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第3話 料理スキル
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現実逃避するかのように、俺は「猛き猪」との戦いに至った経緯を思い返していたが、そんなことをしたところで状況が好転するわけでもない。目の前にそびえ立つ巨大なネームドモンスター「猛き猪」は、圧倒的な存在感と、重苦しい絶望感を俺達に叩きつけてくる。
ネームドモンスターとは、通常のモンスターとは一線を画す、特定の名前を持ったレアモンスターのことだ。出現場所は地点に限定されている場合もあれば、広範囲にランダムに出現する場合もあるが、同じ名前のネームドモンスターが同時に存在するのは1体のみ。いったん倒されると、再出現までには時間を要するという共通点がある。今まで猛き猪がこの森に出るという話は、一度も耳にしたことがなかった。今回の遭遇は、まったくの想定外だ。
だが、今となってはそんなことを考えている余裕もない。猛き猪に目を付けられてしまった以上、逃げることもできず、俺達は3人だけになっても戦うしかない
俺は戦闘用の武器よりもも馴染み深い高級包丁を握り締め、猛き猪に向かって振り下ろす。
ショウの攻撃 猛き猪にダメージ1
攻撃に命中すれば、最低でも1のダメージが出る。逆に言えば、俺の攻撃はその最低値しか出せていないということだ。
戦士、武闘家、暗黒騎士の3人も、通常攻撃では俺と同じく1のダメージしか与えられていなかった。だからこそ、まともなダメージが与えられないとわかっていても、せめて料理人としての意地を見せたかったのだ。
「この状況で、包丁で戦うとはショウらしいな」
「どのみち絶望的な状況なんですから、好きにしてくれてかまいませんよ!」
俺の行動は、どう見ても無謀なものに見えるはずだが、クマサンもミコトさんも文句を言わなかった。クマサンは敵のターゲットを取り続けて一身に攻撃を受け続けてくれているし、ミコトさん勝てる見込みなんてないのに諦めることなくクマサンを回復し続けてくれている。
くそっ! どれだけ意地を張っても、俺は所詮料理人か!
二人みたいに、もっと俺にも何かできることがあれば……。
俺は何かほかにできることはないかと、駄目元で自分のスキル欄に目を向けた。
サブ職業の白魔導士が使える回復魔法が、使用可能を示す白文字で表示されている。一度使えばこれがグレーになり、リキャスト時間が経過するまでは白には戻らない。今のところ白魔法はすべて白文字だ。
とはいえ、サブ職業の白魔法でできることは、メイン職業巫女のミコトさんがこなしている。俺にできることなどないのだろうか。
料理人なんてクソの役にも立たない――昔、初めてパーティを組んだ時に、メンバーに言われた言葉が頭をよぎる。
悔しいが、確かにその通りかもしれない。
自嘲しながら、それでも何か悪あがきの一つでもできないかと、俺は料理人スキルのウインドウを開いてみた。
……あれ?
なぜだ? 料理の際に使うスキルが白文字になっているぞ?
前に初めてパーティを組んでアンデッド系モンスターと戦った時は、このスキルがグレー表示で使えなかったのに、どういうことだろうか?
……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。使えるのなら試してみるしかない。
これで少しでも猛き猪に嫌がらせができるのなら御の字だ!
「スキル、輪切り!」
クマサンとミコトさんは驚きの目を向けてくるが、俺は気にせず料理スキルを発動させた。
ショウの攻撃 猛き猪にダメージ128
「…………え!?」
スキルを使った俺自身が自分の目を疑う。
クマサンとミコトさんも、さっき俺が料理スキルを使った時とは、また違う種類の驚愕の表情を浮かべている。
「今のはなんだ!?」
「……もしかしてバグでしょうか?」
二人の反応を見る限り、俺の見間違いではなさそうだ。
しかし、暗黒騎士が防御を捨てて攻撃して10程度のダメージしか与えられなかった相手に、料理人の俺が128のダメージを叩き出すなんて、誰が想像できただろうか。
「ショウさん、もう一度その攻撃をやってみてください!」
ミコトさんの声には期待が込められている。だが、スキルウインドウの「輪切り」はグレー表示に変わっていて、使いたくても使えない。
「すまない! 今はリキャスト中だ!」
戦闘スキルに比べればリキャスト時間は短いが、料理人スキルにもやはりリキャスト時間がある。さすがに連続使用はできない。
「ショウ、ほかの料理スキルは使えないのか!?」
クマサンに指摘され、俺はハッとした。
そうだ、俺が使える料理スキルは「輪切り」だけではない。
確認してみれば、ほかの料理スキルも白文字表示で使用可能になっているのがわかった。
さすが何度も俺が料理するところを見てきたクマサンだ。俺自身さえ忘れていたことを、彼が思い出させてくれた。
「大丈夫だ、使える! 試してみるよ! スキル、半月切り!」
ショウの攻撃 猛き猪にダメージ137
まただ。また戦闘職でさえ出せないほどのダメージを、料理人の俺の包丁が叩き出している。
「どうやらさっきのはマグレじゃなかったようだな」
「効くんだったらマグレでもバグでもなんでいいですよ!」
一瞬、マグレやバグという可能性も考えたが、俺はすぐにその考えを振り払った。
料理スキルは高い防御力が設定された肉を切るための技だ。生きている猛き猪であっても、料理人にとってはそれが「肉」である以上、同じ原理が働いているのかもしれない。そして、料理スキルの効果は包丁の攻撃力ではなく、その「切れ味」によって計算されている。だからこそ、この信じがたいほどのダメージの結果に納得がいく。
「これはマグレでもバグでもない! 料理スキルなら猛き猪にだってダメージを与えられるんだ!」
「詳しいことはわかりませんが、でしたらショウさんが私達の最大アタッカーってことですね! クマサンは私が支えます! ショウさん、猛き猪は任せましたよ!」
まじかよ!?
俺がパーティ内の最大アタッカー?
料理人の俺が?
ミコトさんの言葉に体が震えた。
それは恐怖や緊張からではなく、武者震いだ。
仲間に頼られ、アタッカー3人が尻尾を撒いて逃げるような敵に立ち向かうという状況が、俺の心を燃え上がらせた。
俺は興奮で震える右手を再び猛き猪へと振り下ろす。
「スキル、いちょう切り!」
ショウの攻撃 猛き猪にダメージ156
物凄いダメージ値に、快感すら覚える。
猛き猪相手にこれだけやれれば、たとえ負けたとしても俺として十分かもしれない。
だけど、クマサンとミコトさんは、それ以上のことを考えていたみたいだ。二人して頷き合うと、その動きが急に慌ただしくなる。
クマサンは硬化薬・上を飲んだ
ミコトはSP常時回復薬・中を飲んだ
二人の行動を示すシステムメッセージが表示された。
硬化薬・上もSP常時回復薬・中も、どちらも店売りはしておらず、錬金術師からしか買えない高価な薬アイテムだ。パーティが窮地の時に備えて、たいていのプレイヤーは高価な薬アイテムをアイテムボックスに入れてはいるが、もったいなくて、ピンチになっても使わずに死ぬ方を選ぶなんてことも珍しくない。
それほどのアイテムをこんなところで惜しみなく使うなんて、二人は一体何を考えてるんだ!?
「どうしたんだよ、二人とも!? こんな戦いを長引かせてどうするつもりなんだよ!?」
「どうするって、決まってるだろ?」
「勝ちにいくに決まってるじゃないですか!」
二人の瞳が、まるで初めて見るかのような輝きを宿し、俺に向けられている。
その一瞬で、俺はその瞳の正体を思い出した。
それは、期待の眼差しだ。
もう随分と長い間、俺が誰かに向けられたことのなかった、熱い期待だ。
二人のその目を見た瞬間、俺は理解した。
この二人は、本気でこの猛き猪に勝つつもりなんだ!
そして、そのために俺に、この怪物の体力を削り切るという最も重要な役割を期待してくれている。高価なアイテムを惜しげもなく使ってくれたのも、俺がその力を持っていると信じてくれているからにほかならない。
やってやる!
こうなったら俺だってやってやる!
俺に期待をかけ、信じてくれているこの二人のために、絶対にやってやるんだ!
「スキル、みじん切り!」
魂を込めた右腕が、猛き猪へと振り下ろされる。
ショウの攻撃 猛き猪にダメージ312
この戦いでの最大ダメージが表示される。
敵の体力ゲージが見てわかるくらいに減少した。
もうこれはただの悪あがきではない。
猛き猪を倒すための、俺達3人の本気の戦いが始まっているんだ。
ネームドモンスターとは、通常のモンスターとは一線を画す、特定の名前を持ったレアモンスターのことだ。出現場所は地点に限定されている場合もあれば、広範囲にランダムに出現する場合もあるが、同じ名前のネームドモンスターが同時に存在するのは1体のみ。いったん倒されると、再出現までには時間を要するという共通点がある。今まで猛き猪がこの森に出るという話は、一度も耳にしたことがなかった。今回の遭遇は、まったくの想定外だ。
だが、今となってはそんなことを考えている余裕もない。猛き猪に目を付けられてしまった以上、逃げることもできず、俺達は3人だけになっても戦うしかない
俺は戦闘用の武器よりもも馴染み深い高級包丁を握り締め、猛き猪に向かって振り下ろす。
ショウの攻撃 猛き猪にダメージ1
攻撃に命中すれば、最低でも1のダメージが出る。逆に言えば、俺の攻撃はその最低値しか出せていないということだ。
戦士、武闘家、暗黒騎士の3人も、通常攻撃では俺と同じく1のダメージしか与えられていなかった。だからこそ、まともなダメージが与えられないとわかっていても、せめて料理人としての意地を見せたかったのだ。
「この状況で、包丁で戦うとはショウらしいな」
「どのみち絶望的な状況なんですから、好きにしてくれてかまいませんよ!」
俺の行動は、どう見ても無謀なものに見えるはずだが、クマサンもミコトさんも文句を言わなかった。クマサンは敵のターゲットを取り続けて一身に攻撃を受け続けてくれているし、ミコトさん勝てる見込みなんてないのに諦めることなくクマサンを回復し続けてくれている。
くそっ! どれだけ意地を張っても、俺は所詮料理人か!
二人みたいに、もっと俺にも何かできることがあれば……。
俺は何かほかにできることはないかと、駄目元で自分のスキル欄に目を向けた。
サブ職業の白魔導士が使える回復魔法が、使用可能を示す白文字で表示されている。一度使えばこれがグレーになり、リキャスト時間が経過するまでは白には戻らない。今のところ白魔法はすべて白文字だ。
とはいえ、サブ職業の白魔法でできることは、メイン職業巫女のミコトさんがこなしている。俺にできることなどないのだろうか。
料理人なんてクソの役にも立たない――昔、初めてパーティを組んだ時に、メンバーに言われた言葉が頭をよぎる。
悔しいが、確かにその通りかもしれない。
自嘲しながら、それでも何か悪あがきの一つでもできないかと、俺は料理人スキルのウインドウを開いてみた。
……あれ?
なぜだ? 料理の際に使うスキルが白文字になっているぞ?
前に初めてパーティを組んでアンデッド系モンスターと戦った時は、このスキルがグレー表示で使えなかったのに、どういうことだろうか?
……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。使えるのなら試してみるしかない。
これで少しでも猛き猪に嫌がらせができるのなら御の字だ!
「スキル、輪切り!」
クマサンとミコトさんは驚きの目を向けてくるが、俺は気にせず料理スキルを発動させた。
ショウの攻撃 猛き猪にダメージ128
「…………え!?」
スキルを使った俺自身が自分の目を疑う。
クマサンとミコトさんも、さっき俺が料理スキルを使った時とは、また違う種類の驚愕の表情を浮かべている。
「今のはなんだ!?」
「……もしかしてバグでしょうか?」
二人の反応を見る限り、俺の見間違いではなさそうだ。
しかし、暗黒騎士が防御を捨てて攻撃して10程度のダメージしか与えられなかった相手に、料理人の俺が128のダメージを叩き出すなんて、誰が想像できただろうか。
「ショウさん、もう一度その攻撃をやってみてください!」
ミコトさんの声には期待が込められている。だが、スキルウインドウの「輪切り」はグレー表示に変わっていて、使いたくても使えない。
「すまない! 今はリキャスト中だ!」
戦闘スキルに比べればリキャスト時間は短いが、料理人スキルにもやはりリキャスト時間がある。さすがに連続使用はできない。
「ショウ、ほかの料理スキルは使えないのか!?」
クマサンに指摘され、俺はハッとした。
そうだ、俺が使える料理スキルは「輪切り」だけではない。
確認してみれば、ほかの料理スキルも白文字表示で使用可能になっているのがわかった。
さすが何度も俺が料理するところを見てきたクマサンだ。俺自身さえ忘れていたことを、彼が思い出させてくれた。
「大丈夫だ、使える! 試してみるよ! スキル、半月切り!」
ショウの攻撃 猛き猪にダメージ137
まただ。また戦闘職でさえ出せないほどのダメージを、料理人の俺の包丁が叩き出している。
「どうやらさっきのはマグレじゃなかったようだな」
「効くんだったらマグレでもバグでもなんでいいですよ!」
一瞬、マグレやバグという可能性も考えたが、俺はすぐにその考えを振り払った。
料理スキルは高い防御力が設定された肉を切るための技だ。生きている猛き猪であっても、料理人にとってはそれが「肉」である以上、同じ原理が働いているのかもしれない。そして、料理スキルの効果は包丁の攻撃力ではなく、その「切れ味」によって計算されている。だからこそ、この信じがたいほどのダメージの結果に納得がいく。
「これはマグレでもバグでもない! 料理スキルなら猛き猪にだってダメージを与えられるんだ!」
「詳しいことはわかりませんが、でしたらショウさんが私達の最大アタッカーってことですね! クマサンは私が支えます! ショウさん、猛き猪は任せましたよ!」
まじかよ!?
俺がパーティ内の最大アタッカー?
料理人の俺が?
ミコトさんの言葉に体が震えた。
それは恐怖や緊張からではなく、武者震いだ。
仲間に頼られ、アタッカー3人が尻尾を撒いて逃げるような敵に立ち向かうという状況が、俺の心を燃え上がらせた。
俺は興奮で震える右手を再び猛き猪へと振り下ろす。
「スキル、いちょう切り!」
ショウの攻撃 猛き猪にダメージ156
物凄いダメージ値に、快感すら覚える。
猛き猪相手にこれだけやれれば、たとえ負けたとしても俺として十分かもしれない。
だけど、クマサンとミコトさんは、それ以上のことを考えていたみたいだ。二人して頷き合うと、その動きが急に慌ただしくなる。
クマサンは硬化薬・上を飲んだ
ミコトはSP常時回復薬・中を飲んだ
二人の行動を示すシステムメッセージが表示された。
硬化薬・上もSP常時回復薬・中も、どちらも店売りはしておらず、錬金術師からしか買えない高価な薬アイテムだ。パーティが窮地の時に備えて、たいていのプレイヤーは高価な薬アイテムをアイテムボックスに入れてはいるが、もったいなくて、ピンチになっても使わずに死ぬ方を選ぶなんてことも珍しくない。
それほどのアイテムをこんなところで惜しみなく使うなんて、二人は一体何を考えてるんだ!?
「どうしたんだよ、二人とも!? こんな戦いを長引かせてどうするつもりなんだよ!?」
「どうするって、決まってるだろ?」
「勝ちにいくに決まってるじゃないですか!」
二人の瞳が、まるで初めて見るかのような輝きを宿し、俺に向けられている。
その一瞬で、俺はその瞳の正体を思い出した。
それは、期待の眼差しだ。
もう随分と長い間、俺が誰かに向けられたことのなかった、熱い期待だ。
二人のその目を見た瞬間、俺は理解した。
この二人は、本気でこの猛き猪に勝つつもりなんだ!
そして、そのために俺に、この怪物の体力を削り切るという最も重要な役割を期待してくれている。高価なアイテムを惜しげもなく使ってくれたのも、俺がその力を持っていると信じてくれているからにほかならない。
やってやる!
こうなったら俺だってやってやる!
俺に期待をかけ、信じてくれているこの二人のために、絶対にやってやるんだ!
「スキル、みじん切り!」
魂を込めた右腕が、猛き猪へと振り下ろされる。
ショウの攻撃 猛き猪にダメージ312
この戦いでの最大ダメージが表示される。
敵の体力ゲージが見てわかるくらいに減少した。
もうこれはただの悪あがきではない。
猛き猪を倒すための、俺達3人の本気の戦いが始まっているんだ。
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