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ずっと、しあわせでいたい

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約束通り、今日は近くの病院に行くことにした

ここだけは、士郎さんと暮らし出した当初からずっとお世話になっている唯一の場所
マンションからも近くて、人通りの少ない閑静な住宅街にポツンとある病院

Ω患者も分け隔てなく診察してくれる場所



ずっと自分のフェロモンの匂いがコンプレックスだった

甘過ぎる香りに、家族からも元番からも嫌われていたから
僕のフェロモンは人を不快にさせるだけのモノだと思っていた

士郎さんがどれだけいい匂いだと言ってくれても、番にして貰えるまでは、ずっと、ずっと、不安しかなくて…
少しでもマシになって欲しくて、黙って抑制剤を飲み続けていた

運命の番が側にいるから、抑制剤の効果は全然なかったけれど、あの時の僕には薬しか頼るものがなくて… 

嫌われない為に、フェロモンの匂いを止めることにただ必死で…
無駄だとわかっていても、抑制剤を飲むことがやめられなかった




「無事に番になれてからは、抑制剤も飲まなくなったようだね」

αの優しい雰囲気の先生
ロマンスグレーの髪をオールバックに撫で付け、いつも優しくて安心できる人
番じゃない、ただの患者でしかないΩの僕にすら優しく接してくれる人

「電話ではなく、こうやってちゃんと診療に来られるようになってよかった。
雪兎くんは、ちゃんと成長出来ているよ」

子どものように、僕の頭を優しく撫でてくれる



僕の父さんは、こんな風に撫でてくれたことはなかったけれど…
クラスの子が、父親に撫でて貰えているのを遠目で見て、それが羨ましかったのを覚えている
自分で見よう見真似で撫でてみたけれど、全然嬉しくなくて…
むしろ、寂しさが増すだけで…いつの間にか仲良くしている家族を見ると目を逸らすようになっていた

少しでも褒めて貰おうと色々頑張ったけれど、αの兄さんが難なく出来ることが、僕がやると何をやっても上手には出来なくて…
劣等感と罪悪感ばかりが募っていった
どれだけやっても上手くできなくて、いつの間にか、褒めて貰うことも、頭を撫でて貰うことも、諦めてしまっていた


先生が、僕の父さんだったら良かったのに…
そしたら、子どもの頃の僕にも褒めて貰った思い出が出来たのに…


先生の側にいつもいる看護師さん
すごく綺麗な男性のΩで、この人が先生の大切な番の人
最初、ここに来た時は、まだ士郎さん以外の人に会うのが怖くて、不安しかなかった
αの人に触られると、拒絶反応が出てしまって…
先生も、看護師さんも、士郎さんにも、沢山迷惑を掛けてしまった…


その時に、こっそり看護師さんが教えてくれたんだ

「この人は、僕の番だから大丈夫。キミを絶対に傷付けないし、傷付けさせない。
僕が彼を見張ってるから安心していいよ」
その時の笑顔が本当に綺麗で、同じΩでもこんなに幸せになれるんだって憧れた

2人とももうすぐ60だと言っていたけど、いつも仲の良い雰囲気で、僕の憧れの番の姿でもあった

先生たちみたいに、士郎さんとずっと一緒に居れたらいいな…



密かな憧れと願望
元番である彼に、番を解消された時には諦めていた願い
二度と番なんて出来ないと思っていた
もう、番を作るのを諦めていた




「番の彼は優しくしてくれるかい?」
優しい問い掛けに笑顔で深く頷く

「はい。士郎さんの番になれて、本当に幸せで…。今でも幸せなのに…、僕って、こんなに我儘だったんだって…初めて知りました
ずっと、ずっと、士郎さんの側に居たいんです。
捨てられるくらいなら、もう死んじゃった方がマシなくらい…」

最近無意識に撫でてしまうお腹
幸せだって感じると同時に、もっとと願ってしまう
ずっと、ずっと、一緒に居たい
先生たちみたいに、歳を重ねても2人で仲良くしていたい…



「前回の発情期ヒートが2ヶ月前か…
当分発情期ヒートが来なくなるかもしれないね」


右手でズレた眼鏡を直しながら、診察した内容が書かれているカルテを見て優しげに話し掛けてくる

優しい声なのに、僕には処刑の宣告をされたような絶望的な言葉だった

「や、やっぱり…、抑制剤飲み過ぎてたから…?今頃、何か…
あの…、僕…何の病気なんですか…?治りますか?死んじゃう病気ですか?」
涙が溢れ落ちそうになりながら、震える声で尋ねる

「…ダメって言われてたのに、たくさん飲んでたから…。番も1回、無理矢理解消されてるから…
やっぱり…、僕なんかが士郎さんの番に相応しくないから……」

最悪のことばかりが頭をぐるぐるし、思ったことを声に出す度に涙が零れ落ちてしまう

「雪兎くん、大丈夫。大丈夫だよ。わたしの説明が悪かったね」
先生が慌てて否定してくれるも、呼吸が苦しくなってくる
吸ってるのに、頭に酸素がいかなくて、苦しくて…

「もう、そんな雑な説明をするから…
雪兎くん、大丈夫。ゆっくり、ゆっくり、息を吐いて…
ほら、大丈夫。病気じゃないよ。病気じゃ、ない。ちゃんと説明させるから安心して…」
看護師さんが慰めるように優しく背中を撫でてくれる
言われた通り、ゆっくり息を吐き出すと、呼吸も落ち着いてきて


「すまなかったね。うん、病気じゃない。大丈夫、ーーーーー」


思ってもいなかった言葉に、驚いて目を見開いてしまう
辛くて泣いていた涙が止まり、代わりに嬉しい気持ちが溢れ出してくる


「ぇ……ホント、ですか…?ホント、に……?」

2人の優しい笑みを見て、止まっていた涙がまた溢れ出し、声を上げて泣いてしまった

「良かったね、雪兎くん。大丈夫、これからもっと幸せになれるから」

看護師さんはなかなか泣き止むことが出来ない僕をずっと落ち着くまで優しく抱き締めてくれた
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