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第28話 身代わり
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丈はことを急ぐ必要があった。
とりあえずは女王の死をごまかすことは可能だが、それとていつまでも隠し通せるものではない。いずれは臣下や民にも知られる日がくる。
その日が来る前に、丈は青の国を打ち破らねばならなかった。赤の国、青の国、両国を統一して自分の力を示し、人臣の心を完全に掴みきらねばならない。女王の死が公になっても、自分への服従の心が揺らがないほど完全に。
それ故、丈は軍の補給もそこそこに、再度青の国へ向けて軍を動かした。赤の国の侵攻はこれが二度目。双方あわせて、実に四度目の戦いとなる。
「まさかこんなにも早く動いてくるなんて、どういうこと?」
青の国の王城で、赤の国進撃の報を受けたミリアが驚きの声を上げた。
「前の戦いは向こうの圧勝だったし、その勢いを殺したたくないんじゃないのか」
ミリアの部屋で共に赤の国への対抗策を話し合っていた椎名が深く考えずに言う。だが、ミリアはそれとは対照的に難しい顔をした。
「でも、蓄積している赤の国のダメージは大きいわ。それはジョー自身が誰よりもわかっているはず。それなのに、兵達の回復もままならないうちにまた攻めてくるなんておかしいわ。……きっと、何か考えがあるはずよ」
それは考えすぎだ──椎名にはそう言うことはできなかった。椎名も丈の性格は熟知している。
「それもそうだ──が、たとえジョーが何か策を練っているとしても、今のままじゃそれを使われるまでもなくこっちが大敗するぞ」
エレノアのラブリオン。その存在は青の国にとっては大きすぎる。
次の戦いでも恐らくエレノアは出てくるだろう。その時、青の国の兵士が冷静さを失わずに、どれだけ普段通りの力を発揮することができるか──それが先程からミリアと椎名とが悩み続けている問題であった。
「この前の時はいきなりだったからみんなの動揺も激しかった。今度はあの時ほどの動揺はないはず……。だけど、それでも、多少の動揺があるのは確実ね」
「後はそれがどの程度影響を与えるか、だな」
重たい沈黙が二人の間に落ちる。
「……ようは、シーナ、あなたが姉さんを──いえ、もうあの人を姉さんとは呼ばないわ。エレノアを討てるかどうかということよ」
椎名を射るミリアの眼は真剣だった。自分より年下の人間が向けているのが信じられないような迫力と威圧感と、そして優しさに溢れた瞳。まるで人生を達観し悟りを開いた聖職者のような、大きく深い眼差しだった。
それを受けた椎名は──耐えられず視線を外す。
それが答えだった。
「そう。わかったわ」
ミリアの声に落胆の色はなかった。
ミリア自身、椎名の答えをわかっていて聞いたのだ。予想して聞いたのではない、確信して聞いたのだ。
「俺は自分のすべきことは理解しているつもりだ。ジョーに負けたくないって誰よりも強く思ってる。けど──」
「何も言わなくていいわ。シーナの気持ちはわかってるつもりだから」
それは責めるような口調ではなかった。だからこそ、余計に椎名には苦しかった。
「……すまん」
「謝る必要はないでしょ。あなたは何の義理もない私達のために頑張ってくれているんだから。それに、全く手がないわけじゃないんだし」
始めはまっすぐにミリアを見ていたが、いつの間にやらうつむき気味になっていた椎名の顔。だが、ミリアの言葉に、椎名はその顔をがばっと勢いよく上げた。
「何かいい手があるのか?」
「溢れんばかりの私の魅力でみんなの心の動揺を取り除いてあげるのよ」
いたずらっぽく笑うミリア。
その顔の前に、椎名はしばしぽけーっと呆気にとられる。
「……そうだな。その手しかないな」
ミリアが自分を元気づけようとしていることを悟ると、椎名その顔に久々に微笑みが浮かんだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「ジョー様、やはり自分はこんな策はどうかと思うのですが……」
「今更何を言っている。我々はもう後には退けんのだぞ」
切羽詰まった顔で言葉を交わしているのは、世界でたった二人、エレノアの死を知る人間。エレノアを殺してしまったジョーと、それを見た兵士。
「しかし、このラブリオンに乗るなんて……。ほかの者に知られたら、私は死罪なんですよ!」
その男が乗っているのは、エレノアの愛機であった王族専用ラブリオン。
丈は事実を知るその男に、エレノアのフリをさせようとしていた。
エレノアのラブリオンは王族専用。ほかの者が乗るなどとは誰も考えない。だから、そのラブリオンが戦場に出さえしていれば、皆はエレノアの存命を疑うはずがない。それにエレノアのラブリオンが戦場にいれば、兵達の士気も上がる。ようするに、それは一石二鳥の策であった。
そして、その後に関していえば、青の国併合後、エレノアが病死したとでも発表すればいい。統一国家を作り上げてしまえば、兵達の心などなんとでもなる。
しかし、この策には問題もあった。
王族でない者が王族専用のラブリオンに乗るのは、王族を詐称するのと同じ意味を持つ。もしもそのことが明らかになれば、理由のいかんにかかわらず処刑される。エレノアのラブリオンに、エレノア以外の人間が乗るはずがないと皆が思うのもそれ故。
「……だったらどうする? 皆に事実を公表するのか? 敵はもう目の前にいる。今そんなことをすれば、我が軍は確実に青の国に滅ぼされるぞ。それに、貴公が今までその事実を隠していたということも問題になる。そうなれば、貴公の身がどうなるか……いや、貴公だけでなくその親族までもが処罰を受けることになるだろうな」
「そ、そんな!?」
ラブリオンに乗り、それがバレれば死罪。乗らずにいても罪に問われる。どちらに転んでも悲惨なこの状況には、その男でなくても悲鳴を上げたくなる。
「別に私は脅しているわけではない。事実を言っているだけだ。考えてもみろ、貴公にとってどちらがより得かを。今回のことで、貴公は今、私に継ぐ地位にして、軍隊長と同等の地位である特別任務長の職に就いているのだぞ。ただの一兵卒で終わったかもしれない貴公が、ほんの短期間に一気に出世を果たした。これをチャンスだとは考えんのか?」
「確かに名目上は軍隊長と同じ最高位です。……しかし、急に作られた役職にいきなり就き、しかもほかの者たちとは離れて極秘任務の別行動。自分は完全に軍の中で浮いた存在です! もう普通の軍には戻れません!」
「戻る必要などあるまい。貴公は特別なんだ! 選ばれた人間なんだ! それに、貴公がどうであれ、家族は裕福な暮らしができる。ほかの者に大きな顔ができる。それだけでも意味があるとは考えんのか?」
男は押し黙る。
「ようは誰にも知られなければいいのだ。……やってくれるな?」
男はやはり後に退≪ひ≫けはしないのだった。
「……はい」
ジョーのドナーと王族専用ラブリオンとが、キングジョーから発進した。
◇ ◇ ◇ ◇
「やはり出てきたわね」
こちらは、赤の軍を迎え撃つクィーンミリアの中のミリア。無線を通して檄を飛ばしている最中である。
『こっちのモニターでも確認した』
「シーナ、あなたはキングジョーにだけ集中してくれればいいわ。落として──とまでは言わない。なんとか退却を決意させるだけのダメージを与えて」
『おいおい。信用ねーんだな。俺の部隊の奴らが泣くぜ。「キングジョーくらいパパパッと沈めといてくれ」でいいんだよ』
「ふふ。じゃあ、頼むわね」
(シーナは問題ない。彼がいてくれれば、彼の部隊も普段通りの力を発揮できるはず。問題はもう一つの柱──女王親衛隊)
「親衛隊長、エレノアのラブリオンは気にしてはいけないわよ」
『わかっております』
女王親衛隊長であるロケットの声に動揺は感じられない。だが、ミリアの敏感な感覚はいつものロケットとの微妙な違いに気づかせた。
(覇気が感じられない……やはり駄目なの?)
「ロケット! あなたの王は誰?」
『え、いきなり何を……』
「いいから答えなさい!」
『……ミリア様です』
「ならば今は私のために戦いなさい! ほかの誰でもない。この私のために!」
突然のミリアの剣幕に、ロケットは多少面食らいはしたが、答えるべき言葉はしっかりと持っている。
『もちろんその心づもりですミリア様。我々女王親衛隊の者は皆、ミリア様のために死ぬ覚悟で戦いに臨んでおります』
「その言葉が真実かどうか。この戦いで見せてもらいます」
『はい。どうかその目で私の言葉が心からのものであることをお確かめください』
ロケットの瞳には後ろめたさも躊躇いも見受けられない。彼のその瞳をモニター越しにじっと見つめたままミリアは大仰に頷く。
(これがどう出るか。……これで駄目なら、親衛隊の戦力を当てにせずに戦略を練らねばならないわね)
こうして、青の国対赤の国。実に四度目の戦いの幕が上がった。
とりあえずは女王の死をごまかすことは可能だが、それとていつまでも隠し通せるものではない。いずれは臣下や民にも知られる日がくる。
その日が来る前に、丈は青の国を打ち破らねばならなかった。赤の国、青の国、両国を統一して自分の力を示し、人臣の心を完全に掴みきらねばならない。女王の死が公になっても、自分への服従の心が揺らがないほど完全に。
それ故、丈は軍の補給もそこそこに、再度青の国へ向けて軍を動かした。赤の国の侵攻はこれが二度目。双方あわせて、実に四度目の戦いとなる。
「まさかこんなにも早く動いてくるなんて、どういうこと?」
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「前の戦いは向こうの圧勝だったし、その勢いを殺したたくないんじゃないのか」
ミリアの部屋で共に赤の国への対抗策を話し合っていた椎名が深く考えずに言う。だが、ミリアはそれとは対照的に難しい顔をした。
「でも、蓄積している赤の国のダメージは大きいわ。それはジョー自身が誰よりもわかっているはず。それなのに、兵達の回復もままならないうちにまた攻めてくるなんておかしいわ。……きっと、何か考えがあるはずよ」
それは考えすぎだ──椎名にはそう言うことはできなかった。椎名も丈の性格は熟知している。
「それもそうだ──が、たとえジョーが何か策を練っているとしても、今のままじゃそれを使われるまでもなくこっちが大敗するぞ」
エレノアのラブリオン。その存在は青の国にとっては大きすぎる。
次の戦いでも恐らくエレノアは出てくるだろう。その時、青の国の兵士が冷静さを失わずに、どれだけ普段通りの力を発揮することができるか──それが先程からミリアと椎名とが悩み続けている問題であった。
「この前の時はいきなりだったからみんなの動揺も激しかった。今度はあの時ほどの動揺はないはず……。だけど、それでも、多少の動揺があるのは確実ね」
「後はそれがどの程度影響を与えるか、だな」
重たい沈黙が二人の間に落ちる。
「……ようは、シーナ、あなたが姉さんを──いえ、もうあの人を姉さんとは呼ばないわ。エレノアを討てるかどうかということよ」
椎名を射るミリアの眼は真剣だった。自分より年下の人間が向けているのが信じられないような迫力と威圧感と、そして優しさに溢れた瞳。まるで人生を達観し悟りを開いた聖職者のような、大きく深い眼差しだった。
それを受けた椎名は──耐えられず視線を外す。
それが答えだった。
「そう。わかったわ」
ミリアの声に落胆の色はなかった。
ミリア自身、椎名の答えをわかっていて聞いたのだ。予想して聞いたのではない、確信して聞いたのだ。
「俺は自分のすべきことは理解しているつもりだ。ジョーに負けたくないって誰よりも強く思ってる。けど──」
「何も言わなくていいわ。シーナの気持ちはわかってるつもりだから」
それは責めるような口調ではなかった。だからこそ、余計に椎名には苦しかった。
「……すまん」
「謝る必要はないでしょ。あなたは何の義理もない私達のために頑張ってくれているんだから。それに、全く手がないわけじゃないんだし」
始めはまっすぐにミリアを見ていたが、いつの間にやらうつむき気味になっていた椎名の顔。だが、ミリアの言葉に、椎名はその顔をがばっと勢いよく上げた。
「何かいい手があるのか?」
「溢れんばかりの私の魅力でみんなの心の動揺を取り除いてあげるのよ」
いたずらっぽく笑うミリア。
その顔の前に、椎名はしばしぽけーっと呆気にとられる。
「……そうだな。その手しかないな」
ミリアが自分を元気づけようとしていることを悟ると、椎名その顔に久々に微笑みが浮かんだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「ジョー様、やはり自分はこんな策はどうかと思うのですが……」
「今更何を言っている。我々はもう後には退けんのだぞ」
切羽詰まった顔で言葉を交わしているのは、世界でたった二人、エレノアの死を知る人間。エレノアを殺してしまったジョーと、それを見た兵士。
「しかし、このラブリオンに乗るなんて……。ほかの者に知られたら、私は死罪なんですよ!」
その男が乗っているのは、エレノアの愛機であった王族専用ラブリオン。
丈は事実を知るその男に、エレノアのフリをさせようとしていた。
エレノアのラブリオンは王族専用。ほかの者が乗るなどとは誰も考えない。だから、そのラブリオンが戦場に出さえしていれば、皆はエレノアの存命を疑うはずがない。それにエレノアのラブリオンが戦場にいれば、兵達の士気も上がる。ようするに、それは一石二鳥の策であった。
そして、その後に関していえば、青の国併合後、エレノアが病死したとでも発表すればいい。統一国家を作り上げてしまえば、兵達の心などなんとでもなる。
しかし、この策には問題もあった。
王族でない者が王族専用のラブリオンに乗るのは、王族を詐称するのと同じ意味を持つ。もしもそのことが明らかになれば、理由のいかんにかかわらず処刑される。エレノアのラブリオンに、エレノア以外の人間が乗るはずがないと皆が思うのもそれ故。
「……だったらどうする? 皆に事実を公表するのか? 敵はもう目の前にいる。今そんなことをすれば、我が軍は確実に青の国に滅ぼされるぞ。それに、貴公が今までその事実を隠していたということも問題になる。そうなれば、貴公の身がどうなるか……いや、貴公だけでなくその親族までもが処罰を受けることになるだろうな」
「そ、そんな!?」
ラブリオンに乗り、それがバレれば死罪。乗らずにいても罪に問われる。どちらに転んでも悲惨なこの状況には、その男でなくても悲鳴を上げたくなる。
「別に私は脅しているわけではない。事実を言っているだけだ。考えてもみろ、貴公にとってどちらがより得かを。今回のことで、貴公は今、私に継ぐ地位にして、軍隊長と同等の地位である特別任務長の職に就いているのだぞ。ただの一兵卒で終わったかもしれない貴公が、ほんの短期間に一気に出世を果たした。これをチャンスだとは考えんのか?」
「確かに名目上は軍隊長と同じ最高位です。……しかし、急に作られた役職にいきなり就き、しかもほかの者たちとは離れて極秘任務の別行動。自分は完全に軍の中で浮いた存在です! もう普通の軍には戻れません!」
「戻る必要などあるまい。貴公は特別なんだ! 選ばれた人間なんだ! それに、貴公がどうであれ、家族は裕福な暮らしができる。ほかの者に大きな顔ができる。それだけでも意味があるとは考えんのか?」
男は押し黙る。
「ようは誰にも知られなければいいのだ。……やってくれるな?」
男はやはり後に退≪ひ≫けはしないのだった。
「……はい」
ジョーのドナーと王族専用ラブリオンとが、キングジョーから発進した。
◇ ◇ ◇ ◇
「やはり出てきたわね」
こちらは、赤の軍を迎え撃つクィーンミリアの中のミリア。無線を通して檄を飛ばしている最中である。
『こっちのモニターでも確認した』
「シーナ、あなたはキングジョーにだけ集中してくれればいいわ。落として──とまでは言わない。なんとか退却を決意させるだけのダメージを与えて」
『おいおい。信用ねーんだな。俺の部隊の奴らが泣くぜ。「キングジョーくらいパパパッと沈めといてくれ」でいいんだよ』
「ふふ。じゃあ、頼むわね」
(シーナは問題ない。彼がいてくれれば、彼の部隊も普段通りの力を発揮できるはず。問題はもう一つの柱──女王親衛隊)
「親衛隊長、エレノアのラブリオンは気にしてはいけないわよ」
『わかっております』
女王親衛隊長であるロケットの声に動揺は感じられない。だが、ミリアの敏感な感覚はいつものロケットとの微妙な違いに気づかせた。
(覇気が感じられない……やはり駄目なの?)
「ロケット! あなたの王は誰?」
『え、いきなり何を……』
「いいから答えなさい!」
『……ミリア様です』
「ならば今は私のために戦いなさい! ほかの誰でもない。この私のために!」
突然のミリアの剣幕に、ロケットは多少面食らいはしたが、答えるべき言葉はしっかりと持っている。
『もちろんその心づもりですミリア様。我々女王親衛隊の者は皆、ミリア様のために死ぬ覚悟で戦いに臨んでおります』
「その言葉が真実かどうか。この戦いで見せてもらいます」
『はい。どうかその目で私の言葉が心からのものであることをお確かめください』
ロケットの瞳には後ろめたさも躊躇いも見受けられない。彼のその瞳をモニター越しにじっと見つめたままミリアは大仰に頷く。
(これがどう出るか。……これで駄目なら、親衛隊の戦力を当てにせずに戦略を練らねばならないわね)
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