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第111話 ルイセ対カオス

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 キッドとルージュの戦いの決着がつきかける少し前――

 ルイセとカオスは激しく仕掛け合っていた。

(この美人さん、つえーよ! 剣戟は受けるので手いっぱいだし、魔法は多彩だし!)

 ルイセとやり合う中で、カオスは互いの技量の差を正確に見極めていた。

(剣だけの勝負、あるいは魔法だけの勝負なら、美人さんの方に分があるかもしれない。けど、この美人さん、器用に使いこなしてはいるものの、あの片刃の細い剣の熟練度は決して高いとは言えない。まだ剣と魔法とをうまく組み合わせられてねぇ。その点に関しては俺に分がある!)

 正面から投げたカオスの魔球攻撃は、ルイセに回避されてしまう。魔球と剣とのコンビネーションを仕掛けようにも、ルイセの魔法で魔球を消されて、思うように斬りかかる機会を作れないでいた。
 だが、カオスは剣と魔法とを別のものと考えず、それで一つの武器として技を磨いてきた。その一点に関しては、誰にも負けないと自信と、それを支えるだけの実力とがあった。

(ここまで正面に意識を向けさせてきた。仕掛けるならそろそろだな!)

 カオスはスナップを利かして左手に生み出した魔球をポンと上に向かって投げた。その魔球はちょうどルイセの頭上に落ちる位置を狙って放たれたものだった。
 ルイセは一瞬、上から迫る魔球に目を向けざるを得なくなる。
 カオスがそのわずかな隙を逃さず、正面から魔球を手にしながら斬り込んできた。

(くっ! 器用な男だ!)

 ルイセは上と正面からの攻撃を同時に受けるのは得策ではないと考え、すぐに後ろに飛び退く。魔球は自由落下の速度でしか落ちてこない。ルイセは一瞬意識を向ける必要があったものの、かわすこと自体は苦でもなかった。

(所詮は小細工にすぎない!)

 引いたルイセは、障害でなくなった魔球よりも、前に踏み込んできたカオスへと意識を向けた。
 だが、そこでカオスが予想外の行動を取ってくる。
 左手に握った魔球で落下してきた魔球を弾いた。手の魔球で弾かれた魔球は、破裂することなくルイセに向かって飛んできた。

(そんなことができるの!?)

 これまで触れれば破裂する動きを見せていた魔球の初めての動きに、ルイセに動揺が走る。タイミング的に、回避も魔法での迎撃も間に合わない。

(だったら斬るだけ!)

 破裂によるダメージを多少受けるのを覚悟で、ルイセは跳ね飛ばされてきた魔球に菊一文字で斬り付けた。
 瞬間、魔球は破裂するが、今までの魔球と違い、激しい衝撃は生まれなかった。その代わり、破裂の後に白い煙が広がりルイセの眼前を覆う。

(これは目くらまし!?)

 突如、煙の中から剣を振りかぶったカオスが現れた。
 並みの剣士なら間違いなく倒されたであろう不意打ちを、ルイセは神がかり的な反応により、剣で受け止める。

(これに反応するのかよ!?)

 カオスはルイセの超反応に驚きはするが、その可能性も頭に入れていた。そのためすぐに奥の手を繰り出す。

(女の子を傷付けるのは趣味じゃないが、行くぜ俺のバーニングハンド!)

 右手の剣で鍔迫り合いを演じながら、カオスは魔球を持った左手をそのままルイセの体へと向けて伸ばす。
 近距離戦において直接相手に触れて魔球を炸裂させる技、名付けてバーニングハンド、これがカオスの奥の手の一つだった。
 カオスの狙いはルイセの肝臓。相手が男ならこめかみを狙うところだが、女の顔に攻撃を加えるのに抵抗を感じ、カオスはボディを狙った。もっとも、一撃で気を失うこめかみに比べて、激しい苦痛に苛まれ続ける肝臓の方が、食らう方としては地獄であるが。

(この男、戦い慣れている!)

 とはいえ、暗殺術ではルイセも戦い慣れている。一瞬でカオスの狙いを見抜き、躊躇いなく両手で握っていた剣から右手を放し、その手でカオスの左手の魔球を払いにいった。

 バフッ

 魔球が破裂し、衝撃派が広がる。両者はその影響で再び距離を取った。
 再び剣を剣を構えるカオスに対し ルイセは左手一本で菊一文字を構え、右手をだらりと垂らしていた。

(右手が吹き飛ぶほどの威力ではなかったようですね。……でも、腕は動かせるけど、指には力が入らないか)

 ルイセは自分の右手に目を向ける。本来の破裂のさせ方ではなかったのだろう。皮が剥けて血が滲んでいる箇所はあるものの、思ったより外傷は少なかった。とはいえ、指先まで力から入らず、先ほどまでのように両手で菊一文字を握って戦うというわけにはいかないのは確かだった。

「思い切りのいい美人さんだな。好きだぜ、そういう女は」

 ようやく優勢になり、カオスには軽口を叩く余裕が出てきた。

(こっちはなんとかなりそうだが、姐さんの方は大丈夫なんだろうな?)

 これまでルイセから目を離す余裕もなかったカオスだが、この機にルージュの方へと目を向ける。
 キッドは膝をつき、ルージュは魔力集中をしていた。一見するとルージュが押しているようだったが、多少なりとも離れた位置にいるカオスからは、ルージュの頭上に空間をえぐりとったような奇妙な漆黒の球体が浮いているのが見えた。

(ちょっと待て、なんだよあれ!? 魔法なんだろうけど、俺の魔球とは異質のものだ! 姐さん、あれに気付いてないのか!?)

 ルージュが自分の魔法に集中し、頭上に対して無警戒なのは明らかだった。

「姐さん、上だ!」

 カオスはたまらず声を上げる。
 その声にルージュは反応し、そのおかげで黒色魔球から放たれた魔法弾による致命傷を避ける。

(ちっ! 姐さん、大ピンチじゃないか!)

 焦るカオスだが、ルージュの方に意識を向けていた隙を見逃してくれるほどルイセは甘い女ではなかった。

(戦いの際中によそ見するとは!)
「筋力強化!」

 ルイセは左腕の筋力を強化させ、一気にカオスとの距離を詰める。強制的な筋力強化は腕にダメージを残しかねない技だったが、片手でカオスに対抗するためにはほかに方法がないと、ルイセは迷いなくその魔法を使った。
 カオスがルイセの接近に気付いた時には、すでにルイセは剣の間合いの中にカオスを捉えていた。
 両腕の時と変わらない、あるいはその時以上の鋭さの刃が一閃する。

(片手持ちなのになんだよその剣は!?)

 カオスは慌てて回避するが、かわしきれず薄く斬られた右腕から血しぶきが飛んだ。
 カオスはそれでも傷ついた右腕でなんとかルイセの二撃目は受け止める。

(片手になったっていうのに、この美人さん、全然衰えてねえ! こっちは姐さんを助けなきゃいけないのによ!)

 鍔迫り合い状態から、カオスは新たな魔球を左手に作り、今度はルイセの顔を狙ってその左手を前に突き出した。
 先ほどの経験からその動きを警戒して、ルイセは一旦後ろに下がる。
 だが、カオスの狙いはバーニングハンドではなかった。今回カオスが作った魔球は先ほどとは種類が違うもの。カオスが突き出した左手の魔球を握りつぶすと、強烈な閃光が発生する。
 カオスの狙いは目くらましだった。

(姐さん、今行くぜ!)

 カオスはルージュの方に体を向け、走り出す。
 見れば、ルージュは黒色球体から攻撃を受け、地面に這いつくばっている状態で、今まさにトドメの一撃を受けようとしているところだった。

(大ピンチじゃないかよ! とにかくあの魔法球体をなんとかしないと!)

 左手に魔球を作り出したカオスは、走りながらそれを黒色球体へと投げつける。
 ルージュに集中していたキッドは、カオスのその攻撃に完全に不意を突かれる形となってしまった。
 ルージュへのトドメの一撃を放つ前に魔球の攻撃を受けたダークマターは、空間ごと消失する。

「しまった!」

 すでに片膝をついていたキッドはさらなり魔力喪失に、たまらず地面に両腕をつく。
 1つダークマターを潰されただけでもキッドの魔力喪失は相当なレベルだ。それが2個目ともなれば、文字通りキッドの魔力は底をついてしまった。

「これではもう俺には攻撃手段がない……」

 悔しげにキッドはルージュと、それをかばうようにそばに駆け寄るカオスとを睨みつける。
 だが、キッドの目には、そこに迫るもう一つの影がはっきりと映っていた。

「姐さん、大丈夫か!?」

 カオスはルージュに声をかけ、すぐに警戒のため振り向いてルイセの位置を確認しようとする。
 だが、その時すでにルイセはすでにカオスの背後にまで来ていた。

(嘘だろ!? 目くらましを仕掛けたのに、どうしてここにいる!?)

 カオスは気づく、すぐ後ろを追ってきたルイセが目を閉じていることに。

(まさか目に頼らず音や気配を頼りに追いかけてきたっていうのか!?)

 ルイセの細く反った剣が陽の光を受けて美しく輝くのが見えた。もうよけることも受けることもできないタイミングだとカオスは理解する。
 そして、ルイセの気迫を込めた一撃がカオスを斬り付け、赤い血が宙に舞った。
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