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第143話 親書

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 キッド達が紺の都に戻ってから、すでにふた月が経過していた。

 その間に、青の王国ではセオドルの即位式が華々しく行われ、彼は正式に王としての地位を確立した。セオドルは自身の信頼する者達で政治と軍部の中枢を固め、堅牢な支配体制を築き上げていた。しかし、彼が新たに獲得した赤の王国の領地――青赤領の整備にはまだ時間を要しており、他国に手を出すだけの余裕はなかった。
 そのため、青の王国と白の聖王国との間の争いは、一時的な休戦状態にあり、紺、青、白、緑の4国は緊張感を漂わせつつも、表面的には静けさを保っていた。

 そんな情勢の中、キッド達は白の聖王国のレリアナと互いに使者を送り合い、両国の今後の関係について協議を重ねていた。
 かつて紺の王国は、白の聖王国に対して、国力でも積み重ねた歴史でも劣っていたが、紺赤領を得たことで、国力の面ではすでに白の聖王国に並ぶまでに成長していた。
 現在、4国の中で最大の勢力を誇るのは、赤の王国領土の半分を手中に収めた青の王国だが、紺の王国と白の聖王国が手を組めば、その青の王国を凌駕することも可能である。そのため、かつて白の聖王国内には紺の王国を下に見て、同盟に否定的な者達がいたが、今ではそのような考えを持つ者はほとんどいなくなっていた。

「白の聖王国との同盟締結も、ここまで来れば時間の問題ですね」

 軍師用の執務室には、キッドとルルーの二人だけがいた。ミュウとルイセは、騎士や魔導士達の訓練に出ている。キッドは白の聖王国から届いた親書に目を通しながら、安堵の表情を浮かべて呟いた。親書には、同盟締結後の協力条件が詳細に記されており、これは先にキッドが提示した内容に対する修正案だった。まだ詰めが必要な部分は多いが、それはすでに両国が同盟締結に向けて具体的な段階に進んでいる証拠でもあった。

「それもこれも、キッドさんのおかげです!」

 向かいに座るルルーが輝く瞳でキッドを見つめたが、彼はゆっくりと首を横に振る。

「いえ、ルルー王女がレリアナ様と良好な関係を築かれていたおかげですよ」

「確かにそれもあるでしょうが、レリアナ様はずいぶんとキッドさんのことを信頼されているみたいですよ。そのキッドさんが中心になって動いてくれているのが、やっぱり大きいんですって」

「そうなんですか? 確かにレリアナ様とは共に戦いもしましたが……」

 キッドはかつて、青の王国の侵攻に対抗するため、ルルーの願いを受け、ルイセと共に白の聖王国を支援し、レリアナと共に戦った。とはいえ、その時の役割はほぼ別動隊としての動きであり、レリアナの信用を勝ち得るほどの働きをしたとは思っていなかった。

「レリアナ様からの手紙には、キッドさんのことがたびたび出てきますが、キッドさんに対する感謝の気持ちがひしひしと伝わってきます。私としても、それはとても誇らしいです」

 ルルーとレリアナは、公式の親書とは別に、個人的な手紙のやりとりもしていた。その内容について、キッドは一度も見たことがなく、国に関する案件でないのならと、こまれでたいして気にしていなかった。しかし、自分のことが書かれていると知っては、さすがに少しは気になってくる。

「一体どんなことが書かれているのやら……。ルルー王女、一度俺にも二人がやりとりしている手紙を見せてもらえませんか?」

「ダ、ダメです! あれは絶対に見せられません! 特にキッドさんには絶対ダメです!」

 冗談めいたキッドの言葉に、ルルーは予想外に真剣で慌てた様子を見せた。顔を赤らめて首と手を大きく振り、必死に拒絶している。

「その反応……怪しいですね。まさか、俺をネタにして二人で笑ってるんじゃないでしょうね?」

「違いますよ! むしろ逆です!」

「逆? 逆って何ですか?」

「――――!! い、いえ、逆じゃないです!」

 ルルーは裏返った声で、今しがた言ったばかりの言葉を否定した。その姿は、どこか年相応の少女のようであり、キッドはその様子にどこか嬉しさを感じた。

「いや、今ルルー王女が自分で逆って言ったじゃないですか」

「言ってないですっ!」

「いやいや、それは無理がありますって。ちゃんとこの耳で聞きましたよ?」

「言ってないって言ったら言ってないんです! それより、同盟の話です! 同盟の調印式は白の聖王国でお願いしますね! 今度は私が聖王国に行く番なんですから!」

 レリアナは既に紺の王国を訪れており、キッドも白の聖王国へ行っている。まだ聖王国へ足を踏み入れたことのないルルーは、白の聖王国での調印式を熱望していた。

「さすがにまだ調印式の話には至っていませんが、こちらから出向くのであれば、相手も断ることはないでしょう。国の格としては白の聖王国の方が上。こちらが窺うのが妥当ですし、その要望は叶えられると思いますよ」

「本当ですか! よろしくお願いしますね」

 ルルーは自分の要望が叶えられそうなこと、そしてなによりさっきの手紙の話がうやむやになったことに密かに安堵した。

 と、そこへ、執務室の扉がノックされた。

「入って構わないぞ」

「失礼します」

 キッドの許可を得た文官が、数通の封筒を手に執務室に入ってきた。

「用件はその封筒か?」

「はい。先ほど、緑の公国の使者が参りまして、ルルー様、キッド様、ミュウ様、それぞれ宛の親書をお預かりしました」

「使者はまだ残っているのか?」

 キッドは、緑の公国の使者なら知り合いかもしれないと考え、挨拶をするつもりだったが、文官は首を横に振った。

「いえ、この親書を渡すようにとの指示だけで、すぐに公国へ戻られました」

「そうか……。この時期に俺やミュウ、そしてルルー王女宛の手紙とは、一体どういうつもりなのか……。まぁ、いい。俺の分と、あとミュウの分も預かろう。ミュウには俺から渡しておく」

「承知しました」

 文官はルルーに一通、そしてキッドに、キッド自身宛とミュウ宛の二通の親書を手渡し、執務室を後にした。

「赤の王国に勝ったことへの祝いのお手紙でしょうか?」

「それにしては、時期が遅すぎますがね……。ジャンには、近いうちに聖王国との同盟の話をしようとは思っていましたが、もしかしたら、それに気づいてのことかもしれませんね」

 二人は多少疑問には思いつつも、軽い気持ちで封を開き、自分宛の親書に目を通した。

「――――!?」

 親書を読み進め、キッドは驚愕の表情を浮かべ、声を失う。
 そこには、キッドに対し、紺の王国への出向を解き、緑の公国に帰国せよとの命令が記されていた。
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