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第50話 二人の女子同盟
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食事を終えた後、ルルーは一人厨房に残っていた。
キッド達には、片付けは城の者に任せると言って退出させたが、ルルーは洗いものや食器などの片づけまで自分でするつもりでいた。それはレリアナ達の目に留まる部分ではないが、そこまで責任をもって行ってこそのおもてなしだというのがルルーの考えだった。
(全部食べてもらえてよかったぁ)
料理の跡だけが残る皿を見て嬉しさを感じるルルーが、その皿を洗い始めると、ふいに人の気配を感じる。
(もしかして、城の誰かに気付かれちゃったかな?)
ルルーが振り返ると、そこにいたのは思いもしない人物だった。
「レリアナ様!? 一体どうされたんですか!?」
静かに厨房に入ってきたのは、ほかならぬ聖王レリアナだった。
彼女は袖を捲り上げながら、近づいてきて、ルルーの隣に並ぶ。
「なんとなく、ルルー様ならこのようなことをされているのではないかと思いまして」
レリアナは、汚れた皿を取ると、躊躇いもなくルルーと同じように洗い始めた。
「おやめください! レリアナ様にそんなことをさせるなんて!」
「それを言うならルルー王女も同じではないですか。それに、昔の私はいつもこんなことをしていたんですよ」
ルルーに向けて微笑んで見せるレリアナ。実際、その手つきはルルーよりもレリアナの方が手慣れたものだった。
「私には片付ける場所がわかりませんので、できればルルー様は拭くのと片付けの方をお願いしてもよろしいですか?」
「あ、はい」
ルルーは言われるままに、汚れた皿に手を伸ばすのをやめて、乾いた布巾を手に洗い終えた皿の前に立つ。
もし自分が姉がいればこんな感じなのだろうか、そんなことを考えながらルルーは皿を拭き始めた。
二人はレリアナの言った役割分担で淡々と後片付けを進めていく。
そんな中、レリアナがふとつぶやく。
「……ルルー様はいつも自然体ですごいですね。私なんて聖王であらねばと思い過ぎて、本当は自分が何をしたいのかさえわからなくなる時があるというのに」
ルルーは思わず手を止めると、少し前の自分を思い返し、その姿を今のレリアナに重ねた。
「……わかります、レリアナ様。以前の私も同じでした。父が病に倒れた後、残った王家の者として私は変に身構えてしまい、空回りばかりで……皆に色々と迷惑をかけてしまいました。行き詰った私は、藁にもすがる思いで、その頃一人隠遁生活を送っていたキッドに頼りました。最初は王族として彼に会い、この国に軍師としてお誘いしましたが、けんもほろろに追い返されたものです。その後も、何度も何度も会いにいきましたが、結果は同じでした。……でも、王族として自分を覆っていたものをすべて捨てて、ただのルルーとしてキッドにお願いした時、彼は私に応えてくれました。この国が変わったのは彼が来てくれてからです。そして、私も変われました。彼のおかげで、王族であることを変に意識する必要がないことがわかったんです。彼から何か直接言われたわけではないんですけど、自分のありのままでいていいんだって教えてもらったように思っているんです」
ルルーがそのことを人に話すのはこれが初めてのことだった。ルルー自身、今日あったばかりの他国の人間に話すことになるとは思ってもいなかった。
「……よい出会いだったんですね」
「はい! キッドを軍師にしたこと、それが私の一番のお手柄だって思ってます!」
ルルーの顔は心の底から誇らしげに見えた。レリアナはそんなルルーを眩しそうに見つめる。
(フィー、あなたの見立ては間違っていませんでした。キッドをこの紺の王国に留めているのは、間違いなくこのルルー王女がいるから。この国で最もキーとなるのは、間違いなくこの人です! でも、だからこそ、私は確認しておかなくてはいけない。この二人の向かう道を。共に歩めるのか、それともいずれ違えるのか)
すべての片づけを終えると、レリアナはルルーと向かい合う。
「レリアナ様、お手伝いありがとうございました。おかげで思った以上に早く片付けられました」
屈託のない笑顔を向けてくるルルーを前にし、レリアナは真剣な顔つきでルルーを見つめていた。
その様子に、笑顔を浮かべていたルルーも、何かあるのだろうと神妙な面持ちへと変わる。
「ルルー様、一つお聞かせください。ルルー様はこの国をどういった国にしたいとお考えですか?」
王道を目指すのか、覇道を目指すのか。一国による完全な統治を目指すのか、同盟関係を築いた複数国での統治を目指すのか。レリアナは短い時間だがルルーと触れ合い、その人となりはわかってきていた。だが、ルルーが作ろうとする世界はまだ見えてはいない。
個人的には、すでにレリアナはルルーのことを信頼に値する相手だと考えている。だが、聖王と王女、二人は個人的な想いだけで付き合える立場ではない。
どこまで正直答えてもらえるのかはわからなかったが、レリアナはルルーが王女として目指すところを直接その口から聞きたかった。
「どういう国したいかですか……。そうですね、私が目指すのは、他人の幸せを自分のことのように喜び、他人の苦しみを自分のことのように嘆く、国民皆がそうあってくれるような国にしたいと思っています」
それはレリアナが求めたような具体的な答えではなかった。
だが、レリアナはハッとする。
ルルーが答えたものは、レリアナが子供の頃から漠然と願っていた世界の形、それを言葉にしたものだと。
王道か覇道か、いかなる統治の形をとるのか、そんなものは結局、理想とする世界を作るための手段でしかない。王たるものは、その先に夢想ともいえる理想を持っていなければならない。
レリアナはルルーの言葉からそう感じさせられた。
(……この人とならきっと同じ道を歩める)
「ルルー王女、私は将来的にこの国と同盟を結びたいと考えています。ですが、今の私には聖王国の中でそこまで意見を通せる力がありません。できたとしても、同盟の前段階として不戦協定を結ぶといったところから始めることになると思います。ただ、それでも私はルルー王女と一緒に理想に向かって進みたいと思っています。……今はまだ力不足の王ですが、力をお貸しください」
レリアナはルルーに向かって頭を下げた。
そんなレリアナにルルーは一瞬慌てたが、すぐに両手を伸ばし、レリアナの手を取る。
「レリアナ様! でしたら、今のところは国同士でなく、私達二人で同盟を結びませんか?」
「……二人で同盟ですか?」
顔を上げたレリアナが首をかしげる。
「はい! 二人の女子同盟です! 国とか関係なしに、困ったときはお互いに助け合う、そんな女子同盟です!」
法的拘束力もなく、客観的にはなんの意味も力もない同盟。それでも、レリアナにはそれが何よりも強く大切なものに思えた。そう、聖王国に人間にとっても最も価値があるとされる神との約束にも匹敵するほどに。
「ルルー様! ぜひ、お願いします」
「では、女子同盟締結です!」
二人は互いに右手の小指を絡め、二人だけの契りを交わし合った。
二人は大きくうなずくと、どちらからともなく指をほどく。
「そうだ、ルルー様! 今日のお礼に、最後の日の夜は私に料理を作らせてもらえませんか?」
ルルーの瞳を見つめながら、レリアナは嬉しそうに提案した。
「そんな……。レリアナ様の手料理なんて恐れ多くて……」
「そんなことをおっしゃられたら、ルルー様のお料理をいただいてしまった私はどうすればいいんですか?」
「あ……」
ルルーは開いた口に手を当てたまま固まってしまう。
レリアナの指摘に、返す言葉がなかった。
「ぜひルルー様やほかの皆さんにも私の料理を食べていただきたいんです」
ルルーにはレリアナの気持ちがよくわかった。
ルルーが自ら料理したのも、今のレリアナと同じような気持ちによるものだったから。
「わりました、ぜひお願いします! では、必要な材料はお付きの者に伝えていただければ、用意するよう指示しておきますね」
「ありがとうございます! さっそくどんな料理を振舞ったらいいか考えないと! ふふ、滞在中の楽しみが一つ増えました」
レリアナは聖王になってから初めて、本来のレリアナらしい楽しそうな笑顔を浮かべていた。
しかし、レリアナの手料理が振舞われることはなかった。
レリアナ滞在から3日目、赤の王国が国境を越え、黒紺領に攻め込んできたという報せが王都に届いた。
そのため、レリアナは一週間の滞在予定を切り上げ、早期に白の聖王国へ戻ることになってしまったのだ。
キッド達には、片付けは城の者に任せると言って退出させたが、ルルーは洗いものや食器などの片づけまで自分でするつもりでいた。それはレリアナ達の目に留まる部分ではないが、そこまで責任をもって行ってこそのおもてなしだというのがルルーの考えだった。
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(もしかして、城の誰かに気付かれちゃったかな?)
ルルーが振り返ると、そこにいたのは思いもしない人物だった。
「レリアナ様!? 一体どうされたんですか!?」
静かに厨房に入ってきたのは、ほかならぬ聖王レリアナだった。
彼女は袖を捲り上げながら、近づいてきて、ルルーの隣に並ぶ。
「なんとなく、ルルー様ならこのようなことをされているのではないかと思いまして」
レリアナは、汚れた皿を取ると、躊躇いもなくルルーと同じように洗い始めた。
「おやめください! レリアナ様にそんなことをさせるなんて!」
「それを言うならルルー王女も同じではないですか。それに、昔の私はいつもこんなことをしていたんですよ」
ルルーに向けて微笑んで見せるレリアナ。実際、その手つきはルルーよりもレリアナの方が手慣れたものだった。
「私には片付ける場所がわかりませんので、できればルルー様は拭くのと片付けの方をお願いしてもよろしいですか?」
「あ、はい」
ルルーは言われるままに、汚れた皿に手を伸ばすのをやめて、乾いた布巾を手に洗い終えた皿の前に立つ。
もし自分が姉がいればこんな感じなのだろうか、そんなことを考えながらルルーは皿を拭き始めた。
二人はレリアナの言った役割分担で淡々と後片付けを進めていく。
そんな中、レリアナがふとつぶやく。
「……ルルー様はいつも自然体ですごいですね。私なんて聖王であらねばと思い過ぎて、本当は自分が何をしたいのかさえわからなくなる時があるというのに」
ルルーは思わず手を止めると、少し前の自分を思い返し、その姿を今のレリアナに重ねた。
「……わかります、レリアナ様。以前の私も同じでした。父が病に倒れた後、残った王家の者として私は変に身構えてしまい、空回りばかりで……皆に色々と迷惑をかけてしまいました。行き詰った私は、藁にもすがる思いで、その頃一人隠遁生活を送っていたキッドに頼りました。最初は王族として彼に会い、この国に軍師としてお誘いしましたが、けんもほろろに追い返されたものです。その後も、何度も何度も会いにいきましたが、結果は同じでした。……でも、王族として自分を覆っていたものをすべて捨てて、ただのルルーとしてキッドにお願いした時、彼は私に応えてくれました。この国が変わったのは彼が来てくれてからです。そして、私も変われました。彼のおかげで、王族であることを変に意識する必要がないことがわかったんです。彼から何か直接言われたわけではないんですけど、自分のありのままでいていいんだって教えてもらったように思っているんです」
ルルーがそのことを人に話すのはこれが初めてのことだった。ルルー自身、今日あったばかりの他国の人間に話すことになるとは思ってもいなかった。
「……よい出会いだったんですね」
「はい! キッドを軍師にしたこと、それが私の一番のお手柄だって思ってます!」
ルルーの顔は心の底から誇らしげに見えた。レリアナはそんなルルーを眩しそうに見つめる。
(フィー、あなたの見立ては間違っていませんでした。キッドをこの紺の王国に留めているのは、間違いなくこのルルー王女がいるから。この国で最もキーとなるのは、間違いなくこの人です! でも、だからこそ、私は確認しておかなくてはいけない。この二人の向かう道を。共に歩めるのか、それともいずれ違えるのか)
すべての片づけを終えると、レリアナはルルーと向かい合う。
「レリアナ様、お手伝いありがとうございました。おかげで思った以上に早く片付けられました」
屈託のない笑顔を向けてくるルルーを前にし、レリアナは真剣な顔つきでルルーを見つめていた。
その様子に、笑顔を浮かべていたルルーも、何かあるのだろうと神妙な面持ちへと変わる。
「ルルー様、一つお聞かせください。ルルー様はこの国をどういった国にしたいとお考えですか?」
王道を目指すのか、覇道を目指すのか。一国による完全な統治を目指すのか、同盟関係を築いた複数国での統治を目指すのか。レリアナは短い時間だがルルーと触れ合い、その人となりはわかってきていた。だが、ルルーが作ろうとする世界はまだ見えてはいない。
個人的には、すでにレリアナはルルーのことを信頼に値する相手だと考えている。だが、聖王と王女、二人は個人的な想いだけで付き合える立場ではない。
どこまで正直答えてもらえるのかはわからなかったが、レリアナはルルーが王女として目指すところを直接その口から聞きたかった。
「どういう国したいかですか……。そうですね、私が目指すのは、他人の幸せを自分のことのように喜び、他人の苦しみを自分のことのように嘆く、国民皆がそうあってくれるような国にしたいと思っています」
それはレリアナが求めたような具体的な答えではなかった。
だが、レリアナはハッとする。
ルルーが答えたものは、レリアナが子供の頃から漠然と願っていた世界の形、それを言葉にしたものだと。
王道か覇道か、いかなる統治の形をとるのか、そんなものは結局、理想とする世界を作るための手段でしかない。王たるものは、その先に夢想ともいえる理想を持っていなければならない。
レリアナはルルーの言葉からそう感じさせられた。
(……この人とならきっと同じ道を歩める)
「ルルー王女、私は将来的にこの国と同盟を結びたいと考えています。ですが、今の私には聖王国の中でそこまで意見を通せる力がありません。できたとしても、同盟の前段階として不戦協定を結ぶといったところから始めることになると思います。ただ、それでも私はルルー王女と一緒に理想に向かって進みたいと思っています。……今はまだ力不足の王ですが、力をお貸しください」
レリアナはルルーに向かって頭を下げた。
そんなレリアナにルルーは一瞬慌てたが、すぐに両手を伸ばし、レリアナの手を取る。
「レリアナ様! でしたら、今のところは国同士でなく、私達二人で同盟を結びませんか?」
「……二人で同盟ですか?」
顔を上げたレリアナが首をかしげる。
「はい! 二人の女子同盟です! 国とか関係なしに、困ったときはお互いに助け合う、そんな女子同盟です!」
法的拘束力もなく、客観的にはなんの意味も力もない同盟。それでも、レリアナにはそれが何よりも強く大切なものに思えた。そう、聖王国に人間にとっても最も価値があるとされる神との約束にも匹敵するほどに。
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「では、女子同盟締結です!」
二人は互いに右手の小指を絡め、二人だけの契りを交わし合った。
二人は大きくうなずくと、どちらからともなく指をほどく。
「そうだ、ルルー様! 今日のお礼に、最後の日の夜は私に料理を作らせてもらえませんか?」
ルルーの瞳を見つめながら、レリアナは嬉しそうに提案した。
「そんな……。レリアナ様の手料理なんて恐れ多くて……」
「そんなことをおっしゃられたら、ルルー様のお料理をいただいてしまった私はどうすればいいんですか?」
「あ……」
ルルーは開いた口に手を当てたまま固まってしまう。
レリアナの指摘に、返す言葉がなかった。
「ぜひルルー様やほかの皆さんにも私の料理を食べていただきたいんです」
ルルーにはレリアナの気持ちがよくわかった。
ルルーが自ら料理したのも、今のレリアナと同じような気持ちによるものだったから。
「わりました、ぜひお願いします! では、必要な材料はお付きの者に伝えていただければ、用意するよう指示しておきますね」
「ありがとうございます! さっそくどんな料理を振舞ったらいいか考えないと! ふふ、滞在中の楽しみが一つ増えました」
レリアナは聖王になってから初めて、本来のレリアナらしい楽しそうな笑顔を浮かべていた。
しかし、レリアナの手料理が振舞われることはなかった。
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