国を追放された魔導士の俺。他国の王女から軍師になってくれと頼まれたから、伝説級の女暗殺者と女騎士を仲間にして国を救います。

グミ食べたい

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第18話 緑の公国対黒の帝国

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 緑の公国は戦の準備を整え、ついに黒の帝国との決戦の時が訪れた。
 黒の帝国が送り込んだのは、本格的な侵攻軍ではなく、あくまで示威行為を目的とした部隊。そのため兵の数は歩兵を中心に約800。紺の王国ならば、全力にも等しい兵力だが、黒の帝国にとっては、挑発のために使える程度の数でしかない。
 一方の緑の公国軍は、騎馬隊を含めて1200。単純な戦力差だけを見れば、圧倒的に優位な戦いとなるはずだった。

 国境を挟み、両軍は対峙する。
 帝国軍は、明らかに兵力差があるにもかかわらず、撤退の気配を見せることはなかった。むしろ、陣形を整え、戦う準備を取っている。敵もまた、帝国の力を示すため、ここでの戦いを避けるつもりはないのだ。

 緑の公国軍の総大将は、公王ジャン。彼を快く思わない保守派貴族たちにその力を示すためにも、今回は自ら戦場に立つことを決めていた。とはいえ、指揮を執るため後方に控えており、自ら前へ出て剣を振るうつもりはない。
 キッドとミュウは、本隊とは別行動を取っていた。彼らがいるのは、戦場を見下ろせる丘の上。かつてミュウが率いていた女性騎士団から兵を募ることもできたが、あえて二人だけで動くことを選んだ。部隊が大きくなればなるほど、機動力と柔軟性は失われる。敵の指揮官を討つには、自由に動ける方が良い。

 戦場の静寂を破るように、公王ジャンの声が響き渡った。

「我らが領地を無断で踏み荒らす、野蛮な帝国兵に、我らの力を見せつけてやろうではないか!」

 その言葉が合図となり、緑の公国軍が一斉に前進を開始する。それを受け、黒の帝国軍も動き出した。
 キッドとミュウは戦場全体を見渡せる位置から動かず、両軍の動きを観察する。
 兵力差を考えれば、緑の公国軍が圧倒的に押し込む展開となるはずだった。
 しかし、現実は想定通りには進まなかった。

「これだけの兵力差があるのに、膠着しているな」

 険しい表情を浮かべるキッドに、ミュウがうなずく。

「ええ。帝国の部隊の動きが絶妙で、兵同士が対峙する際、常に同数以上になるよう巧みに立ち回っているね」

 帝国軍は数で劣るはずなのに、どの局面を切り取ってもほぼ互角の戦いを繰り広げている。これは単なる偶然ではない。

「公国の騎士団長の指揮も決して悪くはないんだが……相手の将に数手先まで読まれているな」
「これが『帝国の剣』と呼ばれるソードの力ってことなんだね。剣技だけでなく、指揮能力に関しても一級品とは、恐れ入るわ」

 ミュウの声には、警戒と共に畏敬の念が滲んでいた。
 キッドの視線の先、帝国軍の最後方には、一際黒光りする鎧をまとった大柄な男がいた。黒髪の短髪に精悍な顔立ち。眼光は鋭く、まるで獲物を仕留める寸前の猛禽のような静寂を宿している。年齢は二十代後半といったところだが、その表情には年齢以上の経験と、戦場を生き抜いてきた者だけが持つ冷徹な覚悟が刻まれていた。
 騎乗するその姿はまるで戦場を支配する王のようで、彼が下す指示は瞬時に兵たちへと伝わり、見事なまでに統率された動きを見せる。そのすべてが洗練され、無駄がない。
 彼こそが帝国四天王の一人、『帝国の剣』ソード。

「……これはよくないな」

 キッドが低くつぶやく。

「そうだね。このままじゃ、最悪、負ける可能性すらあるね」
「俺たちでソードを止めるぞ」
「そうくると思った!」

 二人は視線を交わし、同時に馬の腹を駆る。
 狙うはただ一つ。
 黒の帝国軍の最後方、ソードのもとへ――。



 今回の黒の帝国軍は、本来示威目的の部隊であり、歩兵中心に構成されていた。騎馬の数が極端に少ない。騎乗しているのは隊長クラスのみ。
 そのため、キッド達がそのまま馬で動き回れば、それだけで敵の目を引くことになる。無用な混乱を避けるため、二人は戦場を大きく迂回し、帝国軍の後方へと忍び寄った。さらに、一定距離まで接近すると、二人は素早く馬を降りる。敵からの発見を遅らせるために、そこからは己の足で進んでいった。
 先陣を切るのはミュウ。剣を構え、迷いなく突き進む。その動きに一片の躊躇もない。そんな彼女の背を追うだけでいいキッドは、魔法に集中できた。

「――ダークマター!」

 その声とともに、空間の一角がえぐり取られたように黒い球体が出現する。それはただの漆黒ではなかった。光すらも吸い込むかのような完全な暗黒。立体感すら感じさせない異質な存在。
 霊子魔法において、特定の呪文を唱える必要はない。
 しかし、魔法の発動には術者の強いイメージが不可欠だった。そのため、発動時に術者が発する「キーワード」は、魔法の具現化を助ける役割を果たす。
 たとえば、「氷の矢」と叫びながら「炎の矢」を放つことは可能だが、意識の齟齬があれば、発動の遅延や魔法の暴発を招く危険がある。だからこそ、通常、術者の発動時の掛け声は、その魔法の持つイメージと一致するものとなる。
 キッドにとって、この場合のその言葉は「ダークマター」だった。

 生み出された黒球は、一直線に飛ぶことなく、キッドのすぐ隣に並ぶように浮遊し、彼とともに滑るように移動する。まるで彼の影のように。
 これこそが、現時点で使える者がキッドしかいない、奥の手とも言える魔法だった。

 霊子魔法は、術者自身の霊子を源とする。そのため、魔法の発動地点は術者の周囲に限られ、放たれた魔法は決められた軌道をたどる。中には軌道を曲げたり、分裂させたり、爆発させたりといった応用技を持つ術者もいるが、それらもすべて発動時に決定された動作であり、発動後に自在に操ることは不可能だった。
 しかし、キッドのダークマターは違う。
 黒球はキッドの意志に従い、空へと舞い上がった。

 ダークマターと術者であるキッドは、霊子の糸で繋がっており、発動後も彼の意思で自在に操ることができる。ただし、その代償として、魔力を絶えず消耗し続ける。それでも、この魔法がもたらす恩恵は計り知れなかった。
 キッドはダークマターを「目」として視界を共有できるのだ。
 通常、人は一つの視点でしか世界を捉えることができない。だが、キッドは自身の目で前方を警戒しながら、ダークマターを通じて空からも戦場を俯瞰していた。
 彼の頭の中で、二つの視界が完璧に重なる。普通の人間なら、あまりの情報量に脳の処理が追いつかずパンクしてしまうだろう。だが、キッドはそれをこなしてみせる。

「……捉えた」

 黒の帝国軍の最後方――そこに、漆黒の鎧を纏うソードの姿があった。
 彼の周囲には、伝令役として各部隊を行き来するわずかな兵しかいない。護衛らしい護衛もつけていないのは、彼自身の戦闘力への絶対的な自信ゆえか。

(チャンスだ!)

 横からの攻撃には備えても、上空からの奇襲まで警戒している者などほとんどいない。
 キッドはダークマターをソードの真上の空へと滑らせ、その「目」で標的に狙いを定めた。
 ダークマターの本質は、ただの偵察道具ではない。その核は高密度の魔力塊であり、内部に蓄えた魔力を放つことで、この魔法は真の力を発揮する。

「――ダークブレット」

 キッドの声と同時に、ダークマターが震えた。
 次の瞬間、直径数cmの黒い魔力弾が射出される。
 それは漆黒の閃光となり、空を裂きながら一直線に標的へと向かった。
 この一撃は決まる――はずだった。
 ソードは上空に意識を向けていない。それに、戦場の混乱の中、上空から放たれた魔法攻撃を察知するのは、熟練の魔導士にだって不可能だ。
 だが――

「――――!」

 突如、ソードの身体が閃くように動いた。
 馬上で身をひるがえし、そのまま疾風のごとく地面へ飛び降りる。
 刹那、黒弾が主を失った馬の胴を貫通した。
 しかし、ソード自身はかすり傷一つ負っていない。
 着地と同時に、彼は後方に向けてゆっくりと顔を上げる。
 鋭い眼光が、数十メートル先のキッドをまっすぐに射抜いた。

「……ダークマターに気づいていたのか。なんて視野の広さだ!」

 一対一で対峙していたのならともかく、今のは戦場で不意を突いた一撃のはずだった。
 しかも、ソードは軍の指揮に集中していたはずだ。
 それでも、この男はダークマターの存在を認識し、射出のタイミングまで察知していたことになる。
 キッドの背筋に、ぞくりと冷たいものが走った。

(――強い)

 これほどの強者の圧力を感じたのは、一体いつ以来だろうか。
 頬を伝う冷たい汗が、無意識のうちにこの相手を「本物」だと認識していることを示していた。
 しかし、そのとき。
 キッドとソードを隔てるように、すっと誰かが前に出た。
 小さな、しかし迷いのない背中――それを、キッドは知っている。

「キッド、ここでソードを討つよ」

 静かに、しかし確かな決意を帯びた声。
 キッドの前に立ったのは、一番の戦友――ミュウだった。
 その背中を見た瞬間、キッドの胸中にあった戦慄は、勇気へと塗り替えられる。
 彼女と二人なら、負けるはずがない。

「ああ!」

 キッドは力強く応じ、ミュウの隣に並んだ。
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