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夜明けの散歩を貴方と

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ずっと、ずっと諦めていた
初恋だった彼からは、嫌われていたから
番になったら、僕のフェロモンの臭いを嗅いだら…みんな僕を嫌いになる

彼に番を強制解除された日
家族からも要らないって言われた日
あの、冷たくて、寒くて、哀しいだけの病院に来た日

全てを諦めた
誰も僕のことなんて必要としてない

誰にも好きになんてなって貰えない

生きてる価値もない、役にも立たない、可愛くも、綺麗でもない…
ホントに、役立たずのΩ…



そんな僕なのに、士郎さんは僕を選んでくれた
僕のことを見つけてくれた

士郎さんに番にして貰えて、巣も作らせて貰えて、一緒に入って褒めて貰えた
朝も夜も一緒に居てくれて、いっぱい愛して貰えて
毎日がしあわせで…
本当に、毎日がしあわせで…



これが、夢じゃないかと不安になる

ホントは、まだあの病院の中で、僕は車椅子に乗ったまま眠っていて、このしあわせな時間は全部夢の中で…
士郎さんは、僕が居てほしいって、こんな素敵なカッコいいαを想像しただけで、本当は存在しないんじゃないかって…


しあわせなのに、しあわせ、なのに…
起きたら、全てが夢じゃないかって…
嘘じゃないかって…


しあわせなはずなのに、怖くて仕方ない…

夢なら、醒めないで…
ずっと、このしあわせな夢の中で居させて…





いつの間にか、ソファーで寝落ちしてしまったらしく、畳んでいた洗濯物が足元に落ちてしまっていた
「……あ、寝ちゃってた。早く、片付けなきゃ…」

目元を手の甲で擦り、ふぁぁ~と一つ欠伸を漏らす
まだボーっとしてしまう頭で、落ちてしまった洗濯物を拾い上げ、パリッと乾いた洗濯物を見詰める

自分の服よりも一回り以上大きなワイシャツ
ふわりと香る柔軟剤の中に、彼の匂いがうっすらとしている
おもむろに、ワイシャツに顔を埋めて深呼吸すると、大好きな彼の香りがして少し寂しくなってしまう
「士郎さんの匂い…早く、帰ってきて欲しいなぁ…」

慣れた手付きで洗濯物を畳み終え、寝室横のクローゼットに片付ける
まだ陽も高く、外からは暖かな日差しが差し込んでくる

「今日は、お天気もいいから、ベランダでお茶しようかな…」
家事もひと段落し、夕飯の準備まで時間があるのを確かめて、お茶とちょっとしたおやつを準備する

今日のおやつは、緑茶と昨晩士郎さんが買って来てくれたサツマイモの一口パイを2つ

「毎日頑張ってる雪兎に美味しい物を食べて欲しい」って言って、美味しいモノを見つけると、士郎さんは必ず買って来てくれる

最初は、食べきれないくらいいっぱい買って来てくれるから、遠慮もあって断れなくて…
でも、食べきれないのは申し訳なくて…
ご飯を食べずにお菓子ばかりを食べたせいで気持ち悪くなってしまった

あの時は、士郎さんがすっごく心配してくれて、その後に2人で反省会をしたっけ…

だから、今では食べれる量を少しだけ
あと、小分けで食べれるモノにしてくれる

僕の場合好きなモノも知ってくれて
時々、士郎さんが好きなモノを買って来てくれて一緒に食べる


そんなちょっとしたことすら、僕にはしあわせ過ぎて…



つい考え込んでしまい、お菓子を見て溜息が出てしまい、慌てて頭を振って不安な気持ちを振り払う

お盆に湯呑みと小皿を載せ、ベランダの前の定位置に丸い水色のクッションを置いて、いつもの休憩タイムを満喫する

ベランダの窓を開けているから、少し肌寒い秋の風が室内に入り込んでくる
「良い天気…もうすぐ、紅葉の時期かな?」

マンション下の公園では、子どもたちが遊んでいるのか、元気な声が聞こえたり、石焼き芋の移動販売のアナウンスが聞こえてきて、すっかり秋の空気が漂っている

高い空に飛行機が通り過ぎるのを眺めたり、遠くのビルを見て、どれが士郎さんの職場なんだろうと思いを馳せる


僕が唯一、外を感じられる場所

士郎さんは、買い物や好きに遊びに行ってもいいよ。ってお金も置いてくれてるけど、まだひとりで外に出ることができない…
ずっと、部屋から出るのを禁じられてた事もあるけれど、それ以上に外に出るのが怖い…

このしあわせな空間から出ると、全てが消えてなくなってしまうんじゃないか…
もう、帰って来れないんじゃないか…
という不安で、足が竦んでしまう


士郎さんが一緒なら、なんとか近くに出掛けれるようになったけど…
やっぱりまだ外に出ること自体が怖いことには変わりなくて…
あまり外には行きたくない
ずっと、ずっと…このままこの部屋に居たい


だから、士郎さんとは旅行にも行くことができないでいた
僕がこんなんだから、士郎さんのお願いを叶えてあげられない

「雪兎の行きたい所に行こう」

士郎さんは優しいから、僕のことをいつも優先してくれる
本当は、士郎さんと色々な場所に行きたいけど…


すっかり冷めてしまったお茶を飲み干し、小さく溜息を漏らす
「夕飯、用意しなくちゃ…」
ベランダの窓をカラカラと閉め、部屋に戻る

僕以外誰もいない広いリビング
士郎さんが帰って来てくれるまでは、ひとりぼっちの空間


「早く、帰ってきて…」
ついポツリと出てきてしまった言葉を飲み込むように口元を手で押さえる

大丈夫、士郎さんは帰ってきてくれる
19時になったら、いつも通り帰って来てくれる

不安を振り払うように頭を横に振って、夕飯の準備を始めた
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