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第18話 エレノア女王

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 ジョーたち赤の国の面々にしても、エレノアの行動は意外の一言につき、彼女のラブリオンの姿を認めた時は、城の中でも大騒ぎとなった。
 元茶の国の人間はともかく、元青の国の人間は丈についた今でもエレノア女王に対する憧憬にも似た尊敬の気持ちを持ち合わせている。彼らが丈と行動を共にしているのは、丈のラブパワーの支配力の強さと、単なる成り行き故でしかない。そのため、彼らにはエレノアのラブリオンを撃墜することなど到底できるはずがなく、そんな考えが頭の片隅をよぎることさえなかった。彼らにできたのは、エレノアのラブリオンが着地するのをただ見守ることのみ。
 そんな中、丈はそのエレノアの出迎えに出た。彼にしてもエレノアの行動の真意は計りかねていたが、一国の女王の入国を無視するわけにはいかなかった。

 城の庭に降り立った王族専用ラブリオン。その周囲を人垣が取り囲む。彼らは武器を構えて警戒しているわけではない。この事態に興味を持ち、ことの成り行きを見るべく集まってきたのだ。

 丈は、ルフィーニを伴ってその場に赴いた。
 彼らの姿が現れるのに伴い、自然と人の群は二つに分かれ、二人が通るための道を開く。異様な雰囲気の中、丈はエレノアのラブリオンの数メートル手前まで進み出た。ルフィーニはその二メートルほど後方に控える。

 丈が立ち止まると、王族専用ラブリオンの胸部装甲が上に開かれた。
 その下にはさらに第二番目の装甲があり、今度はそれが観音開きに開かれる。
 そうしてようやくコックピットに佇む、儀礼用戦闘服に身を包んだエレノアの姿が現れた。

 本物のエレノアの姿がそこにあったことにより、周囲の人々の間にざわめきが走る。王族専用のラブリオンに王族でない者が乗ることはタブーとされている。その禁忌を犯せば、当人が問答無用で処刑されるのはもちろん、その一族郎党にまで被害が及ぶ。それは青の国だけでなく、この世界における普遍的な慣習である。それ故、このラブリオンにエレノア以外の人間が乗っている可能性がないことはわかっていたのだが、頭でわかっているのと実際に目にするのとではやはり違いがあった。

「これはこれは、エレノア女王。お久しゅうございます」

 丈はエレノアに恭しく礼をすると、コックピットに近づき手を差し伸べた。
 エレノアがその手を掴むと、丈は抱きかかえるように丁寧にラブリオンから彼女を降ろす。

「このような夜更けに、お供の者も付けず、エレノア女王お一人で参られるとは……一体どうなされました?」

 丈の視線がエレノアの瞳を射る。その丈の眼は見る者に優しく映り、彼の言葉は聞く者に演技や儀礼ではなく真実味を持って届く。

「ジョー様……。私は考えたのです。ジョー様が戦われる意味を」

 エレノアが唾を飲み込む。実際には何も聞こえはしないが、周りにいる者達にはその飲み込む音が聞こえてくるかのようだった。それほどにエレノアが緊張していることが伝わってくる。

「ジョー様は誰よりもこの世界のことを考えていらっしゃる。そのジョー様が青の国を出て、新たな国を自らの手でお作りになられた。それはつまり、私にはこの世界を治める力がなく、このままでは青の国に破滅をもたらすだけだと実感されたからではないかと」

「そうだとすれば、女王はどうなされます? 私が許せませんか?」

 エレノアは静かに頭《かぶり》を振る。

「いえ。自らの器の大きさなど、自分自身ではわからないものです。特に、青の国という狭い世界のみで女王として生きてきた私などでは……。しかし、ジョー様はご自分の世界で多くのものを見て、考えて、経験を積まれてこられたはずです。そのジョー様が、私の力がないと判断されたならば、それは何よりも真実でありましょう」

 エレノアの両手がゆっくりと持ち上がり、胸の前で合わされる。

「そう考えた時、私はいてもたってもいられなくなりました。私は、ジョー様を反逆者にさせねばならぬほどに追い詰めてしまう無能者かもしれません。ですが、女王の器でなくとも、なにかしらジョー様のお手伝いくらいはできるのではないか。……そう考えた時、私はすでにラブリオンに乗ってジョー様の元へ向かっておりました。お願いです、どうかジョー様のお側でジョー様のお手伝いをさせてください」

 エレノアの真摯な言葉を受け、丈はその前に跪いた。

「私は青の国を、そしてエレノア女王を裏切った人間。この場で女王に斬り殺されたとしても仕方のない罪人《つみびと》です。その私がそのようなお言葉を賜ることができるとは……。女王、共に真なる平和な国を築き上げましょう」

 丈はエレノアの手を取り、その甲に口づけをする。
 それを周りの者達が大喝采をもって祝福する。
 賊軍となっていた自分達が、この瞬間に官軍へと変わったのだ。これを喜ばずして何を喜べというのか。

 だが、その大騒ぎの中、一人女王と丈に冷めた目を向けている者がいた。
 それは、ルフィーニ。
 彼女は笑顔の一つも見せずに、丈がエレノアの手を引いて城内に連れていくのを、能面のような顔で見送っていた。
 人垣が興奮した声で雑談を交わしながら城の中に戻って行っても、ルフィーニはその場で丈達が入って行った扉を見つめ続けている。

 それからどれくらいの時間が経ったのか。ようやくルフィーニの重い足が動き出した。頭の中で様々な思いが駆け巡る。
 気が付くと、ルフィーニはいつの間にか自室に戻っていた。丈とエレノアの姿が城の中に消えてから、ここまでの記憶は全く残っていない。しかし、今の彼女にはそれとてさしたる問題ではなかった。

「あの女……。一国の女王ともあろう者が、自分の国を捨てて男に走るとは……。なんたる破廉恥な! 我々のようなただの一兵卒とは立場が違うのだぞ、立場が!」

 拳を握りしめ吐き捨てるルフィーニ。だが、心の底から自然と沸き上がってきたその言葉に、最も驚いたのはルフィーニ本人だった。
 はっとして、周囲の気配を探り、誰にも聞かれていなかったことにひとまず胸を撫で下ろす。しかし、自分の感情に対する戸惑いは消えはしない。今まで敬愛してやまなかったエレノア女王。その人物を「あの女」呼ばわりしたのだ。自分がそんな暴言を吐くなど、ルフィーニ自身想像したことさえなかった。
 愛を知らないルフィーニは、嫉妬という初めて沸き上がってくる感情を理解できないでいるのだ。

「何故だ。何故ジョー様と、エレノア様が一緒におられるだけでこうも嫌な感じになるんだ!? ……私は一体どうしてしまったというのだ!?」

 思わずしゃがみ込み、迷子の子供のように震えながら自分自身を抱きしめるルフィーニ。
 処理のできない感情にただ恐れるだけだが、丈の姿を思い浮かべると、切なさのほかに温かな感情が浮かび上がってきた。
 ルフィーニは、その想いにすがるように、ただ丈のことだけを考えた。
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