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第51話 黒紺領からの報せ

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 赤の王国に備え、キッド達は黒紺領に十分な兵士を配備していた。それらは、万が一ソードやエイミが反旗を翻した際には彼らの戦力となりうるリスクのあるものであったが、ルルーが二人を信じると決めた以上、キッドも二人を信頼し、兵を預けていた。
 今回はそれが生きることとなった。
 赤の王国軍侵攻の情報と共に、黒紺領を治めているソードとエイミからは、それらの兵を連れて迎撃に向かう旨もルルー達には伝えられていた。

「あの二人が出てくれるのならそれほど心配はいらないかもしれませんが、この城の兵達にも増援に動けるよう準備させます。準備が出来次第、兵達とともに俺とミュウで黒の都に向かいます」

「わかりました。よろしくお願いします。それにしても、よりによってこんなタイミングで動かれるなんて……」

 こんなタイミングとは、もちろんレリアナ一行が外交訪問しているこのタイミングのことだ。
 すぐにこの王都が戦場になることはないが、戦争状態に陥った国の中に、他国のトップを置いておくわけにはいかない。レリアナは貴国を余儀なくされてしまった。

「赤の王国の動きには怪しい動きがあり、警戒していましたが、こちらと聖王国との接触を知り、向こうもことを急いだのかもしれません」

 もしも紺の王国と白の聖王国とが同盟を結ぶようなら、紺の王国は西の緑の王国、南西の白の聖王国と同盟関係となり、西側の憂いをなくし、東側の赤の王国だけに集中することができる。
 赤の王国としては、その体制が整う前に仕掛けるというのは賢明な判断と言えた。

「……そうですね。ですが、こんな形で帰国いただくことになると、レリアナ様には申し訳ないです」

「レリアナ様のお見送りもルルー様にお任せすることになってすみません」

「そこは適材適所です。それでは、そろそろ時間なので行ってきますね」

「はい、レリアナ様やフィー達にもよろしくお伝えください」

「もちろんです」

 ルルーは出兵のために忙しくしているキッドのもとを離れ、レリアナの見送りのため門の方へと向かった。
 出迎えの時と違って、キッドもミュウもルイセも赤の王国への対応のために動き回っており、見送りには同席しない。外交対応はルルーに一任されていた。
 ルルーが城外に出ると、すでに白の聖王国の馬車や護衛兵達の準備はできており、レリアナは荷物の積み込みの指示をしているところだった。
 ルルーはそんなレリアナに近づいていく。
 レリアナはそれに気づき、急な帰国にもかかわらず微笑みをルルーへと向けて来た。

「ルルー様、お忙しいでしょうにお見送り感謝いたします」

「……レリアナ様、すみません。このようなことになってしまって」

 ルルーは申し訳なさそうに頭を下げた。
 それが儀礼的なものではなく、心からの想いによるものだと、レリアナにはわかっている。

「ルルー様のせいではありませんよ」

「そう言っていただけると、少し気が楽になります」

「ただ、ルルー様に私の料理を振舞うことができなかったのだけは残念ですが」

 気を遣わせないよう、レリアナは冗談じみた口調だったが、その目を見れば本当に心残りに感じているのはルルーにも伝わってきた。

「……私も残念です」

「でも、私達の女子同盟は今も健在ですよね?」

「はい、それはもちろん」

 ルルーはおさげを揺らして力強くうなずく。

「だったら必ず次の機会があります。その時は私の得意料理を用意しますので、絶対に食べてくださいね」

「はい! 今からその時を楽しみにしておきますね」

「ええ、期待していてください!」

 レリアナが右手を差し出すと、ルルーはすぐにその手を固く握った。
 レリアナの右手からは新しくできたタコの固さを感じる。初日の夜にレリアナの手を見た時にも気付いていたが、改めてそのタコが剣を握る者のタコだとルルーは確信する。
 とはいえ、レリアナの剣ダコはまだ出来て数か月のもの。その新しさを考えれば、聖王になるまで彼女が剣など握ったこともなかったことは容易に想像がつく。逆に言えば、それは聖王になってから、彼女が慣れない剣を振り続けてきた努力の証でもあった。

「……レリアナ様とお出会いできてよかったです」

「私もですよ、ルルー様。……それでは、私達はそろそろ行きますね。いつまでも残っていてはルルー様がたのお邪魔になりますので」

 レリアナはルルーとの握手を解くと、グレイ達と共に場所の乗り込み、ルルーと彼女の臣下10人ほどに見送られながら、紺の王国の王城をった。

◆ ◆ ◆ ◆

 レリアナ達一行は、王都を出て街道を進んでいく。
 レリアナの馬車には、護衛役でもあるグレイ、ティセ、フィーの3人も同乗している。
 馬車が出発してからどこか思い悩んだような表情を浮かべているレリアナに、対面の席のティセが気遣うような視線を向ける。

「レリアナ様、紺の王国はいかがでしたか?」

「……よい国でした。あの国はこれからさらに大きく強い国になるでしょう」

「それは強い味方となるということでしょうか? それとも、脅威になるということでしょうか?」

 レリアナはティセのその問いには答えず、対面のティセ、グレイ、そして隣のフィーの顔を順に見ていく。

「みんなにお願いがあります。この国に残って、赤の王国との戦いを見守ってくれませんか。そして、もしもルルー様に何かあるようなら可能な範囲で手を貸してあげてほしいんです」

 白の聖王国と紺の王国との間には、正式な同盟関係があるわけではない。このタイミングでのレリアナの頼みは、公式な手段でこの地に残れという意味ではなかい。密かにこの国に留まり、様子を探れということだった。
 それが白の聖王国のためではなく、個人的な想いによるものであったとしても、聖王からの指示なら、三人はそれに従う。

「わかりました。ですが、レリアナ様の護衛をなしにするわけにはいきません。グレイにはこのままレリアナ様に同行してもらい、私とフィーが紺の王国に残ります。それでよろしいでしょうか?」

 今回の親善外交に関しては、グレイ、ティセ、フィーの三人が同行して常に側にいるため、移動の際の護衛兵士も最小限の数しか用意していない。それは、紺の王国に対して威圧感を与えず、白の聖王国としてはそちらを信頼し友好的であると示すためでもあった。
 それだけに、白の聖王国内ならともかく、ここで三人ともがレリアナのそばから離れることは、ティセ達にとって受け入れられない。ティセの出した案は、彼女達なりの最大の譲歩案だった。

「それで結構です。よろしくお願いね」

「はい」

 ティセ達は力強くうなずいた。
 間もなく馬車が止まり、ティセとフィーユが降り、二人は紺の王国の王都へと、馬車は聖王国へと向かい進みだした。

◆ ◆ ◆ ◆

 それから数日後、王都のルルーの元に、黒紺領からまた新たな報せが届けられた。
 それは、赤の王国の迎撃に出ていたソードとエイミ率いる軍が敗れ、ソードが重傷を負ったというものだった。
 王城内に激震が走る中、この想定外の事態に対応するため、キッドはルイセに援軍準備を任せ、ミュウと共に一早く黒紺領へと向かった。
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