国を追放された魔導士の俺。他国の王女から軍師になってくれと頼まれたから、伝説級の女暗殺者と女騎士を仲間にして国を救います。

グミ食べたい

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第77話 フィーの願い

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 軍師用執務室には機密情報もあるため、キッド達は場所を応接室へと移した。部屋の中では、フィーユの対面にルルーとキッド、両サイドにミュウとルースが座り、4人はフィーユの言葉に耳を傾ける。
 青の導士ルブルック、そのルブルックが使う海王波斬撃、女騎士サーラ、グレイの負傷、そしてすでに紺領と紫領を合わせたくらいの国土を青の王国に奪われている窮状など、フィーユは可能な範囲で話せるだけのことを話した。
 諜報員からの報告でキッド達も両国の戦いのあらましは知っていたが、当事者から聞く生の声は思った以上に聖王国にとって厳しいものだった。

「グレイは腕を失ったけどなんとか一命はとりとめて、今は聖王都で療養中なの。レリアナ様は酷く落ち込んでしまって……。こんな時こそグレイに助けてもらった私がなんとかしなくちゃいけないんだろうけど、私ではあの青の導士にかなわないのがわかるから……。だから、怪我の治療のために一旦戦列を離れるとレリアナ様には言って、キッドに会いに来たの。キッドなら、赤の導士の時のように、あの強力な範囲魔法攻撃を打ち消すことができるよね!?」

 必死に訴えかけるような瞳をフィーユに向けられ、キッドの表情が少し曇る。

「……いや。残念だけどルージュの時のように、その青の導士の使う魔法を打ち消すことは、俺にはできない」

 そう話すキッドの顔は苦渋に満ちていた。

「そんな!? どうして!?」

 自分には無理でもキッドなら、そう思ってここまで来たフィーユの表情は驚きと悲しみとで歪む。

「青の導士は海王波斬撃と言って魔法を使ったんだよな?」

「うん……確かにそう言ったよ。魔法で音を拡大させてたけど、ちゃんとこの耳で聞いたもの」

「だったら、青の導士が使った魔法は、俺やルージュが使った竜王の力を借りたものではない。おそらくそれは海王の力を借りた魔法だ」

「海王?」

 フィーユは初めて聞く単語を耳にし、首をかしげる。もっとも、それはキッド以外は皆同じようで、ほかの者も皆一様に疑問の顔をしてキッドの方に目を向けた。

「竜王は竜の中の竜。大地をつかさどる竜王の王と言われているが、同じように海をつかさどる竜の王もいると言われている。それが海王。南の海のどこかの島にいるという話は聞いたことがあるが、実在していたんだな。青の王国は海洋進出にも力を入れているらしいし、その海王のいる島を見つけていてもおかしくはない。竜王の魔法同士ならお互いを打ち消しあうが、竜王の魔法と海王の魔法とではおそらくその効果は生まれない」

「そんな……」

 赤の導士の時のように海王波斬撃を封じることができれば戦局は大きく変わりうると考えていただけに、フィーユは悲痛なほどに肩を落とす。
 そのフィーユの姿に、キッド達もかける言葉を見つけられずにいたが、一人うつむかずに顔を上げたままでいるルルーが口を開いた。

「打ち消すことができなくとも、同じく強力な魔法があるとなれば、相手も迂闊には使えなくなりますよね?」

「それはそうでしょうが……」

 キッドは一旦隣のルルーの顔を向けたが、すぐに再び視線を対面のフィーユへと戻す。

(確かに白の聖王国側に竜王破斬撃があれば、青の導士にも対抗できるだろう。だけど、赤の王国の再侵攻の動きがある中、俺がこの国を離れるわけにはいかない。だとすれば、フィーが竜王の試しをクリアして竜王破斬撃を身につけるしかないが、残念ながらフィー一人では無理だ。ティセとグレイも一緒ならば可能性はあったかもしれないが、話を聞く限り今のグレイは戦える状態じゃない)

 本人を前にしては言いにくい部分もあったが、ルルーに理解してもらうため、そして自棄やけになったフィーユが竜王の試しに挑んだりしないよう、キッドはしっかりと口にすることにした。

「フィーは才能のある魔導士です。いずれは竜王の試しをも超えられる魔導士へと成長するでしょうが、残念ながら今のフィーではまだ竜王に届きません。フィーが竜王破斬撃を得るのは……無理です」

 それはフィーユ自身もわかっていたのだろう。もしそれができるのなら、フィーユは紺の王国ではなく、竜王の山脈へと足を向けていたはずだ。
 とはいえ、自分で思っているのと、別の者からはっきりと指摘されるのとではまた違う。
 今の自分の力のなさを理解しながらも、フィーユはキッドの言葉を受け、うつむいたまま悔しさにきつく唇を噛む。
 しかし、ルルーの方はキッドの話を聞いても落胆することなく顔を上げたままだった。むしろ、フィーユに竜王破斬撃を使わせる気などハナからなかったかのような顔をしている。

「フィーさんは使えないんでしょうが、すでに竜王破斬撃を使える頼りになる魔導士がいるではないですか」

 ルルーは隣に座るキッドにまっすぐな瞳を向けた。

「確かに俺は使えますけど……赤の王国との争いのある中、俺がこの国を出て白の聖王国に行くわけにも行きませんし……」

 フィーユには赤の王国との戦いの際の借りがある。レリアナ達にも好感を持っている。キッドは自分が自由の身なら躊躇わずに助けに向かっただろう。だが、今のキッドには紺の王国の軍師という立場がある。自分が何を優先して守らなければならないのか、キッドはその優先順位をはっきりとわかっている。だからこそ、ルルーに対する言葉は、キッドとしては当然のものだった。
 だが、ルルーはキッドに向けた瞳を少しも逸らさない。

「キッドさん、レリアナ様達を助けに行ってはくれませんか?」

「な――――!?」

 キッドの目が驚愕で大きく開く。「何を言っているんですか!? 今のこの国がどういう状況かわかっているのですか!?」そう言いかけてキッドは言葉を止めた。

(そんなことルルー王女がわかっていないわけがない。むしろ誰よりもわかっているはずだ。だけど、それでも俺にレリアナ様達を助けにいくようこの人は願っている……)

 キッドは自分の優先順位を理解している。しかし、その優先順位の第一番目にいる人から頼まれてしまっては、断ることなどできるはずがなかった。それになにより、このままフィーユ達を見捨てるのはキッド自身も望んでいることではない。
 だからキッドは決断する。

「……わかりました。俺がフィーと一緒に白の聖王国に向かいます」

「ありがとうございます。それでこそキッドさんです!」

 ルルーは力強くうなずくが、ほかの者達は諸手をあげてその判断に賛成するわけにはいかない。特にミュウは一番に声を上げた。

「ちょって待って! キッドもルルー王女も本気なの!?」

 キッドは慌てずミュウの方に向き直る。
 ミュウの反応はキッドにとって十分に想定内だった。なにもキッドは何の考えなしにルルーの言葉に従ったわけではない。

「このまま白の聖王国が青の王国に負けるようなら、青の王国の次の標的はこの国になる可能性が高い。もしそうなれば俺達は東から赤の王国、南から青の王国の攻撃を受け、ひとたまりもないだろう。俺達が赤の王国との戦いに集中するためにも、ここで白の聖王国に力を貸すのは戦略的には決して間違いではない」

「……確かに、それはそうだけど」

 キッドは心情的なものだけでなく、ここで白の王国を助けることに紺の王国としてのメリットがあるからこそ、ルルーの願いに応えるつもりだった。キッドが力を貸すことで白の聖王国が青の王国相手に盛り返すことができれば、紺の王国は赤の王国にだけ集中できるだけでなく、紺の王国と白の聖王国との同盟への足掛かりになる。それが叶えば、紺の王国は西側と南側を同盟国で囲むことになり、そちら側の憂いなく、戦いを東のみに向けることができる。
 キッドに諭され、ミュウもそういった戦略上の意味を理解し、否定の言葉を飲み込んだ。

「でも、キッド一人で行くのはダメ! キッドは、魔法は凄いけど、体を使った戦いはてんで駄目なんだから護衛が絶対に必要! 私が一緒に行くよ」

 キッドが紺の王国に行くことは認める。でもそのかわり自分も一緒に行くことが条件。ミュウの顔にはそう書いてあった。
 しかし、ミュウのその言葉にルルーがうかない顔をする。

「確かにキッドさんの護衛は必要ですが……残念ながら、ミュウさんはダメです」

「ちょっと!? ルルー王女どういうことですか!?」

 音が響くほど激しくテーブルに両手をついて、ミュウが納得できないといった顔をルルーへと向ける。

「ミュウさんは立場上、緑の公国からの客員将校です。この国の戦争に加わっていただくのは問題ありませんが、今のミュウさんの立場で、紺の王国とも緑の公国とも関係のない、白の聖王国と青の王国との戦いに介入するのは問題があります。緑の公国の外交上の問題にもなりかねず、私の立場では認めるわけにはいきません」

「うっ――」

 確かにルルーの言う通りだった。王女が相手でも同行を認めてもらうまでやりあうつもりのミュウだったが、国同士の話を持ち出されてはさすがに我を通すわけにもいかなくなる。そういった分別をしっかり持っているのがミュウという人間だった。

「ならここは私の出番ですね。いつも私ばかり置いてけぼりを食らっていましたので、ミュウさんもたまにはそういった役回りをしてもらわないと不公平です。それに、私もティセさんには借りがあります。その借りを返すよい機会です」

 ミュウに代わって立候補したのはルイセだった。
 緑の公国との同盟、竜王の試し、赤の王国との戦い、そのどれもキッドに同行したのはミュウであり、ルイセはいつも留守番だった。ルイセ自身、顔にこそ出してはいなかったが、色々と溜まっているものがあったのだ。

「でも、ルイセは肋骨が折れてるんでしょ? 無理はよくないと思うんだけど?」

「いえいえ、おかげさまでもうほとんど治りました。まったく問題ないです」

 ルイセはそれを証明するかのように折れたところを叩いてみせる。

「でも……」

 ミュウはまだ何かルイセに言い返そうとしたが、そこでキッドが口を開く。

「現状、ラプトに対抗できるのはミュウだけだ。もし俺のいない間に赤の王国が攻めてくるようなことがあれば、ミュウの力が絶対に必要になる。ここでミュウの力をこの国からなくすわけにはいかない。それに、ミュウが残ってくれるのなら、俺も安心して白の聖王国に行くことができるというものだ」

「……うう。もう、わかったよ……」

 キッドにそう言われてしまっては、ミュウも渋々ながら受け入れるしかなかった。

「それでは決まりですね。キッドさん、ルイセさん、フィーさんと一緒に白の聖王国に向かってください。レリアナ様のこと、よろしくお願いします!」

「はい、任せてください」

 ルルーに応えるキッドとルイセの声が重なる。
 こうして、キッドとルイセは紺の王国を離れ、フィーユの願いに応えるため白の聖王国へ行くこととなった。
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