禁忌

ゆあ

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禁忌

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「5000万」
「1億!」
「3億!」

どんどん吊り上がっていく音を他人事のように聞いていた
もうこのやり取りを見聞きするのは何度目だろう

首に付けられた重く冷たい鉄の首輪とそれを檻に繋ぐ鎖
人にはハイロゥと呼ばれている頭上の光輪には無数のヒビが入っており、いつ砕け散るのかわからない

「4億!」

まだまだ釣り上がっていく値段を聞きながら、遠い昔の出来事を思い出していた

「ラフィーは、大きくなれたかな…」
思い出の中にある小さな少年
自分よりもずっと天使を思わせる美しい金色の髪を持った少年

「10億!」
一気に値段が上がり、会場内がざわめき立つ


「ほ、他にいらっしゃいませんか…?」
司会の男が困惑した様子で会場ないの参加者に声を掛けるも、最高値を言い放った男の顔を見て誰もが言い淀む

「10億、10億でこちらの商品は落札されました」
急激に静かになっていく会場内
壇上にゆっくりと上がってきた入札者を見ると、ずっと想い続けていた彼
健やかに、のびのびと成長して欲しい
ただ、健康的に、幸せに育って欲しい
今までの悲しみや寂しさ、苦しみを忘れるほど
ただ、幸せに生きて欲しい

そう、ずっと願っていた


オレに出来ることは、あの時に全部上げてしまったから
もう、側に居ても何も出来ない
帰る力も、帰る場所も、帰る為の証も…
全て無くして、この地上に居るだけしかないオレだけど…

ただ、キミの幸せだけを願っていた


「ラフィー、大きくなったね」
スポットライトのせいで、彼の顔はちゃんと見えない
でも、彼だということはなんとなくわかったんだ…


「ホント、生きてて良かった…幸せになれた?」
彼が今どんな表情をしているのかはわからないけれど、出来るだけ優しく話しかける
幼かった彼を思い出して、今の成長した彼を見て嬉しく思う


「やっと、見つけた…」
彼の頬に流れ落ちる雫が綺麗だと思った
そっと触れてくれる温かな手が嬉しかった

「大きくなったね。本当に、大きくなったね…」
オレを軽々と抱き抱える腕に安心感を覚える
「身体、強くなったんだね。いっぱい幸せになれたかな?」

オレが話す度に苦しげに顔を歪めるのを見て、胸が苦しくなる
「…まだ、足りなかったかな…」

頭上で今にも崩れそうなハイロゥ
弱々しい光を放ちながら、また一つヒビが増えていき

「オレが上げれるものは、もう少ないけど…それで、我慢して貰えるかな…ごめんね…」

いつの間にか、オークション会場の裏側にある控え室に連れて来られていた
周りでは忙しなく引き渡しの書類が製作されていく


「大変ながらくお待たせ致しました。
こちらにサインを頂ければ、取引は成立いたします」
渡された書類に慣れた手付きで走り書きする彼


もうこの光景を見るのは何度目だろう
最初にココに来る前のことを静かに思い出す

もうずっと昔のことだったように思える






「ラファエル、この子の名前はラファエル
大天使様のお名前を頂いて、この子に平穏な幸せを…」
そう言って、母は俺を抱き締めて名前を付けた

光り輝く金色の髪、青い瞳が天使のようだと、何度も、何度も耳元で囁く声を聞いた
父の姿は何処にもない
ただ、母と2人、静かな古びた部屋で幼少を過ごした

何度も死にそうな怪我や病気を患い、泣きながら何度も謝る母の姿を見た
「ごめんなさい。私がアナタを幸せに産んであげれなかったから…
あの人にアナタを認めて貰えなかったから…」
いつも泣きながら同じことを繰り返していた


病気になる度、怪我をする度、いつも現れる綺麗な人
艶やかな黒髪が印象的な、白い羽根を持つ天使様
「もう大丈夫だよ。すぐに良くなるから」
天使様が俺の額に手を触れると、さっきまでの苦しさが和らいでいく
熱いはずなのに、寒気がして、ガタガタと震えていたのが嘘のように、呼吸が落ち着いて眠たくなる

もっと、もっと、彼を見ていたいのに…
その綺麗な手に触れて欲しいのに…

瞼が重くて起きていることが難しくなってしまう
「ラフィー、おやすみ。起きたら、また元気になれるから、今はゆっくりおやすみ」

誰も居ないはずの静かな部屋に、優しい声が聴こえる
名前も知らない、天使様…

ずっと、側に居て欲しいのに、なかなか会いに来てくれない、大好きな人



俺は、昔から不幸な人間の部類だったのだろう…
生まれた時から、俺はついていない…

母は、俺を身籠った直後に父である男から捨てられた
所詮は妾というものだったらしい

1人で俺を産み育ててくれた
俺自身、何度も病や怪我で生死を彷徨うこともあった

5つになる頃、母は無理が祟り、若くしてこの世を去った

その時に、俺も一緒に野垂れ死ぬと思っていたのだが、父親だと名乗るあの男に拾われた
周りは幸運だったと言うが、そんなもの一切ない

奴隷のように扱き使われ、納屋のような場所で寝かされる

身体が弱かったせいで、伏せって動けなくなると殴られた

何度死にかけたのかわからない
ただ、その度に、俺の前に現れる綺麗な天使様だけが、優しく手を差し伸べてくれた



10になるかならないかの頃、死の病が円満し、俺もそれに罹ってしまった
腕がドス黒く変色し、激しい痛みと嘔吐に見舞われる

死んだ方がマシだと思った

もう、コレが最後だと諦めた時だった

いつものように現れた黒髪の天使様
深い海のような青を映したような眼に飲み込まれそうになる
「ラフィー、大丈夫。オレの力をあげるから…キミは幸せになって」

頬を流れる涙を綺麗だと感じた
大人の中性的な男性が泣く姿を初めて見た
いつものように笑って欲しかった
微笑んで欲しかった


唇に触れる、少し冷たい感覚
キスって、もっと温かいものだと思っていた


何か、温かいモノを流し込まれているように、体内に入ってくる何か…
苦しいわけじゃない
嫌な感じもしない
ただ、喉をゆっくりと通り、身体の中に入ってくる


ピキッ、パキッ…


微かな音が聴こえる
朝霜を踏み締めた時の氷が破れるような微かな音

目を閉じているのに、顔に微かに光の粒子が降り注いでくる感覚
キラキラとした粒が、頬を撫でる感覚が気持ち良い


「ラファエル、もう大丈夫だよ…」
ゆっくり唇が離れる感覚に寂しさを覚え、もっとというように手を伸ばすも、それは空を切るだけだった


凍えそうな寒さはいつの間にかなくなっていた
ゆっくり目を開くと、そこにはいつも見ているだけの彼は居なくて、代わりに同じ艶やかな黒髪を持つ少年が優しく微笑んでいた
俺よりも年下に見える少年
いつも側に居てくれる天使様と同じ微笑みを浮かべながら、俺のことを見つめている

頭上に浮かぶ金環が、微かな音を立ててヒビ割れていく


「もう、大丈夫。今はおやすみ…
次に起きた時は、全てが良い方に向かうから…
キミは十分過ぎるほど、悲しんだから…悲し過ぎたから…」
そっと頬を撫でてくれる冷たい手が気持ち良くて、目を開けていられない


そっと触れる羽が温かかった





目が覚めると、右腕にはドス黒い痣が残っているものの、流行り病の症状は掻き消えていた
俺を苛める継母も、義理の兄弟も今は居ない
父親は、俺が生還したのを涙を流して喜んでいた
跡取りが俺だけになった為、1人だけでも残ったことへの安堵感からだろう…


今までの人生が全て一変したようだった


今までであれば、何をやっても悪い方向へ転がる人生だったのに…
今では、何も意図していなくても、全てが最善の方向へと転がっていく…


事業を興せば、簡単に業績が伸びていき、この国でも有数の商店へと発展した
ギャンブルをすれば、狙ってなくても必ず当たる
小さなことが、気が付けば大きな利益をもたらし、それが更に利益を生む

今までの人生が嘘だったと思ってしまうほど…
仕組まれているのではないかと怪しむほど、全てが順風満帆という感じだ…



だが、あの日から、天使様は俺の前に現れてはくれない
ずっと探し求めていた人
ずっと、会いたくて仕方ない人


最後に見たあの時、あの少年が天使様だったのではないかと思った
俺は、あの人から何かを貰って、そのお陰で今の生活が出来ている

この幸せをくれたのは、あの人だと確信は持てた

ただ、どうして姿形が変わってしまったのかわからない

最後に見たあの人
光の粒子が降り注いで、何かの破れる微かな音が今も耳に残っている






主様は全ての人に平等であり、全ての人を愛している
人に与えられる幸せと不幸せの量も決まっている

誰もが平等で、誰にでも優しく、誰でも一緒


「…飽きた……」


不意に聞こえた言葉に耳を疑ってしまう
本当に小さな声だった
気のせいだと思っていた


主様の前にある真新しい魂のカケラ


そこに注がれる真っ黒な不幸せ

「容姿などは綺麗にしておこう
見目で人生が左右されるのか…たまにはこう言うのもいいだろう…」

幸運をひと匙のみ注がれた魂のカケラ


ほんの少しだけ淡い光を放つもの、すぐに弱々しくなってしまう



「主様…?」
不安になり、周りには悟られぬよう静かに声を掛けるも、主様は穏やかな笑みを浮かべ、口許に人差し指を当ててしぃーっと小さく言うだけだった



オレは気付いたのに、それを咎めることも禁めることも出来ない
主様のやることは絶対で、オレのような一翼が主様の行動に意を唱えるなんてあり得ない

だから、見守ることしか出来なかった

可哀想な綺麗な魂が地上に降りるのを…
その魂が人として成長する姿を…


これは、オレの贖罪


何も出来なかったオレの罪


「ラファエル、オレと同じ名前の可愛い子」

たった1人の人の子に想いを寄せてしまうのは罪だとわかっている
特別に思ってしまうのは、禁忌だとわかっている

でも、ずっと見てきたから
ずっと側に居たから…



オレの持ってる力を殆ど上げてしまっても良いと思った
この子が助かるなら、もう天界に戻れなくてもいいと思った

だから、あの日…金環の崩れる音を聴いて、安堵できた
力を流すと同時に、身体が縮んでいく

最初で最後の口付け
離れ難くて、もっと触れていたくて…

子どもの姿になってしまった自分を不思議そうに見つめる彼に安堵した

ちゃんと、この子に上げれたんだって…
これで、この子は幸せになれるって…




ヒビ割れてしまったハイロゥを見て、門番はオレを天界には入れてくれなかった
まだ堕天したわけではないけれど、オレが人の子に想いを寄せてしまったのがバレてしまったから…

遠くに見える主様の背後姿を見て、全てを悟ってしまった


涙は出なかった
泣きたいはずなのに、苦しいはずなのに、悲しいはずなのに…

泣き出しそうな笑みを浮かべ、深く、深く頭を下げた




地上に降りてからは、残っている力でなんとか生きていくことが出来た

天使というのは、人にとっては側に置いて置きたくなるらしい
色々な人がオレに触れてきた
初めて体験することも多くて、痛かったり、苦しかったりしたけれど、最後にはみんなが喜んでくれている姿を見ると全てを許すことが出来た

初めて、身体に触れられることが気持ち良いのだと感じた
触れたこともない場所を触られ、身体に力が入らなくなって
ふわふわした頭では、これから自分がどうなってしまうのか理解出来なかった

気持ち良いことも、気持ち良過ぎると苦しくて怖いのだと初めて知った


地上に降りてから、初めて知ることばかりで
初めて感じることばかりで…

触れられる度に、ハイロゥが砕けていく




オレを大切に抱き締めながら側に居てくれていた人が、天に召された
彼の穏やかな最後を見送った後、このオークション会場という場所に連れて来られた

地上に降りてすぐの時にも来たこの場所

煌びやかな人が、オレと同じようなモノを前に声を上げている



次に側に居てくれる人を待つ場所だと思っていた





「天使様、やっと、見つけた…」
幼い頃からずっと探し求めていた彼を見つけた

最後に会った時と同じ、幼い子どもの姿の彼に涙が溢れ出す


ある伯爵が天使を囲っている
あの天使を手に入れてから、伯爵まで上り詰めた

幸運を
栄光を
権威を

あの天使を手に入れれば手に入る


この度、伯爵が死去されたことにより、あの天使が売りに出される


そんな眉唾物の噂に縋った
嘘でも、違っても、天使様を一目見たくて…
今度こそ、ずっと側に居たくて…



壇上で薄汚れた白いシャツ一枚だけを着させられた哀れな天使様

神の威光など一切感じない
10歳に満たない小さな少年
白く輝く翼と艶やかな漆黒の髪、海を映す美しい目…
頭上に微かに光る金環が、天使様の美しさと儚さを表しているようだった


「ラフィー、大きくなったね」
少年の口から紡がれる優しい声に胸が締め付けられる

幼い子どもには似つかわしくない、冷たく頑丈な鉄の首輪
そこに繋がれている重い鎖の端が俺に渡される


「もう、大丈夫だから…」
思っているよりもずっと軽く細い身体を抱き締める
「ずっと、アナタを愛しています」

誰も居ない静かな部屋で、ずっと求めていた彼を手にする
もう誰にも触らせない
もう、誰にも見せない

ただ、俺と一緒にこの綺麗な部屋に閉じ込めて、ずっと、ずっと…俺だけを感じてもらう


パリンッ


とガラス細工の砕ける音と同時に、光の粒子がキラキラと輝いて床に溶けるように消えた
淡く輝いていた翼はただの白い羽根になった
ヒビ割れていたハイロゥがなくなり、彼の頭には天使の証はもうない

もう、彼は何処にも行かない
何処にも行けない


ここは、2人だけの静かな楽園になった
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みんなの感想(2件)

もくれん
2024.03.05 もくれん

可哀想で美しいお話ですね。

2人のラファエルが2人だけの世界で幸せになれますように🥹

で、この神様殴っていいですか。

ゆあ
2024.03.06 ゆあ

もくれんさん、いつもありがとうございます(*,,•ω(ω<,,✱)
ちゃんと書きたいけど、どうすようってお話だったんですが、そう言ってもらえて嬉しい!

神様だから殴っちゃダメだよI˙꒳​˙)コッソリ
めっちゃ殴りたいけど…←

解除
iku
2024.02.15 iku

とっても素敵な…🥹これは…ハピエンですよね😭
この後のおふたりを拝読してみたいです😍🤤
これからは…🙏おふたりで幸せになって欲しいですね💖

ゆあ
2024.02.16 ゆあ

iku様〜、ありがとうございます!
上手く纏まらなくて、でも、2人っきりの世界はそれはそれで幸せだと思うのです“(⌯¤̴̶̷̀ω¤̴̶̷́)✧

解除
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