【本編完結済】巣作り出来ないΩくん

こうらい ゆあ

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おまけ

本当の番

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やっと幸せになれたんだって思ってた。
ずっとこの人と一緒に居れると信じてた。
でも、やっぱり僕には幸せになる資格なんてなかったんだと思う。
僕みたいな出来損ないなんて、誰も愛してなんてくれない。
運命なんて、永遠なんて……そんなの存在しないって知ってたのに……


「おかえりなさい」
最近、士郎さんの帰りが遅い日が多い。
元々忙しい人だってことはわかってた。
でも、それは繁忙期の時だけで、それ以外はいつも決まった時間に帰って来てくれる。
遅くなる時も、ちゃんと連絡をくれるし、残業が増えるって先に教えてくれてた。

でも、ここ最近、帰りが遅いのに何も教えてくれない。
始めの頃は、「遅くなってごめん」って言ってくれてたけど、最近は言ってくれない。
今日みたいに遅くなる日が増えたけど、忙しいのかな?って自分を納得させてた。

僕の発情期ヒートがもうすぐ来てしまうから、その為にまた無理してくれてるのかな?って……

そんなことを悠長に考えてたんだ。


だから、ちゃんと気づけなかった僕が悪いだけ。
士郎さんは何も悪くない。
気付けなかった僕が、悪いだけ。


「雪兎、ただいま。最近遅くなってごめんな」
玄関先に迎えに行った僕を、優しく抱きしめて謝ってくれる。
士郎さんの匂いに包まれるのは、すっごく嬉しい。
嬉しいけど、最近、微かにだけど、士郎さん以外の人の匂いがする。

「……士郎さん、忙しいんですよね。無理、だけはしないでね。僕は、大丈夫だから……」
聞きたいけど、聞きたくない。
あの人もそうだったから……
番になったら、僕はやっぱり嫌われるんだと思う。
何でもない、と言うような笑みを浮かべ、そっと士郎さんの胸を押して離れる。
「ご飯できてるけど、先にお風呂に入る?」
逃げるようにキッチンに向かい、冷めてしまった料理を温める。
士郎さんが何か言いたそうにしてるのはわかるけど、今は何も聞きたくない。
「ありがとうな。うん。先に風呂に入って来る。遅くなったし、夕飯はその後に食べるから、雪兎は先に寝ててもいいよ」
疲れているのか、溜息交じりに言われた言葉が胸に突き刺さる。
けど、僕は笑顔を作って誤魔化すことしか出来なかった。
「そっか……うん。じゃあ、先に休むね。ビール、冷やしてるから…。おやすみ、なさい」
何故か目頭が熱い。鼻の奥がツーンと痛くて、ちゃんと笑えていたのかわからない。
だから、逃げるように寝室に向かった。
泣きそうなのがバレちゃわないように。
これ以上嫌われないようにするために。


寝室に入って、ベッド横のチェストの引き出しを開き、番になってから飲むことを止めていた抑制剤を複数個取り出す。
空になったPTPシートを士郎さんに見つからないように、引き出しの奥にしまい込む。
「抑制剤、また処方してもらえるかな……。いつまで、ここに置いて貰えるんだろ……」
錠剤を飲み干すと同時に涙が零れ落ちた。
両足を折り曲げて小さく縮こまり、シーツを頭まで被って眠った。
途中、士郎さんが入って来て、僕のことを背後から抱きしめながら、項に顔を埋めてくる。
夢うつつにまどろみながらも、涙が零れた。

僕はこの人が好きだから、士郎さん以上に、好きになる人なんて、もういないから……
今なら、まだ嫌われていないなら……嫌われる前に……

◇ ◇ ◇

「士郎さん、いってらっしゃい」
頬に軽くキスをしてくれて、笑顔で出社していく士郎さんを見送った。
僕は、その後ろ姿をずっと眺めていて、見なくなった頃に深い溜息を吐き出してしまった。
発情期ヒートが始まる前にやらなきゃ」
バタンと扉を閉め、寝室に置いてある小さなクローゼットから自分の服を取り出す。
ほとんどが士郎さんが買ってくれたものだから、僕の持っていたものは少ない。
この家に初めて来た日に持ってきた小さなボストンバック。
そこに数着の着古された服を詰め、最後に一番大切なモノ、抑制剤を詰めていく。
「あとは……これ、かな……」
ずっと昔に付けていた、項を隠すためのチョーカー。
もう必要ないと思ってたけど、なぜか捨てられなくて、ずっとここに仕舞っていたもの。

士郎さんから付けて貰った番の証である噛み痕を隠すように、チョーカーを付ける。
古ぼけた茶色のチョーカーは、大分擦り切れていて、頼りない。
力が強い人が相手だったら、もしかしたら引き千切られるかもしれない。
でも、買い替えるお金なんて、僕は持っていないから……

鏡に映る、目元が赤くなってしまった可愛くもないΩの男。
古びたチョーカーが捨て犬みたいで、今の僕にピッタリだった。
そんな姿を見て、泣き出しそうな笑いしか出なかった。

リビングのテーブルに、小さなメモ用紙を置く
【今までありがとうございました。幸せになってね。僕は、大丈夫だから。士郎さんの大切な人と、幸せになって】

零れた涙を拭い、鞄を持つ。
外に出るのが怖くて仕方ないけれど、勇気を振り絞って一歩表に出る。
誰も居ない廊下を見渡し、鍵を閉めてポストに入れる。
もう戻ることのない家。
僕の大好きな人の家。
「士郎さん。大好き。幸せになってね」
行く当てなんてないけれど、これ以上ここに居て迷惑を掛けちゃいけないから。
士郎さんの本当の番が見つかったなら、僕は消えなきゃだから……

ボストンバックを胸に抱え、俯きながら歩き始めた。
誰にも顔を見られないよに。
泣いてるのがわからないように。
行く当てもなく、頼る場所なんて何処にもないけど、ここじゃないどこかに行くために。

◇ ◇ ◇

今日も遅くなってしまった。
ここ連日、どうしても外せない案件のせいで帰るのが遅くなってしまっている。
やっと番になれた雪兎とゆっくり二人っきりで過ごしたいが、この件が片付かないと雪兎の発情期ヒート休暇を安心して取ることが出来ない。
雪兎を発情期ヒート中ひとりにすることなんて出来ない。
やっと素直に甘えてくれるようになったし、番になれたばかりなのだから……

ただ、最近疲れ切ってるせいか、雪兎とまともに会話もできていない。
俺の唯一の癒しであり、愛しくて仕方ない番。
俺が遅くなっても、健気に寝ずに待っていてくれる姿が嬉しいと思いつつも、やはり心配になってしまう。
寝不足で体調を崩さないか、疲れていないか、寂しい思いをしていないか……
雪兎のことになると、冷静にはいられない。

上司には過保護すぎだと揶揄われたこともあったが、雪兎の過去を思うと、こんなことは生易しいと思う。
もっとデロデロに甘やかして、俺が居ないと生きていけないくらいに甘やかしたい。
どこにも行けないように部屋に閉じ込めて、誰にも見せないようにしたい。
まぁ、雪兎自身が外に出たがらないから、いみじくも、その願いは叶えられてしまっているが……

「ただいま」
扉を開けると同時に声を掛けるも、何かがおかしい。
いつもだったら子犬のようにパタパタと雪兎が玄関まで迎えに来てくれるのに、今はそれがない。
それどころか、部屋の電気が付いていない。
「雪兎?」
なぜか先程から胸騒ぎがする。
不安に駆られ、持っていた鞄を投げ出して部屋に入る。
リビングやキッチンにも明かりが付いていない。
「雪兎!」
声を掛けても、返事もなく、どこか別の部屋にいる気配も感じない。
寝室、浴室、クローゼット、俺の私室に、雪兎のために用意したものの使われていない部屋、トイレ、ベランダ……
部屋中どこを探しても、雪兎の姿を見つけることが出来ない。

焦りばかりが募っていき、スマホで連絡を取ろうとしたものの、まだ渡していなかったことに気づく。
「なんで……どこに……?」
前髪が乱れることも気にせず、クシャっと握りしめ、居なくなってしまった番の身を案じる。
「……雪兎、まさか、外に?」
玄関に戻り、靴を確認すると、雪兎の靴が見当たらない。

慌てて家を飛び出し、当てもなく雪兎を探して夜の街を走り回った。
雪兎が行きそうな場所。
唯一顔見知りが居る病院、一度だけ一緒に通ったことのある公園、誰も居ない商店街。
怪訝そうな顔で見てくる人がいるが、そんなものを気にしている余裕は、今の俺にはなかった。
雪兎が通っている診療所の先生方が一緒に探してくれると言ってくれたが、夜分遅いこともあり、丁重に断った。
本心は、警察でも何でも、使えるものはなんでも使いたい。
でもあの子を怯えさせるモノは何であろうと排除したい。

どのくらいの時間が経ったのかわからない。
ただ、雪兎の身が安全であればいい。
俺から離れたくなったなら、それでもいい。
握り締めた手のひらに、爪が食い込んだせいか血が滲み出ていた。
「……雪兎」

何の手掛かりも見つけることが出来ず、すごすごとマンションに戻って来た。
静かすぎるマンションの廊下を一つ一つ確認するように、階段で上へと上がる。
我が家がある階を通り過ぎるも、雪兎は見つからない。
「……雪」
屋上へとつながる階に足を踏み入れた時、微かに甘い匂いを感じる。
俺にしかもう感じ取ることのできない、甘く優しい香り。
俺がこの世で唯一、欲しいと、誰にも渡したくないと思った匂い。

屋上へとつながる扉の前。
階段の踊り場に丸く蹲った小さな影を見つける。

「……雪兎」
すやすやと眠る小さなΩに、身体の力が抜ける。
泣いて何度も目を擦ったのか、目元は赤く腫れていた。
触れたら今にも壊れそうな雪兎の姿に、一瞬触れることを躊躇してしまう。

「雪兎、ここに居たのか」
安堵から声は掠れてしまったけれど、その声は雪兎の耳に届いたのか、微かに瞼を揺らしたあと、ゆっくりと目を開き
「……士郎、さん……みつか、っちゃた……。生きてて、ごめん、なさい」
雪兎は、消え入りそうな涙声で、ポツリとそれだけを呟いた。

◇ ◇ ◇

勇気を出して家を出たけれど、マンションの扉から外に出ることが出来なった。
何度も出ようとしたけど、足がすくんでしまって、人が来るたびに怖くて物陰に隠れてしまう。
諦めて部屋に戻ろうとしたけど、鍵をポストに入れてしまったからもう入れない。
自分の出来損ない加減が本当に嫌になる。
「こんなんだから、誰にも愛して貰えないんだろうな……」
どこにも行けなくて、行く場所なんてなくて、誰かに見つかるのが怖くて、何度も階段を上ったり下りたりを繰り返した。

誰かの声がすると、口元に手を当てて息を殺し、誰も居ないのを確認してから、また上に上がる。
屋上へと繋がる扉の前まで来て、開かないかな?って小さな希望を持ってみたけど、当然のように開かなかった。
誰もここには上がって来ないのか、他の階よりも静かで落ち着く。
このままここで朽ち果てても、誰も僕なんかを探しには来ないと思う。

士郎さんは……
ちょっとだけ、心配してくれるかな?
手紙、置いてきちゃったから……
僕が居なくなって、喜んでるかな?

いつ、本当の番さんを連れて来るんだろ?明日は、ここから出なきゃ。
誰にも見つからないところ。
誰にも迷惑を掛けないところ。
ひとりで……消えれる場所。

扉を背に、膝を抱えて小さく蹲っていると、いつの間にか眠ってしまった。
昨晩、何度も昔の夢を見てしまって、何度も目が覚めて……
士郎さんに抱きしめて貰いたいけど、起こしちゃだめだから、必死に目を閉じてまた眠って、またあの時の夢を見た。

士郎さんと初めて会ったあの病院。
僕が死ぬために入らされた病院の夢を見た。
番に捨てられた僕なんかにずっと会いに来てくれてた士郎さん。
行く当てなんてなくて、回復し始めたせいで、病院からも厄介者扱いされた僕を引き取ってくれた士郎さん。
僕の我が儘で、番にしてくれた士郎さん。
一時でも、勘違いでも、僕のことを大切にしてくれた、士郎さん。

「雪兎、ここに居たのか」
低いけど優しい声。
僕の大好きな、士郎さんの声がする。

ゆっくり目を開けると、額に汗をかいて、疲れと安堵が混じり合った表情の士郎さんが居た。
もう会っちゃダメなのに、見つかっちゃダメなのに、会いたくて仕方なかった僕の番。
「……士郎、さん……みつか、っちゃた……。生きてて、ごめん、なさい」
消え入りそうな涙声で、謝罪の言葉を口にした瞬間、強く抱きしめられた。
「心配した。よかった、怪我はないか?痛いところは?……雪兎が、無事でよかった」
僕を抱きしめる士郎さんは、ちょっと震えていた。
走って僕を探してくれたのか、身体が熱くなってて、汗の匂いに混じって士郎さんのαのフェロモン匂いがする。
「……ど、して……?本当の、番が……見つかったんでしょ?僕は、本当の番じゃないから……ちゃんと、出ていくから……」
ちゃんと伝えなきゃいけないのに、言葉が詰まってしまう。
離れなきゃいけないのに、諦めなきゃいけないのに、この腕から出ていきたくない。
「ごめん、なさい。士郎さん、ごめんなさい。死ねなくて、ごめんなさい」
両肩を掴まれ、ガバッと離れ
「謝るな!……雪兎、頼むから、死ぬなんて言わないでくれ……」
今まで一度も見たこともなかった士郎さんの怒った顔。
僕の名前を呼んだと思ったら、泣きそうな顔で僕のことをジッと見てきた。

どうして……?士郎さんがそんな顔をするの?

「……しろ、さ……」
名前を呼ぼうとした瞬間、噛みつくような口づけをされて、言葉を紡ぐことが出来なかった。
名前を呼びたいのに、その度に舌を差し込まれ、言葉を遮られ、空気が足りなくて頭がぼーっとしてしまうくらい、ずっとキスをされた。
「雪兎……雪兎、雪兎……」
僕の名を呼ぶ士郎さんの声が、泣いてるみたいで、泣いてほしくなくて、背中を何度も撫でた。

どれくらいそうしてたんだろう……
まだ夜は長いのか、屋上に繋がる扉の窓は真っ暗で、僕たち以外の人は誰もいない。
「雪兎、帰ろう?俺の家に、一緒に帰って欲しい」
希うような士郎さんの声に、ただ頷くしか出来なかった。
ずっと座り込んでいたから、脚が痺れてしまって、階段を踏み外しそうになって、士郎さんがおんぶしてくれた。
家に戻っても、士郎さんは暗い顔をしていて、僕が勝手に出て行ったのに戻る羽目になったのを怒っているのかもしれない。

リビングのソファーに静かに座らされ、僕の足元でジッと黙ったまま士郎さんは俯いていた。
「士郎さん……あの……」
「雪兎、俺の何がダメだった?どうすれば、また俺のことを愛してくれる?」
長い沈黙を破るように、僕が声を掛けたけど、僕の言葉を遮るように、泣きそうな、力ない笑みを浮かべながら問いかけてくる。
「やっぱり、前の番じゃないとダメなのか?俺では、雪兎を幸せにしてやれないのか?雪兎……」
士郎さんの言葉に胸が痛い。
ちゃんと話さなきゃ。ちゃんと、伝えなきゃ。ちゃんと……

「士郎さん、僕は、まだあなたの番でいさせてくれますか?」
ずっと座った時から握られていた手を握り返す。
「士郎さんに本当の番が見つかっても、僕は置いてくれますか?捨てるなら、殺してくれますか?」
淡々と、何もできない僕の気持ちを言葉にする。
「士郎さん、まだ、僕のこと好きでいてくれますか?」
ポトリと涙が零れ落ちた。
士郎さんの手に僕の涙が当たってしまって、拭わなきゃダメなのに、次から次への零れ落ちてしまう。
「……雪」
「士郎さん、好きです。大好きです。僕の番は、士郎さんがいい……。士郎さん、だけ……愛してるんです」
声が震えて、掠れてしまって、ちゃんと伝えたいのに、言葉に出来ない。
「俺も雪兎を愛している。雪兎だけを、愛している」
ただ静かに抱きしめ合った。
言葉にならない声で、何度も謝って、それを伝えるように強く抱きしめ合った。

◇ ◇ ◇

「雪兎、どうしていきなり出て行こうって思ってしまったんだ?」
僕が付けていたボロボロのチョーカーを外しながら、士郎さんが聞いてきた。
僕は士郎さんに背を預けるように寄りかかって座り、コテンと頭を胸に当てて心音を聞く。
「……最近、士郎さんから……Ωの人の匂いがするんです。だから、士郎さんにも本当の番が見つかったのかな?って……。やっぱり、僕は違ったんだって……思ったんです」
僕を捨てた元番の彼を思い出し、チクリと胸が痛む。
「あの人に、本当の番が見つかった時は、もう殴られないって、やっと終わったんだって、安心できたのに……。士郎さんに本当の番が見つかったんだって思ったら、苦しかった」
身体を起こし、士郎さんの頬を両手で包み込んで見つめ
「僕、士郎さんだけは取られたくなくて……でも、士郎さんが幸せなら……僕が居なくなれば、幸せになれるなら……嫌われる前に消えなきゃって……思って……」
祈るように啄むようなキスをする。士郎さんも、僕の頬を包み込むように触れてくれて、キスをしてくれた。

「雪兎以外、俺の番は存在しないよ。雪兎が居なくなって焦った。もう会えないんじゃないかって、怖くなった」
微かに手が震えているのを感じ、「ごめんなさい」と呟くしか出来なかった。

「Ωの人の匂いってのは、多分、今対応している案件で一緒に居る相手が原因だと思う。βって聞いてたけど、やっぱり違うのか……」
何か思い当たる節があるのか、深い溜息と共にギュッとまた抱きしめてくれた。
「このことは明日相談してくる。番が居るとはいえ、αとΩで遅くまで作業をしていて何か過ちがあっても困るから」
士郎さんの話を聞いていると、士郎さんはその人をΩだとは知らなかったらしい。
多分、色々苦労してがんばってる人なんだと思う。
Ωが、βのフリをして働くなんて、大変なことだと思うから。
「えっと、あの……その人は……」
「大丈夫、Ωだってバラすわけじゃないから。ただ、俺がこの案件から外して貰うか、何か対策を考えて貰うと思う。雪兎の発情期ヒートも近いから、そろそろ休暇を貰わないといけないし」
少し前の不安で怯えたような表情だったのに、今はいつものカッコいい士郎さんの顔に戻っていて安心する。
「……ありがとう、士郎さん。発情期ヒート中は、側にいて。僕のそばにずっと居て」
素直に甘えた言葉を口にする。
もうすぐ夜が明けそうだけど、もっと士郎さんを感じていたくて、誘うようにキスをした。
僕がちゃんと気持ちを伝えてなかったから、不安だった気持ちを伝えられなかったから……

「士郎さん、愛してます。僕以外を番にしないで」
僕の言葉に優しく安堵した笑みを浮かべ、深いキスをしてくれた。
「俺も雪兎を愛してる。俺の番は、雪兎だけだよ」

不安でいっぱいだった気持ちが士郎さんの言葉と身体で溶かされていく。
この人だけは、ずっと信じていたい。
士郎さんだけが、僕を幸せにしてくれるから……

◇ ◇ ◇

後日、士郎さんから一つプレゼントを貰った。
黒色の綺麗な箱を渡されて、僕は不思議そうに士郎さんを見つめる。
「……?」
何かわからなくて、首を傾げていると、クスっと笑われてしまった。
「雪兎にプレゼント。その……この前付けていたヤツは、俺が捨てちゃったから……」
頬を人差し指でカリカリと掻きながら、少し恥ずかし気に話す士郎さん。
何のことかわかり、僕もクスっと笑ってしまった。
「ありがとうございます。開けても、いいですか?」
士郎さんの許可を得て、箱を開ける。
そこには、綺麗な赤色に染められた革に、金色の飾り金具のついたチョーカーが入っていた。
「うわぁ……これ、本当にいいんですか?」
嬉しくてつい声が大きくなってしまう。そんな僕を愛し気に見つめてくれる士郎さんに気付いて、もっと嬉しくなって
「士郎さん、ありがとうございます。あとで、僕に着けてね。僕が誰の番なのか、ちゃんと僕にもわかるように」
黒い箱を大事に胸に抱え、そのまま士郎さんにすり寄る。
当然のように士郎さんは僕を抱きしめてくれて、胸いっぱいに士郎さんの匂いに包まれる。
もう他のΩの人の匂いはしない。
僕だけの士郎さんの匂いに、心から安堵した。
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