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第五章

72.乗り合い馬車

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 まだ夜明け前のせいか、外は真っ暗だった。
 夜風が冷たく、フード次のクロークを着ていないと寒くて風邪を引いていたかもしれない。

 乗り合い馬車の客は、俺を含めて8人だった。
 行商人らしいおじさんに、若夫婦と子ども2人の4人家族、30代半ばくらいの女性と10代の少年が1人。
 それから、乗り合い馬車の護衛をしてくれる冒険者っぽい人たちが4人。
 ガラが悪そうな人たちだったけど、腕はタツのだろうか、乗り合い馬車の人とは顔見知りのようだった。

「ひとり旅かい?」
 行商人らしきおじさんが声を掛けてくれたけど、今の俺には愛嬌を振り撒く余裕なんてなかった。
 ただ、無難そうな笑みを浮かべ、適当に相槌を打つ。
 ひとりでベラベラと喋っているおじさんの声をBGMに、ボーっとホロの隙間から見える外を眺めていた。

 さっきまでいた街が遠ざかって行くと共に、胸の奥にぽっかりと穴が空いてしまったような気持ちになる。

「――竜王国は、次期王を選定中らしい。魔国は新しい魔王になって3年経つが、素晴らしい発展を遂げているそうだ。私もいつかは行ってみたいものですなぁ~」
 ペラペラと笑いながら喋っているおじさんを横目に、小さく息を吐き出し、目を閉じる。

 今は誰とも話したくない。
 何も聞きたくないし、何もやりたくない。

 俺が寝てしまったんだと思ったのか、おじさんは別の人と話しをしに行った。
 ガタン、ゴトンと揺れる馬車の荷台で、俺はクロークに包まれ、壁に寄りかかったまま眠った。
 途中、何度か休憩があったり、飯時だったりで、馬車は停車する。
 みんな、気晴らしがてら外に出て行っているようだったけど、俺はそのまま小さくうずくまって座っていた。

「お兄さん、何処へ行くんだい?」
「こっちで一緒にメシを食おう」
「焚き火の近くにおいで」
 客同士、みんな仲良くしているのか、俺なんかにも声を掛けてくれる。

「ありがとうございます。でも、俺はココでいいので……」
 何度も誘ってくれたけど、毎回丁寧に断ってひとり、荷台の奥で静かに過ごした。

 食欲は全然湧かない。
 食べなきゃ旅を続けられないって思いから、黒パンと干し肉を少しだけ齧って食事にする。
 塩辛いはずの干し肉なのに、全く味がしない。
 黒パンもただの堅い食感しか感じられず、数口食べた後、アイテムボックスへと戻した。

 夜はひとりクロークと毛布に包まれて眠る。
 邪魔にならないように、手足を折り畳んで、小さく縮こまって眠った。

 護衛をしてくれている冒険者の人たちの焚き火が、ホロの隙間から垣間見える。
「……アイツ……着いたら……」
「バレないだろ……」
「…………大丈夫だ」
 何か話している声は聞こえるけど、内容まではわからない。

 目を閉じると、2人の顔が浮かんできて、胸がギュッと苦しくなる。
「……もう、手紙読んだかな?ビックリ、してるかな……?」
 誰にも聞こえない、小さな声で呟き、そのまま眠りについた。

 道中、何度か魔物に襲われた。
 ゴブリンとかオオカミっぽい魔物だったけど、護衛をしている冒険者が危なげなく討伐していた。

 乗り合い馬車に乗って4日目。
 今日は、順調に進むことが出来れば、村に寄って宿を取ることができるらしい。
 宿屋はひとり銀貨2枚の格安宿。
 食事は付かないが、ベッドで寝られるとみんな喜んでいた。

 俺は、これからのことを考えて、宿に泊まる旅費を押さえたかったから、荷台に残ることを選んだ。
 路銀がいつまで足りるのかわからない。
 回復魔法を使って、収入を得ることは出来るだろうけど、町に着くまでは難しいから……

 商人のおじさんが一緒の部屋に泊まるなら少し出してくれるって言ってくれたけど、丁寧に断った。
 この世界、知らない人を信用なんてできない。
 犯されるだけならいいけど、財布を盗まれたり、殺されたりするのは困るから……
 俺みたいな無知なヤツは、良いカモでしかないだろうから……
 自分の身は、自分で守らないといけないって、知ったばかりだしね。

 もうすぐ次の町に着けるはず。
 次の町に着いたら、ちょっとだけ休憩しよう。
 乗り合い馬車の中では、こっそりとしか回復魔法を使えないから、全身が痛い。
 馬車の振動って、結構キツいんだって知った。
 短い距離とか短時間なら楽しめるかもしれないけど、長距離になるとかなりツラい。
 日本みたいに道が舗装されていないのも一つの要因だろうけど……

 気兼ねなく回復魔法を使うことができたらマシなのかもしれない。
 この人たちは優しくていい人なのかもしれないけど、もしかしたらウソかもしれないし……
 回復魔法を掛けて欲しいって言われて、断る自信がないからバレたくない。
 毎日気を張っているせいか、寝ているはずなのに、眠りが浅くて頭が痛い。

 こんなので、本当に魔王のところまで行けるのかな……
 次の町から先は、同じような乗り合い馬車があるのかも確認しなきゃ……


 乗り合い馬車に乗って、7日目。
 無事に目的の町、ゼフィラに到着することができた。
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