国を追放された魔導士の俺。他国の王女から軍師になってくれと頼まれたから、伝説級の女暗殺者と女騎士を仲間にして国を救います。

グミ食べたい

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第142話 赤の王国を離れる者達

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 青の王国でセオドルがその支配体制を固めていく一方、紺の王国ではキッド達が新たに手に入れた旧赤の王国領地、すなわち紺赤領の統治を着実に進めていた。
 赤の王国の女王であったマゼンダに侯爵の地位を与え、彼女を領主として任命することで、赤の王国民の不満は抑えられ、治安に問題生じることもなかった。また、マゼンダの補佐としてエイミをこの地に配置し、旧赤の王国派が無軌道な行動を起こさないよう、監視できる体制も整えていた。

 二国により分割された赤の王国領の統治に関しては、青の王国よりも紺の王国の方が間違いなくスムーズに進んでいた。
 しかし、キッドにも誤算はあった。
 国民や軍人には一定期間を設けて移動を許可し、どちらの国に所属するかを選ばせていたが、軍人達の多くがキッドの予想を超えて青の王国へとながれてしまったのだ。終戦時、赤の王国軍本隊は紺の王国側にいたものの、そのうちの四割近くの兵士が青の王国につくことを選んだのである。
 女王であったマゼンダへの忠誠をいまだに持つ者は多かったが、赤の王都に家族や家を持つ者も少なくなかった。さらに、紺の王国と青の王国の国力を比較すれば、青の王国に分があるのは明白だ。これらの要素を考慮すれば、青の王国を選んだ者達の判断は当然だと言えた。

「思ったほど残ってくれなかったわね」

 仮の軍本部としている砦の窓から兵士達を見下ろしながら、エイミがつぶやいた。
 隣には、まだ紺赤領に残るキッドとミュウが、同じく窓の外を見つめている。
 ルルーはルイセと共に青の王都へ、ソードは黒の都へとすでに戻っており、紺赤領に残る主要人物はこの三人だけとなっていた。

「仕方ないさ。民にとっては住む場所がそのままなら、支配する国が変わっても大きな影響はない。だが、軍人にとって仕える国を間違えることは命取りになる。小国から成り上がってきた俺達紺の王国と、既に確立された大国である青の王国とでは、比較にならないだろう。よく六割も残ってくれたと、むしろ喜ぶべきかもしれない」

 キッドは冷静にそう語ったが、その隣のミュウは腹立たしそうに顔をしかめた。

「でも、悔しいよね。もし青の王国が赤の王国に侵攻しなければ、私達の力を赤の王国の連中に見せつけることができたのに。そうすれば、青の王国ではなく紺の王国を選ぶ軍人はもっと多かったはずなのに……」

 ミュウの言葉には、痛烈な現実が含まれていた。紺の王国はこれまで赤の王国の三度にわたる侵攻をすべて退け、赤の王国に負けたことは一度としてなかった。それでも、赤の王国の兵士達は、その事実を自らの敗北とは認めていなかった。もし両国が雌雄を決すべく挑んだ四度目の戦いが行われていれば、勝っていたのは自分達赤の王国だと信じている者は多い。そのこともまた、紺の王国に残ることを躊躇わせる一因となっていた。
 ミュウの言う通り、もしあの戦いが行われ、キッド達紺の王国軍がその本当の力を直接赤の王国兵に示すことができていれば、紺の王国に残る兵士はもっと多かっただろう。
 キッドもそのことは理解していたが、今さらそれを言っても仕方がないこともまたわかっていた。

「考えようによっては、これでよかったのかもしれないさ。今の紺の王国の国力を考えれば、赤の王国軍がそのまま全員残っていれば、財政が逼迫してしまう。このくらいの数になってくれたのは、結果的には良かったのかもしれない」

 国を疲弊させることなく職業軍人を維持できる範囲は、概ね人口の2パーセントまでと言われている。もし赤の王国軍本隊がそのまま紺の王国に残っていれば、その範囲を超えていただろう。
 そうなったらなったで、キッドには対策があったが、その対策を打つまでもなく兵士の数が問題ない範囲に収まったのは幸運とも言えた。

「それよりエイミ、一番面倒な役目を任せてすまない。問題が起こればすぐに駆け付けるから、何かあったら連絡を寄こしてくれ」

 紺赤領の統治の安定化、旧赤の王国貴族の抑制、旧赤の王国軍人への訓練など、エイミには多くの課題があった。それに加えて、旧赤の王国第二都市を紺赤の都として整備し、マゼンダやエイミの暮らす宮殿や軍施設の建設も進めなければならない。優秀な文官や武官を青の都や黒の都から異動させているものの、その正否はエイミの双肩にかかっている。
 しかし、当のエイミの顔には不安の色はなかった。彼女はその端正な顔を崩さず、口元に微かに笑みを浮かべた。

「誰に向かって言っているの? 私なら問題なくこなせると思ったから、ここに残らせたんでしょ? だったら安心して任せておきなさい」

 かつて「帝国の魔女」と呼ばれたエイミ。彼女がその名で呼ばれるようになったのは、単に魔導士として強大な力を持っていたからだけではない。彼女は卓越した内政力と外交手腕を駆使し、帝国を強国へと導いた稀代の才媛だった。その鋭敏な知恵と冷静な判断力が、帝国を栄光へと押し上げ、その名を広めたのである。
 だからこそ、紺赤領を任せるにあたり、キッドは彼女以上に適任者はいないと確信していた。

「その頼もしい言葉を聞けて良かった。これで俺達も安心して紺の都に戻れる。……青の王国に対抗するには、白の聖王国の力が必要だ。聖王国との同盟、そして共同作戦。ようやくそれに向けて動ける」

 キッド自らが紺赤領に残らないのは、彼にはほかにすべきことがあったからだ。紺赤領を安定的に治めるだけなら、自らが残ればよかった。けれども、キッドはすでにその先を見据えている。赤の王国が消えた今、残る最大の障害は青の王国だ。その国に対抗する手段を構築することが、キッドの最優先事項だった。

 こうしてキッドは、赤紺領をエイミに託し、ミュウと共に紺の都へと戻ることを決めた。

 同じ頃、紺赤の都の門前では、別の一行がこの地を離れようとしていた。

「いよいよこの国ともお別れか……」

 感傷に浸るカオスが呟いたが、すかさずルージュの鋭い声がその余韻を断ち切る。

「何をしみじみと呟いているのよ。私達の中であなたが一番赤の王国に仕えて日が浅いじゃないの!」

 ルージュ、カオス、ラプトの三人は旅支度を整え、今まさに紺赤の都を後にしようとしていた。
 紺の王国に仕えることを拒み、マゼンダの元を離れたルージュ達は、今や軍人ではなく、ただの人でしかない。それでもルージュは、自分とキッドが交わした約束が守られるのを見届けるため、この地に留まっていたが、もうその必要もなくなった。キッドは約束を守り、マゼンダが領主としてこの地を治める体制が整ったからだ。
 ルージュ達もまた、ここを去る時がきていた。

「それで、ルージュよ。どこへ行くつもりだ?」

 ラプトは、この街を出てどこに行くのかルージュから聞かされていなかった。だが、彼にとって行き先はさほど重要ではない。ルージュが行くなら、どこであれ彼もまた共に行く、それだけのことだった。しかし、出発するとなれば、その行き先くらいは知っておきたいと思うのが人情だった。

「そんなの決まっているよな」

 カオスもまた、行き先を知らされていなかった。けれども、ラプトと違って彼はルージュの向かう先を自分なりに推察していた。

「……私のことをわかったようなことを言うのね」

「これでも姐さんのことはよく見てきたからな。……キッドとの決着をつけられないから紺の王国にはつかない。そしてまた、そのキッドとの戦いを邪魔した青の王国に与する理由もない。むしろ、青の導士ルブルックのいる青の王国は、姐さんにとって倒すべき敵だ。そして、緑の公国は紺の王国と同盟を結んでいる上、青の王国と接しておらず、どちらと戦うこともできない。だから、姐さんが向かうのは白の聖王国だろ? あの国には優秀な軍師がいない。それも姐さんにとって都合がいい。白の聖王国の軍師として、まずは青の王国とルブルックを潰し、その後で、キッドのいる紺の王国を相手に、この島の覇権をかけた戦いをする――それが姐さんの狙いだろ?」

 カオスは自信に満ちた顔でルージュへを見つめた。

「…………」

 しかし、ルージュはそれに対して否定も肯定もしなかった。

「なんだよ姐さん、図星を突かれて不機嫌になったのか?」

「……行くわよ」

 ルージュは茶化してくるカオスを無視し、街の外へと歩き出した。
 ラプトもまた黙ってその後に続く。

「ちょっと! 何か言ってくれよ!」

 慌ててカオスも、二人の後を追うようにして足早に続いていった。
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