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雪兎の家族話

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「お兄さん、次はどうしますか?」
新しく同僚になった奴に歓迎会だと言われ、一次会の居酒屋の後そのまま連れられて来られたBAR
ビルの隙間を通った奥にひっそりとあり、1人でココを見付けろというには難しい場所だ
そんな隠れ家的な場所は、知る人ぞ知るということなのか、どこよりも落ち着いた雰囲気の店だった

カウンターのみの小さな店内は薄暗く、足元やバーカウンターに置かれた淡い温かな光を出す間接照明と、天井に埋め込まれたライトのみ

客同士の顔が見づらく、逢引などにもよく使われているのだろう
静かに流れる音楽が耳に心地好い


連れて来たはずの同僚は、散々「宮城さんが休みの間どうすりゃいいんだーっ!あの人の代わりをやれって、無謀にも程があるだろっ!?」と散々文句を言って、早々に酔っ払って寝落ちている

応援でこっちに来た俺の事など、酔ってわからなくなるほどに…


この店の雰囲気にはそぐわない喧しさだった為、早々に静かになってくれたことだけは有難いと思ってしまった

俺もそこまで飲まずに適当に帰ればよかったのだが、目の前に居るバーテン姿の彼がどうしても気になってしまい、帰るタイミングを見失ってしまった


年は、20歳くらいだろうか、しなやかな黒い髪に淡い茶色の目、黒いワイシャツからチラリと見える白い健康的な肌が艶かしい

綺麗系だと言われる分類の顔立ち
街で見かけたら、声を掛けられていそうな…
何処となく、目を惹く容姿だった


普段なら、自分から酒場の人間程関わりを持とうなどと思わないはずなのに、どうしても彼だけは気になってしまう
その顔が、自分の知っている人物に余りにも似ているせいかもしれない


「今日はこれくらいで…。気に入ったので、また近々寄らせて貰います」
薄ら笑みを浮かべ、一万円をカウンターに置いて、同僚を抱えて店を出る



本当に、顔だけは似ていた
常に怯え、自信のない表情で謝ってばかりいた弟
自己肯定感を失くされ、口癖のように「ごめんなさい」と常に謝罪の言葉を何度も言っていた弟

最後に会ったのは、今日の彼と同じ20歳になるかならないかくらいの時だろうか…

生きているなら、もうすぐ25歳になっているであろう弟の面影を彼に見てしまった…






あれから、彼がシフトに入っている日を狙って通うようになった

探している人物ではないのに、何故か気になってしまう
世にはそっくりな人が3人居るとはよく言われているが、本人かと疑ってしまうほど、彼は顔だけは似ていた

桐ヶ谷きりがやさんって、下の名前なんて言うん…ですか?」
今日は客が少なく、早々に俺ひとりだけになったこともあり、いつもより砕けた感じで話しかけてくる

毎週通っていれば、名前も覚えるか…
龍月たつきだ。難しい方の『龍』に夜空にある『月』と書いてタツキだ
読みにくい名前だろう?」
「なっ!?アカンって!……桐ヶ谷きりがやさん、意地悪せんといて…」

彼の手を取り、手のひらに指で文字を書いてやる
耳まで真っ赤になり、慌てて引いた手を大切そうに握っている姿に、弟にはなかった仕草と向けられる好意を感じる


仕事中は頑張って標準語を喋るよう心掛けているらしいが、焦ったりするとつい出身である関西弁が出てしまうらしい

その瞬間、やはり別人なんだと思い知らされる
当たり前のことなのに、彼が雪兎ではない事実に胸が痛くなる


「朝倉くん、焦ると地元の方言がでるんだね。他の人も朝倉くんの可愛い喋り方を知ってるの?」
真っ赤になりながら先程触れた手をモジモジとしている姿に笑みが溢れ、つい揶揄うように話しかけてしまう
「べ、別に…大学の友達とかは知って、ます…
というか、普段はちゃんと標準語で喋れてますから。た…桐ヶ谷きりがやさんがあんなことしなきゃ…ちゃんと喋れるのに…」

軽く口を尖らせて文句を言う姿がなんとなく可愛らしいと思ってしまった


「君、そんな可愛い顔もするんだね。俺の弟は…ずっと謝ってばかりで、いつも全てを諦めた顔だったな…」
雪兎のことを思い出し、自嘲的に笑ってしまう
謝らせる原因を作っていたのは自分にもあるのに、本当はもっと素直に笑ったり、喜んだり出来る子だったはずなのに…
第二の性がわかるまでは、この子みたいに笑えていたはずなのに…ずっと昔のことで、雪兎がどんな風に笑っていたかも思い出せない

思い出すのは、ただ申し訳なさそうに今にも泣き出しそうな顔
何かを我慢して、無理矢理笑顔を取り繕おうとしている顔

笑顔など、思い出せるはずもない…


桐ヶ谷きりがやさん、弟さんがいるんですか?じゃあ、ウチと一緒かも。まぁ、オレのところは弟2人と妹2人って大人数だけど」
ニカッと笑いながらスマホの画面を見せてくる
そこには、今よりも少し幼く見える顔立ちの彼と年の離れている兄妹の写真が映し出されていた

「こっちがうちの長女で、オレの3つ下。しっかりしてて、面倒見がいいけど、実は寂しがり屋なんだぁ~。んで、次男がコイツ、5つ下で今受験真っ只中。近所の公立高校目指して頑張ってるところ。この2人は双子で、いつも一緒にいるニコイチで我が家のアイドル!こないだ小学生になったばかりなんだぁ~」
スマホの画面を愛おしげに撫でながら説明してくる姿に、胸が締め付けられる

自分とは全く違う幸せそうな環境…
自分たちとは違う、仲の良い兄妹…


雪兎とは違う、しあわせそうに笑う顔に胸が騒つく


「顔だけは、こんなに似てるのにな…」
ポツリとつい声に出してしまう

「え?なんか言いました?」

彼の声で意識を戻し、すぐにいつもの笑みを浮かべる
「いや、なんでもないよ。朝倉くん、今日は何時上がり?もう少し付き合って欲しいんだが…いいかな?」
飲んでいたウィスキーのグラスの淵を指の腹で撫でながら囁くと、彼は赤い顔を伏せながらボソボソと呟いている
「あと、1時間で閉店だから、あの…閉店業務終わるのを待って貰えるなら…それから、なら…」
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