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第15話 同盟に向けて
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紫の王国を併合したとはいえ、すぐに一つの国としてすべてが動き出すわけではない。具体的な旧紫の王国内の運営についての取り決め、旧紫の王国軍を加えての軍の再編、ベリルへの叙爵など、すべきことは山ほどあった。
だが、ひと月ほどもすると、それらもなんとか片付き、キッドもようやく旧紫の王国以外のことに手をつけられるようになってくる。
キッドは、手元の仕事を終えると、軍師用執務室にいる三人の女の子に目を向けた。
元々、この部屋には、キッドの作業机と、来客用テーブルしかなかったが、今や、そのテーブルは隅に追いやられ、部屋の中には四つの机がロの字に並んでいる。キッドの正面にルルー、右側にミュウ、左側にルイセと、それぞれが真ん中に向く形で、机についている。
最初に机をこの部屋に持ち込んだのはミュウだった。
キッドが紫の王国への遠征から帰ってきた時には、すでにミュウの机が軍師用執務室に置いてあった。
キッド不在の間、執務室を好きに使っていいとは言ったが、そういう使い方をされるのはキッドも想定していなかった。とはいえ、ミュウに「することはいっぱいあるんでしょ? ほかにすることないから、手伝ってあげようと思ってね」と言われては、断る理由もない。
実際、ミュウの事務処理能力は、文官として要職に就けるほどに高く、キッドの大きな助けとなってくれた。今やミュウのサポートなしでの仕事はあり得ない。
次はルルーだった。
諸々の調整ごとについて、キッドとルルーが協議して決めねばならないことは多くあった。最初はそのたびにルルーが、キッドの執務室に足を運んでいたのだが、キッドとミュウが一緒の部屋で仕事しているのを見て、ルルーは用がなくても執務室にいつくようになった。
それでも、初めてのうちは来客用テーブルについている程度だったのだが、そのうち、自分用の机をこの部屋に持ち込み、キッドと調整の必要のない仕事もここで行うようになっていた。
最後はルイセ。
ルルーまでもがキッドの執務室に机を用意して、三人が机を△の形にして、顔を合わせながら仕事をしているのを見たその日の深夜に、ルイセは密かに自分の机を持ち込んで、四つの机を□の形に変えると、翌日から何食わぬ顔で、キッドの執務室で仕事を始めていた。
そんなこんなで、随分と賑やかになってしまった自分の執務室で、キッドは少し真剣な顔をする。
「みんな、ちょっといいかな。旧紫領に関してはほかの者に任せられるようになってきたから、俺達はそろそろ次の段階に進みたいと思うんだが」
皆の視線がキッドへと集まった。
その中で、代表するかのようにルルーが口を開く。
「次の段階というと?」
「黒の帝国に対抗するための次の段階です」
黒の帝国という言葉に、三人の顔に真剣みが増した。
皆、手元の書類から手を離し、キッドの話に意識を集中させる。
「具体的なことを聞かせていただけますか?」
「もちろんです。俺が次に考えているのは、緑の公国との同盟です」
それはキッドが、この紺の王国に来た時から考えていたことだった。
この世界は、四方を海に囲まれた決して広くない土地の中に、数十もの国が乱立していた。
その中でも、大国と言われたのは、北西地域の黒の王国、南西地域の白の聖王国、北東地域の赤の王国、南東地域の青の王国の4カ国だ。その4国がそれぞれの地域の中心的な役割を果たしながら、数十もの国は平和な治世を送っていた。
だが、その状況が変わったのは、今の黒の帝国の皇帝が、黒の王国の王に即位してからだ。黒の王国は、黒の帝国を名乗った上で覇を唱え、隣国を武力にて制圧した。
そして、黒の帝国の領土拡大に危機感を抱いた、白の聖王国、赤の王国、青の王国も、将来的に黒の帝国に抗するため、領土拡大に動き、世は戦乱の時代へと突入していった。
現在、この北西地域で最大の力を誇っているのは、間違いなく黒の帝国だった。
ルルーの紺の王国は、黒の帝国の南側、ジャンやミュウの緑の公国は黒の帝国の西側に位置している。
この北西地域に、一国で黒の帝国に対抗できる国は存在しない。対抗するには、最低でも2カ国による、二方面攻撃が必要だった。現状、まともに黒の帝国と戦えう力と気概があるのは、キッドの見る限り、自分が率いる紺の王国と、緑の公国だけだ。こちらが黒の帝国を打倒する可能性があるとすれば、南と西からの連携した攻撃しかありえない。そして、そのためには、紺の王国と緑の公国との同盟がどうしても必要だった。
キッドが最初に紺の王国に来た時の国力では、緑の公国の同盟国としては力不足過ぎて、その交渉のテーブルにさえつけなかった。だが、紫の王国を併合し、国力を倍にまで膨らませた今の紺の王国ならば、緑の公国のパートナーになりえる。
キッドは、ようやく黒の帝国と戦うスタートラインに立つに至ったのだ。
キッドは、緑の王国との同盟、そしてその後の黒の帝国への二面攻撃についても、ルルー達に説明をした。
「キッドさんの計画では、緑の公国との同盟が絶対に必要というわけですね」
ルルーがこの部屋で仕事をするようになって、いつの頃からか、ルルーのキッドに対する呼び名が、様付けからさん付けに変わっていた。
最初に呼び名が変わった時には、キッドも「あれ?」とは思ったが、よく考えればキッドはルルーの配下であり、様付けで呼ばれることの方がおかしかったと言える。そのため、特に理由を聞くようなこともせずにいたのだが、さん付けで呼ばれ続けるうちに、もうそれが当たり前に感じるようになっていた。
「ええ、我々には絶対に必要です。そして、同時に、この同盟は、緑の公国のためにもなると考えています」
ミュウの顔が少し綻び、代わりにルルーの顔が少し不機嫌になったが、キッドはその微妙な変化に気づいていない。
ルルーは、いまだにキッドの頭の中に緑の公国への想いがあることを感じたが、今はそのことは考えず、話を先へと進める。
「……となると、緑の公国への使者が必要となりますね」
ルルーの言葉にキッドは大きくうなずく。
この同盟は失敗できない。そのため、使者の人選は重要事項だった。
だから、キッドの中ではすでに、誰が使者かは決まっている。
「緑の公国へは俺が行きます。両国の橋渡し役として、俺以上に適任な者はいませんから」
キッドの言うことはもっともだった。そのため、キッドのその判断に関しては、キッド以外の3人にも異存はない。
だが、異存はないものの、ルルー、そしてルイセには不安があった。
キッドは元々緑の公国の人間だ。緑の公国に行って、同盟を成立させると、それで自分の紺の王国での仕事は終わったと、帰ってこずにそのまま緑の公国に残ってしまうのではないかと、どうしても危惧してしまう。もちろん、キッドのことは信頼している。しかし、緑の公国が、キッドの紺の王国への帰国を認めない可能性は大いにあり得た。
「じゃあ、私も当然ついていくね」
嬉しそうな声を上げたのはミュウだった。
(やった! これってチャンスじゃない! キッドが緑の公国に来てくれるのなら、そのまま引き止めれば、無事にキッドは緑の公国に復帰ってことだよ! ルルー王女のことも、ルイセさんのことも個人的には好きだけど、旧紫の王国を取り込んで国力を上げた今のこの国なら、キッドなしでもやっていけるはず。だったら、キッドは返してもらわないとね!)
ミュウはとびきりの笑顔だったが、そんな彼女に視線を向けるルルーとルイセの心中は穏やかではない。
ミュウがこの国へ来た理由を考えれば、二人にもミュウのその笑顔の理由は想像がつく。しかし、二人とも、ミュウの思い通りにさせるつもりはなかった。この国にも、自分にも、まだまだキッドは必要な人材なのだ。そんな簡単に緑の公国に持っていかれるわけにはいかない。
とはいえ、緑の公国の人間であるミュウが、キッドの緑の公国行きに同行するのを止めることはできない。むしろ、キッドが緑の公国に向かうのに、ミュウだけ残っている方がおかしな話だ。
だが、このまま黙ってキッドとミュウの二人だけで、緑の公国に向かわせるわけにもいかなかった。
(まずいです! ミュウさんは元々、キッドさんを連れ戻しに来ているんですから、二人だけで緑の公国に行ったら、絶対そのまま国に残るよう猛プッシュするに決まってるじゃないですか! キッドさんはミュウさんのこと、すごく信頼してますから、そんなことになったら、ホントに落ちかねません! だとしたら、私の立場でできることといえば……)
ルルーは思考を巡らし、すぐに自分が取れる手立てに思い当たった。
「ちょっと待ってください! 今回の同盟は、絶対に成立させないといけない同盟なんですよね?」
「ええ、もちろんです。この同盟なくして黒の帝国打倒はあり得ません」
「だったら、同盟のために、私も緑の公国に行きます! 緑の公国は我が国より国力は上です。その相手に、こちらから同盟を求めるのですから、礼を尽くさねばなりません! それならば、王女である私自らが出向いて、ジャン公王とお話させていただくのが筋というものでしょう」
紫の王国との戦いに付いて来た時も、キッドはミュウの思い付きと行動力には驚かされたが、それは今回も同じだった。ルルーが、城で騎士の帰りを待つような、物語に出てくる王女様でないことを、改めて思い知らされるが、だからといって、はいそうですかと受け入れていい話ではなかった。
「……ルルー王女、それはもはや使者でありません」
「ええ、ですが、こちらの本気さは伝わります。同盟は国と国との話ではありますが、その中にあるのは、人同士の心です。こちらの本気を見せなくて、どうして伝わるものがありましょうか」
思い返せば、山奥で隠居状態だったキッドを軍師にするために誘いに来てくれたのも、使いの者ではなく、ルルー自らだった。それも一度や二度ではなく、何度も来てくれたのだ。
ルルーのその熱い想いがあったからこそ、今自分はここにいるのだと、キッドは思わずにはいられない。
それを考えれば、ルルー自身が同盟のために緑の公国に赴くのは、悪くない手だと思えてくる。いや、むしろ、両国を代表するジャンとルルーが打算のない真に信頼し合える関係を築くためには、最善手だとさえ思えてくる。
「わかりました。ルルー王女も一緒に来てください。ジャンには、ルルー王女に直接会ってもらうのが一番かもしれません」
「はいっ!」
ミュウはどこか不機嫌な様子に見えたが、王女自身の判断とあっては、紺の王国の人間ではない自分には口を挟む資格はないと考えてか、何も言いはしなかった。
一方で、ルイセも顔には出していないものの、なぜか納得していない様子だった。そして、政治的なことに関しては普段何も言わずに黙々と仕事をこなす彼女が、今回は口を出してくる。
「では、私も一緒に行きます。護衛は必要でしょう」
さすがにその提案にはキッドも慌てる。
「いや、俺もミュウもいるから、さすがにこれ以上の護衛は必要ないよ」
「むっ」
能面のようだったルイセの顔に、明らかな不満の色が浮かぶ。
「それに、俺もルルーもミュウもいなくなると、その間、城や国のことを任せられる人間が必要になる。ルイセにはそれを任せたい」
ルイセの顔はまるで拗ねた子供のようだった。ルイセがここまで顔に自分の感情を出すのを、キッドはほとんど見たことがない。
「……私に留守番をしていろということですか」
「ルイセさん、お願いできませんか。ルイセさんが残ってくださるのなら、私も後顧の憂いなく緑の公国に向かうことができます」
さすがにルルーにまでそう言われては、ルイセもそれ以上わがままを通すわけにはいかなかった。旧紫領の併合でまだ落ち着ききっていない今の紺の王国で、ルルーとキッドが一時的にも不在になるリスクについては、ルイセも理解はしている。
「……わかりました」
納得した顔には見えなかったが、それでもルイセは自分の役割を受け入れた。
「それじゃあ、同盟の条件や、緑の公国に向かう日程や行程について考えようか」
「あ、その前に、ちょっとお花摘みに行ってきますね」
この四人が一度話し合えば熱が入ってしまい、なかなか休憩にも入れない。
それがわかっているから、そうなる前に、ルルーが席を立って、部屋を出て行く。
「……では、私も」
珍しくルイセもルルーに続いて部屋を出て行った。
◆ ◆ ◆ ◆
軍師用執務室を出てトイレに向かっていたルルーに、ルイセが足早に追いつく。
「あ、ルイセさんもですか?」
「いえ、ルルー王女にお話したいことがありまして」
「私にですか?」
少し驚いた様子でルルーが足を止める。
ルイセがキッド以外の相手に話しかけるのを見るのは、ルルーにとっても滅多にないことだった。
何か重要な話なのだとルルーは身構えてしまう。
「はい。……ルルー王女にお願いしておかねばならないと思いまして。……キッド君を緑の公国に取られてはいけません。必ず連れて戻ってきてください」
ルイセの顔を見て、ルルーはルイセが自分と同じ危機感を抱いていたことを察した。
そして、ルイセが自分の想いを託そうとしてくれていることも。
「わかってます。この命にかえても必ずキッドさんと一緒に戻ってきます」
だから、ルルーは、ルイセの手をとり、決意を込めた瞳でルイセに応える。
「頼みましたよ」
ルルーはルイセの手に力がこもるのを感じ、キッドのことを託されたと重みを嚙みしめた。
だが、ひと月ほどもすると、それらもなんとか片付き、キッドもようやく旧紫の王国以外のことに手をつけられるようになってくる。
キッドは、手元の仕事を終えると、軍師用執務室にいる三人の女の子に目を向けた。
元々、この部屋には、キッドの作業机と、来客用テーブルしかなかったが、今や、そのテーブルは隅に追いやられ、部屋の中には四つの机がロの字に並んでいる。キッドの正面にルルー、右側にミュウ、左側にルイセと、それぞれが真ん中に向く形で、机についている。
最初に机をこの部屋に持ち込んだのはミュウだった。
キッドが紫の王国への遠征から帰ってきた時には、すでにミュウの机が軍師用執務室に置いてあった。
キッド不在の間、執務室を好きに使っていいとは言ったが、そういう使い方をされるのはキッドも想定していなかった。とはいえ、ミュウに「することはいっぱいあるんでしょ? ほかにすることないから、手伝ってあげようと思ってね」と言われては、断る理由もない。
実際、ミュウの事務処理能力は、文官として要職に就けるほどに高く、キッドの大きな助けとなってくれた。今やミュウのサポートなしでの仕事はあり得ない。
次はルルーだった。
諸々の調整ごとについて、キッドとルルーが協議して決めねばならないことは多くあった。最初はそのたびにルルーが、キッドの執務室に足を運んでいたのだが、キッドとミュウが一緒の部屋で仕事しているのを見て、ルルーは用がなくても執務室にいつくようになった。
それでも、初めてのうちは来客用テーブルについている程度だったのだが、そのうち、自分用の机をこの部屋に持ち込み、キッドと調整の必要のない仕事もここで行うようになっていた。
最後はルイセ。
ルルーまでもがキッドの執務室に机を用意して、三人が机を△の形にして、顔を合わせながら仕事をしているのを見たその日の深夜に、ルイセは密かに自分の机を持ち込んで、四つの机を□の形に変えると、翌日から何食わぬ顔で、キッドの執務室で仕事を始めていた。
そんなこんなで、随分と賑やかになってしまった自分の執務室で、キッドは少し真剣な顔をする。
「みんな、ちょっといいかな。旧紫領に関してはほかの者に任せられるようになってきたから、俺達はそろそろ次の段階に進みたいと思うんだが」
皆の視線がキッドへと集まった。
その中で、代表するかのようにルルーが口を開く。
「次の段階というと?」
「黒の帝国に対抗するための次の段階です」
黒の帝国という言葉に、三人の顔に真剣みが増した。
皆、手元の書類から手を離し、キッドの話に意識を集中させる。
「具体的なことを聞かせていただけますか?」
「もちろんです。俺が次に考えているのは、緑の公国との同盟です」
それはキッドが、この紺の王国に来た時から考えていたことだった。
この世界は、四方を海に囲まれた決して広くない土地の中に、数十もの国が乱立していた。
その中でも、大国と言われたのは、北西地域の黒の王国、南西地域の白の聖王国、北東地域の赤の王国、南東地域の青の王国の4カ国だ。その4国がそれぞれの地域の中心的な役割を果たしながら、数十もの国は平和な治世を送っていた。
だが、その状況が変わったのは、今の黒の帝国の皇帝が、黒の王国の王に即位してからだ。黒の王国は、黒の帝国を名乗った上で覇を唱え、隣国を武力にて制圧した。
そして、黒の帝国の領土拡大に危機感を抱いた、白の聖王国、赤の王国、青の王国も、将来的に黒の帝国に抗するため、領土拡大に動き、世は戦乱の時代へと突入していった。
現在、この北西地域で最大の力を誇っているのは、間違いなく黒の帝国だった。
ルルーの紺の王国は、黒の帝国の南側、ジャンやミュウの緑の公国は黒の帝国の西側に位置している。
この北西地域に、一国で黒の帝国に対抗できる国は存在しない。対抗するには、最低でも2カ国による、二方面攻撃が必要だった。現状、まともに黒の帝国と戦えう力と気概があるのは、キッドの見る限り、自分が率いる紺の王国と、緑の公国だけだ。こちらが黒の帝国を打倒する可能性があるとすれば、南と西からの連携した攻撃しかありえない。そして、そのためには、紺の王国と緑の公国との同盟がどうしても必要だった。
キッドが最初に紺の王国に来た時の国力では、緑の公国の同盟国としては力不足過ぎて、その交渉のテーブルにさえつけなかった。だが、紫の王国を併合し、国力を倍にまで膨らませた今の紺の王国ならば、緑の公国のパートナーになりえる。
キッドは、ようやく黒の帝国と戦うスタートラインに立つに至ったのだ。
キッドは、緑の王国との同盟、そしてその後の黒の帝国への二面攻撃についても、ルルー達に説明をした。
「キッドさんの計画では、緑の公国との同盟が絶対に必要というわけですね」
ルルーがこの部屋で仕事をするようになって、いつの頃からか、ルルーのキッドに対する呼び名が、様付けからさん付けに変わっていた。
最初に呼び名が変わった時には、キッドも「あれ?」とは思ったが、よく考えればキッドはルルーの配下であり、様付けで呼ばれることの方がおかしかったと言える。そのため、特に理由を聞くようなこともせずにいたのだが、さん付けで呼ばれ続けるうちに、もうそれが当たり前に感じるようになっていた。
「ええ、我々には絶対に必要です。そして、同時に、この同盟は、緑の公国のためにもなると考えています」
ミュウの顔が少し綻び、代わりにルルーの顔が少し不機嫌になったが、キッドはその微妙な変化に気づいていない。
ルルーは、いまだにキッドの頭の中に緑の公国への想いがあることを感じたが、今はそのことは考えず、話を先へと進める。
「……となると、緑の公国への使者が必要となりますね」
ルルーの言葉にキッドは大きくうなずく。
この同盟は失敗できない。そのため、使者の人選は重要事項だった。
だから、キッドの中ではすでに、誰が使者かは決まっている。
「緑の公国へは俺が行きます。両国の橋渡し役として、俺以上に適任な者はいませんから」
キッドの言うことはもっともだった。そのため、キッドのその判断に関しては、キッド以外の3人にも異存はない。
だが、異存はないものの、ルルー、そしてルイセには不安があった。
キッドは元々緑の公国の人間だ。緑の公国に行って、同盟を成立させると、それで自分の紺の王国での仕事は終わったと、帰ってこずにそのまま緑の公国に残ってしまうのではないかと、どうしても危惧してしまう。もちろん、キッドのことは信頼している。しかし、緑の公国が、キッドの紺の王国への帰国を認めない可能性は大いにあり得た。
「じゃあ、私も当然ついていくね」
嬉しそうな声を上げたのはミュウだった。
(やった! これってチャンスじゃない! キッドが緑の公国に来てくれるのなら、そのまま引き止めれば、無事にキッドは緑の公国に復帰ってことだよ! ルルー王女のことも、ルイセさんのことも個人的には好きだけど、旧紫の王国を取り込んで国力を上げた今のこの国なら、キッドなしでもやっていけるはず。だったら、キッドは返してもらわないとね!)
ミュウはとびきりの笑顔だったが、そんな彼女に視線を向けるルルーとルイセの心中は穏やかではない。
ミュウがこの国へ来た理由を考えれば、二人にもミュウのその笑顔の理由は想像がつく。しかし、二人とも、ミュウの思い通りにさせるつもりはなかった。この国にも、自分にも、まだまだキッドは必要な人材なのだ。そんな簡単に緑の公国に持っていかれるわけにはいかない。
とはいえ、緑の公国の人間であるミュウが、キッドの緑の公国行きに同行するのを止めることはできない。むしろ、キッドが緑の公国に向かうのに、ミュウだけ残っている方がおかしな話だ。
だが、このまま黙ってキッドとミュウの二人だけで、緑の公国に向かわせるわけにもいかなかった。
(まずいです! ミュウさんは元々、キッドさんを連れ戻しに来ているんですから、二人だけで緑の公国に行ったら、絶対そのまま国に残るよう猛プッシュするに決まってるじゃないですか! キッドさんはミュウさんのこと、すごく信頼してますから、そんなことになったら、ホントに落ちかねません! だとしたら、私の立場でできることといえば……)
ルルーは思考を巡らし、すぐに自分が取れる手立てに思い当たった。
「ちょっと待ってください! 今回の同盟は、絶対に成立させないといけない同盟なんですよね?」
「ええ、もちろんです。この同盟なくして黒の帝国打倒はあり得ません」
「だったら、同盟のために、私も緑の公国に行きます! 緑の公国は我が国より国力は上です。その相手に、こちらから同盟を求めるのですから、礼を尽くさねばなりません! それならば、王女である私自らが出向いて、ジャン公王とお話させていただくのが筋というものでしょう」
紫の王国との戦いに付いて来た時も、キッドはミュウの思い付きと行動力には驚かされたが、それは今回も同じだった。ルルーが、城で騎士の帰りを待つような、物語に出てくる王女様でないことを、改めて思い知らされるが、だからといって、はいそうですかと受け入れていい話ではなかった。
「……ルルー王女、それはもはや使者でありません」
「ええ、ですが、こちらの本気さは伝わります。同盟は国と国との話ではありますが、その中にあるのは、人同士の心です。こちらの本気を見せなくて、どうして伝わるものがありましょうか」
思い返せば、山奥で隠居状態だったキッドを軍師にするために誘いに来てくれたのも、使いの者ではなく、ルルー自らだった。それも一度や二度ではなく、何度も来てくれたのだ。
ルルーのその熱い想いがあったからこそ、今自分はここにいるのだと、キッドは思わずにはいられない。
それを考えれば、ルルー自身が同盟のために緑の公国に赴くのは、悪くない手だと思えてくる。いや、むしろ、両国を代表するジャンとルルーが打算のない真に信頼し合える関係を築くためには、最善手だとさえ思えてくる。
「わかりました。ルルー王女も一緒に来てください。ジャンには、ルルー王女に直接会ってもらうのが一番かもしれません」
「はいっ!」
ミュウはどこか不機嫌な様子に見えたが、王女自身の判断とあっては、紺の王国の人間ではない自分には口を挟む資格はないと考えてか、何も言いはしなかった。
一方で、ルイセも顔には出していないものの、なぜか納得していない様子だった。そして、政治的なことに関しては普段何も言わずに黙々と仕事をこなす彼女が、今回は口を出してくる。
「では、私も一緒に行きます。護衛は必要でしょう」
さすがにその提案にはキッドも慌てる。
「いや、俺もミュウもいるから、さすがにこれ以上の護衛は必要ないよ」
「むっ」
能面のようだったルイセの顔に、明らかな不満の色が浮かぶ。
「それに、俺もルルーもミュウもいなくなると、その間、城や国のことを任せられる人間が必要になる。ルイセにはそれを任せたい」
ルイセの顔はまるで拗ねた子供のようだった。ルイセがここまで顔に自分の感情を出すのを、キッドはほとんど見たことがない。
「……私に留守番をしていろということですか」
「ルイセさん、お願いできませんか。ルイセさんが残ってくださるのなら、私も後顧の憂いなく緑の公国に向かうことができます」
さすがにルルーにまでそう言われては、ルイセもそれ以上わがままを通すわけにはいかなかった。旧紫領の併合でまだ落ち着ききっていない今の紺の王国で、ルルーとキッドが一時的にも不在になるリスクについては、ルイセも理解はしている。
「……わかりました」
納得した顔には見えなかったが、それでもルイセは自分の役割を受け入れた。
「それじゃあ、同盟の条件や、緑の公国に向かう日程や行程について考えようか」
「あ、その前に、ちょっとお花摘みに行ってきますね」
この四人が一度話し合えば熱が入ってしまい、なかなか休憩にも入れない。
それがわかっているから、そうなる前に、ルルーが席を立って、部屋を出て行く。
「……では、私も」
珍しくルイセもルルーに続いて部屋を出て行った。
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軍師用執務室を出てトイレに向かっていたルルーに、ルイセが足早に追いつく。
「あ、ルイセさんもですか?」
「いえ、ルルー王女にお話したいことがありまして」
「私にですか?」
少し驚いた様子でルルーが足を止める。
ルイセがキッド以外の相手に話しかけるのを見るのは、ルルーにとっても滅多にないことだった。
何か重要な話なのだとルルーは身構えてしまう。
「はい。……ルルー王女にお願いしておかねばならないと思いまして。……キッド君を緑の公国に取られてはいけません。必ず連れて戻ってきてください」
ルイセの顔を見て、ルルーはルイセが自分と同じ危機感を抱いていたことを察した。
そして、ルイセが自分の想いを託そうとしてくれていることも。
「わかってます。この命にかえても必ずキッドさんと一緒に戻ってきます」
だから、ルルーは、ルイセの手をとり、決意を込めた瞳でルイセに応える。
「頼みましたよ」
ルルーはルイセの手に力がこもるのを感じ、キッドのことを託されたと重みを嚙みしめた。
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そんなある日。電気工事の仕事で感電死……まだまだやりたいことがあったのにと嘆くと、なんと異世界転生していた!!
これは、異世界で工務店の仕事をしながら、異世界で独身生活を満喫するおじさんの物語。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
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