上 下
20 / 36

第20話 クィーンミリア

しおりを挟む
 キングジョーは順調に進行していた。
 今までの戦争において、移動はラブリオンで行われていた。だが、長距離の移動はパイロットの疲労を招き、戦う前にラブパワーを減退させてしまう。
 前回の戦いで青の国が敗れたのも、少なからずその影響があった。
 だが、この戦艦型ラブリオン・キングジョーの航行は、大勢の乗組員からわずかずつのラブパワーを得ることで可能なため、今までのような無駄な消耗をなくすことができる。この戦艦型ラブリオンの存在により、攻め側の不利さというものは大いに縮小され、むしろ、その場から動かすことのできない城を守って戦う相手よりも、動く城を擁して戦えるという点では有利とさえ言えた。
 それほど、戦艦型ラブリオンの戦略上の意味は大きかった。

「いかがですか、この艦は?」

 艤装を終え威圧感を更に増したキングジョー。
 そのブリッジには二つのキャプテンシートが用意されている。
 そのうちの一つに座る丈が、もう一席に座るエレノアに感想を求めた。

「外から見ていた時も、その雄壮さに感服しておりましたが、こうして実際に中に入ってみますと、キングジョーの圧倒的な力をより一層感じ、本当に頼もしい限りです」

 意匠を凝らした戦闘服に身を包んだエレノアが、ブリッジを見渡す。

「エレノア女王にそう言っていただけると、兵達も自信を持って戦えます。……そうだ、いっそのこと、この艦の名をクィーンエレノアと改名しましょうか?」

 冗談とも本気ともつかないジョーの言葉に、エレノアは慌てて首を振る。

「とんでもありません! この艦の雄大さ、力強さ、たくましさ、それらはすべてジョー様を象徴しております。それに、ジョー様がこの世界の王となるための、先兵となるこの艦は、それを意味する名を冠するのが相応しいでしょう。キングジョー、それ以外にこの艦の名は考えられません」

「エレノア女王をないがしろにするような名を付けて心苦しく思っておりましたが、女王直々にそのようなお言葉を頂戴し、胸のつかえがとれた気分です」

 丈がどこまで本心で話しているのかは計りかねるが、二人は楽しげに会話を続ける。だが、それをおもしろく思わない者が、そのすぐそばにいた。

(クィーンエレノアですって!? 何故ジョー様はそんな名前にしようなどとおっしゃるのだ!? キングジョー以上にこの艦に相応しい名前などあるものか!)

 丈やエレノアと共にブリッジで戦いの時を待つルフィーニ。今や、彼女が仕えると心に決めた人物は丈一人になっていた。

(この女さえ来なければ、ジョー様が王となり問題なく国を治められるものを! ジョー様が築こうとされている国に、この女の存在は邪魔なだけのはず! なのに、どうしてジョー様はこんな女に手厚くされるのだ!?)

 青の国の人間だった時には女王に対して一度も向けたことのない、敵意をあらわにした鋭い視線。そのルフィーニの目と、なにげに周囲を見渡したエレノアの目とがかち合う。
 ルフィーニははっとして視線を外した。
 だが、エレノアは決して鈍い人間ではない。むしろ、非常にという言葉がつくほど聡明な人間である。そのエレノアが、ルフィーニの視線に気が付かないはずがなかった。しかし、エレノアは何事もなかったかのような表情で視線を動かし続けた。

「ジョー様、青の国の城が見えてきました!」

 そこへ兵の声が飛び込んできた。
 その報せを聞いた丈は静かにシートから立ち上がる。

「エレノア女王はここで我々の戦いを見ていてください。必ずや勝利を捧げてみせます」

「御武運を」

 丈は固い瞳でうなずくと、引き締めた顔をルフィーニに向ける。

「ルフィーニ、行くぞ!」

「はい!」

 二人はラブリオンデッキに向かった。

◇ ◇ ◇ ◇

 キングジョーでは慌ただしく戦闘準備が行われ出した。
 パイロット達は各々のラブリオンに乗り込み、残った者もキングジョーの機銃座につく。
 戦意十分の彼らの動きはきびきびしており、わずかな時間で臨戦態勢を整え、それぞれの持ち場で丈の出撃の命令を待った。

(エレノアが来たことにより、ジョー様の心はあの女に惹かれかけてきている。本当ならば私一人がジョー様の温かなラブパワーを受けることができるはずだったのに……。このままでは駄目だ。ここで何としても私の力を示して、ジョー様に私の必要性を感じてもらわねば!)

 エレノアが来てから、ルフィーニは常に焦りを感じていた。
 エレノアを呼び捨てにするくらいまで尊敬の念が消えているとはいえ、エレノアの魅力に関しては以前と同じく正確に認識している。同じ女性から見てもエレノアは美しく、誰もが憧れると感じる。自分に不足している女性的な魅力をいやというほど持っている女として映る。
 ルフィーニ自身も、エレノアとは違う魅力をふんだんに持っているが、ルフィーニに自分をそこまで評価できる眼はない。そのためにエレノアに対してどうしても劣等感というものがつきまとっていた。
 それらの思いは発奮材料となりプラスに働くこともあれば、逆に自分の首を絞める場合もある。赤色に生まれ変わった自分のラブリオンの中で、ルフィーニははやる心を抑えようと必死になる。
 功を焦る思いが、どちらに働くか今はまだわからない。

 一方、当の丈の方も、漆黒から深紅へとカラーリングを変更して新しく生まれ変わったドナーの中で時を待っていた。
 燃えるようなその赤は、クールな丈には似合わないようにも思えるが、丈がコックピットに腰をおろすと、まるで心の奥底にある情熱を表現しているかのようにしっくりときていた。

「エレノアがこちらにつくとは予想外だったが、これで青の国を落とすのは楽になったな。脅しをかければ、戦わずとも手に入れられるかもしれん」

 しかし、言葉の内容とは対照的にその顔はどこかすぐれない。鬱陶しそうに、長い前髪を少しつかんで指でいじくる。

「ただ、気になる点があるとすれば……」

 丈は鋭い目で青の国の城の方向を見つめた。

◇ ◇ ◇ ◇

 キングジョーを迎え撃つ椎名達青の国。
 椎名を始めとした兵達はすでにラブリオンに乗り込み、いつでも出撃できる態勢を整えていた。
 だが、椎名はまだ出撃命令を出さない。キングジョーはすでに肉眼でも確認できるほどに接近してきているにもかかわらず。
 椎名は待っているのだ。ミリアが約束を果たすのを。

「まだか、ミリア。ジョーはもうすぐそこまで来ているんだぞ」

 焦《じ》れた椎名が唇を噛んだその時、城の中庭に海の青さより深く、空の青さよりも澄んだブルーの巨大戦艦が姿を現した。

「勇敢なる青の国の騎士達よ!」

 突然の戦艦型ラブリオンの出現に兵達がどよめくところに、タイミングよく威厳のあるミリアの声が無線で届けられる。

「この艦《ふね》は、私の女王としての力の顕現の一つである。戦艦型ラブリオンはジョーの専売特許ではない。この艦の力ならば、赤の国の戦艦型ラブリオンなど恐れるに足らぬ。青の国の勇者達よ、このミリアの力を信じよ! 私を信じて戦えば、我が国に敗北の二文字はない!」

 無線を通しても感じられるミリアのラブパワー。声に乗って届けられるその力は、兵達を鼓舞し、戦闘意欲を高める。

「みんな! ミリア女王こそ、俺達を勝利に導く女神だ! ミリア女王と戦艦型ラブリオン・クィーンミリアの加護を信じろ。そうすれば、赤の国の軍勢などものの数ではない!」

 ミリアの演説の勢いに乗った椎名の声に、兵達が空気を震わすほどの喚声で応える。

「先陣はブラオヴィントが切る! みんな、俺に続け!」

 椎名のラブパワーが、ブラオヴィントに蓄えられ、それが一気に放たれる。

 翔!

 兵器工場から、ピンクに輝くラブ光を放ちながら、ブラオヴィントを筆頭に、次々とラブリオンが発進していく。パチンコ玉が打ち出されるように次々とまるで数珠繋ぎのようにラブリオンが空に舞い上がっていく様は、まさに雄壮の一言であった。
 ラブリオンに搭乗せずに待機していた兵達に、急いで戦艦型ラブリオンに乗り込むようにテキパキと指示を送っていたミリアが、ふと空を見上げてその光景にしばし見入る。
 そしてその視線を先頭のラブリオンに向けた。さっきまでの厳しい表情が、この時はなぜか十五歳という年相応の娘のものになっている。

「シーナってば、クィーンミリアだなんて勝手に名前付けて……。もう、ダサダサじゃないの!」

 唇を尖らせる女王。
 だが、はっと自分の大人げないその顔に気づいたのか、すぐに真面目な表情に戻す。

「ジョーはわずかのスキも見逃さない相手よ! タラタラしていてはつけこまれるわ。搭乗を急ぎなさい!」

 照れ隠しに、兵達に声をかけた。

◇ ◇ ◇ ◇

「……あの女だろうな。こんなことができるのは」

 現れた戦艦型ラブリオンを目にしても、ジョーの顔にはさしたる驚きはなかった。
 もはや烏合の衆と化したはずの青の国。椎名にしても、それをなんとかできるほどの力はない。
 しかし、もしもそれをまとめあげる人間がいるとすれば、臥龍ミリアだけ。
 丈はその可能性をハナから頭に入れていた。

「これで戦わずに降伏という展開はなくなったか……。しかし、付け焼き刃の戦艦と、用意万端のこのキングジョー。どちらが勝利するかは明白だな」

 丈にはまだ余裕があった。
 だが、赤の国の兵士達はそういうわけにはいかない。自分達だけの力だと思っていた戦艦型ラブリオン。ところが、それが目の前にも現れた。前回の青の国の兵達が受けたものに匹敵する衝撃を彼らも受けているのだ。
 とはいえ、丈はそれに気付かないような男ではなかった。兵達を叱咤するための言葉を頭の中で言葉を検索する。
 しかし、丈が声を発するよりも先に、別の声が辺りの雰囲気を一変させる。威圧感があるわけでもないのに圧倒的な重みがあり、決して大声で叫んでいるわけではないのに誰の耳にも届く、そんなエレノアの声が。

「敵の戦艦型ラブリオンは所詮模造品でしかありません。そのような艦《ふね》が、オリジナルであるこのキングジョーの力に及ぶべくもないのは自明の理。皆は、ジョー様とキングジョーの力を信じて戦いなさい」

 エレノアの声は兵達の心を奮い立たせた。エレノアがそうしようと意識したわけでもない。先天的に、彼女にはそういった力が備わっているのだ。女王たるその力が。

「……さすがは女王ということか。オレがやろうとしていたことを、誰に言われるでもなくやってくれる」

 通信機から流れるエレノアの声を聞いていた丈が皮肉げに口元を緩める。

「行くぞ、赤の国の勇士達よ! 崇高な志しも大儀もない青の国を蹴散らすぞ!」

 丈のその声が号令となり、キングジョーから赤いラブリオンが次々に飛び出して行く。その先頭に立つのは、炎より熱く、血の色よりも深く、夕日よりも切ない赤色をしたラブリオン──丈の操るドナー!

 有史以来初めてとなる両軍共に巨大戦艦を擁した大会戦。その歴史的な戦いの幕がついに開かれた
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 ***************************** ***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。*** ***************************** マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

処理中です...