国を追放された魔導士の俺。他国の王女から軍師になってくれと頼まれたから、伝説級の女暗殺者と女騎士を仲間にして国を救います。

第17話 黒の帝国との戦いの前

　黒の帝国との戦に参戦することを決めたその翌日、キッドは緑の公国の騎士達の訓練の様子を見て回っていた。
　ルルーに戦いに加わること話したところ、メチャクチャ怒られて部屋に居づらくなったという理由もあるが、緑の公国の戦力を知っておくのが主な目的だった。

　鍛錬の様子を見る限り、騎士達は質、量ともに紺の王国以上に見えた。
　この国の若い貴族は、多くの者が騎士でもある。自分達で国を運営し、自分達で国を守るという気概に溢れている。それだけに、ただの訓練でも、その節々からその意識の高さがうかがえ、キッドはさすがだと素直に感嘆する。
　しかし、キッドには一つ気になることがあった。
　その訓練の場に、ミュウの姿が見当たらないのだ。
　キッドがすべてを失い緑の公国から離れる前、ミュウは女性のみで構成された女性騎士団の団長を務めていた。保守的な考えが根強いこの国では、男性の騎士がどうしても重んじられ、女性や魔導士はどうしても下に見られがちだった。そのため、剣の腕ではミュウがこの国で最も優れているにもかかわらず、男性騎士達や保守派貴族の抵抗があり、騎士団の団長の任は与えられず、女性騎士団の団長の地位に甘んじるしかなかった。
　だが、今や公王にはジャンが就き、当時とは状況が異なっている。
　女性騎士団の訓練場にはミュウの姿がなかったので、キッドはてっきり主力の騎士団の団長に任じられ、こちらにいるものだと思って見に来ていたのだ。

「この騎士団長も悪くはないんだが……」

　キッドが見る限り、今騎士達を取り仕切っている壮年の騎士団長の男は、腕も指揮能力も文句をつけるところは見当たらなかった。紺の王国に引き抜けるのならば、すぐに騎士団長を任せたいほどの人材だ。
　しかし、それでもミュウと比べてしまうと、どうしても物足りなく感じてしまう。ミュウがいるのに、それを差し置いてこの騎士団長を選ぶ理由が、キッドには見当たらなかった。

「どう、キッド。うちの騎士達は？」

　ふいに後ろから声がかけられる。
　振り返らずとも声の主はわかった。
　ちょうど今気にしていたミュウの声だった。

「……ミュウが騎士団長じゃないんだな。紺の王国に残ってたせいか？」

　キッドは横に並んできたミュウに、ストレートに問いかける。二人の間にいらぬ気遣いは必要なかった。

「大丈夫、その前から私は騎士団長じゃないから」

「ジャンが公王になったのに？」

「革新派貴族だけじゃなく、保守派貴族の中にもジャンを支持している貴族がいるから、ジャンは公王になれたけど、保守派を完全に抑え込めてるわけじゃないからね。この国で女が騎士団長になったことは過去に一度もないし、無理を通すとジャンの立場が悪くなるんだよ」

「……そういうことか」

　キッドは、保守派を黙らせてジャンが公王になったのかと思っていたが、どうやらそうではなかったようだ。革新派と保守派の権力争いが今も続いており、ジャンがなかなか難しい立場にいることが、今の話からだけでもわかってしまう。

「かといって、女性騎士団長のままにしておくわけにもいかないから、今は公国特務総監の役職をもらってるの。……もっとも、名前だけの閑職みたいなものだけど」

　ミュウはどこか物悲しげだった。それは、紺の王国では見なかった彼女の姿だった。
　ミュウほどの実力者を女性騎士団長のままでおいておくのは、それはそれで不満を持つ者もいるのだ。その結果、地位は高いが中身のない役職を与えられるという、ミュウにとっては嬉しくもなんともないことになっていた。

（そういえば、ミュウのやつ、紺の王国では、口では不満を言いながら、充実した顔で騎士達に稽古つけてたよな。ああいう姿こそミュウのあるべき姿なんだろうな）

「そういうわけだから、今度の黒の帝国との戦いも、私は自由に行動ができるってわけ。私がキッドの護衛をしてあげるから安心して」

　次の戦に加わるとはいえ、キッドは長年緑の公国を離れていた上に、今は紺の王国の軍師でもある。いきなり緑の公国の騎士や魔導士を率いて戦うようなことはさすがにあり得ない。キッドは遊撃隊として、自由に行動してよいことになっている。

「そうか。ミュウが一緒に戦ってくれるのなら千人力だな」

　それはお世辞でもなんでもなくキッドの本心だった。

「……なにしろ、相手の軍を率いているのは、黒の帝国四天王の一人、『帝国の剣』の二つ名で呼ばれるソードだっていうんだからな」

「……そうだね」

　ソードの名前に、ミュウの表情も険しいものになる。
　偵察隊の報告から、敵部隊の中にソードの姿があることを、キッドはジャンから聞かされていた。
　ソードはキッドの言うとおり、帝国四天王の一人であり、帝国内で最強の剣士だった。キッドもミュウも実際に相対したことはないが、帝国の剣とも言われるその武勇は何度も耳にしている。
　示威行為のためだけにソードを派遣してくることは驚きだが、相手にかけるプレッシャーとしてはこれほど有効な人材もほかにはあるまい。

「ミュウ、二人でソードを止めるぞ。……可能なら、ここでソードを討つ。帝国の剣を砕くことができれば、帝国に与えるダメージははかりしれないものになるからな」

「ええ、わかってる。ジャンを前線に出すわけにはいかないんだから、ソードを倒すのは私の役目だよ」

　二人の視線は騎士団の訓練場へ向いている。だが、二人が見ているのは騎士達の訓練ではない。二人はすでにソードとの戦いを見据えていた。