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第27話 「堕とす者」フェルズ
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紺の王国、緑の公国、双方において黒の帝国との対決の準備は着々と進められた。
キッドの考えた、黒の帝国に対する両国の作戦は、シンプルなものだった。
まずは、緑の公国が、西側から黒の帝国へと侵攻する。目標は、帝国内の西方地域にある帝国第二の都市だ。
残った周辺国の中で、黒の帝国が最も警戒しているのは緑の公国であるため、帝国は主力部隊をこの迎撃に充てることが想定される。
紺の王国はその隙をつき、南側から攻め込め、帝国内の東方にある帝都を電撃的に落とす。
それが、キッドで計画し、ジャン公王、ルルー王女が共に賛成した作戦だった。
この作戦における大きな需要ポイントは二つ。
一つは、黒の帝国の本隊を相手に、緑の公国がどれだけ持ちこたえ、自分達の方に釘付けにできるかという点。
もう一つは、主力本隊がいないとはいえ、帝都には十分な残存兵力が残っている中、それを突破して紺の王国軍が帝都まで攻め込めるかどうかという点だった。
どちらかが失敗すれば、この作戦は破綻する。綱渡りの作戦ではあったが、両国が黒の帝国に勝利するには、この方法しかなかった。
そして、いよいよ戦いの時が来た。
準備を整えた緑の公国が、満を持して黒の帝国へと攻め込んだ。ジャン公王自らが率いる4000人の兵が、帝都第二の都市を目指して。
対する黒の帝国は、四天王の一人「帝国の剣」ソード率いる3000人の兵と、同じく四天王の一人「堕とす者」フェルズ率いる3000人の兵をその迎撃に向かわせた。
◆ ◆ ◆ ◆
帝国第二都市に近い場所で、河を挟んで両軍は睨み合う。
ジャンは敢えてこの地で陣を張っていた。
両軍の間に流れる河は、川幅こそ広いものの、人が歩いて渡れる程度の深さと緩やかな流速しかない。進軍を多少阻害しはするが、わざわざ河を迂回して回り込むほどではなかった。また、帝国軍にとっては、下手に迂回すると、その間に第二都市を攻められかねない、そういった場所だった。
致命的なほどではないが、攻める側が不利を被る、双方にとってそういった地形であった。
この侵攻におけるジャンの最優先すきべ目的は、敵の殲滅でもなければ、第二都市の制圧でもない。敵主力の足止めだ。
そのために持久戦の備えも十分にしてきてある。
攻めの戦術の方が得意なジャンであったが、守りの戦術においても他人に引けをとるつもりはなかった。たとえ相手が、帝国四天王の内の二人だったとしても。
「いいか! 気を抜かず敵の動きに注意するよう全軍に伝えておけ! 敵が動いてきた場合は、決して河から上陸させるな。万一、敵が引くような場合は、こちらから仕掛けることも頭に入れさせておくようにな!」
緑の公国にとって、負けることはあってはならないことだが、戦闘の意思なしと判断され、帝国軍に兵を引かれるようなこともさせてはならなかった。そのような場合には、不利だとわかっていても、緑の公国側から攻めて、相手をここに留め置く必要さえある。ジャンはそのことをよくわかっていた。
そのため、部下にも今一度、いざという時が来ても慌てぬよう指示を飛ばす。
そんなジャンの元へ、息を切らせながら部下が走り寄ってきた。
「公王! 大変です!」
「何事だ」
慌てた様子の兵と違い、ジャンは焦りの様子も見せず、王たる佇まいを保ったまま問う。
ジャンからも敵の様子は見えていた。少なくとも敵の進軍が始まったわけでないことは、理解している。
「はっ! 先ほどから、帝国四天王が一人、フェルズが対岸でジャン公王に呼びかけております!」
「……なに?」
ジャンにとってもその報告は、解せぬものだった。
とはいえ、相手は敵将二人の内の一人。兵達の士気にも関わるかもしれないことであり、無視はできない。
「それで、フェルズは何と言っているんだ?」
「それが……、ジャン公王を呼べとしか言っておらず……」
ジャンは、キッドとミュウから、戦場で遭遇した「帝国の剣」ソード、「帝国の魔女」エイミのことは聞いている。そのただならぬ実力についても。
「堕とす者」フェルズとは初顔合わせだが、同じ四天王だ。油断できる相手ではなかった。
とはいえ、自分が呼びかけに応じることで、時間稼ぎができるのなら、ジャンはそれに乗るだけだ。
「わかった。俺が直接行こう」
ジャンは対岸にフェルズがいるという場所へと向けて、歩き出した。
◆ ◆ ◆ ◆
ジャンが河岸にたどり着くと、対岸に派手な金の意匠を凝らした黒い鎧姿の騎士が見えた。長い金の髪、優男然たる風貌、それは噂に聞く、帝国四天王が一人「堕とす者」フェルズの姿だった。
「俺が緑の公国の公王ジャンだ! フェルズ卿よ、俺に何用だ? 俺に用があるなら、兵とともにここまで攻め込んでくればよかろう」
ジャンは対岸に向けて凛とした声で、挑発の意味も込めて叫んだ。
このやりとりは、両軍の兵ともに見て、そして聞いている。互いにみっともない姿をさらすわけにはいかない。
「ジャン公王! お初にお目にかかる! 俺は帝国四天王が一人、フェルズ! 公王を呼んだのはほかでもない! 俺と一騎打ちで勝負をつけてもらいたい!」
「なんだと……」
フェルズの提案にジャンは驚きのつぶやきをもらすが、緑の公国軍の兵達の間も驚きによりざわめいている。
「もし俺が負けたなら、俺の率いる兵は皆そちらに降伏をすることを約束しよう。さすがにソードの率いている兵達までというわけにはいかないが、それでもこちらの戦力を半減させられるぞ」
一軍の将が言っていいようなことではなかった。
だが、フェルズのその声を聞いても、敵兵に動揺の色はない。むしろ、動揺しているのは緑の公国の兵達の方だった。
(ムチャクチャだ……。これが「堕とす者」フェルズか……)
フェルズは戦場における一騎打ちで無敗を誇る男だった。彼は、自分達に有利な戦況でも、敵将に一騎打ちを持ち掛け、それでも勝ち続けてきた。そして、その積み重ねた一騎打ちでの勝利により、四天王の一人にまで上り詰めた男だった。
相手が武勇に優れた相手であろうと、一騎打ちならば必ず堕とす、そこから付いた二つ名が「堕とす者」だった。
「ジャン公王は武勇の誉れ高い騎士だ。ぜひとも手合わせ願いたい! なにも、俺が勝ったからと言って、そちらに全面降伏しろとは言わぬ。いただくのは公王の首だけで結構。その後、改めて戦をしてくれて構わん!」
一見、緑の公国に有利な条件にも聞こえるが、国のトップであるジャンが討たれれば、緑の公国にとってはもう負けも同然。四天王とはいえ、一人の将に過ぎない男と、公王とでは、そもそも価値が違う。
とはいえ、理性ではそのことはわかっていても、感情の部分ではそうはいかない。
この誘いを断れば、ジャン自身はともかく、兵達には、ここまで言われて一騎打ちを受けないのかと、自分達の王を弱気に思う心が生まれてしまう。
「都合の良いことを言って俺を呼び寄せ、騙し討ちを仕掛けるつもりであろう! そのような手には乗らぬ!」
そのため、ジャンは、弱気で受けぬわけではない、そちらの計略を見抜いているから乗らないだけだと印象付ける必要があった。
だが、ただ純粋に一騎打ちを求める者には、そのジャンの言葉も通用しない。
「ならば、俺一人でそちらの陣地へ行こう。そこで一騎打ちなら問題あるまい!」
将としてまともな思考だとは思えなかった。
そんなことをすれば、逆にジャンの方が、兵で取り囲み騙し討ちでフェルズを討つことができてしまう。
軍を率いる者としては、まったくもって正しくない言動だと言えた。
しかし、同じ武人としては、ジャンの心が騒ぐ。
(もし俺が公王でなければ……、せめて、この戦況でなければ……)
あの男と戦いたいという気持ちが、ジャンの心に沸き立ってくる。
かつての自分なら間違いなくこの挑戦を受けていた。ミュウならば今でも受けているだろう、そう今もまだ昔のままでいる友を羨ましくも思う。
だが、今のジャンの立場で、そして、この黒の帝国との戦いに勝つという目的の前で、それはできないこと、してはならないことだった。
「そのような戯言に俺が構うと思ったか! 俺の首が欲しければ、正々堂々と攻め入ってくるがいい!」
それだけ言い放ち、ジャンはフェルズに背を向けて歩き出した。
これ以上言い合いを続けても、自軍の士気を下げるだけだということもあったが、なにより、このままでは相手に誘いに乗って一騎打ちを受けてしまいそうな自分の頭を冷やす必要があった。
(……俺の仕事は奴らをここに釘付けにすることだ。俺の我を通すことじゃない! ……キッド、こっちがすべきことはやってみせる。そっちもちゃんと帝都を落とせよ!)
ジャンは心の不満が溢れ出したかのように、荒い足取りで、本陣の天幕へと向かって戻っていった。
◆ ◆ ◆ ◆
「……さすがに乗ってはくれないか。残念だが仕方ないな」
対岸でジャンの姿が消えていくのを見送ったフェルズは、独り言ちて肩をすくめる。
「相変わらず好きに動いているな」
ふいに後ろからかけられた声に、フェルズが振り向く。
そこにいたのは、フェルズ軍の隣で陣を敷いているはずのソードだった。
「嫌味でも言いに来たのか?」
「まさか。貴公のおかげで、敵兵に少なくない動揺が見える。この期に一度攻め込んでみようと思ってな。そらちの軍も歩調を合わせてもらいたい」
「あんたがそう言うのなら、合わせるぜ。ただし、ジャン公王と一騎打ちの機会があれば、先に俺が挑戦させてもらうからな」
「好きにしてくれ」
一騎打ちには興味ないとばかりに、ソードは背を向けて自軍に向けて歩き出す。
「……俺としては、『帝国の剣』とも一度本気で一騎打ちをしてもらいたいんだけどな」
「味方同士で本気でやりあう意味がない」
気のない言葉を残し、ソードは振り向きもせず遠ざかっていってしまった。
「どちらが帝国最強か、一度ハッキリさせておきたいんだけどな……残念」
フェルズはソードの背中を見ながらため息をつく。
稽古では幾度となくソードと手合わせをしたことがあるが、フェルズは一度もその剣からソードの本気を感じたことがなかった。ソードとの命を懸けた本気の一騎打ちは、フェルズのしたいことの一つだった。
とはいえ、今は目の前にジャン公王という、武勇により公王まで上り詰めた男がいる。今の彼の第一目標は、そのジャンだった。
「ジャン公王、あんたと一騎打ちができる機会が来ることを願ってるぜ」
フェルズは不敵な笑みを浮かべながら、緑の公国の本陣の方を見つめる。
それから間もなくして、ソード率いる兵達と、フェルズ率いる兵達が、緑の公国軍に向け、一斉に渡河攻撃を開始した。
一方その頃、黒の帝国軍の注意が西方の緑の公国に向いている隙をつき、すでに紺の公国軍は黒の帝国内に攻め入っていた。
キッドの考えた、黒の帝国に対する両国の作戦は、シンプルなものだった。
まずは、緑の公国が、西側から黒の帝国へと侵攻する。目標は、帝国内の西方地域にある帝国第二の都市だ。
残った周辺国の中で、黒の帝国が最も警戒しているのは緑の公国であるため、帝国は主力部隊をこの迎撃に充てることが想定される。
紺の王国はその隙をつき、南側から攻め込め、帝国内の東方にある帝都を電撃的に落とす。
それが、キッドで計画し、ジャン公王、ルルー王女が共に賛成した作戦だった。
この作戦における大きな需要ポイントは二つ。
一つは、黒の帝国の本隊を相手に、緑の公国がどれだけ持ちこたえ、自分達の方に釘付けにできるかという点。
もう一つは、主力本隊がいないとはいえ、帝都には十分な残存兵力が残っている中、それを突破して紺の王国軍が帝都まで攻め込めるかどうかという点だった。
どちらかが失敗すれば、この作戦は破綻する。綱渡りの作戦ではあったが、両国が黒の帝国に勝利するには、この方法しかなかった。
そして、いよいよ戦いの時が来た。
準備を整えた緑の公国が、満を持して黒の帝国へと攻め込んだ。ジャン公王自らが率いる4000人の兵が、帝都第二の都市を目指して。
対する黒の帝国は、四天王の一人「帝国の剣」ソード率いる3000人の兵と、同じく四天王の一人「堕とす者」フェルズ率いる3000人の兵をその迎撃に向かわせた。
◆ ◆ ◆ ◆
帝国第二都市に近い場所で、河を挟んで両軍は睨み合う。
ジャンは敢えてこの地で陣を張っていた。
両軍の間に流れる河は、川幅こそ広いものの、人が歩いて渡れる程度の深さと緩やかな流速しかない。進軍を多少阻害しはするが、わざわざ河を迂回して回り込むほどではなかった。また、帝国軍にとっては、下手に迂回すると、その間に第二都市を攻められかねない、そういった場所だった。
致命的なほどではないが、攻める側が不利を被る、双方にとってそういった地形であった。
この侵攻におけるジャンの最優先すきべ目的は、敵の殲滅でもなければ、第二都市の制圧でもない。敵主力の足止めだ。
そのために持久戦の備えも十分にしてきてある。
攻めの戦術の方が得意なジャンであったが、守りの戦術においても他人に引けをとるつもりはなかった。たとえ相手が、帝国四天王の内の二人だったとしても。
「いいか! 気を抜かず敵の動きに注意するよう全軍に伝えておけ! 敵が動いてきた場合は、決して河から上陸させるな。万一、敵が引くような場合は、こちらから仕掛けることも頭に入れさせておくようにな!」
緑の公国にとって、負けることはあってはならないことだが、戦闘の意思なしと判断され、帝国軍に兵を引かれるようなこともさせてはならなかった。そのような場合には、不利だとわかっていても、緑の公国側から攻めて、相手をここに留め置く必要さえある。ジャンはそのことをよくわかっていた。
そのため、部下にも今一度、いざという時が来ても慌てぬよう指示を飛ばす。
そんなジャンの元へ、息を切らせながら部下が走り寄ってきた。
「公王! 大変です!」
「何事だ」
慌てた様子の兵と違い、ジャンは焦りの様子も見せず、王たる佇まいを保ったまま問う。
ジャンからも敵の様子は見えていた。少なくとも敵の進軍が始まったわけでないことは、理解している。
「はっ! 先ほどから、帝国四天王が一人、フェルズが対岸でジャン公王に呼びかけております!」
「……なに?」
ジャンにとってもその報告は、解せぬものだった。
とはいえ、相手は敵将二人の内の一人。兵達の士気にも関わるかもしれないことであり、無視はできない。
「それで、フェルズは何と言っているんだ?」
「それが……、ジャン公王を呼べとしか言っておらず……」
ジャンは、キッドとミュウから、戦場で遭遇した「帝国の剣」ソード、「帝国の魔女」エイミのことは聞いている。そのただならぬ実力についても。
「堕とす者」フェルズとは初顔合わせだが、同じ四天王だ。油断できる相手ではなかった。
とはいえ、自分が呼びかけに応じることで、時間稼ぎができるのなら、ジャンはそれに乗るだけだ。
「わかった。俺が直接行こう」
ジャンは対岸にフェルズがいるという場所へと向けて、歩き出した。
◆ ◆ ◆ ◆
ジャンが河岸にたどり着くと、対岸に派手な金の意匠を凝らした黒い鎧姿の騎士が見えた。長い金の髪、優男然たる風貌、それは噂に聞く、帝国四天王が一人「堕とす者」フェルズの姿だった。
「俺が緑の公国の公王ジャンだ! フェルズ卿よ、俺に何用だ? 俺に用があるなら、兵とともにここまで攻め込んでくればよかろう」
ジャンは対岸に向けて凛とした声で、挑発の意味も込めて叫んだ。
このやりとりは、両軍の兵ともに見て、そして聞いている。互いにみっともない姿をさらすわけにはいかない。
「ジャン公王! お初にお目にかかる! 俺は帝国四天王が一人、フェルズ! 公王を呼んだのはほかでもない! 俺と一騎打ちで勝負をつけてもらいたい!」
「なんだと……」
フェルズの提案にジャンは驚きのつぶやきをもらすが、緑の公国軍の兵達の間も驚きによりざわめいている。
「もし俺が負けたなら、俺の率いる兵は皆そちらに降伏をすることを約束しよう。さすがにソードの率いている兵達までというわけにはいかないが、それでもこちらの戦力を半減させられるぞ」
一軍の将が言っていいようなことではなかった。
だが、フェルズのその声を聞いても、敵兵に動揺の色はない。むしろ、動揺しているのは緑の公国の兵達の方だった。
(ムチャクチャだ……。これが「堕とす者」フェルズか……)
フェルズは戦場における一騎打ちで無敗を誇る男だった。彼は、自分達に有利な戦況でも、敵将に一騎打ちを持ち掛け、それでも勝ち続けてきた。そして、その積み重ねた一騎打ちでの勝利により、四天王の一人にまで上り詰めた男だった。
相手が武勇に優れた相手であろうと、一騎打ちならば必ず堕とす、そこから付いた二つ名が「堕とす者」だった。
「ジャン公王は武勇の誉れ高い騎士だ。ぜひとも手合わせ願いたい! なにも、俺が勝ったからと言って、そちらに全面降伏しろとは言わぬ。いただくのは公王の首だけで結構。その後、改めて戦をしてくれて構わん!」
一見、緑の公国に有利な条件にも聞こえるが、国のトップであるジャンが討たれれば、緑の公国にとってはもう負けも同然。四天王とはいえ、一人の将に過ぎない男と、公王とでは、そもそも価値が違う。
とはいえ、理性ではそのことはわかっていても、感情の部分ではそうはいかない。
この誘いを断れば、ジャン自身はともかく、兵達には、ここまで言われて一騎打ちを受けないのかと、自分達の王を弱気に思う心が生まれてしまう。
「都合の良いことを言って俺を呼び寄せ、騙し討ちを仕掛けるつもりであろう! そのような手には乗らぬ!」
そのため、ジャンは、弱気で受けぬわけではない、そちらの計略を見抜いているから乗らないだけだと印象付ける必要があった。
だが、ただ純粋に一騎打ちを求める者には、そのジャンの言葉も通用しない。
「ならば、俺一人でそちらの陣地へ行こう。そこで一騎打ちなら問題あるまい!」
将としてまともな思考だとは思えなかった。
そんなことをすれば、逆にジャンの方が、兵で取り囲み騙し討ちでフェルズを討つことができてしまう。
軍を率いる者としては、まったくもって正しくない言動だと言えた。
しかし、同じ武人としては、ジャンの心が騒ぐ。
(もし俺が公王でなければ……、せめて、この戦況でなければ……)
あの男と戦いたいという気持ちが、ジャンの心に沸き立ってくる。
かつての自分なら間違いなくこの挑戦を受けていた。ミュウならば今でも受けているだろう、そう今もまだ昔のままでいる友を羨ましくも思う。
だが、今のジャンの立場で、そして、この黒の帝国との戦いに勝つという目的の前で、それはできないこと、してはならないことだった。
「そのような戯言に俺が構うと思ったか! 俺の首が欲しければ、正々堂々と攻め入ってくるがいい!」
それだけ言い放ち、ジャンはフェルズに背を向けて歩き出した。
これ以上言い合いを続けても、自軍の士気を下げるだけだということもあったが、なにより、このままでは相手に誘いに乗って一騎打ちを受けてしまいそうな自分の頭を冷やす必要があった。
(……俺の仕事は奴らをここに釘付けにすることだ。俺の我を通すことじゃない! ……キッド、こっちがすべきことはやってみせる。そっちもちゃんと帝都を落とせよ!)
ジャンは心の不満が溢れ出したかのように、荒い足取りで、本陣の天幕へと向かって戻っていった。
◆ ◆ ◆ ◆
「……さすがに乗ってはくれないか。残念だが仕方ないな」
対岸でジャンの姿が消えていくのを見送ったフェルズは、独り言ちて肩をすくめる。
「相変わらず好きに動いているな」
ふいに後ろからかけられた声に、フェルズが振り向く。
そこにいたのは、フェルズ軍の隣で陣を敷いているはずのソードだった。
「嫌味でも言いに来たのか?」
「まさか。貴公のおかげで、敵兵に少なくない動揺が見える。この期に一度攻め込んでみようと思ってな。そらちの軍も歩調を合わせてもらいたい」
「あんたがそう言うのなら、合わせるぜ。ただし、ジャン公王と一騎打ちの機会があれば、先に俺が挑戦させてもらうからな」
「好きにしてくれ」
一騎打ちには興味ないとばかりに、ソードは背を向けて自軍に向けて歩き出す。
「……俺としては、『帝国の剣』とも一度本気で一騎打ちをしてもらいたいんだけどな」
「味方同士で本気でやりあう意味がない」
気のない言葉を残し、ソードは振り向きもせず遠ざかっていってしまった。
「どちらが帝国最強か、一度ハッキリさせておきたいんだけどな……残念」
フェルズはソードの背中を見ながらため息をつく。
稽古では幾度となくソードと手合わせをしたことがあるが、フェルズは一度もその剣からソードの本気を感じたことがなかった。ソードとの命を懸けた本気の一騎打ちは、フェルズのしたいことの一つだった。
とはいえ、今は目の前にジャン公王という、武勇により公王まで上り詰めた男がいる。今の彼の第一目標は、そのジャンだった。
「ジャン公王、あんたと一騎打ちができる機会が来ることを願ってるぜ」
フェルズは不敵な笑みを浮かべながら、緑の公国の本陣の方を見つめる。
それから間もなくして、ソード率いる兵達と、フェルズ率いる兵達が、緑の公国軍に向け、一斉に渡河攻撃を開始した。
一方その頃、黒の帝国軍の注意が西方の緑の公国に向いている隙をつき、すでに紺の公国軍は黒の帝国内に攻め入っていた。
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