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第139話 キッドとセオドル

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「セオドルは青の国の第一王子。ライゼル王亡き今、実質青の王国のトップ。そんな男がこんな最前線とも言える場所まで出てきているとは……。しかも自らが交渉役として出向いてくるなんて……」

 大胆と言うべきか非常識というべきか、読み切れない行動を見せてきたセオドルを遠目に確認し、キッドは独りごちる。

「セオドルが来るということは、一緒に来ているのは……」

 キッドはセオドルに向けていた視力拡大した目を、後ろに付き従う二人の人物へと向ける。
 想像したのは仮面の魔導士と黒衣の騎士だったが、キッドの目に映ったのは修羅でも黒騎士でもなく、初めて見る二人の男だった。長身で体躯の優れた男と細身の優男。剣士と魔導士だろうと推測できる。

「てっきりあの二人が一緒だと思ったのだが……。それでも、セオドルがお供に選ぶくらいだ。それなりの実力がある者達なんだろう。……しかし、それにしても、セオドル自らが出てくるとは、どういうつもりだ? 捕虜にされる危険性を考えていないわけではあるまい……。それほど俺達のことを信頼しているということか? 確かに一度紺の王国で会談はしているが、それだけで信頼を得られているとは思えないが……。それとも、危険を冒してでもセオドル自らが交渉をする必要があるということだろうか……」

 考えても結論は出そうにない。
 一度会っただけで読み切れるほどセオドルという男は底の浅い人物ではなかった。

「とにかく、セオドルが来るからには俺が出迎えねばなるまい」

 キッドは、ミュウとルイセに声を掛け、自分達の野営地へと向かってくるセオドル一行の対応の準備にかかった。



 セオドルが紺の王国軍の野営地に到着するころには、すでにキッドはミュウ、ルイセと共に出迎えの態勢をとって待ち構えていた。

「セオドル王子、いつぞや以来ですね。まさか一国の王子自らこの地まで来られているとは思いませんでした」

「キッド殿自らの出迎え、感謝いたします。我が国の青の導士ルブルックが赤の王都を落とした時点で、赤の王国との勝負はついたも同然。あとは紺の王国と平和的に互いの領土を話し合うだけ。ならば危険はないと出てきたまで。むしろそういった話をするのならば、軍人よりも政治家が前に出てくるべきだとは思いませんか?」

 セオドルは敵意などないと言うように、にこやなか顔でキッドに答えた。

(青の王国には俺達と争うつもりはないとまず示してきたか。警戒していたこちらへの先制パンチといったところか。しかし、このままセオドルのペースにもっていかれるのは避けたいな)

 策は講じるものの根が素直なキッドにとって、セオドルという男は決してくみしやすい相手ではなかった。感情を表に出してくるルージュとの話のほうがよほどやりやすかったと、先日相対した女魔導士のことをつい思い出す。

「確かにセオドル王子のおっしゃる通りかもしれませんが、我が方は私も含めてここにいるのは軍人ばかりです。役者不足で、我らにできることはセオドル王子の話をお伺いして我らの王女に伝えることくらいでしょう」

「ご謙遜を。軍師はもともと軍の司令官的な立場でしたが、今の時代、軍師は軍事だけでなく政治にも携わっているのは当たり前のこと。時には王に成り代わり軍師が国を動かすことさえ少なくない。特に紺の王国では軍師殿のそういう働きが目覚ましいと聞いていますよ」

 セオドルとの交渉がどのようなものになるのかわからないが、キッドとしては、ルルー王女がこの地にいないことを理由に、相手からの話を聞くだけに留め、結論を先送りにするつもりだった。赤の王国との交渉を終えたばかりで、赤の王国領地や赤の王国軍の今後の扱いさえまだ何も決まっていない。これからの青の王国との関わり方を考えるには、少しでも時間が欲しいというのがキッドの本音だった。
 だが、セオドルはその思いを見抜いているのか、ルルー不在を理由に引き伸ばしはできないと釘を刺してきた。

(……やはりやりにいくな、この男は)

 キッドは心の内でため息をつく。

「とにかく、このような場所で立ち話もなんです。王族のかたをお通しするのは気が引けますが、本部天幕でお話ししましょう」

「お気遣いありがとうございます。これでも外遊中は外で野宿をすることもありました。場所にはあまり頓着しませんのでご心配なく」

 キッドは部下にセオドル一行を本部天幕へ連れて行くように命じ、彼らの姿が遠くなるとようやく一息つく。

「ルージュとの交渉の時よりもやりにくそうね」

 キッドの様子を見てミュウが隣に寄ってきた。

「そうだな。本心を隠して表面的に口だけ都合のいいことを言う相手ならたいして警戒する必要もないんだが、あのセオドルという男はそういうタイプでもない。偽りのない本音を語っているのはわかるのだが、本心まで掴み切れない……」

「大丈夫、キッドはキッドの思う通りにやればいいと思うよ。キッドがどれだけ色々なことを考えているのか、みんなわかっているから。そのキッドの決めたことなら、誰も文句なんて言わないよ」

「ミュウ……」

 ミュウの言葉にキッドの顔が少し和らいだ。
 そのキッドの、ミュウがいるのと反対側にルイセがすっと近づいてくる。

「キッド君、セオドルの後ろにいた二人ですが、かなりの使い手です。油断しないでくださいね」

 その二人のことはキッドも気にはしていたが、セオドルとのやりとりに集中するあまり、十分に様子を探ることはできていなかった。
 それを見越していたかのようにルイセは後ろの二人のことを窺ってくれていたようで、キッドは仲間の頼もしさが嬉しくなる。

「ルイセの目にはあの二人はどう映った?」

「戦士と魔導士ですね。魔導士の方は剣の方も多少は扱えると思います。ソードさんとエイミさん、あの二人クラスの腕前の相手と考えるべきかと」

「まじかよ……」

 ルイセの言葉にキッドはぞっとする。
 以前セオドルが連れてきた修羅と黒騎士、あの二人の正体を想像すればその実力は考えるまでもないが、それ以外にもまだこれほどの実力者がいるというのだ。しかも、護衛に連れてこられるということは、セオドルの意志でそれなりに自由に動かせる部下だということになる。
 青の王国の戦力の厚みを見せつけられたようで、キッドは再び気が滅入りそうになる。

「さすが大国青の王国ということか。セオドルの周りには一体何人とんでもない奴らがいるのやら……」

「なに言ってるのよ。今のキッドの周りには、私やルイセ、それにソードやエイミもいるのよ。ほかの国から見れば、キッドの方がやっかいな相手に見えてるよ」

「…………」

 ミュウに言われてキッドは改めて考えてみる。
 もし自分が相手をしようとする相手の周りに、ミュウ、ルイセ、ソード、エイミが控えているとしたら、と。

(そりゃダメだ。勝てる気がしない)

 そう思うとキッドの気は随分と楽になった。

「さてと、それではセオドルとの交渉に臨むとするか」

 キッドは両側に立つミュウとルセイをたのもしげに見やると、セオドル達が先に向かった本部天幕へと歩き出した。
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