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第27話 哲学フィールド

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「わざわざ自分のクラブを言うってことは、あんたも生徒会長に命令されて来た類か?」
「いえいえ。私は人の命令で動いたりはしませんよ」
「だったら、何しに来たのよ?」

 不幸の手紙を見た後の盟子の視線は、言葉以上に鋭い。

「いえ。ちょっとあなた方と一緒に、真理の探求でもしようかと思いましてね」
「……悪いが俺達は先を急いでいるんだ。あんたのクラブ活動につきあっているほど暇じゃない」
「世の中に、確実に存在するものってあると思います?」

 話を無視したいきなりの発言に、彼方達は顔を見合わせ、互いにクエスチョンマークを浮かべ合う。

「だから、何度も言うが俺達は急いで──」
「たとえば、この廊下や壁や下駄箱、そして教室。ひいてはこの校舎や校庭。それらは本当に存在しているんでしょうか?」

 にこやなか顔のわりに、人の話を聞かない上、堂々と言葉を遮る学。
 そのことも困ったものだが、彼の言葉の内容はもっとやっかいであるかもしれない。街角で、「あなたの幸せを祈らせてください」などといきなり声をかけられたのと同じようなやっかいさがそこにはある。俺にはあんたの言ってること(やりたいこと)がよくわからん、やりたいならあんた一人でやってくれ──というやつだ。
 彼方はうなだれつつ両手を広げて肩をすくめてみせる。

「どう思われます? 本当に存在しているのでしょうか?」

 なおもしつこい学。彼方は無視して行こうとしたが、それより先に盟子が口を開いた。

「何言ってるのよ。そんなの当たり前でしょ! 現にあたし達はこうして足を踏みしめているし、触ることもできるのよ。もしもそういったものが本当はないんだとしたら、あたし達が今踏みしめているものは何? 触っているものは何んだっていうの!?」

 まだ怒りの収まらない盟子には無視することはできなかったようだ。憤りの矛先を学に向けて、少しでも憂さ晴らしをしたいのか、その口調は八つ当たり気味。

「しかし、幻覚という可能性は考えられませんか? それに、あなた方は夢を見たことはありませんか?」
「そんなのあるに決まってるじゃない!」

「では、その中で学校の夢を見たことはありますか?」
「私はありますよ~」

 とろりんも話に加わってきた。彼女にはこの問答もなぞなぞ感覚なのかもしれない。

「あたしだってあるわよ」
「僕だってそのくらいありますよ」

 品緒まで楽しげに参戦してきた。だが、こんなことしてる場合なのか?という思いの彼方は、その輪から少し離れ、結局何が言いたいんだよ!と言いたげな苛立ちの視線を学に向けている。もっとも、そのあからさまな視線に気づいているはずの学は、全く気にした素振りを見せずに訳のわからない話を続けて行くが。

「その夢の中では校舎は存在していましたよね」
「もちろんです~」

「では、夢から冷めた時、そこに校舎は存在していましたか?」
「夢なんだからあるわけないだろ」

 つっけんどんにそう言うのは彼方。別にとろりんのように自分も参加したくなった訳ではない。無駄話にいい加減に痺れをきらし、話を終わらせるために口を挟んできたのだ。
 彼方の言葉に、盟子や品緒も、当然のことだと言いたげな顔でうなずく。

「そうですよね。では、聞きますが、今、あなた方が現実だと思っているこれが夢だとしたらどうします? そうだとした時、ここにあるものがちゃんと存在していると言い切れますか?」
「…………」

 今度も即答して、もう話を終わらせてやろう。そう思った彼方だが、しばし考えて、それができない自分に気づく。

「そう言われると……」

 彼方だけでなく盟子達にも言い返す言葉がなかった。
 当たり前、当たり前と来たところにこの展開。今度の言葉も論理的にはつじつまがあっており、当たり前と言うことができる。だが、それを当たり前としてしまうのは、常識的な感覚としては、大いに抵抗があった。

「私が知る限り、本人の自覚において、覚醒と睡眠とを区別することができる何か印のようなものは存在していません。そうだとすると、私達は夢と現実とを区別することは全くの不可能だということです。目が覚めて、あれは夢だったのだと後から知る以外には」
「た、確かに……」

 彼方達が学の意見を認めてしまった時、変化が起こった。彼らは急に闇に包み込まれた。いや、闇に包み込まれたという表現は適切ではない。正しくは、一瞬にして下駄箱や廊下という外界のものが消え去り、その結果何もないものがそこに残った。それは何もないが故に光を反射することもなく闇に見えた──と言うべきであろう。

「こ、これはどういうことだ?」

 何もない足元。上も下も分からない空間にただ浮かんでいる。
 彼方、盟子、とろりん、品緒、波佐見。その五人の姿は見ることができるが、何故か学の姿は消えている。

『哲学フィールドへようこそ』

 それは学の声だった。
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