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巣作り出来ないΩくん

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「うわっ!?何だコレ!オイ!これオレのお気に入りの服までぐちゃぐちゃにしやがって!!」

 僕が初めて作った巣を見て、番である彼が言ったのはただの罵倒だった。

「サイアク!今日着て行く予定だったのまでこんなんかよ。さっさと片付けろよ、ノロマ!ホント、お前と居るとイライラする」

 今日も朝から苛立っていた。
 僕が発情期になってしまったから……
 部屋中にフェロモンの臭いを充満させてしまったから……

 ガンッ!

 部屋が揺れたのではないかと錯覚するほど、大きな音を立てて、また部屋の壁を殴られた。
 今までにも何度もこんなことはあった。
 彼が怒る度に、壁に穴や亀裂が増えていく。
 また僕も殴られるんじゃないかって、恐怖でつい身体が強張ってしまう。

「臭い、臭い、臭い、臭い!」
 廊下に置いてあった物を手あたり次第蹴散らしていく。
 彼が買ってきた服が入った箱や、鞄やお菓子の入ったビニール袋。
 小さめのゴミ箱が、サッカーボールのように蹴り上げられ、壁にぶつかってゴミが部屋に散らばる。
「片付けすらできないクズが!役立たずのクソオメガ!」
 部屋に響きわたる彼の怒声。
 彼が通った後は、物が散乱していて、まるで泥棒にでも入られたようだった。

 僕は、部屋の隅でただ小さく蹲っていることしかできない。
 発情期ヒートのせいで、身体が火照ってしまい、頭がボーっとする。
 彼をこれ以上怒らせないためにも、言われた通り部屋を片付けなきゃいけないのに、身体が思う様に動かない。
 この熱を発散したくても、彼が居る時は自慰すら許されない。
 どれだけ番である彼を求めても、僕の細やかな願いを叶えては貰えない。

 僕に出来ることは、ただこれ以上、彼を怒らせないように静かにしていることだけ……
 番である彼を求めて、勝手に出てきてしまうフェロモンを薬で抑えつけるだけ……
 怒られないように、殴られないように、ただ小さく蹲ってこの熱を堪えるしか、今の僕にはできないから。

 少しでも、ほんの少しでも、好きになって欲しかった。
 僕のことを、番として見て欲しかった。

 彼の匂いがする衣類を集めて作ったΩの巣。
 Ωが番への愛情をカタチにすると同時に、発情期を安心して過ごす為のシェルター。
 Ωの本能が、番の匂いを求めて作る、最大限の愛情表現。

 僕も、彼への気持ちを伝えるために、熱くて怠い身体を引きずって、初めて作った。
 彼のαとしての匂いで溢れた落ち着ける場所。

 一緒に巣に入ることが、Ωにとって最上の幸福だとテレビで言っていた。
 幸せそうな番のカップルが、テレビの中で自慢していた。

「僕も、巣を作れば、少しは僕のこと……見てくれるのかな……」
 そんな、小さな願いだった。

 だから、発情期ヒートのせいで上手く回らない頭で、彼と自分の為に初めて巣を作った。
 彼の匂いがする服を使って、生まれて初めて、巣を作った。
 そんな大切な想いのこもった巣だったけど、結果は最悪のものだった。
 褒められることも、入ることさえも許して貰えない。
 巣を見た瞬間に蹴散らされ、「汚い」「サイアク」「フェロモン臭い」と、罵声が飛び交う。
 最後に言われたのは、「早く片付けろ」という命令、ただ一つだけ。

 愛されていないのはわかっている。
 でも、番を解消されないから……
 今まで一緒に暮らしていたから……
 少しだけ、期待していた。

 巣を作れば……、彼と一緒に、巣に入れば……
 いつかは、僕のことを好きになってくれるんじゃないかって……

 身を切られるような思いで、彼に蹴散らされて、ぐちゃぐちゃになってしまった巣を、少しずつ崩していく。

 一度も、入ることすら許して貰えなかった巣。
 見向きすら、してもらえなかった巣。
 僕の、僕が……初めて、作った巣。

 服を一枚ずつ拾い集めていく度、涙が溢れ出してくる。
 一枚、また一枚と服を拾って、巣を壊していく。
 涙が止めどなく溢れ、心が痛い。

「こんなのが俺の番とか……本当に腹が立つ!お前があの時、発情期にならなきゃこんな事にはならなかったんだ!お前が!オレの番なんて絶対認めない!お前なんて、さっさと捨ててやりたい!!」

 今までにも何度も繰り返し言われ続けてきた言葉。
 巣を片付けている最中も、僕の周りでダンダンッとワザと足音を大きく立てながら、僕に向かって罵倒の言葉を投げかけてくる。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」
 いつものように、ただ謝ることしかできなかった。

「謝ってばかりいねーでさっさと片付けろ、ノロマ!」
 また殴られるんじゃないかって、蹴られるんじゃないかって、怖くて、苦しくて……
 震える手で、必死に巣を崩していった。
 巣を崩す度に、胸が締め付けられて痛かった。


 ガシャンッ!!

 テーブルに置いてあったはずの、お揃いのマグカップがワザと叩き割られる。
「さっさとしろ、ノロマ!」
 大きな音にビクッと肩を震わせた瞬間、思い切り睨まれた。
 僕は、また殴られるんだと察し、慌てて巣だったモノを抱えて脱衣所へ走った。

「おいクズ!このニオイをどうにかしろ!臭くて鼻が曲がりそうだ!」
 脱衣所に居ても、彼の罵声が聞こえてくる。
「ごめんなさい」と繰り返し呟きながら、彼の服を洗濯機に入れる。
 脱衣所に入って来て、殴られるかもしれないと思い、必死にうなじを押さえて、臭いが出ないようする。
 でも、自分の意思ではどうにもならない。

 Ωの本能が、番であるαの彼を求めてしまうから……
 火照った身体から、止めどなくフェロモンが溢れ出し、部屋中に甘いニオイが充満する。

 少しでも臭いが漏れないことを祈り……
 少しでも、彼の怒りが落ち着いてくれるのを願う。

「帰って来るまでに片付けろ!」
 叩きつけるようにバタンッという大きな音を立てて、玄関の扉が閉まる音が聞こえた。
 また、何処かに遊びに行ったのだと思う。
 いつも通り……
 いつもと、同じ……

「また、ひとりぼっちか……」
 グルグルと回る洗濯物を眺めながら、彼の匂いがしていたはずの服が洗われていくのを、ひとり寂しく見つめる。

 ひとりにするなら、巣を片付けたくなかった。
 ひとりになるなら、巣の中で過ごしたかった。
 ……彼に、一度でいいから、褒めて貰いたかった……

 グルグル回る洗濯物を見ながら、番の居なくなったこの部屋で、ひとりぼっちで過ごす。
 誰にも助けて貰えない、耐えがたい熱に苛まれながら、7日間をひとりで過ごす。
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