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第35話 告白

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 椎名は、今まで剣を合わせあうたびに、丈がしきりに自分を赤の国に引き入れようとしていたことを思い出す。

「何故だ、何故そんなにオレにこだわる!?」

「…………」

 押し黙る丈。激し火線が飛び交う戦場の中、二機のラブリオンはただじっと対峙する。

「……お前はこの世界に来たことをどう思っている? 嫌だったか?」

 丈の言葉はさっきまでの興奮が嘘のように穏やかだった。

「当たり前だろ! テレビもスマホもない、いつ死ぬかわからないこんな世界がいいわけがない! 元の世界に戻れるならば、今すぐにでも戻りたいと思っている!」

「オレはそんなに嫌じゃなかった」

 丈の言葉は意外だった。椎名には丈の真意がわからない。

「……お前と一緒だったからな。お前が側にいてくれるのなら、オレはこの世界だろうが、オレ達の世界だろうがどちらでもかまわん。……むしろ、同じ世界の人間は二人だけ、いつも同じ建物の中で暮らせるこの世界の方が良かったかもしれない」

 丈のラブパワーが変わった。直感的に椎名はそう感じた。具体的にどう変わったのかは説明できないが。

「……だが、いつまでもその暮らしを続けているわけにもいかなかった。これからのことを考えると、お前の未来のことを考えると、いてもたってもいられなかった。お前が幸福に生きられる世界、それを築かなければ──そんな思いがオレを駆り立てた」

(何故俺の未来なんだ? 何故自分のことじゃない?)

 ブラオヴィントの剣に迷いが生じる。それと同時にドナーの剣にも変化が現れ始めた。

「なのに、……なのに何故オレは今お前とこうして戦わねばならんのだ? オレの戦いはすべてお前のためだというのに!!」

 ドナーのラブブレードが漆黒の輝きを持つ剣に変化した。この剣は見忘れるはずがない。ヘイトパワーを宿した悪魔の剣!

「ジョー、落ち着け!」

 椎名は自分がヘイトリオン化する危険性は危惧していた。だが、丈がヘイトリオン化する可能性など考えもしなかった。
 丈は自分よりも遙かにクールで精神的に強く、間違っても憎しみに心を奪われることなどあるはずがない。それ以前に、丈程能力的に完璧な人間が、他人を憎むことがあるなど考えもしなかった。嫉妬のあまりほかの者が丈を憎むことはあっても、丈の方がほかの者を憎むなど……。

「オレは昔からお前だけを見ていた。別にオレの気持ちに応えて欲しいとは思っていなかった……いや、いつも強く思っていたが、それでもお前が友人として一緒にいてくれる、そのことだけで自分を納得させることができた。だが、お前は好きになった女がオレに好意を寄せるたびにオレを避けるようになった。オレが好きでそうなるように振る舞っていたわけでもないのに!」

 剣だけでなく、ドナーの全身から黒い靄のようなものが次第にあふれ出してくる。

「ヘイトリオン!?」

「お前はオレの気持ちを少しも理解してくれない! オレがこんなにもお前を愛しているのに!!」

 面と向かって愛していると言われるのは、椎名にとってこれが生まれて初めてのことだった。
 しかし、その相手が男であるからか、あるいは自分が嫉妬し続けてきたライバルであるからか、嬉しさはこみ上げてこなかった。それは一般的な反応であるかもしれないが。

「ちょっと待てジョー! 俺達は男同士だぞ!」

「そんなことはわかっている!」

「男が男を好きになるなんて、おかしいだろうが!」

 それは丈は一番言って欲しくなかった言葉。

「何故おかしい? 何故そんなふうに考える!?」

「何故って……」

 椎名は言葉に詰まる。

「男が男を愛して何が悪い! たまたま好きになった相手が男だった──ようはそれだけのことだろうが! お前の場合は好きになる相手がたまたま女だった。そこに理由があるのか!?」

 人を好きになるのは、相手になんらかの惹かれる部分を感じたからであって、その相手が女(あるいは男)だからではない。さらりとした長い髪が素敵、きゃしゃな体つきに守ってあげたいと感じる──そういった女性的な要素に惹かれて好きになることはある。だが、それらは、女性であるその個人が持っている個性であり、イコール女性そのものではありえない。丈が言いたいのはつまりそういうことだった。
 しかしそうは言っても椎名には抵抗があった。理屈はわかるし、丈の言っていることは正論だと思う。だが、理性で理解するのと感情で納得するのとが違うのもまた事実。それに、これが他人事ならまだしも、今は自分がその当事者となっている。自分の問題となればなおのこと抵抗感が強まるのも仕方のないことだと言えた。

「お前の言っていることはわからなくもない。だが……」

「わかってる! それ以上何も言うな! オレだってシーナの気持ちくらいわかっている……。だからこそ、今までこの気持ちを隠してきた。お前を欺き、周りを欺き、自分の心を欺いて! そうやって永遠に欺き続け、オレはお前の側にいて、お前の力になるために生きることで自分を納得させ続けるはずだった……」

 ドナーから次々にこぼれてくる黒き輝き。それはまるで涙のように切なく感じられた。

「なのにお前はオレのその気持ちさえ受け入れてくれなかった! オレの戦いはすべてお前のための戦い。なのにそのオレの前に立ちふさがるのはお前自身……。オレの戦う意味は何なんだ!? 人をこの手にかけてまでオレがしてきたことは何だったんだ!?」

 膨れ上がる負の感情。黒き輝きは減ることなく増え続け、ドナーのボディの至る所から煙のように吹き出してきている。まるでドナーは黒く輝く霧に包まれているかのようだった。
 椎名はその様に見覚えがあった。それはもう随分と前。この世界に来る前のこと──いや、それは間違ってはいないが正確でもない。あれは、そう、椎名がこの世界に召喚されようとしていたまさにその時に椎名に起こっていた現象。
 同じだった。自分の片想いの相手が丈にラブレターを渡すのを見た後、その丈に対して愚かだが抑え切れない程に沸き上がってくる嫉妬や憤りといった負の感情に捕らわれてしまった自分に起こった現象と同じだった。

「俺もあの時ヘイトパワーに取り込まれていたのか……」

 愕然とする椎名。だが、その間にも丈から溢れる禍々しい力は膨れ上がってく。

「だ、駄目だ! ジョー!! ヘイトパワーは不幸を招くだけだ!」

 想い人、愛しい人の言葉。しかしそれでも丈の心の暴走は止まらない。
 丈は多くを語る人間ではなかった。心の不満も悔しさも悲しさも、一人、心の中に押し込め、愚痴をこぼすことも、物に当たることもなく、心の奥底での浄化を待つ。どんなことに対しても、激昂することなく、また悲嘆にくれることなく冷静に対処していく。丈とはそういう男だった。
 しかし、それだけに、今のように自分の胸のうちをすべて告白し、感情のおもむくままに言葉を吐き出すということは、もうすでに心のリミッターを越えてしまっているということにほかならなかった。

「やめろ、ジョー!」

「……うるさい!」

 振り下ろされるヘイトソードをブラオヴィントが受け止めにいく。
 剣と剣が触れ合う瞬間、丈のヘイトパワーが一際激しく燃え上がった。ビル風のようなそのヘイトパワーの急激な突風を受けたブラオヴィントは、ピンポン玉のようにたやすく弾き飛ばされる。

「な、なんだ今の力は!?」

 軽く三十メートルは弾かれたところで、椎名は態勢を立て直し、状況を確かめる。
 そして椎名は知る。今の力の訳。そして、もはやすべて手遅れだということことを。
 椎名の目に映るドナーはすでに黒く輝くオーラのようなものを全身にまとわせ、ヘイトパワーによる圧倒的な力ある風を周囲に放出していた。
 それは、皆に見覚えのある姿。忘れようとしていた恐怖が、再び全員の頭に蘇る。
 恐怖の代名詞、ヘイトリオン。

「俺と同じだったんだ……」

 変わり果てた丈の姿に椎名は呆然と呟く。

「ジョーの奴も俺と同じだったんだ。好きな人に見向きもされず憎しみにとらわれてしまったこの俺と……。ジョーも俺と同じように苦しんでいた……。俺ならジョーの気持ちを理解してやれたはずなのに……。同じ立場にいた俺なら……」

 悔やむ気持ち。その負の感情はヘイトリオンのきっかけにもなりうる。だが、椎名はそれに心を許しはしなかった。後悔を浄化する方法を見つけ、それにすべての力を注ぐ。

「……すまない、ジョー、俺はお前の想いには応えてやれない。――だが! お前を見捨てはしない! お前は俺の親友だ! ヘイトリオンなんかに殺させやしない!!」

 ヘイトパワーの風が吹き付ける中、椎名は熱い想いとともにブラオヴィントを前進させた。
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