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第145話 緑の公国への訪問者
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緑の公国の王城、ジャンは自室の静寂の中で深いため息をつき、独り言のように呟いた。
「キッドもミュウも、戻ってこなかったか……」
その声には諦めにも似た響きがあった。
すでにキッドとミュウからは紺の王国に仕える旨の手紙を、ルルー王女からも同様の内容の手紙を受け取っていた。ルルーの字はともかく、キッドとミュウの字は見慣れたものだった。二人からの手紙は、第三者による偽りの物ではなく、本人の筆跡だということはすぐにわかった。
それでも、ジャンは自らが指定した期日まで、二人が戻ってくるのを待っていた。
だが、ついにその期日はつい先ほど過ぎてしまった。
手紙を受け取りつつも、彼はもしかしたらとわずかな期待を抱いていたが、その小さな可能性も崩れ去ってしまった。
「あれほど三人で共に過ごしてきたのにな……」
ジャンの頭の中には、緑の公国に仕える前、三人で冒険者として過ごした日々が次々と蘇る。彼らが共に戦い、笑いあった日々。彼ははまたあのような日々が戻ってくると、心のどこかで信じていたのだと、今さらながら思い知る。
「……キッド、俺よりもルルーを選ぶのか。ミュウまで……。いや、ミュウはただキッドを選んだだけか」
その言葉には重みがあったが、ジャンの表情には不思議と悔しさは見られなかった。
彼は、二人が緑の公国で不遇な状況にあったことを誰よりも理解していた。
キッドはジャンのために命令違反を犯し、国外追放の身となった。ミュウは騎士団の中で最優の騎士でありながら、女性であるがゆえに騎士団長の座に就けなかった。
そんな状況で、彼は二人の選択を責める気にはなれなかったのだ。
「俺がもっと早く公王になれていれば……」
ジャンに後悔があるとすればそのことだった。もしキッドとルルーが出会う前にキッドを公国に呼び戻せていれば、歴史は大きく変わっていたかもしれない。
だが、過去は変えられない。
変えられるのは未来だけだ。
ジャンはそのことを深く理解していた。
彼は思いを振り切るようにして、部下に命じ、三人の客人を呼び寄せることにした。
しばしの後、部屋のドアがノックされ、その音が静寂を破る。
「入ってくれ」
ジャンの言葉に従い、彼が呼び寄せた者達が部屋へ足を踏み入れた。
「私の言った通りになったようですね」
入ってくるなり、先頭の女が勝ち誇ったように言い放った。その女こそ、紺赤領を離れたルージュだった。彼女の後に続いてラプトとカオスが現れる。カオスの予想に反して、ルージュが向かったのは白の聖王国ではなく、この緑の公国だった。
三人がジャンの前のソファに腰を下ろすと、ジャンは彼女達がこの城にやってきた日のことを思い出していた。
仕官を申し出ている者がいると部下から伝えられた時、ジャンは最初、公王である自分にそんな報告が上がってくる理由がわからず、眉をひそめた。その者が騎士であれば騎士団が、魔導士であれば魔導士達がその判断を下すべきことであり、実際これまでもそうしてきたはずだ。
しかし、部下がその者達の名を口にした瞬間、ジャンは一瞬にして事情を悟り、口から出かかった疑問の言葉を呑み込んだ。
「……ルージュ、ラプト、カオス。その三人がこの国、いや、俺に仕えたいと出向いてきたというのか」
その三人の名前は、緑の公国のジャンの耳にも届いていた。並みの者の仕官話なら部下に任せておけばよかったが、赤の王国で名を馳せたその三人が相手となるとそういうわけにはいかない。
「……わかった。俺が直接会おう」
ジャンはすぐに謁見の間の準備を整えさせ、三人と対面することにした。
謁見の間に入った三人は、ジャンを目にすると、揃って片膝をついた。
ジャンにとっては初めて顔を合わせる相手だが、その存在感は一瞬で彼の心に焼き付けられた。
先頭にいるのは長く艶やかな紅髪を持つ女。ジャンは魔力を持たないため、彼女の魔力を直接感じるとることはできない。だが、それでも魔導士特有のオーラのようなものは感じ取っていた。そして今彼女から感じるそのオーラは、キッドから感じたのと同じ、強大な力を持つ魔導士特有のものだった。これほどのものを感じたのは、キッド以外では彼女が初めてだった。
ジャンから見て、彼女の右斜め後方に控えるのは、公王の前でも無造作に伸びた髪をそのままにした鋼のような体躯の男。彼の膝をつく姿勢には、一見恭しさが見えるが、その身体から滲み出る威圧感は、まるで解き放たれた獣の如く、周囲を圧倒する。ジャンは剣士の性《さが》で、この男と戦った場合の光景を想像したが、攻略法を見つけられなかった。それはジャンにとって、初めての経験だった。
最後に、女の左後方に控えるのは、茶髪の整った顔立ちの男。その優雅な佇まいは、王城の謁見の間でさえも自然体に見える。王を前にしているというのに臆した様子を全く見せず、ジャンは本能的にこの男をなぜか公王である自分と対等の存在であると感じていた。
(……名をかたっているわけではないようだな)
ジャンは直感的に、彼女達が偽物ではないと確信した。
これほどの実力を有する者なら、わざわざほかの者の名をかたる必要はない。そう考えれば、この三人が偽物である可能性は限りなくゼロだった。
「キッドもミュウも、戻ってこなかったか……」
その声には諦めにも似た響きがあった。
すでにキッドとミュウからは紺の王国に仕える旨の手紙を、ルルー王女からも同様の内容の手紙を受け取っていた。ルルーの字はともかく、キッドとミュウの字は見慣れたものだった。二人からの手紙は、第三者による偽りの物ではなく、本人の筆跡だということはすぐにわかった。
それでも、ジャンは自らが指定した期日まで、二人が戻ってくるのを待っていた。
だが、ついにその期日はつい先ほど過ぎてしまった。
手紙を受け取りつつも、彼はもしかしたらとわずかな期待を抱いていたが、その小さな可能性も崩れ去ってしまった。
「あれほど三人で共に過ごしてきたのにな……」
ジャンの頭の中には、緑の公国に仕える前、三人で冒険者として過ごした日々が次々と蘇る。彼らが共に戦い、笑いあった日々。彼ははまたあのような日々が戻ってくると、心のどこかで信じていたのだと、今さらながら思い知る。
「……キッド、俺よりもルルーを選ぶのか。ミュウまで……。いや、ミュウはただキッドを選んだだけか」
その言葉には重みがあったが、ジャンの表情には不思議と悔しさは見られなかった。
彼は、二人が緑の公国で不遇な状況にあったことを誰よりも理解していた。
キッドはジャンのために命令違反を犯し、国外追放の身となった。ミュウは騎士団の中で最優の騎士でありながら、女性であるがゆえに騎士団長の座に就けなかった。
そんな状況で、彼は二人の選択を責める気にはなれなかったのだ。
「俺がもっと早く公王になれていれば……」
ジャンに後悔があるとすればそのことだった。もしキッドとルルーが出会う前にキッドを公国に呼び戻せていれば、歴史は大きく変わっていたかもしれない。
だが、過去は変えられない。
変えられるのは未来だけだ。
ジャンはそのことを深く理解していた。
彼は思いを振り切るようにして、部下に命じ、三人の客人を呼び寄せることにした。
しばしの後、部屋のドアがノックされ、その音が静寂を破る。
「入ってくれ」
ジャンの言葉に従い、彼が呼び寄せた者達が部屋へ足を踏み入れた。
「私の言った通りになったようですね」
入ってくるなり、先頭の女が勝ち誇ったように言い放った。その女こそ、紺赤領を離れたルージュだった。彼女の後に続いてラプトとカオスが現れる。カオスの予想に反して、ルージュが向かったのは白の聖王国ではなく、この緑の公国だった。
三人がジャンの前のソファに腰を下ろすと、ジャンは彼女達がこの城にやってきた日のことを思い出していた。
仕官を申し出ている者がいると部下から伝えられた時、ジャンは最初、公王である自分にそんな報告が上がってくる理由がわからず、眉をひそめた。その者が騎士であれば騎士団が、魔導士であれば魔導士達がその判断を下すべきことであり、実際これまでもそうしてきたはずだ。
しかし、部下がその者達の名を口にした瞬間、ジャンは一瞬にして事情を悟り、口から出かかった疑問の言葉を呑み込んだ。
「……ルージュ、ラプト、カオス。その三人がこの国、いや、俺に仕えたいと出向いてきたというのか」
その三人の名前は、緑の公国のジャンの耳にも届いていた。並みの者の仕官話なら部下に任せておけばよかったが、赤の王国で名を馳せたその三人が相手となるとそういうわけにはいかない。
「……わかった。俺が直接会おう」
ジャンはすぐに謁見の間の準備を整えさせ、三人と対面することにした。
謁見の間に入った三人は、ジャンを目にすると、揃って片膝をついた。
ジャンにとっては初めて顔を合わせる相手だが、その存在感は一瞬で彼の心に焼き付けられた。
先頭にいるのは長く艶やかな紅髪を持つ女。ジャンは魔力を持たないため、彼女の魔力を直接感じるとることはできない。だが、それでも魔導士特有のオーラのようなものは感じ取っていた。そして今彼女から感じるそのオーラは、キッドから感じたのと同じ、強大な力を持つ魔導士特有のものだった。これほどのものを感じたのは、キッド以外では彼女が初めてだった。
ジャンから見て、彼女の右斜め後方に控えるのは、公王の前でも無造作に伸びた髪をそのままにした鋼のような体躯の男。彼の膝をつく姿勢には、一見恭しさが見えるが、その身体から滲み出る威圧感は、まるで解き放たれた獣の如く、周囲を圧倒する。ジャンは剣士の性《さが》で、この男と戦った場合の光景を想像したが、攻略法を見つけられなかった。それはジャンにとって、初めての経験だった。
最後に、女の左後方に控えるのは、茶髪の整った顔立ちの男。その優雅な佇まいは、王城の謁見の間でさえも自然体に見える。王を前にしているというのに臆した様子を全く見せず、ジャンは本能的にこの男をなぜか公王である自分と対等の存在であると感じていた。
(……名をかたっているわけではないようだな)
ジャンは直感的に、彼女達が偽物ではないと確信した。
これほどの実力を有する者なら、わざわざほかの者の名をかたる必要はない。そう考えれば、この三人が偽物である可能性は限りなくゼロだった。
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