、ジャンは眉一つ動かさなかった。しかし、その代わりに言葉で応酬する。
「ルージュ殿は人を見る目には自信があるようだな。だが、そなたは軍師として、一度もキッドに勝てていないようだが?」
ジャンの冷ややかな指摘に、ルージュは明らかに顔を強張らせた。良くも悪くも、こういう時にポーカーフェイスを繕うこともできないのがルージュという女だった。
「私がキッドに後れを取ったのは、仲間の差ゆえです。軍師としても魔導士としても、自分が負けたとは一度も思っていません。何より、今の私にはラプトと、カオスの二人がいます。今なら負ける気はしません」
キッドのもとにはミュウとルイセがいるが、自分の隣にはこの二人がいる。そう言わんばかりの力強い言葉だった。
だが、キッドもミュウもジャンが認めた者。ルージュのもの物言いは、ジャンにとっては少々不愉快だった。
「たいそうな自信だな。だが、残念ながら我が国の軍師は、そのキッドだ。我が国にはルージュ殿が軍師として仕える場所はないと考えるが?」
嫌味にも聞こえるジャンの言葉だったが、ルージュは気を悪くした様子も見せずに、すぐに言い返す。
「果たしてそうでしょうか? 私には、キッドはもはや紺の王国の軍師にしか見えません。現に、今この城に彼はいないではありませんか」
今度はジャンの方に変化が生まれ、眉がわずかに動き、その視線が鋭くなった。
「……キッドは、同盟国である紺の王国を支えるため、我が国が派遣しているだけだ。あいつの所属はこの緑の公国以外のどこでもない」
「そうお考えなのはジャン公王だけでは? すでに紺の王国は、この緑の公国を超える国力を持つに至っています。それにもかかわらず、いまだキッドは緑の公国に戻る様子を見せてはいません。それは、彼自身が紺の王国の軍師であることを選んだからではないでしょうか?」
「そんなことはない。キッドは紛れもなく我が国の軍師だ」
ジャンの語気が鋭さを増した。それは、自分の言葉を自らに言い聞かせているかのようでもあった。
「ならば、キッドをこの国に呼び戻してみてはいかがですか? もうすでに軍師としてキッドが紺の王国に力添えする必要がないのは誰の目にも明らか。もし彼が緑の公国の軍師であるなら、王命であればすぐに戻ってくるでしょう」
挑発するようなルージュの目に見つめられ、ジャンはしばし押し黙る。
ここで彼女の提案を拒めば、それはジャン自身がキッドを紺の王国の軍師と認めるようなものだ。公王として、ジャンにはそれはできなかった。
「……いいだろう。キッドにはすぐに帰還の書状を送り、そなたの居場所がこの国にないことを証明してやろう」
「もしジャン公王のおっしゃる通り、キッドが戻ってきたのならば、私は頭を下げ、すぐにこの国を立ち去りましょう。ですが、もしキッドが戻らなかったときは、私を軍師として召し抱えていただくことをお考えいただきたい」
「……わかった」
キッドの所属の件については、ジャンもいつかはルルーと決着をつけなければならないと考えていた。ルージュの言葉に乗せられていることを自覚しながらも、彼はこの機会を、キッドの問題に決着をつける契機とした。最終的に、ジャンは自国の軍師として、キッドを紺の王国から呼び戻す決意を固めた。
こうして、ジャンはキッド、ミュウ、ルルーの三人に親書を送ることになった。
しかし、その結果は――
ジャンは過去の思いを振り払い、自室のソファに座る三人を前に、重々しい息を吐き出した。
「……キッドは戻ってこなかった」
その言葉を受け、ルージュは微笑みを浮かべ、穏やかに問いかける。
「約束の件、覚えておいでですか?」
「……ああ。赤の導士ルージュよ、そなたを緑の公国の軍師として迎え入れる。ラプト、カオスの二人についても、それ相応の役職と待遇を約束しよう」
「ありがとうございます」
ルージュとカオスが深々と頭を下げ、少し遅れてラプトもそれに倣う。
「……物事が思い通りに進んで、さぞ楽しいだろうな」
ジャンは皮肉を込めて言葉を投げたが、ルージュの顔には輝くような笑顔を浮かんでいた。
「ええ。これでようやく、キッドに再び挑むことができますから」
ジャンは皮肉が通じていない様子に眉をひそめ、彼女の無邪気さに戸惑った。
「……言っておくが、キッドのいる紺の王国と争う気はないぞ。今、我が国と紺の王国が争えば、青の王国を利するだけだ。俺とて世の情勢は見えている」
「わかっています。私としても、キッドと直接争うだけが勝負だとは思っていません。ジャン公王とルルー王女、軍師としてどちらを真の王とするか、これはそういう勝負です」
ルージュの変わらぬ笑顔を前にして、ジャンは彼女のキッドに対するこだわりの強さを感じた。ジャンもそういう話を聞いてはいたが、実際に目の当たりにする彼女の熱量は想像以上だった。
「……俺はキッドとミュウという優秀な二人の仲間を失ったというのに、そなたはその気遣いもできない軍師のようだな」
ジャンのその言葉に、ルージュは不思議そうな目を彼へと向けた。
「何を仰っているのですか? 私の目には、今のジャン公王は、キッドとミュウ、その二人と真剣勝負で競えることを喜んでおられるように見えますが?」
「――――!?」
その言葉は、皮肉でも挑発でもなく、真実を語る純粋なものだった。それゆえに、ジャンの心に深く突き刺さる。
(喜んでいるだと……この俺が?)
ジャンは無意識に目を閉じ、自らの心の奥底を探った。
ずっと抱えていたのは、キッドとミュウを失ったという喪失感だと信じていた。だが、その陰に潜む別の感情があることに気づく。心の奥深く、かすかながらも確かに存在する――高揚感。
キッドとミュウは、単なる仲間ではなく、最高のライバルでもあった。冒険者として共に過ごした日々、仲間でありながらも常に競い合ってきた過去が、今も鮮烈に蘇る。
しかし、ジャンが公王となり、二人が配下となれば、もう二度とライバルとして競い合う機会は巡ってこないはずだった。だが、二人が緑の公国を離れた今、再びライバルとして彼らと対峙する機会が訪れた。その事実が、心の底から湧き上がる喜びとなっていたのだ。
「……なるほど。ルージュ殿の言う通りかもしれんな」
ジャンの唇に、初めてルージュの前で愉しげな笑みが浮かんだ。その笑みは、彼の胸に宿る新たな決意を表していた。
「……その表情、なかなかお似合いですよ、ジャン公王。私はそういった顔の方が、先ほどまでよりもずっと好きです」
「余計な一言が多い女だな。……まぁいい。それで、軍師として、最初に何を俺にさせる? 当然、もう考えてあるのだろ?」
「もちろんです。まずこの国がすべきこと――それは白の聖王国への侵攻です」
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