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第114話 ルージュの覚悟

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 国境に付近に最低限の防衛戦力を残し、ルージュ達赤の王国軍は赤の王都へと引き上げた。
 三度続けて成果なしという結果に、王宮内でルージュへ向けられる視線は厳しいものになっていた。それでも、単に目で見られるだけならルージュは無視をするだけだったが、宰相ゾルゲからは配下の将を借りていたこともあり、直接今回の戦の報告をする必要があった。

「私はルージュ殿を信頼して将や兵を預けたんだが……残念だよ」

 王城にある宰相の執務室を訪ねて報告を終えたルージュは、ゾルゲから深い溜息の後、辛辣な言葉を投げかけられた。

「ゾルゲ殿にはお力を拝借しておきながら、このような結果になり申し訳ないと思っています。ですが、紺の王国は我々が思っている以上に、大きな障害となる国です。特に、魔導士キッド、あの者はやっかいです。青の王国の青の導士以上に警戒すべき相手と私は考えています」

「ルージュ殿、それは貴女の遠征失敗の理由付けをしたいだけではないのか? あるいは、そもそも貴女が赤の導士と呼ばれるほどの魔導士ではなかったのか……」

「…………」

 ルージュは心の中で悔しさを噛みしめる。声を上げて否定をしたいが、結果を出せていない今のルージュでは言い訳にしかならないことを彼女自身が一番わかっている。

「ただ、私も貴女のこれまでの功績は、私もよく理解しているつもりだ。……どうかね、しばらく軍務から離れては? 内政における貴女の力は誰もが認めている。その力を内務に注いでいただければ、これ以上貴女の名を汚すこともあるまい。軍務にかかわるのは、一旦落ち着いたあとでよかろう」

 ゾルゲのその言葉は政敵として言葉ではなかった。赤の導士と呼ばれる者が自国いることの強みはゾルゲも理解している。また、ゾルゲは個人的にもルージュには目をかけている。今の言葉は、半分はルージュの立場を慮ってのものだった。
 ルージュもそれがわかるだけになおさら心が苦しくなる。

「……私はこの国の軍師です。そういうわけにはいきません。それに、紺の王国は今のうちに叩いておかなければならない敵です。あの国と何度も戦った私だからこそ、誰よりもそれがわかります。ここで我々が方針を変え、青の王国攻めに転じた場合、青の王国領を支配下に置いたとしても、その後、白の聖王国と、力を蓄えた紺の王国の2国を相手にすることになります。そうなれば、我々に勝ちはありません」

「やってみなければわかるまい?」

「いえ、わかります。私は赤の導士を名乗る魔導士にして軍師です。そのくらいのこと、私にはわかります」

 あまりにはっきりと断言するルージュに、さすがのゾルゲも思わず気おされる。

「……ならば、それを勝てるようにするのが軍師の務めではないのか?」

「ええ。だからこそ、こうやって紺の王国攻めを行っているのです。今のうちに紺の王国を叩き、その後万全の態勢で青の王国を叩く。これが我々の最善手です」

「しかし、それができていないではないか。今回は我が方から将も兵も貴女に与えたにもかかわらずだ。紺の王国を叩くと言っているが、これ以上どうやると言うのかね?」

 今回の赤の王国軍の侵攻は、過去3回の中でも質、量ともに最大のものだった。現状ではこれ以上の戦力投入は普通に考えれば望めない。

「後ろに憂いのない紺の王国は100%の力をもって我らと戦うことができますが、今の我々は青の王国との国境防衛などに兵力を割いているため、せいぜい70%の力でしか戦うことができていません。我々も100%の力で挑みさえすれば、紺の王国にも勝てます」

 自信を込めたルージュの言葉に、ゾルゲは皺の多い顔を歪めさらに皺を作る。

「青の王国との国境から兵を引き上げるつもりか? そんなことをすれば、いくら白の聖王国と交戦中とはいえ、青の王国は大人しくしておらんぞ」

 ゾルゲは老いてもいまだ眼光鋭い目をぎろりとルージュへと向けた。自分の目の黒いうちはそんなことはさせないとその目が物語っている。

「ええ、それはわかっています。ですので、まずは青の王国と期間を定めた不戦協定を結びます。その上で、国境や王都の軍も総動員して、紺の王国、続いて緑の公国を落とし、協定期間終了後に青の王国と全面対決を行います」

 ルージュはゾルゲの鋭い視線を真正面から受け、逆に真摯に見詰め返す。

「青の王国が応じると思うか?」

「青の王国は、白の聖王国に想定以上の抵抗を受けており、間違いなく現状に苦慮しています。彼らにとっても我が国との不戦協定の提案は渡りに船となるはずです。それに、青の王国との交渉には私が直接赴くつもりです」

「……そこまでやって失敗すれば、今度こそこの国での貴女の立場がなくなるぞ?」

 ゾルゲはルージュに凄みを利かせる。
 だが、それを受けてもルージュは顔色一つ変えなかった。

「承知の上です。これで紺の王国を落とせないようなら、軍師の任を女王にお返しするつもりです」

 二人はしばし視線を戦わせる。
 やがてゾルゲは大きく息を吐き、ゆっくりと椅子の背もたれに背中に預けた。

「……そこまで覚悟を決めているのなら、もう何も言うまい。好きにするがいい。貴女の邪魔はせん」

「はい。そうさせていただきます」

 ルージュは椅子から立ち上がり、ゾルゲに深く頭を下げると、執務室を後にした。

「……もっとうまく立ち回ることもできように」

 一人になったゾルゲはもどかしげにつぶやいた。
 ゾルゲとルージュとは軍事面においては意見が対立することが多かったが、決してゾルゲはルージュのことを嫌ってはいない。むしろ、ゾルゲの指示通りにルージュが動いてくれれば、たとえ失敗したとしても全責任を自分がとってやるくらいのつもりでいた。それだけにあくまで自分の道を突き進もうとするルージュを残念に思うとともに、眩しくも思った。
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